33 / 42
文筆業とか言ってみたり
7 ダンス大会当日
しおりを挟む
ダンス大会で『鳩ぽっぽ』を使わせてほしい。
彼らの要求は予想通りだった。
ミラロゥが指定したカフェは、僕の普段の行動範囲から大きく外れた場所にあった。メニューに甘いものがほとんどないし、こんなときでもないとまず来ることのない店だ。
今日の話し合いが終わったあと、僕が偶然ふらっと立ち寄って、再会なんてことにならないようにってことだろうな。
僕がやらかしそうなこと、先回りして全部片づけちゃうなんてさすがスパダリ。
待ち合わせの時間ピッタリに、彼らはやって来た。おおむね僕の予想通り、活力に満ちたザ・体育会系で、男性が二人に女性が一人。
けど、ひとまず話は聞いてくれそうだ。
「僕の歌声をそのまま使うのは止めてください! ほかの人が歌ったものをダンス用にアレンジするならいいです」
ミラロゥもいるので、僕は強気に攻めてみた。
ダメもとだったけど、彼らにとっては願ってもないことだったらしい。
そりゃそうだ。僕はリズム感もないし、あの歌声がダンスに向いているとは思えない。
交渉はあっさり成立した。
僕の歌声を大会では使用しないと、契約書まで書いてくれた。
「なんか、ミラロゥに来てもらうほどじゃなかったかもね」
カフェをあとにして、見慣れない町並みを眺めながらのんびりというと、ミラロゥはため息をついた。
「何を言ってるんだ君は」
あ、そうか。アルファであるミラロゥが同席してくれたから、簡単に話がまとまったんだ。気づいて恥じ入る僕を抱き寄せ、ミラロゥはもっと恥ずかしくなるようなことを言った。
「攫われでもしたらどうする。ほら、ちゃんと手を繋いでいて」
本気で言ってるんだよな、これ。
わかってしまうから、恥ずかしいより嬉しいが勝って、どうにも顔が緩んでしまった。
◇
ダンス大会当日、僕とミラロゥには特別に関係者席が用意された。
街はどこもかしこもお祭り騒ぎで、特にアリーナの周りはすごい熱気だった。
「いいのかなあ」
決勝戦を生で見たいという人々は大勢いる。ダンスの良し悪しもよくわからない僕とは熱量が違う。それなのに、席を一つとってしまっていいんだろうか。
なんとなく振り返ると、視線の先に海が見えた。
海沿いの公園には今年もたくさんの人が詰めかけていることだろう。
以前一緒にあちこちの会場を回った少年のことをふと思った。
十八歳になったらダンス大会に出場して、決勝戦の招待券を贈ってくれる……なんて言っていたけれど。
その前に妙な経緯で招待されてしまったものだ。
いよいよ会場の中へというタイミングで、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
「なぜ私が入場できないんだ! 私は『トゥルトートゥ』ブームの火付け役だぞ! 多くの人に親しまれるようこちらの言葉に書き替えて、子供たちに教えたんだ!」
「はぁ!?」
威嚇しながら声の主を探せば、あのチャラけたエセ民族学者がすぐに見つかった。
彼の方も僕に気付き、サングラスを頭上にあげてずんずん近づいてくる。
「これはフォノムラ先生! 先生からもなにか言ってやってください!」
なんだ先生って。いったいなんの先生なんだよ。
僕はささっとミラロゥの背後に避難した。そして安全圏からののしってやった。
「なにが火付け役だ! ただの人権侵害だろ。まず僕の許可を取れ!」
「なにを生意気な」
顔をゆがめたエセ民族学者だったが、今さらミラロゥの存在に気付いたように、顔と声を繕った。
「いやなにか思い違いがあるようですな。異世界の知識は貴重なものです。広く公表してしかるべきなのですよ」
「おっしゃりたいことは理解できます」
ミラロゥがそんなふうに答えるので、僕はギョッとして見上げた。
「確かに彼の持つ異世界の知識は貴重なものです。ですが、それをいつ誰にどうやって公表するかは本人が決めることです」
そう、それだよ!
