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商店街へ行く
俺のだろ
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琉冬がバイトを始めた縁もあり俺はときおり商店街をぶらつくようになった。それにしてもちょっと前までうら寂しいしい雰囲気だったのに、本当にずいぶん活気づいたよな。アーケードの入り口付近にキッチンカーまで止まっている。
ホントいったい、何が起こったんだ?
「おーい、かいせー!」
手を振ってのんびり歩いてくるのはコロッケマニアとレトロ商店街マニアだ。
今日は誘い合わせて琉冬の働く純喫茶へ行くことになっている。
二人も気になっていたらしいのだが、女性が多すぎて入りにくかったそうだ。
そんなもんかな。俺は一人でも入っちゃうけどね。
二人は純喫茶の内装に喜び、女性たちの醸し出す華やかな空気に気おされていた。メニューを持ってきたのは残念ながら琉冬じゃなかった。でも、俺に気付いて目配せしてくれた。
並びあって座る二人は熱心にメニューを見ていて気付かない。秘密のやり取りみたいで愉快だった。
ちなみに俺は今日、ハンバーグにすると決めている。
注文がすんでしまえば、話すこともなくなった。
その時、どこからともなく冷凍自販機がどうとか聞こえてきた。そういえば、俺もあれ、ちょっと気になってたんだよな。
ちょうどいいので話題を振ってみる。
「ああ、あれな」
答えてくれたのはレトロ商店街マニアだ。
「ほら、やたらJKに食いついていた奴いただろ?」
女子高生というワードがそうさせるのか、なぜか彼は声を潜めたので、俺たちは身を乗り出して内緒話の陣形を取った。
「あの人ちょうど探してたらしいんだよ。自販機を設置できそうな場所。身内がパン屋を始めたとかで、宣伝と授業の課題をクラウドファンディングで解決し、今ではあれで小銭を稼いでいるとかいないとか」
「なんだそれ、猛者だな」
「……人気なんだ。うまいのかな」
すごいと思うけど、俺の興味は商売気より食い気だった。若干、あきれられた気がする。
こしょこしょ話し合っていたら、静かな声が割り込んだ。
「お待たせいたしました」
「あ、琉冬」
琉冬はニコッとしてくれたけど、なんか怒ってる?
友人たちものけぞるようにして、コチーンと固まってしまった。
琉冬はナポリタンとオムライスを置くと、俺に向かって微笑んだ。
「ハンバーグもただいまお持ちいたします」
「あ、うん……」
彼が背を向けると、コロッケが俺の腕をつついてきた。
「なんだあのイケメン」
「イケメンっていうより、二枚目だな。昭和の名優みたいな迫力だったけど、知り合いか?」
「なんで昭和」
「今どきの俳優より演技に色気があるから」
なるほど、なら仕方ない。
「ああ、まあね。すごいだろ俺の琉冬は」
「俺の?」
「図々しいやつ」
琉冬を見習って俺も積極的にバラしてみたのだが、場を和ませるギャグと捉えられてしまった。本当なのにな。
そこへ琉冬がハンバーグを持ってやってきた。
聞こえてたな、アイツ。笑いをかみ殺していやがる。
その日の夜、入浴中にふと思い出し文句を言うと、背後で琉冬が肩を震わせた。
湯船の中、琉冬は俺を後ろから抱きかかえるような格好だ。
ちゃぷんとお湯を叩いて俺は抗議した。
「俺のだろ」
「そうですよ」
「じゃあどうして笑うんだよ」
ちょっと不服なんだけど。
「いえ、どちらかというと、嬉しくて」
ほんとかなと疑って顔を向けようとしたら、頬ずりされてしまった。
あ、まずいかな。
愛情が高まって欲望に変身してしまう前に、早めに釘を刺しておかなければ。
「今日はダメだからな。明日、早いんだから」
「……残念です」
メチャメチャがっかりした声を出すから、こんな琉冬、他所では見せられないなとか思って俺はニヤついてしまった。
湯上りに、冷蔵庫から麦茶を取り出しながら「そういえば」と琉冬を振り返る。
さすがに浴衣じゃ寒くなってきたのか、今は俺と色違いのパジャマを着ている。白のパイピングで縁取られた、襟付きのパジャマは、俺が緑で琉冬が黒。同じデザインのはずなのに、琉冬が着ると高級そうにみえ、俺が着ると庶民感が出る。
「あの辺、また栄えた? なんかどんどん人通りが増えてるよな」
「ええ、そうですね。さすがは桂聖。いい仕事をしましたね」
琉冬はふわりと微笑みながら頷いた。
見とれてしまって、一瞬頷きそうになっちゃったけど、なんの話だ?
