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【1章】晶乃と彩智
40.いざ3年生の教室へ
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雀ヶ丘高校の教室棟は、1階が1年生、2階が2年生、3階が3年生にそれぞれ分かれている。晶乃の卒業した中学校も同じシステムだったため、また1階から再スタートな気分である。
「私の中学校の時は、私の学年だけ人数が多くて1クラス多く作らなければいけなかった関係で、3年間3階だったよ。3年間、3階まで上がるのが、かったるかったから、今は1階でありがたいなぁ」
階段を急ぎ足で上がりながら、彩智が言った。
「彩智は確か、学校の駅伝の代表だったんだよね? 階段を上がるのが嫌だったの?」
「走るのと階段を上がるのは別物なの。第一、走るのだって、そんなに楽しいと思ったことはなかったよ」
などと言いながら、3年生のいる3階に到着する。見た感じや雰囲気は1年のフロアと変わらない……と思いつつも、周りはみんな上級生ばかりなので、肩を縮こまらせながら、伊庭のいる4組へと向かう。
4組の出入り口の戸は開いていた。
2人で首だけ突っ込んで中を覗き込む。立ち話をしている生徒や、自分の席で座って本を読んでいる生徒など、思い思いにホームルーム前の時間を過ごしている。
「君たちは1年生だよね。誰かに用? 用がないのなら、他の学年のフロアに来たら駄目だよ」
伊庭を見つけるより早く、廊下から教室に入ろうとした男子生徒に見咎められた。
「すみません。あの……伊庭先輩はいらっしゃいますか?」
彩智が尋ねると、声をかけてきた男子が中を覗き込み、「伊庭!」と声を上げた。奥のほうで談笑していた少し背の高い男子がこちらを向く。見覚えのある顔だったので、晶乃と彩智は同時に小さく会釈した。
「ああ。どうした?」
歩み寄ってきた伊庭が言った。
「その……これを返しに」
彩智が紙袋からEE-MATICを取り出した。
「ああ。別に放課後でよかったのに」
「いえ……それが……」
彩智は簡潔に、扱いが悪く借り物のEE-MATICネックストラップの金具を歪めてしまったことを説明する。この間のことは内緒にした。
「本当にすいません」
「ああ。別に気にしなくてもよかったのに。この前も言ったとおり、ジャンク品コーナーから救出した格安品なんだから」
伊庭は苦笑いしながら、紙袋ごと受け取る。
「用はこれだけ?」
「あ……はい」
「あんまり、上級生のフロアには来ない方がいいぞ。うちの高校はそういうのは緩いけれど、同級生には相手にされないから下級生相手に威張り散らしているような奴もいるしな。でも、もしも上級生とトラブルになったら、気兼ねなく相談に来ればいい」
「その時は、お言葉に甘えます」
彩智が礼を言った。
「ところで……」
伊庭が晶乃のほう――正確には晶乃の後ろを指さす。
「そちらは一緒に来たわけじゃないんだな」
晶乃が振り返ると、こちらも見覚えのある女子生徒の顔があった。金色の髪が目立つと言えば目立つが、適度にメイクを整えた、多少派手さを感じるもののギャルというほどケバケバしくもない、女の子なら参考にするところがたくさんありそうなその顔だが、あんまり見たくはない顔だった。
「やぁ、おはよう」
朝の清々しさを体現したような爽やかな笑顔を浮かべた彼女は――。
「上村先輩……でしたよね」
晶乃はなるべく感情を表に出さないようにしながらその名前を呼んだ。晶乃が3日前に春先のダイビングをすることになった遠因を作った写真部部長の上村朝陽である。
「写真は、どうだった?」
「ええ! とってもいい写真が撮れましたとも!」
彩智が言うのを、わざわざ自分でハードルを上げることもないのに、と思いつつ晶乃は聞いていた。
「それは何より。ここで顔を合わせられて丁度よかった。ちょっと付き合ってよ」
朝陽がそんなことを言い出したので、晶乃と彩智は何事かと顔を見合わせた。
「まだ、ホームルームまで20分ほどあるし、図書室なら人があんまりいないから、移動しようか」
彩智が「いいですよ」と了解を口にした。
「始業前までに終わらせてくださいね」
「でも……」
晶乃には嫌な予感しかしなかった。助けを求めて伊庭の方に目を向ける。目が合った伊庭は、仕方ないな、と言う顔をした。
「べつに放課後でいいだろう? そんなに時間があるわけでもない」
「今からでいいですよ。こっちも早い方がいいですし」
伊庭の提案を一蹴したのは彩智だった。
「まぁ、いい。せっかくだから、俺も一緒に見せてもらおうか」
晶乃の方に、頭を掻きながら伊庭が視線を向けてくる。晶乃も目礼を返して謝意を伝えた。
「あなたたち……私のことを何だと思っているのかしら。取って食われるとでも?」
