トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第一章 心霊スポットと白い影

03 白い影

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 金網を抜けて暫く歩いてヘッドライトの明かりが辛うじて届く距離。
 そんな場所に、そのトンネルはポッカリと口を開けて現れた。が、その第一印象はトンネルというよりも──

「トンネルというよりも洞窟だね。これ」
「もしくは、昔の防空壕……とか」
「へえ、よくわかったな」

 トンネルをみた印象を初めに海斗が、次に俺が口にすると、中野が聞き捨てならない事を口にした。

「……今、何て?」
「あ? だから防空壕だよ。元々はな。それを地元の人間が掘り進めてトンネルにしたって話だ」

 ちょっと待て。
 これは元々古い道路にあった車道・・の為のトンネルではない。……ということなのだろうか。
 確かにどう見ても洞窟のような……いや、人の手が入っているのが見えるから、どちらかといえば坑道のように見える穴ではあった。

「……ああ。なるほどね。だからこその心霊スポット……ていう」
「そういう事だ。こいつは本当に地元の人間しか使っていなかったっていうトンネル……っていうか防空壕らしくてな。けど、一応は新道にトンネルが出来るまでは本当に使われていたらしいぜ?」
「おいおい。マジかよ……」
「マジだぜ。つーても実際に使われていたのはうん十年前までの話で、今はこうして危険だからって立ち入り禁止区域になってるってわけだ。……っよっと」

 納得したように頷いた海斗とは逆にかなり引きながら零した俺の呟きに中野があっけらかんと返す。
 そして、何やら持ってきていたバッグからライトを取り出し点灯すると、その光をトンネルの中に向けた。

「……お前何でそんなもん持ってんだよ……」
「……あー……。ナイトパレードまでいるようだったら必要かもしれないかとおもってなぁ……。カメラなんかも一応な……。……使わなかったけど」
「ま……まあまあ。こうして使う切っ掛けが出来たんだからよかったじゃないか」
「お、そうだな」
「まあ、無様なのは変わらないけどね」
「木嶋! テメエェ!!」
「よせよお前ら。全く……」

 再び唐突にネガティブになってしまった中野を俺が慰めた傍から海斗が余計な事を言って中野を怒らせる。
 最もそれも何時もの事で、さっきまで乾いた笑みを浮かべていた中野も今は肩を回して勢い込んでいた。

「もういい! 行くぞ! 俺がどれほど頼りがいのある男だったかって事を今は亡きリサに見せつけてやる!!」
「はいはい。まだ死んでないだろうけどね」
「全く、お前らは……」

 それでも、空元気とは言え中野も何時もの調子を取り戻したのだからいいのだろう。
 俺たちは腕を振り回す中野を先頭に、暗いトンネルに足を踏み入れた。


◇◇◇◇◇



 洞窟の中も寒い事には変わりなかったが、それでも風が吹いていないだけで随分と体感温度はましだった。
 最も、光量に関しては中野の持ってきたライトだけでは心もとなかったため、俺はあらかじめ持ってきていたモバイルバッテリーに付いていたライトを使うことにした。
 所詮モバイルバッテリーのおまけのようなライトだから大した光量ではなかったけれど、一応LEDだし一つよりは二つという事なのか多少は視界の範囲が広がった。

「へえ。そのモバイルバッテリーってLEDライトも付いてるんだ」
「一応な。でも、本当はこっちのおまけじゃなくて太陽光発電の方を期待して買ったんだけど……」

 洞窟に入って多少はマシになったからだろう。寒そうに自らの体を抱くようにしながらも隣を歩いている海斗に視線を移しつつ、持っていたモバイルバッテリーのソーラーパネル部分を指でコンコンと叩く。

「実際には一週間天日に晒しても一回満充電出来ない位の発電量しかなくてさ。今ではライトが使える普通のモバイルバッテリーとして使ってる」
「ああ。あるあるだね」

 苦笑した俺に海斗が納得したように頷く。
 そんな俺達をよそにズンズン奥に進んでいく中野の背中に俺は声をかけた。

「それより中野。表のクルマエンジンかけっぱだけどいいのか?」
「ん? ああ。そんなに時間かかるわけでもないし、車のある場所を見失うほうが厄介だからなぁ。そもそも、こんなクソ寒い時期にここに来るような馬鹿はいねぇよ」

 それはお前自身を馬鹿だと認めているのと同義では?

