トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第一章 心霊スポットと白い影

05 無慈悲な暴力

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 発光しているというよりは透明感のある白……とでも例えるべきだろうか。
 勿論、目の先にいる白い影の向こう側を見る事などできないので透明であるはずもないのだが、なんだろう。例えば心霊現象やらなんやらの先入観からそんな事を思ってしまったのだろうか。

「……おかしいな。俺には霊感なんか欠片も無かった筈なのに」

 コートの中の海斗を抱き寄せ、後ろの壁に背中をぴったりと付けたまま零した俺の感想に、中野も振り向かずに自嘲する。

「お前にも見えるって事は、やっぱり俺の頭がおかしくなったって訳じゃなさそうだな。ったく。ここは心霊現象とは縁遠い唯の古びたトンネルって話だったんだぜ?」

 言いながら、手にしていたライトを俺に向かって放り投げてくる中野。
 俺はそれを慌てて受け取ると、中野の後ろから光を照らす事になる。
 改めて目の前を照らした先では、ファイティングポーズをとった中野がユックリと前進している所だった。

「……勝てるのか? もしも相手が幽霊だったら……」
「悪いな。俺はこの歳まで一切幽霊って奴の存在を信じた事は無かったから……よっ!!」

 言葉が終わると同時に地を蹴る中野。
 そして、そのまま左拳を振り抜く──と、見せかけて右の回し蹴りを白い女の脇腹に向かって繰り出す。
 もしも相手が幽霊であればそのまま胴体を通り抜けてしまうところだったのだろうが、白い女は僅かに体の芯をずらすと、中野の右廻し蹴りを左手で叩き落としつつ、一歩踏み込みながら強烈な右ストレートを中野の顔面に叩き込んだ。

「なっ!? グガッ!! ボッ!! ゴッ!!!」

 それを流れるような──と、言ってしまっていいのだろうか。

 中野の顔面を殴った女はそのままもう一歩踏み出すと、後方に吹き飛ぶはずだった中野の左足を掴み、そのまま天井に叩きつけ、更に一歩踏み込んでまるで物でも扱っているかのように中野を地面に叩きつた。

 当然、その作業・・を歩きながら行ったものだから、中野の頭は俺のすぐ足元に叩きつけられ、すぐ目の前まで白い女の接近を許すことになってしまった。

 ──喧嘩で必要なのは見た目、勢い、初手のダメージ。
 
 状況を有利にする為に必要な要素をコンプリートした白い女に、俺は恐怖で縮み上がりそうな気持ちを奮い立たせ、何とか状況を整理する。

 女は両手を使って中野を叩きのめした。つまり、最初に持っていた剣は既に手放してしまった筈である。その考えを肯定するように女の肩ごし後方にぼんやりと白く光る何かが地面につき立っているので間違いないだろう。
 では、このままこの女に掴みかかるか?

 いや、俺よりも強い中野が手も足も出ずにやられたところでそれはない。
 ならば俺に出来ることは──。

 俺はコートを開くと中で抱えていた人間を目の前の白い女の脇を抜けて押し出すと、持っていたライトも前に投げる。

 唯一の光源が回転しながら白い女の背中の側に放物線を描いて飛んでいった事で、俺の周の視界は塗りつぶされて一見不利に見えるようだが一概にはそうとも言えない。
 
 一つ。目の前の女は白く光っており、暗闇の中でもその姿を見失うことはない。
 二つ。俺は普通の人間だからしてそもそも発光などしないわけで、相手が視力で周りの状況を判断するのなら、この状況で相手の正確な場所を認識できるのは俺だけだ。
 三つ。唯一の気がかりだった海斗を俺の傍から離す事で、背中を気にせずやりあえる事。
 そして四つ! 何より俺は殴られなれており、こんな状況は日常茶飯事だった事!!

「相馬!!」
「逃げろ海斗!!」

 叫び、目の前に突進する。
 その瞬間腹に猛烈な痛みと熱が加わり体が浮き上がったが、俺は歯を食いしばって耐えると肘を目の前の女の顔面に落とす。
 どうやら女は驚いたらしく、初めて表情を変えると俺の肩を掴んでいた右手を離して防御する。その腕を掴み、ぶら下がるようにして重心を落として大地に両足をつけると、人間ロケットよろしく相手の顎に向かって飛び跳ねた。

 当然そんな物は当たるはずはないのだが、白い女の体勢を崩す=時間稼ぎには十分だ。
 一度後退した白い女は、飛び上がって無防備な俺の腹に踏み込みながらの肘を入れてくる。
 が、俺はそれも耐えると壁まで後退して石を拾って牽制する。

 どうやら相手もさっき俺が反撃してきた事を見ていたためか、躊躇して止まってくれた。

 正直ありがたい。
 もしもあのまま突っ込んで来られたらそのまま終わっていただろう。
 俺はなるべく顔に出さないようにしているが、腹からのダメージに気が狂いそうになっていた。
 おそらく、今まで生きてきて一番酷い怪我をしているだろう。
 喉からせり上がってくる液体は、味わい慣れた酸っぱい物ではなく、酷く生臭い鉄の味。声を出そうものなら一緒に吐き出されてしまうこと請け合いだ。

 それだけでも最悪に近い状況なのに──。

 今俺の目に映るのは、白い女の背後から、白い女が放置していた白く輝く剣を女に向かって振り下ろそうとしている海斗の姿だった──。

「ゴホッ!! よ、よぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 それはどちらに向かって発したセリフだったのか。
 ただ、俺はその状況を最悪のものにしないためにも立ち上がり、前傾姿勢で突撃する。

 女は数瞬ほど迷ったような素振りを見せた。
 しかし、結局は俺から背を向けると振り下ろされた剣を簡単に奪い返し、その剣の柄の部分で海斗の腹を、そして、刃の部分を俺の腹に突き込んだ。

「げぇっ!! …………か、かい……と……」

 即座に刃を引き抜かれ、崩れ落ちる俺が最後に目にしたのは、同じように倒れ込んでいた海斗を白い女が担ぎ上げた姿だった。

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