トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第一章 心霊スポットと白い影

02 立ち入り禁止とは立って入らなければ違反ではない

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 ファミリーレストランを出た時点で既に夜の帳がおりていた事からわかるように、件の心霊スポットに向かう途中にあるという山道を車で走る頃には完全にあたりは真っ暗になっていた。
 フロントガラス越しに見える風景はヘッドライトが当たって浮かび上がる苔だらけのガードレールと標識のみ。道の狭さもさる事ながら、すれ違う対向車などもない事を考えるとこの道自体既に主要な道路ではないのだろう。

「……酷い道だな……」
「旧道だからな。今は新しいトンネルが出来てそっちがメインの道路になってるから、こっちに来るのは俺らみたいな奴か、地元のジジババだけなのさ」

 俺の零した独り言に、中野がハンドルを握りながら答える。

 ちなみに、現在は中野の運転する車の車内であり、俺と海斗は後部座席で団子になっている。
 行く時は中野が彼女を助手席に乗せるからといって俺達2人を後部座席に追いやったのだが、悲劇的な通知を受け取った事で空席となっていた。

 本来であれば空席が発生した時点で俺と海斗のどちらかが埋めれば良かったのだろうが、何となく中野の雰囲気を慮ってそのままにした。
 ついでに説明すると、俺と海斗が団子になっているというのはそのままの意味で、現在俺のコートの中に海斗が潜り込んでスマホをいじっているという状況だった。

 おそらく寒いのだろう。
 元々今日はあまり厚着をしてきていなかった海斗だったが、日が落ちた事で我慢が出来なくなったようだった。

 俺は動きにくい状態ではあったが何とか懐からスマホを取り出すと、ほぼ点けっ放しにしていたマップに目を落とす。
 電波は辛うじて一本立っているという状況ではあったが、一応これで俺達の現在の居場所はわかる。
 そのマップ上の現在地では、山の途中で道が途切れている部分を進んでいるようだった。

「この先行き止まりみたいなんだけど」

 俺の疑問にも中野は何て事はないと返答する。

「道はな。今俺達が向かってんのは大昔に使われてたっていうトンネルだ」
「トンネル……」

 てっきり自殺の名所とか今は使われていない昔の建物──所謂廃墟のような場所に向かっているのかと思っていたので、少し意外だったが、よく考えてみたら旧道の古いトンネルというのも心霊スポットとしてはある意味有名だった。
 しかし……。

「こんな場所にトンネルがあるとか初めて聞いたんだけど」
「まあな。なんでも知る人ぞ知る場所ってやつ? みたいで、やばい雰囲気だけはあるらしいぜ。……本当なら来年の夏にあいつと一緒に行くつもりだったんだけどよ……」

 俺の質問に最初は景気よく話していた中野だったが、話の途中で唐突にネガティブな感情を吐き出すように大きく息を吐き出す。
 車の中は暖房が効いているから視認する事は出来なかったが、これが外ならば真っ白な息が吐き出されていただろう。
 そう。本来であれば恋人同士にとって特別な日になるはずの聖夜と呼ばれるこの夜に、この哀れな友人は男三人で使われなくなったトンネルに行こうとしているのだ。正直馬鹿なのではないだろうかと思う。

 最も、それを口にしてテンションが急降下した友人を追い詰めるような真似はしない。
 そんな中野との会話が途切れたタイミングで、俺のコートの下でぼんやり光っていた光源がなくなり、モゾモゾと小さな頭が動き出す。
 どうやら、ずっとスマホを弄っていた海人がようやく此方の世界に戻ってきたらしい。

「もういいのか?」

 俺の問いかけに、コートの中からニョキッと顔を出した海斗がこくりと頷く。

「うん。流石にゲームも飽きちゃった。それに何だか寒くて……」

 言いつつ両手を揉みほぐすように擦り合わせる海斗に、俺は呆れてしまう。

「アホ。そんな薄着で来るからだ。今日はほぼ外で待つ事になる事くらい知ってたろう?」

 あのテーマパークは長い待ち時間で有名だ。特に今日は恋人や家族連れが多くなる日であるからして、寒空の下震えて待つ事になるのは目に見えていた。
 だからこそ、俺も今日は普段は着ないような長いコートを羽織ってきたのだ。

