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オートモード
3 わがまま
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バスが走り出した。排ガスが遠ざかるのを見送って、僕はそろりと振り向いた。背中がすごく温かい。ミラロゥが僕を抱きすくめているのだ。
乗る気はなかったと言って、信じてもらえるだろうか。
「せ」
先生と呼びかけようとしたのだが、あまりにきつく抱きしめられて、僕は再び口を閉ざす。
「――こんなに冷え切って」
つぶやくミラロゥのほうこそ、凍えているようだった。
「いま、スープを温めるから」
ミラロゥは僕をダイニングの椅子に座らせると、鍋に火をかけた。食事を二人でとるあいだも、彼はなにも言わない。横顔を盗み見てもなんの表情も読み取れなかった。怖いくらいに。
片付けがひと段落すると、ミラロゥは僕の背を押しソファーに導いた。ミラロゥの大きな体がソファーに沈み込む。いつもなら見とれてしまう光景だが、落ち着かなくて目をそらしてしまった。手が伸びてきて頬をなでるので、ようやく僕はミラロゥに顔を向けた。
「うん。すこしは温まったみたいだな。――じゃあ、聞こうか。釈明を」
急に声が低くなった。思わず体をこわばらせてしまった。
「やっぱ、怒ってる?」
「怒る?」
意外なことを聞いたとばかりに、先生は眉をあげ、それから、手のひらに顔を押し付けた。
「違うな、聞くのが怖いんだ。君は……、誰に会いに行くつもりだったんだ?」
「誰? 違うよ、僕はただ。これの中身を入れたくて」
スマホをかざしてみせると、ミラロゥは陰鬱に頷いた。
「ああ、コレクションを作りたいとか言ってたな」
「コレクション? マンガはそんなんじゃなくて、もっとこう」
「マンガ?」
「あれ? 前に見せたことあったよね。ほら、これ!」
僕はスマホを取り出して、中身もろくに確認しないまま先生に画面を見せる。
「これが、足りなくて!」
「……コレが?」
「そうだよ。本当は、毎日でも欲しいんだ。足りないというかもう、中毒だから! その……。先生?」
僕はようやく、先生の様子がおかしいことに気がついた。なんか、目を見開いたまま固まってるんだけど。手首をくるりと回して画面を見て驚いた。どエロいシーンがそこに表示されていた。
「う、うわっ! 違っ! 違うんだって、こういうのばっかり読んでいるわけじゃないからっ」
ううう。ここで疑いのまなざしは、止めてほしい。
「なるほど、ルノン。それが足りないと?」
「いや、だから、誤解っ」
うわあ、メチャメチャ恥ずかしい。僕は顔を覆った。だが、その手はミラロゥによりあっけなく退けられる。ハッと気がつけば、彼の顔が思いがけず近くにあって、すぐに唇が重なった。
シャツの下から、するりとミラロゥの冷たい手が潜り込む。
「せ、先生。まだ踊ってないのに……」
「あとで」
「あとで!?」
する前に踊るのは、てっきり決まりかなんかだと思っていたのに。前戯的な?
