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王都
38 見掛け倒しパシティエール
しおりを挟む「ううっ……ぐずっ……うえぇ」
俺はもうほとほと疲れ果てていた。
誰だこの子供に縋り付いてさめざめと泣く成人男性を俺に押し付けたのは……。
そうだ、ドノバンさんだ。
これが解決したら俺は断固としてドノバンさんに謝礼という名のパティスリーエドメの新作お菓子をゆするんだ。
目の前の男性に聞かれたらまた泣かれる時間が延長しそうなことを固く決意した。
「嫌です。断固拒否します。」
ここ最近忙しくて時間が取れてないので、かまど妖精たちとのつかの間の逢瀬を楽しもうと意気揚々と転移港にやってきた俺は、来て早々ドノバンさんに取っつかまった。
「ね? そんなこと言わずに頼むよ」
「嫌です。今日は俺はカワイ子ちゃんたちと遊ぶんです。大体なんですか、その“特に経営に問題はないけど店のことで悩んでる鬱陶しい友人の相手をしてくれ”って。意味わかんないです」
なんの罰ゲームなんですか、と両手でバッテンを作って全身でNOと言える日本人―あ、今は異界人か―を表現すると、ドノバンさんは体をよじりながら頬をかいた。
こういう時に限ってドノバンさんに注意してくれる、俺に激アマなカルパスさんが他の転移港の客の対応をしているんだからツイてない。
「そいつ自体は基本的にいいやつなんだよ? ただこう、落ち込み方というか悩んでいるさまというか、諸々の相手をするのが大人にはしんどい」
「基本的に大人がしんどいと思う相手は子供にだってしんどいです」
そして本題はそこじゃない。確かに王都では子供の商人や経営者も珍しくはないが、それでもそれは社会的な信用がある大人が近場にいるという前提がある故のことだと誰もが知ってる中、大の大人が、社会的に地位のある大人の紹介者がいるわけでも、切羽詰まった崖っぷちでもないのに齢8歳の俺に本気で経営相談しようという時点で地雷臭がすごいぞ。
正直に申し上げて関わり合いになりたくないです。
俺の本気の拒否にドノバンさんは困った顔で微笑みながら小首をかしげた。
「そういえば、この間レイラちゃんがベテラン受付職員さんに書類の不備で怒られててその人に連絡取りたがってたけど一体誰の……」
「わーい!! お世話になってるドノバンさんの頼み事だから俺張り切っちゃおっかなー!!!!」
大人って卑怯だ。
というわけで預けられた地図を頼りに聞いていた店舗にお邪魔すると、事前にドノバンさんから話を聞いていたらしいその人は俺が頼んでいた人物だと分かった瞬間、従業員が止めるのも聞かずに自分だけ退勤してきてしまった。
おいおいおいおい、パティシエがいないで営業できるのかよというのを破れかけのオブラートに包んでツッコんだのだが、なぜだか胸を張って『日持ちする商品一杯置いてきたから大丈夫!!』と宣言されてそのまま荷袋よろしく担がれて拉致られてしまった。
拉致・誘拐・ダメ、絶対。
よくわからない場所に連れていかれるよりは、と丁度夜の仕込み時間に入っているリストランテ・チェーリオへ誘導した。アンナパパには『恩があるから文句は言わねーがお前ウチのこと応接室か何かだと思ってんだろ』とツッコまれてしまった。イヤ、ソンナコトナイヨ?