呆れたようにそう言った朝陽は、「食うだろ。お前は」と伊庭に返され、苦笑を見せた。それから、伊庭は近くにいた女子生徒に、何事か伝言したようだったが、晶乃のいる位置からは聞き取れなかった。
「私の中学校の時は、私の学年だけ人数が多くて1クラス多く作らなければいけなかった関係で、3年間3階だったよ。3年間、3階まで上がるのが、かったるかったから、今は1階でありがたいなぁ」
階段を急ぎ足で上がりながら、彩智が言った。
「彩智は確か、学校の駅伝の代表だったんだよね? 階段を上がるのが嫌だったの?」
「走るのと階段を上がるのは別物なの。第一、走るのだって、そんなに楽しいと思ったことはなかったよ」
などと言いながら、3年生のいる3階に到着する。見た感じや雰囲気は1年のフロアと変わらない……と思いつつも、周りはみんな上級生ばかりなので、肩を縮こまらせながら、伊庭のいる4組へと向かう。
4組の出入り口の戸は開いていた。
2人で首だけ突っ込んで中を覗き込む。立ち話をしている生徒や、自分の席で座って本を読んでいる生徒など、思い思いにホームルーム前の時間を過ごしている。
「君たちは1年生だよね。誰かに用? 用がないのなら、他の学年のフロアに来たら駄目だよ」
伊庭を見つけるより早く、廊下から教室に入ろうとした男子生徒に見咎められた。
「すみません。あの……伊庭先輩はいらっしゃいますか?」
彩智が尋ねると、声をかけてきた男子が中を覗き込み、「伊庭!」と声を上げた。奥のほうで談笑していた少し背の高い男子がこちらを向く。見覚えのある顔だったので、晶乃と彩智は同時に小さく会釈した。
「ああ。どうした?」
歩み寄ってきた伊庭が言った。
「その……これを返しに」
彩智が紙袋からEE-MATICを取り出した。
「ああ。別に放課後でよかったのに」
「いえ……それが……」
彩智は簡潔に、扱いが悪く借り物のEE-MATICネックストラップの金具を歪めてしまったことを説明する。この間のことは内緒にした。
「本当にすいません」
「ああ。別に気にしなくてもよかったのに。この前も言ったとおり、ジャンク品コーナーから救出した格安品なんだから」
伊庭は苦笑いしながら、紙袋ごと受け取る。
「用はこれだけ?」
「あ……はい」
「あんまり、上級生のフロアには来ない方がいいぞ。うちの高校はそういうのは緩いけれど、同級生には相手にされないから下級生相手に威張り散らしているような奴もいるしな。でも、もしも上級生とトラブルになったら、気兼ねなく相談に来ればいい」
「その時は、お言葉に甘えます」
彩智が礼を言った。
「ところで……」
伊庭が晶乃のほう――正確には晶乃の後ろを指さす。
「そちらは一緒に来たわけじゃないんだな」
晶乃が振り返ると、こちらも見覚えのある女子生徒の顔があった。金色の髪が目立つと言えば目立つが、適度にメイクを整えた、多少派手さを感じるもののギャルというほどケバケバしくもない、女の子なら参考にするところがたくさんありそうなその顔だが、あんまり見たくはない顔だった。
「やぁ、おはよう」
朝の清々しさを体現したような爽やかな笑顔を浮かべた彼女は――。
「上村先輩……でしたよね」
晶乃はなるべく感情を表に出さないようにしながらその名前を呼んだ。晶乃が3日前に春先のダイビングをすることになった遠因を作った写真部部長の上村朝陽である。
「写真は、どうだった?」
「ええ! とってもいい写真が撮れましたとも!」
彩智が言うのを、わざわざ自分でハードルを上げることもないのに、と思いつつ晶乃は聞いていた。
「それは何より。ここで顔を合わせられて丁度よかった。ちょっと付き合ってよ」
朝陽がそんなことを言い出したので、晶乃と彩智は何事かと顔を見合わせた。
「まだ、ホームルームまで20分ほどあるし、図書室なら人があんまりいないから、移動しようか」
彩智が「いいですよ」と了解を口にした。
「始業前までに終わらせてくださいね」
「でも……」
晶乃には嫌な予感しかしなかった。助けを求めて伊庭の方に目を向ける。目が合った伊庭は、仕方ないな、と言う顔をした。
「べつに放課後でいいだろう? そんなに時間があるわけでもない」
「今からでいいですよ。こっちも早い方がいいですし」
伊庭の提案を一蹴したのは彩智だった。
「まぁ、いい。せっかくだから、俺も一緒に見せてもらおうか」
晶乃の方に、頭を掻きながら伊庭が視線を向けてくる。晶乃も目礼を返して謝意を伝えた。
「あなたたち……私のことを何だと思っているのかしら。取って食われるとでも?」
呆れたようにそう言った朝陽は、「食うだろ。お前は」と伊庭に返され、苦笑を見せた。それから、伊庭は近くにいた女子生徒に、何事か伝言したようだったが、晶乃のいる位置からは聞き取れなかった。
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