ダンシング・オメガバース

のは(山端のは)

文字の大きさ
22 / 42
オートモード

12 踊る

しおりを挟む
 会場の熱狂に包まれて、僕の体温は反比例するようにどんどん下がるようだった。
「せ、先生どうしよう」
「踊るしかないだろうな。大丈夫、ルノン。いつもみたいに踊れば、それだけで君のダンスは充分に魅力的だから」
「それ言うの先生だけだからね」

 展望公園にみっちりと人が詰めかけている。三百人はいるんじゃないか。
 クラスの発表さえも、緊張して上手くしゃべれなかった。思い出しただけで、ヒュッと身の縮む思いがする。

「落ち着いて、ルノン。ここで踊らなければもっとヒドイことになる」
 ヒドイことってどんなことだろう。暴動とか?
「君とも、一緒に暮らせなくなるかもしれない」
「踊る」
 僕は顔をあげた。
 ミラロゥと暮らせなくなる? それ以上のヒドイことなんてこの世界に存在しないだろ。
 決意したならすぐに行動だ。僕はステージの真ん中に立ち、音声ブースに合図を送った。

 流れ始めたのは、女性ボーカルのポップソングだ。
 こんな大勢の人の前で、ダンスを披露する羽目になるなんて、ほんと人生なにがあるかわからない。けど大丈夫。たった数分間、恥をさらすだけだ。
 いざ!

「おい、クイーン真面目に踊れ!」
「なめてんのか!」
「それであんなジャッジしたのか!」

 はい。ものの数十秒でブーイングの嵐になりましたとさ。
 僕はムッとしながら踊り続けた。正真正銘、手なんて抜いてない。普通に踊ってる。

「はっはっは! 今回のクイーンは冗談がお好きらしい。では気を取り直して、リスタート!」

 僕はギョッと司会者を見る。やりなおしなんて嘘だろ。
 だが、ハイテンションとは裏腹のマジな顔で頷かれてしまった。

 今日は、いつになく遊びまわった。ミラロゥを待つあいだ、色んな所から圧を受けてすごく疲れた。
 ミラロゥの顔を見てホッとして、彼のダンスに興奮して、ようやく解放されると思ってたんだ。
 ぷしゅんと空気が抜けちゃったんだよ。代わりに砂でも入ったみたいに体が重い。

 突っ立ったまま動かない僕に対して、非難の声はさらに高まる。
 うるさいなあ。
 そもそも、なんでこんなことになったんだっけ。帰るって言ったのに、帰らせてくれなかったのはそっちだろう。
 もう帰りたい。これって本当に僕が踊る必要ある? 

 自動舞踏制御オート・ダンス・モードがもっと使える機能だったらな。
 恨み節のついでにチラッと考えただけだ。それなのに、誤タップで起動するアプリみたいな軽率さでモードが切り替わった。

 嘘だろ。
 つぶやく暇もなく、体のコントロールを奪われる。
 ガクンと膝が落ちて、すぐに持ち上がる。二度も三度も。太ももの裏に負荷がかかる。首がグギッと音を立てる。この機能やっぱり、僕の体を大事にしてくれない。

 会場はすごく盛り上がってる。僕が踊る以上に。
 面倒だな、このままなりゆきに身を任せちゃおうか。弱気になったそのときだ。
 会場のほうからビィくんの声が聞こえた。

「音を止めて! あれじゃルノンがまた怪我をしちゃう!」
 帰ったんじゃなかったのか!
 続けて、ミラロゥの声も僕に届いた。
「ルノン! しっかりするんだ。こっちを見ろ!」

 くるりと回った一瞬、ミラロゥの顔が見えた。また心配させちゃってる。その瞬間、僕は我に返った。

 そうだ。操られてる場合じゃないぞ。これでまた怪我でもしてみろ。先生とイチャイチャできないじゃないか!
 僕は必死に抵抗を試みた。相手がアプリと仮定して、音量を下げるように、シンクロ率を下げるんだ。調整バーを最小に持っていくイメージをする。

 体にすこしだけ力が入った。いいぞ。抗ってやるんだ。なにがオートモードだ。この体は、僕のものだ!
 だけどコレ、すごく苦しい。いつまで抵抗できるだろうか。こめかみがミチミチ痛くなって、全身を汗が伝った。

「いいから止めろって言ったんだよ!」
 ビィくんと、あの気の良いにーちゃんたち。彼らが音声ブースに乱入しているのがチラリと見えた。

 音楽がブツっと途切れて、僕の体が崩れ落ちる。地面に衝突する前にミラロゥが支えてくれたようだ。
「借りができたな……」
 そんなふうに彼はつぶやいていたと思う。そこから先の記憶はない。どうやらまた気を失ってしまったらしい。