しかし俺は今、そのアンナパパにさえ憐みの目で見られてる。
「だがらねっ!…ぐずっ、俺ば、エドメざんみだいなっ、すごっい、ぱでぃしえーどぅにっ、うぇっ、なっだぐって! だのにっ!だのにっ!」
成人男性が素面でぐっずぐずに泣きながら十にも見たいな子供にすがって本気の経営+人生相談をしている図ってホントにしんどい。たとえすがられている俺が成人男性だったとしてもこの図はしんどい。
ドノバンさんの“悩んでる様がしんどい”の意味を正しく理解した。
涙ぼろっぼろこぼしながらこの世の終わりみたいに物理ですがってすんのホントやめて。俺の体が女の子だったらセクハラとか強制わいせつでしょっ引かれるレベルですがるのホントやめて。
アンナちゃんレベルで泣きネズミと化した成人男性()の聞き取りずらい話を要約すると、昔この人が生まれた時に、この人の家は家計が苦しく彼を手放さなければとても生活していけない状態だったため、彼の父の弟――つまり叔父さんに預けられていた。
その叔父さんは王都でしょっちゅう遠征に出ていた冒険者であったため、女の一人暮らしは危ないと当時奥さんが住み込みで働いていたパティスリーで育ったのだそうだ。
まだまだ若かった叔父夫婦を年の離れた兄と姉、パティシエ夫妻を父と母だと思っていた彼は五歳になったときにようやく商いが安定して自分を迎えに来た両親を見た時に自分が家族だと思っていた全員が自分と別々の家庭だと知って愕然としたらしい。
血すらつながっていたなかったパティシエ夫妻に泣いてすがるわけにも、これから第一子が生まれる叔父夫婦を困らせるわけにも。まして、必死の思いで迎えに来てくれた両親に心無い言葉を浴びせかけるわけにもいかず。『やだぁ、私たちのこと兄妹だと思ってたの?』なんて微笑ましいエピソードとして笑い飛ばされてしまったまま別れることになってしまったそうだ。
そこから時が流れるにつれ、家業を継がずにパティシエになりたいと揉めたりしながら自分の実の両親とは本音で話し合ってわだかまりはなくなったものの、幼いころに実の家族だと思っていた人たちには思いっきり色々こじらせ、結局両親に引き取られて以来一度も会うどころか手紙一つ出せていないんだそうだ。
初めはパティシエ夫妻のもとに修行に行くつもりだったのだが、幼いころの記憶はおぼろげで、パティシエ夫妻の居所がわからず、唯一パティシエ夫妻に渡りつけられる叔父夫婦は叔父が冒険者として成功し、あっちこっち飛び回っているせいで手紙はいつも叔父夫婦からの一方通行だったため連絡できず、さらには両親が年を取って体調が不安定なり地元を離れられなくなってしまい、結局地元で唯一のパティスリーで修行をすることになったそうだ。
両親が若いころの無理がたたって四年前に亡くなり、悲しさとさみしさで途方に暮れ、どうしてもパティシエ夫妻に会いたくなってたまらなくなった。しかし連絡する手段を持たない彼は王都で一番のパティシエになって向こうから会いに来てもらおうと閃いたそうだ。思い立ったが吉日、それまでの貯金はたき叔父夫婦の手紙を転送するように手続きをして単身王都へ飛び出してパティスリーを開いた。
彼なりにがむしゃらにお店をまわして、ようやく王都でも名の知れたパティスリーに出来たと思って人心地つけて周りを見渡すと、人々は口々に『ここは見掛け倒しだ』『味は二の次で見た目ばかりこだわっている』『あのパティスリーには遠くおよばない』と好き勝手なことをささやかれる。
そんな風に言われるのは我慢ならず、そのパティスリーを敵情視察に行ってやろうと乗り込めば、見覚えのある街並みに見知った人々店の前までやってきて、ようやくその店が自分の恩人のパティシエの店―――パティスリーエドメだと気づいたそうだ。
「―――で? つまりカルロさんが俺に相談したいことってなんなわけ?」
ため息交じりに問いかけると、カルロさん―――王都で知らぬものはいないと評される今流行りのパティスリーカルロの主は顔から出る液体全部をあふれさせグッチャグチャの顔面で叫んだ。
「俺を! 見掛け倒しパティシエールから卒業させてください!!」
―――管轄外です!!!!
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