「俺、なんにもしてないよ」
「人の流れを変えたでしょう?」
「んん?」
俺は首を傾げるしかない。
「たとえば今日、桂聖がお土産に買ってきてくれたクロワッサン、冷凍自販機のものでしょう」
「うん」
「あれ設置したのだって、桂聖の大学の人ですからね」
「ああ、そうなんだってな。今日聞いた」
「女子高生は目新しいものと可愛いものと甘いものが好きで、彼女らの目に留まりさえすれば、どんどん拡散してくれるからと、商店街の人を説得して回ったそうじゃないですか」
琉冬の言によれば、彼は商店街の人々の意識を変えたらしい。
まずは女性の喜びそうなものを置くべき、という彼の主張は目に見えて効果を現した。
「女性たちがが冷凍自販機を見つけてキャッキャと喜ぶのを見た純喫茶のマスターは、お孫さんの描いたイラストを使ってタンチョウパンケーキをはじめたんだそうです」
「ほうほう」
「それと同時期、コロッケが流行り始めました」
「コロッケ」
いや、確かにうまかったけれども。道で食べ歩きする人も見かけるようになったけれども。コロッケ?
琉冬が言うには、あのコロッケマニアが美味しいコロッケとしてあそこの肉屋を紹介したらしい。そしてレトロ商店街マニアが古びたアーケード街を、『風情ある』とか『昭和レトロを味わえる』と絶賛し、フォトスポットとして紹介したとか。そこでコロッケを食べる写真がとにかく映えるんだとか。
「彼らは商店街の新たな魅力を発見したわけです」
人通りが増えたのを見て、ラーメン屋は内装を綺麗にして女性客を増やし、鞄屋は若者向けの、けれど安っぽく見えない品物を入荷しはじめたと。周りの成功例を見て他の店も張りきりだしたということらしい。
「あー、それで鶴の銅像も写真撮ってる人がいたのかな」
「ああ、あの銅像……。あれは恋愛成就のご利益があるそうです」
「え!? 本当にご利益あるの?」
「桂聖が騒いでいたのを聞いたんじゃないですか?」
聞いてた子はいたけどさ、どっちかというと琉冬を見ていた気がするぞ。
琉冬の「俺が叶えます」が効いたんじゃないか?
「ね、俺の桂聖はすごいんですよ?」
んな、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話ある?
商店街に興味を持ったの琉冬ほうなんだし、やっぱり俺は琉冬のご利益だと思うけどな。
だけど、どことなく誇らしげな琉冬を見ていたら、まあいいかって思えてくる。
そういうことにしておこう。これでめでたしめでたし、だ。
ホントいったい、何が起こったんだ?
「おーい、かいせー!」
手を振ってのんびり歩いてくるのはコロッケマニアとレトロ商店街マニアだ。
今日は誘い合わせて琉冬の働く純喫茶へ行くことになっている。
二人も気になっていたらしいのだが、女性が多すぎて入りにくかったそうだ。
そんなもんかな。俺は一人でも入っちゃうけどね。
二人は純喫茶の内装に喜び、女性たちの醸し出す華やかな空気に気おされていた。メニューを持ってきたのは残念ながら琉冬じゃなかった。でも、俺に気付いて目配せしてくれた。
並びあって座る二人は熱心にメニューを見ていて気付かない。秘密のやり取りみたいで愉快だった。
ちなみに俺は今日、ハンバーグにすると決めている。
注文がすんでしまえば、話すこともなくなった。
その時、どこからともなく冷凍自販機がどうとか聞こえてきた。そういえば、俺もあれ、ちょっと気になってたんだよな。
ちょうどいいので話題を振ってみる。
「ああ、あれな」
答えてくれたのはレトロ商店街マニアだ。
「ほら、やたらJKに食いついていた奴いただろ?」
女子高生というワードがそうさせるのか、なぜか彼は声を潜めたので、俺たちは身を乗り出して内緒話の陣形を取った。
「あの人ちょうど探してたらしいんだよ。自販機を設置できそうな場所。身内がパン屋を始めたとかで、宣伝と授業の課題をクラウドファンディングで解決し、今ではあれで小銭を稼いでいるとかいないとか」
「なんだそれ、猛者だな」
「……人気なんだ。うまいのかな」
すごいと思うけど、俺の興味は商売気より食い気だった。若干、あきれられた気がする。
こしょこしょ話し合っていたら、静かな声が割り込んだ。
「お待たせいたしました」
「あ、琉冬」
琉冬はニコッとしてくれたけど、なんか怒ってる?