「だって。どうせ集まってすぐに帰る事になると思ってたからさ。本当は今日は相馬の部屋でゴロゴロしようと思ってたのに」

 海斗の言葉に俺はギョッとすると、一度中野の方を見て死んだ目をしているのを確認してから海斗の頭を抱き抱えるようにして声のトーンを落とす。

「……知ってたのか?」
「何を? もしかして今日中野君の彼女がドタキャンするのを知っていたかどうかって事? その返答なら半分イエスで半分ノーかな」

 ハッキリしない海斗の返答に俺の脳内はハテナマークでまみれたが、すぐに海斗から答えが返ってきた。

「今日ドタキャンするつもりだとは聞いてなかったよ。でも、知り合いの女の子・・・・・・・・から、彼女は中野君が本命じゃないって話は聞いてたんだ。普通、クリスマスは本命といるものでしょ? それに、中野君は今回のデートをプレゼントがわりにして他のプレゼントは用意してなかったみたいだから、今日付き合う理由がないと思っただけ」
「……マジかよ……」

 海斗の言葉に零した俺の呟きに、海斗は神妙に頷く。

「マジだよ。だから僕はずっと中野君は馬鹿だなって思ってたんだ。本人に忠告したところでどうせ聞き入れはしないから黙ってたけど、とんだ茶番に付き合わされたよ。……相馬はそんな女の子に引っかかっちゃダメだよ?」
「……俺の時は遠慮なく教えてくれ……」
「ん。そうする」
「着いたぞ」

 丁度俺達の会話が終わったところで、哀れなピエロ中野からの声が届く。
 着いたということは例の心霊スポットになっているトンネルについたということなのだろうが、ヘッドライトに垂らされて闇に浮かび上がっているのは、金網のフェンスのみでトンネルはどこにも見当たらなかった。

「なあ。トンネルなんてどこにもないじゃないか」
「いいから外出ろよ」

 言いつつシートベルトを外して外に出る中野。
 その際に開かれたドアから流れ込んだ冷たい空気に海斗が「ひゃっ」と、言いながら俺のコートの中に顔を引っ込めたが、流石にこの状況で外に出るわけにもいかないので、強引に引っペがして外に出る。

 外に出ると冬特有の冷たい空気と、古ぼけたフェンスに粗末に貼られた剥がれかけた薄い鉄板が風に吹かれて乾いた音を奏でていた。
 吐く息は白く、頬に当たる風は刃物のように俺の皮膚に痛みを与え、思わずコートに両手を突っ込む。
 そんな俺の背後からモゾモゾとコートに潜り込んできたのは海斗だろう。歩きにくい事この上ないが、まさかこの寒さの中で薄着の海斗を放り出すわけにもいかない。
 俺は寒さに身震いしながら中野の傍に近づいた。

「トンネルはこの先だ。ここから中に入れっから」

 中野の指さした先には金網がめくれ上がり、屈めば大人でも通り抜けられる程度の隙間が空いていた。
 おそらく、肝試し感覚でここを通り抜ける人間が一定数いるのだろう。
 が、俺はその隙間を一瞥したあと、ヘッドライトに照らされているフェンスに括りつけられていた看板に指を向ける。

「関係者以外立ち入り禁止って書いてあるけど」
立って・・・入ればな。屈んで入るのは問題ない」

 そう言って此方の同意も得ぬまま屈んで隙間を通り過ぎる中野。
 そんな中野の姿をコートの胸元から顔を出して、「あいつ一回死ねばいいのに」等と口に出して文句を言っている海斗の不満もスルーして、俺も中野の後を追って隙間を潜る。

 その際、俺に潰されるように通り抜ける羽目になった海斗は悲鳴を上げた。
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