切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

39.約束

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 5月1日――朝。ちょっと早めの登校時間なので、生徒の数はまばらだ。

 おはようの声が飛び交う雀ヶ丘高校の1年用出入り口。晶乃は、毎朝と同じように下駄箱に靴を入れる。普段履いている学校指定のローファーは海に潜った時にびしょ濡れになってまだ乾いていなかったので、今日はスニーカーでの登校である。

 それから上履きに履き替えて、教室へ向かおうとしたところで見知った顔を見かけて声をかけた。

「おはよう。高岡さん」

 クラスメイトの高岡夏海だった。彼女は廊下の壁に設置された部活動掲示板を足を止めて眺めていた,.。

 運動部文化部関係なく何種類もの部の手作りのポスターが貼られている。この掲示板が、この学校の中には3か所設置されているという。1年生の下足置き場近くということもあって、部員募集に力が入ったポスターが所狭しと敷き詰められている。

「おはよう」

 と夏海は挨拶を返してきたが、晶乃の方に視線は向けなかった。何かをじっと見つめているようにも見える。何を見ているのだろうと、晶乃は視線を追う。視線の先の幾枚かのポスターの中に『写真研究部』のものがあった。

 写真研究部の親睦を兼ねた撮影会に一緒に行きませんか――と書かれている。そう言えば、先日、部長の平木真紀から誘われていたことを思い出す。多分これのことだろう。日付は5月5日。まだちゃんと返事をしていなかった。

 もっとも、向こうだって社交辞令で言ったことだろうから、返答が無かったらなかったで……いや、向こうはとっくに忘れているだろう。

 ……と考えることにした。

「高岡さんは、部活動はもう決めたの?」

「……まだ、だけど」

「気になる部活はあるの?」

「あったけど……今は、ない」

「ふぅん……」

 どうにも会話が弾まない。

 しばらくの沈黙の後、夏海が口を開く。
 
「写真、やってみたくて写真部を覗いたけれど、写真部は肌に合いそうになかった。写真研究部はもうじきなくなるみたいだし……」

 たどたどしく言う夏海に、きっかけを作った一人としては何も言えず「あー」とだけ返事する。

「ね。今日、お昼一緒に食べない?」

 晶乃は話を変えた。

「……桑島さんは?」

「だから、彩智も一緒に。彩智はもしかしたら、今日も屋上かも、だけれど」

「……」

 また何かを考え込むようにしばらく沈黙してから、口を開いた夏海は、

「何で、私のことを誘うの? 孤立しているから、可哀そうだと思ったの?」

 その問いの答えを晶乃は探す。……というより、問いの意味を理解しかねた。

「クラスメイトを誘うのにいちいち、そんなこと考えないよ。少なくとも、私は」

 小さく笑いながら口にした晶乃の言葉がよほど意外だったか、夏海の視線が泳いだ。

 その時、

「晶乃」

 と、自分の名を呼ぶ声が聞こえて、そちらに視線を向ける。小柄な体躯の少女が「おはよう」と笑みを見せ、小首をかしげるような仕草をする。そうすると、ひょこりと長いポニーテールが左右に振れた。

「おはよう、彩智」

 晶乃が声をかける。

「じゃ、私は、教室に、行くから」

 相変わらず詰まりながら言った夏海が、逃げるようにその場を去ろうとして、それから立ち止まる。

「あの……水谷さん。それじゃ、お昼に」

「うん」

 小さく手を振りながら、「別に、休憩の時とか、話す機会はあるでしょうに」と晶乃は呟いた。

「今のは高岡さんだよね。他人と話しているのを初めて見たよ。何を話していたの?」

「ん……多分、これから話すんだよ」

「? 何の話?」

「大したことは話してないよ。今はまだって話」

「そうなんだ」と言った彩智の目は、あからさまによく分からん、と言っていた。

「じゃ、後で教室で」と言った彩智が教室とは逆の方に足を向けるので、「どこに行くの? 職員室? 事務室?」と晶乃は尋ねた。

「3階まで」

「3年生のフロア? 上級生に何か用でもあるの?」

「伊庭先輩に早めにこれを返しておこうと思って」

 彩智は手から下げていた小さな白い髪袋を持ち上げる。中を見なくても中身は分かる。借りていたEE-Maticだ。写真の現像と同時に、藤沢写真機店でカメラの状態を確認してもらい、現状では撮影に支障をきたすような損傷は確認できない、と四季から言われていたが、それでも力を込めて引っ張られたネックストラップは千切れかけているし、金具は変形している。

「放課後で良くない?」

 上級生のフロアに入ったり、上級生が使う渡り廊下や階段を使うと因縁を付けられるような校風の学校もあるようだけれど、この高校はそういうのはないから心配しなくていいよ、と晶乃は先輩から言われていた。そうは言われても、上級生のフロアに入るのは不安だ。

「なるべく早く謝っておきたいからね」

「じゃあ、私も一緒に行くよ」

 晶乃がそう提案したのは、妙な胸騒ぎを覚えたからだった。それが、単に上級生のいる所に行くことへの不安からくるものなのか、別の虫の知らせがあったからなのか、よく分からなかったが。
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