一瞬びっくりしちゃったけど、ド正論で相手を論破するミラロゥ、カッコイイ。今日はスーツでビシッと決めているから、エリートオーラがあふれ出ていてヤバい。惚れ直しちゃう。
でも相手はまだ諦めていないらしい。
「それでは、世界にとっての損失に――」
僕はミラロゥの背後から飛び出し、得意の弁舌を遮ってやった。
「その貴重な知識とやらを売名のために使っておいてなに言ってるんだよ。僕の知識も経験も、僕のものだ!」
今ミラロゥが言ってくれたのと同じことだけど、僕からも言ってやりたかったのだ。ちょっとスッキリしたぞ。
だけど相手がギリっと奥歯を噛むので、僕は素早く安全圏へ退避した。
そんな僕の頭をミラロゥはよくできましたとばかりに撫でる。
「前回の件、なぜ大事にならなかったと思いますか。ルノンが止めたからです。ですが、これ以上彼に関わろうというのなら、こちらも黙ってはいませんよ」
ミラロゥは言葉遣いこそ丁寧だが、好戦的な顔つきになっている。
その顔好き。
慌てたのはエセ民族学者の連れの方だ。
「もう帰りましょう、先生」
と腕をつかむ。
「しかし、何のためにここまで苦労したと思っているんだ! 私は『トゥルトートゥ』の――」
「ええ、ええ。わかりましたから」
ドレスアップしてるから気づかなかったけど、よく見たら助手さんだ。
ぎゃーぎゃー騒ぐエセ民俗学者を引きずるように連れて行く。
そうまでして決勝戦が見たかったのか……。
とにかくあきれるばかりである。
「大丈夫かい、ルノン」
「うん。ありがとう、ミラロゥ。ハッキリ言ってくれて」
「当然だ」
気を取り直して、僕らはダンス大会の夜を楽しむことにした。
彼らの要求は予想通りだった。
ミラロゥが指定したカフェは、僕の普段の行動範囲から大きく外れた場所にあった。メニューに甘いものがほとんどないし、こんなときでもないとまず来ることのない店だ。
今日の話し合いが終わったあと、僕が偶然ふらっと立ち寄って、再会なんてことにならないようにってことだろうな。
僕がやらかしそうなこと、先回りして全部片づけちゃうなんてさすがスパダリ。
待ち合わせの時間ピッタリに、彼らはやって来た。おおむね僕の予想通り、活力に満ちたザ・体育会系で、男性が二人に女性が一人。
けど、ひとまず話は聞いてくれそうだ。
「僕の歌声をそのまま使うのは止めてください! ほかの人が歌ったものをダンス用にアレンジするならいいです」
ミラロゥもいるので、僕は強気に攻めてみた。
ダメもとだったけど、彼らにとっては願ってもないことだったらしい。
そりゃそうだ。僕はリズム感もないし、あの歌声がダンスに向いているとは思えない。
交渉はあっさり成立した。
僕の歌声を大会では使用しないと、契約書まで書いてくれた。
「なんか、ミラロゥに来てもらうほどじゃなかったかもね」
カフェをあとにして、見慣れない町並みを眺めながらのんびりというと、ミラロゥはため息をついた。
「何を言ってるんだ君は」
あ、そうか。アルファであるミラロゥが同席してくれたから、簡単に話がまとまったんだ。気づいて恥じ入る僕を抱き寄せ、ミラロゥはもっと恥ずかしくなるようなことを言った。
「攫われでもしたらどうする。ほら、ちゃんと手を繋いでいて」
本気で言ってるんだよな、これ。
わかってしまうから、恥ずかしいより嬉しいが勝って、どうにも顔が緩んでしまった。
◇
ダンス大会当日、僕とミラロゥには特別に関係者席が用意された。
街はどこもかしこもお祭り騒ぎで、特にアリーナの周りはすごい熱気だった。
「いいのかなあ」
決勝戦を生で見たいという人々は大勢いる。ダンスの良し悪しもよくわからない僕とは熱量が違う。それなのに、席を一つとってしまっていいんだろうか。
なんとなく振り返ると、視線の先に海が見えた。
海沿いの公園には今年もたくさんの人が詰めかけていることだろう。
以前一緒にあちこちの会場を回った少年のことをふと思った。
十八歳になったらダンス大会に出場して、決勝戦の招待券を贈ってくれる……なんて言っていたけれど。
その前に妙な経緯で招待されてしまったものだ。
いよいよ会場の中へというタイミングで、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
