切り取られた世界の中で、広がる世界 ~初心者カメラ女子高生のエンジョイフォト~

弐式

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【1章】晶乃と彩智

41.見せられたのは

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 雀ヶ丘高校は晶乃から見て無駄に広い。生徒の教室がある教室棟。職員室や事務室、保健室などがある用務棟。音楽室や多目的室などがある2つの別館。部室などがある部活棟。体育館や食堂、プールといった施設、中学校の時の倍はあるだだっ広い校庭には囲むようにして植樹がされ、天然の芝が植えられて生徒たちの憩いの場所になっている。中庭や屋上も解放されている。

 きっと、卒業までの3年間の間に足を踏み入れることのない場所もたくさんあるのだろうな、と晶乃は思う。

 入学直後にオリエンテーションで一通り回ったが、午前中いっぱいかかったのを思い出す。中学のそれとは比較にならないほど大きくて立派でなだけではない。完備された冷暖房や、授業の時に眩しくない照明など、目に見える形でも目に見えない形でも、生徒のことを考えた小さな気遣いがなされていることに気付くことがよくある。

 高校というのは、中学校とは全く違った世界なのだと晶乃は思わされた。もちろん、出身の中学校は市立で、雀ヶ丘は県立で、投入されるお金が違うということもあるのだろう。そこに、雀ヶ丘西高とライバル関係で優秀な人間に入ってもらいたいという意図や、偏差値の高い大学に進学させるために学習環境を良くしておかなければならないといった思惑があったとしても。

 図書室は第1別館2階の隅にある。以前は教室棟の2階にあったそうだが、蔵書の増加に伴い手狭になったことと、第1別館の建て替えに伴い場所が確保できたこともあって、こちらに移転したのだという。

 藤沢四季が学生時代の話だと聞いたから、すでに10年は経過しているはずだが、外装も内装も綺麗で、新しい雰囲気を残していた。

 晶乃は入学以来、まだ図書室には足を踏み入れていなかった。入学以来、初めてのことばかりで日常が目まぐるしく、クラスに慣れるのに手いっぱいで、他のことをしている余裕がなかったからだ。決して本嫌いというわけではない。そのうち来てみようとと思っていたが、こんな形で来ることになろうとは、と複雑な想いを持った。

 図書室の中には晶乃たち4人以外には誰もいなかった。奥には司書の先生もいるが、この時間は図書委員はいないし、静かだった。

 そして、4人はひとつの机を囲んで、立っていた。6人が左右に座れる大きさの机の右側に朝陽が両手を机の上に両手をついて立っており、左側に晶乃を含めた残り3人が立っている。両腕を組んだ伊庭が一歩下がった位置で3人を見ていた。

 机の上に広げられているのは、プリントアウトされた数枚の写真である。先日彩智が撮って、今日見せる予定だったものではない。

 写っているのは晶乃だった。彩智が写っている写真もある。

 数日前――晶乃が子供を助けるために海に飛び込み、彩智が子供を引き上げる姿が写真に収められている。

「たまたま海の写真を撮ろうと思ってあるいていたら、本当にいいシャッターチャンスに巡り合えたよ。しかも、それが知っている人間なんだから、さらにラッキーだったよね」

 波の飛沫が上がる中、決死の形相で子供を抱えている晶乃。必死で手を伸ばしている彩智。あの時の生々しい状況が、写真の中にはしっかりと納まっていた。

「カメラを痛めたって言っていたのは、この時に?」

 伊庭が尋ねる。

「すみません」

 彩智が少し後ろを振り返り、「掴ませるためのロープとかがなかったのでとっさに――」と小さく頭を下げた。

「それはいいが、怪我とかなかったのか」

「彩智が風邪をひきましたけれど、幸い怪我とかは」

 その問いには晶乃が答える。実際には少し擦り傷をしたし、精神的にかなりのダメージを負うような出来事があったのだが、それについては黙っておいたのだが、伊庭が疑問を口にした。

「背の高い君が晶乃さんで、こっちの背の低い方が彩智さんであっていたよな」

「そうですけれど……」

「何で、水に入っていない彩智さんが風邪をひいて、水に入っていた君が平気なんだ」

「やっぱり言われた」

 晶乃は苦笑いして、「何とかは風邪ひかないってやつでしょう」と冗談で返す。なんで風邪をひかなかったかと聞かれたって答えようもない。

「次の中間考査で汚名挽回しますよ」

「汚名は返上するものだよ」

 間髪入れずに彩智に訂正を入れられる。意図せずに先程の自分の言葉を、自分自身で証明する形になってしまった。

「そ……そんなことより」

 顔が少し熱くなるのを覚えながら、とりあえず話を逸らした。

「この写真は、どうやって撮ったんですか? あの時、近くに他の人なんて……」

「世の中には望遠レンズってものがあってね」

 朝陽はそう言って右手に一本突き上げた人差し指を、小さく振って見せた。

 確かに、あのあたりの岩場は入り組んでいた。その中で、晶乃たちがいた場所は突き出た形になっていたから、遠くから撮影ができるレンズを使えば、撮影することはできるだろう。実際に、この写真があるのだから。
 
「でも……何で、この写真を?」

「こういう写真はなかなか撮れないからね。何かに使うことがあるかもしれないから、事前に本人に許諾を貰っておこうと思ってさ」

「はぁ……そういうことなら」

 特に深く考えずに口にした晶乃の言葉に、彩智が言葉を重ねてきた。

「どうして、この写真を撮ったんですか?」

 彩智の口調には怒りが含まれていた。

「だから、望遠レンズだよ。ニコンのD300Sにシグマの150㎜-600㎜の望遠レンズをつけてさ。それだと焦点距離が1.6倍相当の画角が得られるから――」

 詰問するような彩智に対して、上村朝陽はとぼけた口調で、とぼけた解答を返してきた。

「そういう意味じゃありません!」

 彩智が声を荒らげる。

「先輩は――私の友達が溺れていた時に、撮影できる場所を探していたんですか!」
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