トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第一章 心霊スポットと白い影

04 横穴の先にあるもの

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 狭くて入りにくかったのは横穴の入口部分のみで、ある程度進むと歩くのにはそれほど苦労は無い程度の空洞が伸びていた。
 とはいえ、流石に複数人並んで歩くほどの広さはなかったので、先頭から中野、海斗、俺の順番になる。
 これは単純に先頭と殿に明かりを持っている人間──プラスそれなりに腕っ節のある人間を配置したに過ぎないのだが。

 もしもこの空洞の先に例えば──本当に例えばだが、犯罪者の類が隠れ住んでいるとして格闘になった場合、一番荒事に慣れているのは中野だ。
 こいつは見た目がちゃらい事もあってか絡まれる事も多く──かと言ってやられる事も少ないというヘタレな性格の癖に中々喧嘩慣れしている。

 対して海斗は見た目そのまま殴り合いの喧嘩などした事がない。本人のズケズケと物を言う性格から喧嘩に発展する事もあるのだが、そういう場合大抵俺が巻き込まれ、殴られて終わる。
 社会人になってからは色々と立ち回りを覚えたようで殴られるような喧嘩に発展するような事は無いようだが、腕っ節が足りないというのは自他共に認める事実だった。

 最後に俺だが、好んで喧嘩をするような事はないが、何と言っても海斗の起こしたトラブルに巻き込まれる事が多かったことから、とにかく殴られ慣れていた。
 あまり喧嘩をしたことをない人はわからないかもしれないが、この殴られなれているという経験は、実はいざ暴力を伴ったトラブルに巻き込まれた時に大層役に立つスキルだったりする。

 例えば喧嘩で必要なのは純粋な強さはあれば良いのは当然だが、大抵は見た目、勢い、初手のダメージで決まる事が多い。
 柄の悪い人間が自分が悪いにも関わらずいきなり怒鳴ってきたりするのが良い例だ。ああいった場面で喧嘩なれ、もしくは殴られなれしていない人間だと反射的に萎縮してしまって、そのまま相手のされるがままになってしまう事が多々あるのだが、これが慣れていると結構スルーできる。

 当然、スルーされると相手を激高させてしまうだけで良くない結果を招いてしまう事もまああるので相手を選ぶ必要はあるが、そういう対応をしてくる人間の殆どは所謂『痛がり』が多い。
 簡単に言うと、喧嘩なれしていても殴られ慣れしていない人間が多いのだ。

 そして、ここが一番大事なのだが、喧嘩を終わらせる一番有効な手段が、自分よりも強い相手だったとしても「こいつは俺に怪我をさせてくるかもしれない」と思わせる事だ。
 基本的にそういう人間は面倒くさいことが嫌いなので、ある程度相手のプライドを立てつつ、俺は負けてもお前を無傷では返さないぞという実力と態度を混ぜればいい。
 意外とこれが後の関係悪化を防いだりもしてくれたりするのである。
 まあ、これはあくまでの俺の経験からくる勝手な解釈だから鵜呑みにされても困るのだが、そういう場合が多々あるのだという事を頭に入れてもらえたらいい。

 で、最初の話に戻るが、そういうトラブル満載な人生を送ってきただけあって俺は非常に殴られなれている。
 つまりは初顔合わせの相手であるならば、ある程度の時間を稼ぐ、もしくは相手の戦意を落とす事ができる可能性が高い。
 そういった理由からまったくそういう事に不向きな海斗を俺と中野でサンドイッチして守っているというわけだ。

「行き止まりだ」

 そんな事を考えていた俺の耳に、少々拍子抜けしたような中野の声が飛び込んできたので、ライトを先頭に向けながら距離を詰めると、なるほど。確かに三方を岩壁で囲まれたどん詰りが見えた。

「何もなかったな」

 ホッとしたように呟いた俺に、中野も安心したのだろう。持っていた石を足元に落とすと、壁に背中を預けて笑い声を上げた。

「はははっ。どうやら木嶋の見間違いみたいだな。ひょっとしたら何処ぞの殺人鬼が死体を埋めにでも来ているんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」
「マジでそう。俺なんか『また殴られるのかぁ……』って思って気が気じゃなかった」
「はははっ! そうだな。栗田はいっつも木嶋のトラブルに巻き込まれて殴られてたもんなぁ!」

 緊張の糸が切れたのだろう。
 俺も中野も心底安堵してお互い笑い合っていたのだが、当事者である海斗の顔色が悪い。
 いや、比喩でも何でもなく、ライトで照らされた顔は血の気が引き、全身が小刻みに震えているように見えた。

「……海斗。どうした? ここには何も無かった。きっとお前が見たっていう白い影も見間違いだよ。だから安心しろって。な?」

 きっとまだ不安なのだろう。
 そう思って海斗の肩に右手を乗せた俺だったが、思いの外激しく震えている海斗の様子に驚いて、ライトをコートのポケットに突っ込んで海斗の両頬を両手で掴んで正面を向かせる。
 その先──中野のライトに照らされた海斗の顔は、真っ青になり歯をガチガチと鳴らしながら虚ろな目で俺を見上げていた。

「……寒い……」

 けれど、続けて発せられた海斗の言葉に、俺は思わず吹き出してしまった。

「何だよ。今頃になって我慢できなくなったのか。まあ、その服装じゃ寒いよな。ほれ、この中に入ってあったまれ」

 そう言って海斗をコートの中に突っ込んだが、突っ込まれた海斗はそのまま俺にしがみついて「寒い寒い」と繰り返す。
 震えも酷くてこりゃちょっとまずいかなと思い、顔を上げたところで、何故か同じように血の気の引いた中野の顔を見る事になった。

「……何だよお前まで。お前は十分厚着してるだろ? 残念だけど俺のコートは──」
「栗田」
 
 しかし、呆れを含んだ俺の声を遮った中野の声は、有無を言わさず俺の続きの言葉を遮った。

「いいか。そのまま後ろを見ないでこっちに来い。で、壁に手を着いたらそのまま壁に背を向けるんだ。いいか、ゆっくり深呼吸してからだぞ。絶対に大声とかあげんなよ」
「はあ?」

 突然の中野の言葉に思わず変な声を上げてしまう。
 こいつは一体何を言っているのだろう? さっきまでは何もなくて良かったなとお互い笑っていたはずだ。それが、海斗の様子を見てからの行動といい、こっちをからかうつもりなのだろうか。
 しかし、そう思い後ろを見ようとしたところで──。

「栗田」

 再びの中野の一言。
 今度はそれ以上は口に出さずにジッとこちらを見つめるだけ。
 その様子に俺は幾分納得いかない部分はあったものの、言われたように前進する。

 腹に海斗が抱きついたままだから非常に歩きにくかったが、海斗を抱き抱えるようにして歩き、何とか中野の横を通り抜けて壁にたどり着く。
 そして、言われたように壁に手をついて大きく深呼吸してから振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは──。



 ──真っ白な光に包まれ、右手に剣のような物を持った鎧姿の女性だった──
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