 僕は熱を出して二日間ほど寝込んだ。ミラロゥはそのあいだ休みを取って、せっせと僕の看病をした。
 三日目にはさすがに起きられそうだった。パジャマのまま居間に行き、僕は先生に言ってみた。

「先生、今日は学校に行きたいんだけど」
 ミラロゥはあまりいい顔をしなかった。

「無理をしないほうがいい。まだ、様子を見たほうが」
「午後からでもいいから」
「うーん」
「っていうか、先生もそろそろ仕事に行かなきゃじゃないの? こんなに休んで大丈夫なの」
「つがいのために休みを取らないアルファは、社会的に信用されない」
「そ、そういうもん?」

 僕はチラッと先生の顔を窺った。無理してでも行きたい理由がちゃんとあるんだ。

「実は今日、ビィくんの最後の登校日なんだよ。授業が終わる時間に合わせて、ちょっとだけでもいいから。あのとき、ビィくんが音楽を止めてくれただろ? お礼を言いたくて」
「……そうだな。借りは返しておかないと後で面倒なことになりそうだ」
「借り?」

「あの場でもっとも適切な行動をとったのは、彼だ」
 僕は思わずふきだした。ミラロゥが子供っぽい顔で拗ねたから。
「先生の声も、ちゃんと聞こえてたよ。あれで僕、自分でもどうにかしようってがんばれたんだから」
 その結果、負荷がかかって熱暴走を起こしたようだけど。さいわいケガはなかった。

「わかった。時間になったら起こすから、食べたらもうすこし休みなさい。マンガはほどほどに!」
 僕はへらっと笑って返事を避けた。
 この二日間、スマホを取り上げて寝かしつけたい先生と、マンガで免疫力を高める民間療法を実践したい僕とで、じゃっかん揉めたのでね。



「私はここで待っているから」
 ミラロゥは学校の近くに車をとめて、車内で待つと言う。ほかの生徒への配慮だろう。学校側にもここに車をとめますと一報入れていたから。

 僕は先生の車と、下校する生徒たちが見える位置に立って、ビィくんが出てくるのを待った。
 途中クラスメイトを見つけて、声をかける。
「ビィくんってまだいるかな」
「あ、ルノンだ。ちょっと待ってて呼んでくる。ビィ、ルノンが来たよ!」

 あー、大声出して。叱られるぞ。
 待つほどもなく、ビィくんが僕を見つけて駆け寄ってきた。いつものように、ほかの子たちを引き連れていた。

「ルノン! 良かった、会えた! 体は? ケガは?」
「すこし熱が出たけど、もう下がった。ケガもないよ」
「ごめん、ルノン。俺が無理やり連れ回したから……。あんなことになって」
「ビィくんのせいじゃないよ! 絡んできた奴らが悪い! それに、あのとき、音楽を止めてくれただろう? あのおかげでケガもなかった。ありがとう。おかげで助かったよ」

「ルノンが、またあの怖い状態になっちゃったんだって、わかったから」
「叱られなかった?」
「ちょっとね。けど、ルノンが無事で本当によかった」

 ビィくんはホッとした様子で、顔をクシャッとさせて笑っている。
 胸がじんわりと温かくなった。
「ミラロゥに連絡を入れてくれたことも、ありがとう」
「それ、あの人にも言われたんだよな。俺のこと、怒らなかった。ルノンのこと危険な目に合わせたのに」
「怒らないよ。ビィくんは悪くないから」

 それでもまだ納得できないらしい。僕と目を合わせづらいようだ。
「ビィくんと一緒に出かけたこと自体は、僕、楽しかったんだよ」
「本当に?」
 ビィくんハッと顔をあげた。
「うん。一緒に周って楽しかった」
 請け負うと、彼ははにかんだ。
 ほんと、いい子だな。頭を撫でてあげたくなったけど、子供扱いすると怒るから、親しみを込めて軽くハグをする。

「もう行かなきゃ。ビィくん。元気でね」
 真っ赤になったビィくんに手を振り車に戻ると、ミラロゥにチロリと睨まれてしまった。
「先生、子供だよ?」
「それはわかってる。わかってないのは、君だけだよ」
 ミラロゥは深くため息をついた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

時の情景

琉斗六
BL
◎あらすじ 中学教師・榎戸時臣は聖女召喚の巻き添えで異世界へ。政治の都合で追放、辺境で教える日々。そこへ元教え子の聖騎士テオ(超絶美青年)が再会&保護宣言。王子の黒い思惑も動き出す。 ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿しています。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

恋が始まる日

一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。 だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。 オメガバースです。 アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。 ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...