「そっか。やっぱり中野君は馬鹿だったのか」

 そして、相変わらず俺の言いたかった事を代弁する海斗。

「うるせぇ! 同情する位なら女の一人くらい紹介しやがれ!」
「はいはい。それは別にいいんだけど、本当にいいの?」
「…………けっ!」

 海斗の問いかけに中野は舌打ちを一つすると歩行速度を上げて奥へと進む。
 別にここで無理に中野についていかなくても個人的にはよかっただが、よく考えたら今このメンバーで一番大きな光を持っているのは中野である。
 流石にこのトンネルの中で迷子になるのだけは御免被りたい。
 
 俺は一人で勝手に進んでいく中野を追いかけるべく速度を上げ、そんな俺において置かれないように海斗も慌てて俺の腕を掴む。

 そんな何もない行軍がどれくらい続いた事だろう。
 最初にそれに気がついたのは海斗だった。

「あれ?」

 体感的には30分前後だろうか。
 俺の持つLEDライトの光量が心なしか怪しくなってきて、そろそろ引き返さないか中野に提案しようとしたタイミングだった。

「何だよ?」

 海斗の声に中野も足を止めて振り向く。

「さっき。そっちの壁の方に白い影が浮かばなかった?」

 少しだけ声を細くした海斗が指を差した先にあるのは墨で塗りつぶしたような暗闇。勿論そこには白い影などない。

「おいおい。いくらここまで何も無かったからって脅かすのは無しだぜ。言っとくけど、ここはシチュエーションと雰囲気から心霊スポットになってるだけで、心霊現象の報告は一切ないなんちゃって心霊スポットだぜ?」
「そうなのか?」
「ああ。そもそも、ホントに出るなら俺が来るはずねぇだろが」

 中野の意外な告白に、俺は驚いてライトを中野の顔に当てる。

「おいおい。元々彼女と一緒に来るつもりだって言ってなかったか?」
「言ったが? 寧ろ、彼女と一緒に来るつもりだったからこそ、安全且つヤバイ雰囲気満載な場所でキャーキャー言われたいだろうが。今日来たいって言ったのは……あれだ。ここでお前らと馬鹿やってれば、そんな馬鹿な事考えてた俺自身の気持ちがリセットされるかと思っただけだ」
「そういう事か」

 確かに、見かけだけのヘタレ代表の中野にガチの心霊スポットに行く勇気があるはずがなかった。そもそも、この暗闇の中一人でドンドン先に進んでいた時点でそういう事だったのだろう。初めから、馬鹿話しながら適当に散歩して時間を潰せればそれでよかったのだ。
 それならば、今から引き返そうという俺の提案もあっさり飲んでくれると思った。

「嘘じゃない! 本当に見たんだって!」

 しかし、そんな俺達の会話を遮るように、海斗が俺の右腕を抱き抱えながら叫ぶ。
 すると、トンネルという空間特有のエコーが発生し、尚更恐怖が助長したのか海斗は「ヒッ」と口にすると俺のコートの中に隠れてしまった。

「……どうする?」
「……どうするって、見間違いかもしれないけど嘘じゃなさそうだし、確認だけはするべきだろ」

 中野の問いに俺は首を横に振りながら海斗が指さした壁に光を当てる。
 しかし、俺のライトでは光が弱すぎて壁の詳細までは確認できない。そこへ、中野が俺達の傍まで近寄ると、同じく壁に光を当てた。

「……わかりづらいけど……こりゃ隙間か?」
「マジで? ちょっと見せてくれ」

 中野の言葉に俺は海斗を引き連れたまま壁に近づくと、闇の濃くなっている部分にライトを近づけた。

「……マジだ。人一人やっと通れるかってトコだけど、隙間だな。これの事ってなんか知ってるか?」

 ライトを差し込むも、一番奥までは見渡せない。それは中野のライトでも同様で、それなりに奥まで続いているような横穴だ。
 だからこそなにか情報があるのではないだろうかと中野に聞いたのだが、当の中野も首をかしげるだけだった。

「聞いたことねぇな。そもそも、ここは肝試し気分を味わうだけの“行って帰って往復探索”がメインの場所だから。まあ、こんなわかりにくい場所の横穴じゃあ見落とされてたんだろうな。単純に」

 俺と同じようにライトの光を横穴の方に向けて答える中野。暫く二人で横穴の中をライトの光を漂わせていた俺と中野だったが、不意に中野が俺に顔を向けた。

「で、どうする?」
「どうするって……何が?」

 中野の問いに俺は疑問の声を上げる。

「この中に入るか……だ。俺としちゃあもう十分だからこのまま引き返して帰ってもいいけど、木嶋が言った事が本当ならば少し……な」
「……ああ。もしもこの横穴に誰か他にいるんなら、帰り道に後ろからガブリ……ってのは確かにやだな」
「そういう事だ。もしもこの先にいるのが唯の肝だし目的の人間なら別にいいけど、何か厄介事の類だったら……」
「……目撃者は……」
「………………」

 ──消す。

 俺は口には出さなかったが、中野は意味を読み取ったらしく、視線を俺から横穴に移す。
 そして、コートの中に潜り込んでいた海斗は俺の腰に強くしがみついてきた。

「……ったく。これが同じこと言ったのがお前だったら絶対無視して帰ったのによ」
「同感だな。確かに海斗は巫山戯て色々言うけど、嘘だけは絶対につかない」
「まったく。今日ほど木嶋が嘘つきであって欲しいと願ったことはなかったぜ」

 俺と中野はお互い頷き合うと、足元から拳大の石をそれぞれ拾って横穴に足を踏み入れた。
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