混乱していた僕だが、熱く柔らかなキスの感触に、そんなことどうでも良くなってくる。このままするのかなと期待したところで、ミラロゥは僕から体を離した。
たぶん、僕は物欲しげな顔をしていたと思う。ミラロゥは苦笑して額にキスをした。
「そう。あとで。いまからドライブに行くんだから」
「ドライブ?」
「放っておけば、また君はこっそり出かけようとするだろう?」
「え、そんなことは……」
いや、ないとは言えない。今日はさすがにダメだと思ったが出直そうという気持ちがないわけではなかった。
「ルノンが行きたいなら、真夜中だろうが仕事中だろうがどこにだって連れて行く。私がそうしたいんだ。私のわがままを聞いてくれるかい?」
「それはわがままとは」
「いいや、こんなのはただの独占欲だよ。頭で理解できても結局、一人で出かけて欲しくないんだから」
わがままなんかじゃないよ。僕は心の中でつぶやいた。それは僕のほう。
先生をこんなふうに困らせて、喜んでいるんだから。
「さあ、行こうルノン」
「うん」
マンガを買いにいけるのは嬉しい。だけどすこしだけ残念だ。もうすこしキスをしていたい気持ちもあったから。
乗る気はなかったと言って、信じてもらえるだろうか。
「せ」
先生と呼びかけようとしたのだが、あまりにきつく抱きしめられて、僕は再び口を閉ざす。
「――こんなに冷え切って」
つぶやくミラロゥのほうこそ、凍えているようだった。
「いま、スープを温めるから」
ミラロゥは僕をダイニングの椅子に座らせると、鍋に火をかけた。食事を二人でとるあいだも、彼はなにも言わない。横顔を盗み見てもなんの表情も読み取れなかった。怖いくらいに。
片付けがひと段落すると、ミラロゥは僕の背を押しソファーに導いた。ミラロゥの大きな体がソファーに沈み込む。いつもなら見とれてしまう光景だが、落ち着かなくて目をそらしてしまった。手が伸びてきて頬をなでるので、ようやく僕はミラロゥに顔を向けた。
「うん。すこしは温まったみたいだな。――じゃあ、聞こうか。釈明を」
急に声が低くなった。思わず体をこわばらせてしまった。
「やっぱ、怒ってる?」
「怒る?」
意外なことを聞いたとばかりに、先生は眉をあげ、それから、手のひらに顔を押し付けた。
「違うな、聞くのが怖いんだ。君は……、誰に会いに行くつもりだったんだ?」
「誰? 違うよ、僕はただ。これの中身を入れたくて」
スマホをかざしてみせると、ミラロゥは陰鬱に頷いた。
「ああ、コレクションを作りたいとか言ってたな」
「コレクション? マンガはそんなんじゃなくて、もっとこう」
「マンガ?」
「あれ? 前に見せたことあったよね。ほら、これ!」
僕はスマホを取り出して、中身もろくに確認しないまま先生に画面を見せる。
「これが、足りなくて!」
「……コレが?」
「そうだよ。本当は、毎日でも欲しいんだ。足りないというかもう、中毒だから! その……。先生?」
僕はようやく、先生の様子がおかしいことに気がついた。なんか、目を見開いたまま固まってるんだけど。手首をくるりと回して画面を見て驚いた。どエロいシーンがそこに表示されていた。
「う、うわっ! 違っ! 違うんだって、こういうのばっかり読んでいるわけじゃないからっ」
ううう。ここで疑いのまなざしは、止めてほしい。
「なるほど、ルノン。それが足りないと?」
「いや、だから、誤解っ」
うわあ、メチャメチャ恥ずかしい。僕は顔を覆った。だが、その手はミラロゥによりあっけなく退けられる。ハッと気がつけば、彼の顔が思いがけず近くにあって、すぐに唇が重なった。
シャツの下から、するりとミラロゥの冷たい手が潜り込む。
「せ、先生。まだ踊ってないのに……」
「あとで」
「あとで!?」
する前に踊るのは、てっきり決まりかなんかだと思っていたのに。前戯的な?
混乱していた僕だが、熱く柔らかなキスの感触に、そんなことどうでも良くなってくる。このままするのかなと期待したところで、ミラロゥは僕から体を離した。
たぶん、僕は物欲しげな顔をしていたと思う。ミラロゥは苦笑して額にキスをした。
「そう。あとで。いまからドライブに行くんだから」
「ドライブ?」
「放っておけば、また君はこっそり出かけようとするだろう?」
「え、そんなことは……」
いや、ないとは言えない。今日はさすがにダメだと思ったが出直そうという気持ちがないわけではなかった。
「ルノンが行きたいなら、真夜中だろうが仕事中だろうがどこにだって連れて行く。私がそうしたいんだ。私のわがままを聞いてくれるかい?」
「それはわがままとは」
「いいや、こんなのはただの独占欲だよ。頭で理解できても結局、一人で出かけて欲しくないんだから」
わがままなんかじゃないよ。僕は心の中でつぶやいた。それは僕のほう。
先生をこんなふうに困らせて、喜んでいるんだから。
「さあ、行こうルノン」
「うん」
マンガを買いにいけるのは嬉しい。だけどすこしだけ残念だ。もうすこしキスをしていたい気持ちもあったから。
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