トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第二章 見知らぬ土地ですべき事

07 我慢比べは俺の得意分野なんだ

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 最初は熊。次は狼。
 
 どうにも俺は別の世界では随分と肉食獣に好まれるな。
 何か彼らを惹きつけるスメルでも漂わせているのだろうか?
 俺は腰から【木の枝Verベンズ】を抜くと『ブタ狼』に鋒を向ける。

『さあ、どこからでも……は、困るな。寧ろどっかいけ。まあ、こんな事言っても獣のお前には通じないだろうけど。あ、人間にも通じないな日本語は』

 実に悲しいことに。

 せめて言葉が通じればもう少しマシな状況になっていたのではないだろうかと思うが、それはベンズさんやネヴィーさんを否定する行為に等しい。ので訂正を要求しよう。自分に。
 それは兎も角、俺はベンズさんが手を加えてくれた木の枝【改】を両手でしっかりと握ると、

『こんな棒きれで猛獣に勝てるか! 悪いけど逃げさせてもらうぞ。アディオス!!』

 ブタ狼に背を向けて逃げ出した。
 ちなみにこれはベンズさんの忠告を聞いた結果だ。
 決して臆病風に吹かれたわけではない。

 そんな俺の行動に一瞬あっけに取られたようだが、一声吠えて追いかけてきたようだった。
 そのスピードは熊を凌駕し、あっという間に背後に迫る。
 どうやら、対熊戦で使用した戦略的撤退は全く通用しないらしい。まあ、熊の時も最終的には追いつかれたのだけど。

『……それなら!!』

 俺は水に飛び込むと、あえて水深の深い場所まで藻掻くように駆けていき、体が沈んだ所で華麗にクロールで引き離す。

『はははっ!! 犬かきで近代泳法に敵うと思ったか! 悪いがこのまま逃げさせてもら痛ぇっ!!』

 どうやら深い部分はそれほど長くはなかったらしい。
 少し泳いだ所ですぐに水深が浅くなり、掻き出そうとしていた左手が思い切り川底を擦る。
 まるで大根おろしの最中におろし金で指も一緒におろしてしまったかのような痛みが走り、もんどり打ちながら体を起こした拍子に木の枝も一緒に流してしまった。

『ああっ!! メインウェポンがぁ!!』

 思わず右手を伸ばして追いかけようとしてしまったが、すぐに後方からの水音に反応して転がるように上陸する。
 すると、ちょうど今ま俺がいた場所にブタ狼が突っ込み、更に間髪入れずにこちらに向かって加速した。

『くそっ! 全然大は小を兼ねないな! 熊もどきよりもよっぽどヤバイ!』

 俺はもう一本の木の枝を咄嗟に抜き放つと、思い切り横に振り抜く。
 しかし、ブタ狼は軽々と飛び上がって木の枝を躱すと、そのまま俺の首に向かって口を開いた。

『危なっ!!』

 左手でブタ狼の顔を叩きながら、その反動を利用して反対側に転がるように逃げる。
 が、さっきブタ狼の顔を払った時に牙が触れてしまったようだ。左手からは真っ赤な血が少なくない量流れていた。

『マジかよ……。狂犬病とか大丈夫かな?』

 それ以前に生き残れるかの方が心配だが。
 兎も角今は逃げるのが先決だ。

 俺はすぐさま反転し、再び逃走を開始する。
 ちょうどぐるりと回って元の場所にもどるような感じになってしまったが、ブタ狼から一番遠い場所を選んで逃げていたらそうなってしまった。
 当然、同じ地形ならブタ狼の方が圧倒的に機動力があり有利である。
 すぐに後ろからブタ狼の気配が迫ってきた。

 兎も角、なにか利用できるものはないだろうか? 

 それは道具でも地形でもなんでもいい。
 ブタ狼が諦める、もしくは俺が逃げ切れる。その結果を出せるものは。
 
 逃げて、追いつかれてもがいて、逃れて、また逃げて……。

 森の中を行ったり来たりとぐるぐる回る。
 逃げるたびに増える傷に動きが鈍り、追いつかれる時間がだんだん短くなっている。ひょっとしたら、俺を弱らせようとわざとやっているのかもしれない。
 このままでは新たなブタ狼か、最悪初日に遭遇した熊もどきに再会してしまう可能性もゼロではい。
 ゼロではないという事は可能性があるという訳で、0%以下の確率でも──。

 あ。

 そこで俺は初日の出来事がフラッシュバックする。
 あの時も絶対絶命の状況の中、藁でもつかむ思いでその可能性に賭けた。
 そして、今俺が生きているという状況が、その驚異的な可能性を引き当てたのだと思っていた。
 思っていたのだが──

 ──もしもそれが必然ならば?

 俺は反転するとブタ狼と向かい合う。
 それは、あの時。熊もどきに追いかけられていた時には選ばなかった選択肢。
 
 ブタ狼は熊もどきよりも遥かに動きが速い。
 しかし、一撃で大木をなぎ倒した熊もどき程のパワーはない。
 実際、何度もブタ狼の牙を受けたが、こうして俺は動き回っている。
 ならば、熊もどきと同じ対応をしていては最適解を導くことなど出来ないのだ。

 当然、こうして悠長に物事を考える時間なんて本来はないはずだから、こうしてグダグダとくだらない事を考えているということは、既に俺が選択肢を選んだ後だからだ。

 俺の握った木の枝【セカンド】がブタ狼の腹に深々と突き刺さる。
 
 代わりに差し出すのは俺の左腕と左頬。
 
 ブタ狼は俺の左腕を噛み砕き、そのままの勢いで俺の左頬に牙を立てたが、その代償として己のハラワタに木の枝を招待する羽目となる。

「ブオォォォォォォォォォォォッ!!」

 口が塞がれているからだろうか。
 まるで本当の豚のような鳴き声を上げるブタ狼。
 そんなブタ狼を左肩でカチ上げるようにして乗せて、俺は全力で沢に向かう。

『さて、この状況で大した高さではないとはいえ、高所から落ちたら、俺とお前どちらが壊れるかな?』

 俺の足は止まらない。
 既に大地から離れ、腹部に致命傷を受けたブタ狼であったが、まだまだ抵抗する力が残っているようで全身をくねらせ、足は暴れ、左腕を噛んで抉る。

『──だけど悪いな』

 何度も走り回っていた事で沢の上にまで逃げていたのが幸いしたと本気で思う。
 俺は沢の淵まで一気に走り込むと、まるで走り幅跳びの選手のように沢に向かって踏み切った。

 伊達に殴られ慣れているわけじゃない。
 それは俺がこの世界にくる前から持っていた唯一のスキル──

『──我慢比べは俺の得意分野なんだ!!』

 沢の淵から発射された俺と獣を縫い合わせた砲弾は、飛び出した勢いそのままに滑空し。
 
 石が敷き詰められた地面に諸共叩きつけられた。
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