友人たちものけぞるようにして、コチーンと固まってしまった。
琉冬はナポリタンとオムライスを置くと、俺に向かって微笑んだ。
「ハンバーグもただいまお持ちいたします」
「あ、うん……」
彼が背を向けると、コロッケが俺の腕をつついてきた。
「なんだあのイケメン」
「イケメンっていうより、二枚目だな。昭和の名優みたいな迫力だったけど、知り合いか?」
「なんで昭和」
「今どきの俳優より演技に色気があるから」
なるほど、なら仕方ない。
「ああ、まあね。すごいだろ俺の琉冬は」
「俺の?」
「図々しいやつ」
琉冬を見習って俺も積極的にバラしてみたのだが、場を和ませるギャグと捉えられてしまった。本当なのにな。
そこへ琉冬がハンバーグを持ってやってきた。
聞こえてたな、アイツ。笑いをかみ殺していやがる。
その日の夜、入浴中にふと思い出し文句を言うと、背後で琉冬が肩を震わせた。
湯船の中、琉冬は俺を後ろから抱きかかえるような格好だ。
ちゃぷんとお湯を叩いて俺は抗議した。
「俺のだろ」
「そうですよ」
「じゃあどうして笑うんだよ」
ちょっと不服なんだけど。
「いえ、どちらかというと、嬉しくて」
ほんとかなと疑って顔を向けようとしたら、頬ずりされてしまった。
あ、まずいかな。
愛情が高まって欲望に変身してしまう前に、早めに釘を刺しておかなければ。
「今日はダメだからな。明日、早いんだから」
「……残念です」
メチャメチャがっかりした声を出すから、こんな琉冬、他所では見せられないなとか思って俺はニヤついてしまった。
湯上りに、冷蔵庫から麦茶を取り出しながら「そういえば」と琉冬を振り返る。
さすがに浴衣じゃ寒くなってきたのか、今は俺と色違いのパジャマを着ている。白のパイピングで縁取られた、襟付きのパジャマは、俺が緑で琉冬が黒。同じデザインのはずなのに、琉冬が着ると高級そうにみえ、俺が着ると庶民感が出る。
「あの辺、また栄えた? なんかどんどん人通りが増えてるよな」
「ええ、そうですね。さすがは桂聖。いい仕事をしましたね」
琉冬はふわりと微笑みながら頷いた。
見とれてしまって、一瞬頷きそうになっちゃったけど、なんの話だ?
「俺、なんにもしてないよ」
「人の流れを変えたでしょう?」
「んん?」
俺は首を傾げるしかない。
「たとえば今日、桂聖がお土産に買ってきてくれたクロワッサン、冷凍自販機のものでしょう」
「うん」
「あれ設置したのだって、桂聖の大学の人ですからね」
「ああ、そうなんだってな。今日聞いた」
「女子高生は目新しいものと可愛いものと甘いものが好きで、彼女らの目に留まりさえすれば、どんどん拡散してくれるからと、商店街の人を説得して回ったそうじゃないですか」
琉冬の言によれば、彼は商店街の人々の意識を変えたらしい。
まずは女性の喜びそうなものを置くべき、という彼の主張は目に見えて効果を現した。
「女性たちがが冷凍自販機を見つけてキャッキャと喜ぶのを見た純喫茶のマスターは、お孫さんの描いたイラストを使ってタンチョウパンケーキをはじめたんだそうです」
「ほうほう」
「それと同時期、コロッケが流行り始めました」
「コロッケ」
いや、確かにうまかったけれども。道で食べ歩きする人も見かけるようになったけれども。コロッケ?
琉冬が言うには、あのコロッケマニアが美味しいコロッケとしてあそこの肉屋を紹介したらしい。そしてレトロ商店街マニアが古びたアーケード街を、『風情ある』とか『昭和レトロを味わえる』と絶賛し、フォトスポットとして紹介したとか。そこでコロッケを食べる写真がとにかく映えるんだとか。
「彼らは商店街の新たな魅力を発見したわけです」
人通りが増えたのを見て、ラーメン屋は内装を綺麗にして女性客を増やし、鞄屋は若者向けの、けれど安っぽく見えない品物を入荷しはじめたと。周りの成功例を見て他の店も張りきりだしたということらしい。
「あー、それで鶴の銅像も写真撮ってる人がいたのかな」
「ああ、あの銅像……。あれは恋愛成就のご利益があるそうです」
「え!? 本当にご利益あるの?」
「桂聖が騒いでいたのを聞いたんじゃないですか?」
聞いてた子はいたけどさ、どっちかというと琉冬を見ていた気がするぞ。
琉冬の「俺が叶えます」が効いたんじゃないか?
「ね、俺の桂聖はすごいんですよ?」
んな、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話ある?
商店街に興味を持ったの琉冬ほうなんだし、やっぱり俺は琉冬のご利益だと思うけどな。
だけど、どことなく誇らしげな琉冬を見ていたら、まあいいかって思えてくる。
そういうことにしておこう。これでめでたしめでたし、だ。
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