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第二章 見知らぬ土地ですべき事
09 日付が変わるまでは
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「少し※待つ※」
そう言い残し、パタパタと部屋をから出て行ったネヴィーさんを見送っていると、その時を狙いすましたかのようにヌルりとベンズさんが姿を現した。
どう見ても無骨なベンズさんが忍者のような動きをしているのはすごく不気味だが、狩りも生活サイクルの一つとして取り入れているベンズさんにしてみれば必須スキルなのだろう。
「ソーマ」
ベンズさんは音もなくベッドの傍まで近づくと、珍しく少し早口で一方的に話しかけてくる。
「ネヴィーに見る※※したくない※※短い話す。今日の※※※のした事悪い違う。※※※が※※※※※も、同じ事した。よく出来ました。※※※※※※※※※、ネヴィーを泣かす※※※※※別※※※駄目。許さない」
相変わらずベンズさんの言葉は分からないことが多い。多分、ネヴィーさんと口調が違うからだろう。なんとなくのニュアンスでわからなくもないのだが、元々の単語ももじられてたり省略されたり変な装飾語を付けられてしまうと、元の単語がわからなくなって意味不明になってしまうのだ。特に、今のベンズさんは早口だから余計にわかりづらい。
けれど、何を言いたいのだけは分かった。ようするに、「ネヴィーが怖いからすぐに逃げるから短く話すけど、今日お前がやったことは悪くないから気にするな。俺も同じ立場なら同じことをしただろう。よくやった。だが、それとネヴィーを泣かすのは別だ。許さん。殺す」と言った所か。
半分以上は俺の妄想だけど、ニュアンス的には近いのではないかと思う。
「今のソーマは怪我※※酷い。無茶※※※※ない。※※※※元気に※※※治る※したら、※※※※※殴る」
殴る!?
嫌にその部分だけ強調して口にしたベンズさんは、もう話は終わりとばかりにスーっと移動を始める。
その見事な退却術に俺は思わず目を見張ったが、すぐに我に帰ると「ベンズ」と口にする。
その俺の呼びかけに、ベンズさんはピタリと動きを止めてくれたが、ネヴィーさんが気になるのだろう。入口に目が固定されていたので、俺もすぐに要件を済ませる事にした。
「ごめんなさい。ありがとう」
その言葉を聞いて、ベンズさんは一度だけ俺の方に目を向けると右手でサムズアップをして、来た時と同じように音もなく退室していった。
っていうか、サムズアップの文化があったのかよ。
ならば、何故あの時背中を叩かれたのだろう。本当によくわからない男だった。
ネヴィーさんが戻ってきたのはベンズさんが退室してから10分ほど経った頃だった。
ひょっとしたらお湯を沸かしていたのかもしれない。布切れを淵にかけたお湯入りの桶と、着替えの服を手にしていた。
そういえば折角ネヴィーさんからもらった服は噛まれたり引っかかれたりしてボロボロだった。
元々の服はコート以外は転落の時に全部固定紐や止血に使ってしまったのでこの家に来た時は既になかったし、残っていたコートも程なくばらされて別の服にするとネヴィーさんに回収されてしまったので手元には無かった。
ネヴィーさんはベッドの上で上半身を起こしている俺のそばに寄ると、ボロボロになった服を脱がしていく。
それはあの時と同じように優しい手つきで、さっきの怒っていた態度とは違っていた。
最も、あの時に口していた落ち着かせる為の台詞が無かったから、顔に出していないだけで怒ってはいるのだろう。
剣帯と服を脱がし、ズボンに手をかけて……そこでネヴィーさんは腰紐に括りつけられていた布袋に気がついたらしい。
袋を外し、重さを確認して特に何か入っていないと判断したのかそのまま脇によけた所で、俺は「あっ」と、思わず声を上げる。
そこで初めてネヴィーさんは俺と目を合わせると僅かに眉を釣り上げた。
……はい。まだお怒りモードのようです。
しかし、こんな時になって一つだけ。大したものではないけれど戦利品があったのを思い出したのだ。
「ネヴィー、袋の中。見て」
「袋?」
俺の言葉にネヴィーさんはちらりと袋を見た後、すぐに俺の方に向き直って首を傾げた。
「何故?」
「贈る、物。中に有る」
俺の言葉にネヴィーさんは目つきを険しくした後に大きくため息を吐く。
「……オクトレイス※※※必要※無い」
「違う。オクトレイス違う」
非常に篭った声色でそう告げたネヴィーさんに俺は慌てて訂正する。
「普通の石。沢で拾うした。オクトレイス違う。意味は無い。ただ……」
「……ただ?」
「ネヴィーに上げる。したい。思った」
俺の言葉に多少訝しげではあったけど、ネヴィーさんは袋を手に取ると、口を開けて手のひらの上で逆さまにした。
すると、小指の先程の大きさの丸い小石が転がり落ち、それを摘んだネヴィーさんは蝋燭のあかりに照らして目を見開く。
日中は薄い水色をしていたように見えたその小石は、燈色の炎に照らされて、薄い桃色の光を反射しているように見えた。
当てる光によって色が変わるタイプの石なのだろうか?
「……ピュリデネビル……」
『なんて?』
「?『なんて』?」
「ああ、いえ」
俺の呟きにこちらを見たネヴィーさんだったが、すぐに顔を振った俺にいつもの事だと判断したのか、小石を両手で包むようにして握ると、俺を見つめる。
「この石……私に……?」
「はい」
「何故?」
「何故……」
何故って……。こっちこそ何故そんな事を聞くのかと問いただしたい所だ。
沢にそれこそたくさん落ちていた石の一つで、その中でそれなりに綺麗で加工せずに渡せそうな石がそれだった。
唯の小石だけど、綺麗だったからネヴィーさんに似合いそうだ……そう思ったのは不自然だろうか?
「その石、綺麗。オクトレイスと別に贈る、思った。本当」
「本当?」
「はい」
俺の言葉にネヴィーさんは暫く俯いて考え込んでいたようだが、やがて動き出すと小石を元の布袋の中に戻し、自分の腰紐にくくりつけた。
そして、何事もなかったかのようにユックリと、優しく俺の血だらけの腕を濡れた布で拭いてくれる。
そこで俺もようやくホッと息をついて天井に視線を向けたところで。
「ソーマ」
呼ばれ。
視線を落とす。
ネヴィーさんへと。
「私は今、※※※怒る※※している。とても」
ネヴィーさんはまだ怒っているという。
しかし、その声色は既にいつもの優しいものに戻っていた。
「※※※※、この石※※貰う※出来ない。……今は」
「今は」
「はい」
ネヴィーさんの手つきが更に慎重になっていく。布で血が拭き取られた腕の傷は、噛まれた時にちぎられかけたのか肉が若干めくれ上がっているようだった。
それでもネヴィーさんは嫌な顔一つせずに傷口の水気を拭き取って薬湯を染みこませた布を宛てがい、白い布を巻いていく。
「※※※※。怪我が治る※したら」
適当な長さで布を切り、縛って固定する。
そして、新しい布を再びお湯で浸してから、俺に顔を向ける。
その顔は既にいつも通りで薄く笑みを浮かべていた。
「その時に、ソーマ※※※※欲しい」
「はい」
俺の返答にネヴィーさんは満足したように頷くと、その後は無言で傷の手当をしてくれた。
そして、その後の夕食の時も、その後もそれは変わらず、それ以降ネヴィーさんは全く口をきかなかった。
俺と……そして、ベンズさんに怒っているのは本当だったろうし、半ば意地もあるのだろう。
そういう強情な所がある事も、ここまでの生活で俺はよく知っていた。
だから、彼女はきっと今日はずっと怒った振りをして、明日から何事もなかったかのように振舞うに違いない。