「なぜ私が入場できないんだ! 私は『トゥルトートゥ』ブームの火付け役だぞ! 多くの人に親しまれるようこちらの言葉に書き替えて、子供たちに教えたんだ!」
「はぁ!?」
威嚇しながら声の主を探せば、あのチャラけたエセ民族学者がすぐに見つかった。
彼の方も僕に気付き、サングラスを頭上にあげてずんずん近づいてくる。
「これはフォノムラ先生! 先生からもなにか言ってやってください!」
なんだ先生って。いったいなんの先生なんだよ。
僕はささっとミラロゥの背後に避難した。そして安全圏からののしってやった。
「なにが火付け役だ! ただの人権侵害だろ。まず僕の許可を取れ!」
「なにを生意気な」
顔をゆがめたエセ民族学者だったが、今さらミラロゥの存在に気付いたように、顔と声を繕った。
「いやなにか思い違いがあるようですな。異世界の知識は貴重なものです。広く公表してしかるべきなのですよ」
「おっしゃりたいことは理解できます」
ミラロゥがそんなふうに答えるので、僕はギョッとして見上げた。
「確かに彼の持つ異世界の知識は貴重なものです。ですが、それをいつ誰にどうやって公表するかは本人が決めることです」
そう、それだよ!
一瞬びっくりしちゃったけど、ド正論で相手を論破するミラロゥ、カッコイイ。今日はスーツでビシッと決めているから、エリートオーラがあふれ出ていてヤバい。惚れ直しちゃう。
でも相手はまだ諦めていないらしい。
「それでは、世界にとっての損失に――」
僕はミラロゥの背後から飛び出し、得意の弁舌を遮ってやった。
「その貴重な知識とやらを売名のために使っておいてなに言ってるんだよ。僕の知識も経験も、僕のものだ!」
今ミラロゥが言ってくれたのと同じことだけど、僕からも言ってやりたかったのだ。ちょっとスッキリしたぞ。
だけど相手がギリっと奥歯を噛むので、僕は素早く安全圏へ退避した。
そんな僕の頭をミラロゥはよくできましたとばかりに撫でる。
「前回の件、なぜ大事にならなかったと思いますか。ルノンが止めたからです。ですが、これ以上彼に関わろうというのなら、こちらも黙ってはいませんよ」
ミラロゥは言葉遣いこそ丁寧だが、好戦的な顔つきになっている。
その顔好き。
慌てたのはエセ民族学者の連れの方だ。
「もう帰りましょう、先生」
と腕をつかむ。
「しかし、何のためにここまで苦労したと思っているんだ! 私は『トゥルトートゥ』の――」
「ええ、ええ。わかりましたから」
ドレスアップしてるから気づかなかったけど、よく見たら助手さんだ。
ぎゃーぎゃー騒ぐエセ民俗学者を引きずるように連れて行く。
そうまでして決勝戦が見たかったのか……。
とにかくあきれるばかりである。
「大丈夫かい、ルノン」
「うん。ありがとう、ミラロゥ。ハッキリ言ってくれて」
「当然だ」
気を取り直して、僕らはダンス大会の夜を楽しむことにした。
30
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
時の情景
琉斗六
BL
◎あらすじ
中学教師・榎戸時臣は聖女召喚の巻き添えで異世界へ。政治の都合で追放、辺境で教える日々。そこへ元教え子の聖騎士テオ(超絶美青年)が再会&保護宣言。王子の黒い思惑も動き出す。
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿しています。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
恋が始まる日
一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。
だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。
オメガバースです。
アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。
ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる