妻がゾンビになりまして……

3-3：妻が怒りまして……

「おい！　このクソオヤジ！」

花音は扉を勢いよく開けて、浦見の頬を思い切り引っぱたいた。

浦見は突然のことで一瞬よろめき、後ろに一歩下がった。

「いてっ！　なにすんだ！」

「それはこっちのセリフだよ！　お前何しに来たんだ、謝りに来たんじゃないのかよ！？」

花音は大きな目をより見開き浦見の襟を両手で掴んで大声を上げる。

花音の目には涙が滲みだしていた。

「アンタにとってはただの事故でもな、私たちにとってはたった1人のママなんだよ！」

「だから、無事なんだろ？　元気に動いていたじゃないか！？」

浦見は花音の言葉に反論する。

「無事なわけあるか！　頭やってんだぞ！？　プロのドライバーが居眠り運転ってバカじゃないの！？」

花音の言葉に浦見も反抗して、花音の腕を掴み引きはがそうとする。

「バスの運転をしたことあるのかこの小娘が！　毎日大変なんだよ！」

「知ったことか！　あんたが選んだ仕事だろうが。責任持ちやがれ！」

おぉ、我が娘ながら、的確なことを言うなぁ。

「ぐっ、この」

浦見は花音の腕を掴んで、突き飛ばした。

「きゃあ！」

俺はすぐに花音に駆け寄り、花音の上体を支える。

「おい！　娘になんてことを……」

すると、花音の悲鳴を聞いた美鈴が扉から現れた。

「グルルルル」

美鈴は喉を鳴らしながら、浦見の方を睨んでいる。

やばい、このままだと浦見って男に噛みつくかもしれない。

それだけはまずい！

「美鈴！　花音は無事だ、だから」

「うがぁー！」

俺は美鈴をなだめようとしたが、遅かった。

美鈴は襲い掛かる。




俺に



ガプッ

「いてぇー！　なんで俺なんだよ！　普通この流れはこっちだろうが！」

俺は浦見を指さしながら、美鈴を引きはがそうとした。

しかし、花音に危害が加わったからなのか、いつも以上に噛む力が強く、

無理に引き離せば、腕の肉が持っていかれそうだ。

「ぐぁ、か、花音、ママ結構怒ってるみたいだぞ」

「あ、うん、ごめん。ママ！　私は大丈夫だよ」

花音が美鈴を落ち着かせるため、肩に手をやるが美鈴の怒りは収まらない。

それどころか、花音を守ろうとより噛む力を強めている。

「はっ、旦那さんに噛みつくなんて何を考えているんだ？」

浦見は腹を抱えながら笑い始める。

くそ、浦見ってやつ、高みの見物かよ。

誰のせいでこんな大変な目に合ってると思ってるんだ。

でも、美鈴は花音を守ろうとしてるんだよな。

だったら、

「美鈴、花音は大丈夫だよ、守ってくれようとしてありがとうな」

俺は美鈴の頭に手を乗せながら、すっと優しく抱き寄せた。

俺の思いが少し伝わったのか、美鈴の噛む力が弱くなり、

やがて、噛むのをやめてくれた。

「うぅー」

美鈴の姿を見て、花音は美鈴の背中に後ろから抱き着き顔を近づけた。

「ママ、守ってくれようとしてありがとうね」

「あぁ、うぅ」

「まるで、ゾンビみたいだな」

浦見の発言に俺たちは怒りが頂点に達した。

だが、

この発言に誰よりも怒りを表した者がいた。

「おい、浦見」

浦見の上司の渡辺だ。

渡辺は浦見の顔を睨みながら、ズカズカと怒りを表しながら近づく。

「お前は、今日限りで辞めてもらう」

「はっ？　どういうことですか？」

浦見が状況を飲み込めていない。

「言葉の通りだ、悪いがこれ以上我が社のイメージを落とすわけにはいかない」

「渡辺さん……」

浦見は反論をし始める。

「いや、部長！　勝手に飛び出したのは向こうですよ！　私はむしろ被害」

「クビだといったのが聞こえんのか？」

渡辺の目は迫力があり、さすが上司というだけあってその場にいる俺たちも黙り込むほどだ。

浦見は、もはや何も言い返すことができず、

静かに、こちらを睨みつけてきた。

「くそぉ、お前らがいなければこんなことには」

睨みながら小さな声でつぶやいた、そして

「お前ら全員、覚えてろよ……」

そういって、浦見は家から勢いよく飛び出していった。

渡辺は浦見が出ていく様子を見ることなく、上を向き目を閉じる。

おそらく、だいぶ可愛がっていたのだろう。

俺が可愛がったのはこんな男だったのか言わんばかりの表情を浮かべていた。