ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

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4 オメガ判定

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「おめでとう、ルノン。今日から正式にオメガだよ。といっても、きみは異世界人だから定期的に検査に来てもらう必要があるけれど。これが抑制剤。毎朝忘れずに飲んで。いま、一錠飲んでおこうか」
 ミラロゥの言葉に、僕はぼんやりと頷いた。

 オメガになってしまえば、もう研究所にはいられない。今日、僕はこれから引っ越すことになっている。
 家具はそろってるから、身一つだ。

「ルノン、不安があるなら話してごらん」
 ミラロゥの声が優しくて、僕は、そっと顔をあげた。
「僕、もう子供が産めるんだよね?」
「ああ、そうだね」
 なんとなく下腹部をさすってみるが、ぜんぜん実感がわかなかった。

「今まで、どこか他人事の気分でいたんだ。求愛だってダンスだし、口説かれてるって気は全然しないし。……それなのに、アイツが踊ってるとき、僕の体も動きそうになった。アレがアルファのフェロモンなの?」
「ああ。そうだ。踊ることで相手の注意を引きつけ、自分のフェロモンを届きやすくするんだ」

 先生の部屋はとても静かだ。実験器具がポコポコいう音とか、パソコンの排熱音が聞こえるだけだ。
 今日に限っては、それが恨めしかった。
「ルノン」
 先生は僕にそっと手を差し伸べた。指先が僕の髪に触れかけたそのとき、ノックの音がして、先生はその手をひっこめた。
「どうぞ」
 先生は落ち着いて返事をしていたが、僕はなんだか身動きがとれなかった。
「ミラロゥ! ああ、ルノンも一緒かい。ちょうどいい。ルノンのお別れ会するから。ルノンは準備ができるまでここにいて。ミラロゥをちょっと借りるよ」

「……あ、うん」
 取り残されてしまったけどいいんだろうか。僕がイタズラとかしたらどうする気なんだ。というか、お別れ会をしてくれるのか。
 僕はいそいそ簡易ベッドに横になり、スマホを取り出した。
 待てと言われればマンガを読むのは当然だ。そわそわしてしまって、ちっとも集中できなかったけど。
 しばらくすると、ミラロゥだけが帰ってきた。
「もういいの?」
「ああ。――それはきみの世界のものか」
 マンガはちょうどアレなシーンに差し掛かっていた。僕はしれっとアプリを閉じる。

「うん。電話だよ」
「電話、を持ち運ぶのか?」
「嫌そう」
 ミラロゥの顔を見て、僕は思わずふきだした。
「まあ、僕も電話としてはほとんど使ってなかったよ。あ、そうだ。先生、写真撮っていい?」
 よし、カメラの機能は生きてるみたいだ。

「写真?」
 返事を聞く前に一枚撮ってしまった。不意打ちだったから、ぽかんとした顔になっている。これはこれで貴重なんじゃないか。

「それは、カメラか? 電話だと言っていなかったか」
「カメラも付いてる」
 見せろというように手を伸ばすので、画面を向けた。
「……すごいな。だが、こんなものを撮ってどうするんだ」
 なにやら気に食わなかったらしく、ミラロゥはくちびるをへの字に曲げた。
「観賞用? せっかくだから決め顔もお願いします」
「だったら、自分の顔でも眺めているんだな」
「意地悪言わないでよ。こんな平凡顔を撮っても面白くもなんともないよ。研究所のみんなを撮ってイケオジコレクション作るほうがずっと有用だって」
 むくれてんのはこっちなのに、ミラロゥまで眉を寄せた。



 テーブルの中央にパエリアがドーンと乗っている。周囲をさまざまな惣菜が彩っていて、フルーツがゴロゴロ入ったサングリアまであった。全部イケオジたちの手料理らしい。
「ルノンには飲ませないでください。抑制剤を飲み始めたばかりなので」
「え!? そんな、ワイン一杯くらいなら平気だって」
 二杯目以降は、どうやら寝ちゃうらしいけど。
 そう言ったらミラロゥは僕の前に無言でジュースを置いた。
 それにもフルーツを入れてくれたから、僕も黙って受け取った。

「それにしても、こんなにおいしいの作れるのに、なんで自分の食事を作らないの! なんかちょっと腹立ってきた!」
「自分のためには作る気がしないんだよ。ルノンのためだと思うから、はりきっちゃった」
 イケオジのなかでもとりわけ調子のよいディマが僕にウィンクした。

 イケオジたちは陽気に、音楽をかけて踊っている。求愛じゃないから僕も気楽に楽しめた。ついつい拍手しようとしたら、萎えるからやめてって神妙な顔されて、悪いが笑ってしまった。
 楽しいはずなのに、僕はなぜかどんどん眠たくなってきた。大きなあくびを見咎めて、ミラロゥが僕の肩を叩いた。
「薬が効いてきたんだろう。ルノン、送っていくから」

 それから三日くらいは、妙に眠たい日々が続いた。
 正直まだ寝ていたいけど、買い物に行かないと食料が尽きそうだ。
 ついでにマンガを買い足そうと、ぼんやりスマホを操作していたら、うしろから肩を叩かれた。振り向くといつぞやスイカを抱えていた男が立っていた。
「逃げないでくれよ。すこし話さない?」
 僕は拍手をした。
「早い早い早い! まだ踊ってない。待てって、ルノン!」
 名前を呼ばれて、僕はハッと振り返る。
「……名前」
「そう呼ばれてただろ。あの枯れたアルファに」
「失礼な言い方は止めろ」
「事実だろ。ルノンはあいつに惚れてんの? 無駄だよ無駄。望みのない恋なんてやめて俺と踊ろうぜ」
 一切無視して、僕は駆け出した。
 背中越しにリズムが聞こえてくる。
 無視するはずだったのに、どうしてふりむいてしまったのか。
 ふと、なめらかな肩の動きが目に留まり背筋がゾクッとした。先生を貶める嫌なヤツなのに、一瞬、魅入られた。
 感じ取ったんだ、僕。彼の発するフェロモンを。

 なにも買えないまま部屋に逃げ帰り、僕はベッドに身を投げ出した。
 頭の中にはアイツのリズムが鳴り響いている。間近で太鼓の音を聞いたときのように、びりびりと全身に鳥肌が立った。
 最悪の気分に反して、体はどんどん火照ってくる。

 きちんと拍手をしないまま、逃げてしまったせいだろうか。それとも――。
「発情期……?」
 僕はゾッと身をすくめた。
 あんな奴に誘発されたなんて考えたくもない。
 なんとか気を紛らわそうとマンガを読んで、気絶するみたいに寝落ちして、そんなことを繰り返して夕方になった。
 ミラロゥが訪ねてきたのはそんなときだ。

「私は大丈夫だ。知っているだろ?」
 知っているから嫌なんだ。
 そんなことを口に出せるはずもなく、僕は彼を部屋に招いた。

 ミラロゥの顔を見てほっとしたせいなのか、彼の香りに酔ってしまったせいなのか、僕はそのまま崩れ落ちそうになった。
 ミラロゥは慌てず、僕をベッドまで運んだ。
 ほんと、すごくいい匂いがする。
 離れがたくて袖をつかめば、ミラロゥは子供にするように僕の頭をなでた。
「つらかったね。もう大丈夫。なにか食べれそうかな?」
 先生はいつも通りだった。

 無駄だよ無駄。

 スイカ男が脳内で僕をあざ笑った。
 そんなことはわかってる。先生には愛する人がいる。だけどいま、触れてほしいのは先生だ。
 僕は首をふり、目をつぶって布団の中に潜り込んだ。抱いてほしいなんて、言えるわけがない。

 真夜中に起き出して、僕は先生が買ってきてくれたジェラートを食べた。
 イチゴの甘酸っぱさが僕好みですごく美味しいのに、気づけば涙をこぼしていた。
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