そう考えると、こんな夜もたまにはいいのかもしれない。
そう言い残し、パタパタと部屋をから出て行ったネヴィーさんを見送っていると、その時を狙いすましたかのようにヌルりとベンズさんが姿を現した。
どう見ても無骨なベンズさんが忍者のような動きをしているのはすごく不気味だが、狩りも生活サイクルの一つとして取り入れているベンズさんにしてみれば必須スキルなのだろう。
「ソーマ」
ベンズさんは音もなくベッドの傍まで近づくと、珍しく少し早口で一方的に話しかけてくる。
「ネヴィーに見る※※したくない※※短い話す。今日の※※※のした事悪い違う。※※※が※※※※※も、同じ事した。よく出来ました。※※※※※※※※※、ネヴィーを泣かす※※※※※別※※※駄目。許さない」
相変わらずベンズさんの言葉は分からないことが多い。多分、ネヴィーさんと口調が違うからだろう。なんとなくのニュアンスでわからなくもないのだが、元々の単語ももじられてたり省略されたり変な装飾語を付けられてしまうと、元の単語がわからなくなって意味不明になってしまうのだ。特に、今のベンズさんは早口だから余計にわかりづらい。
けれど、何を言いたいのだけは分かった。ようするに、「ネヴィーが怖いからすぐに逃げるから短く話すけど、今日お前がやったことは悪くないから気にするな。俺も同じ立場なら同じことをしただろう。よくやった。だが、それとネヴィーを泣かすのは別だ。許さん。殺す」と言った所か。
半分以上は俺の妄想だけど、ニュアンス的には近いのではないかと思う。
「今のソーマは怪我※※酷い。無茶※※※※ない。※※※※元気に※※※治る※したら、※※※※※殴る」
殴る!?
嫌にその部分だけ強調して口にしたベンズさんは、もう話は終わりとばかりにスーっと移動を始める。
その見事な退却術に俺は思わず目を見張ったが、すぐに我に帰ると「ベンズ」と口にする。
その俺の呼びかけに、ベンズさんはピタリと動きを止めてくれたが、ネヴィーさんが気になるのだろう。入口に目が固定されていたので、俺もすぐに要件を済ませる事にした。
「ごめんなさい。ありがとう」
その言葉を聞いて、ベンズさんは一度だけ俺の方に目を向けると右手でサムズアップをして、来た時と同じように音もなく退室していった。
っていうか、サムズアップの文化があったのかよ。
ならば、何故あの時背中を叩かれたのだろう。本当によくわからない男だった。
ネヴィーさんが戻ってきたのはベンズさんが退室してから10分ほど経った頃だった。
ひょっとしたらお湯を沸かしていたのかもしれない。布切れを淵にかけたお湯入りの桶と、着替えの服を手にしていた。
そういえば折角ネヴィーさんからもらった服は噛まれたり引っかかれたりしてボロボロだった。
元々の服はコート以外は転落の時に全部固定紐や止血に使ってしまったのでこの家に来た時は既になかったし、残っていたコートも程なくばらされて別の服にするとネヴィーさんに回収されてしまったので手元には無かった。
ネヴィーさんはベッドの上で上半身を起こしている俺のそばに寄ると、ボロボロになった服を脱がしていく。
それはあの時と同じように優しい手つきで、さっきの怒っていた態度とは違っていた。
最も、あの時に口していた落ち着かせる為の台詞が無かったから、顔に出していないだけで怒ってはいるのだろう。
剣帯と服を脱がし、ズボンに手をかけて……そこでネヴィーさんは腰紐に括りつけられていた布袋に気がついたらしい。
袋を外し、重さを確認して特に何か入っていないと判断したのかそのまま脇によけた所で、俺は「あっ」と、思わず声を上げる。
そこで初めてネヴィーさんは俺と目を合わせると僅かに眉を釣り上げた。
……はい。まだお怒りモードのようです。
しかし、こんな時になって一つだけ。大したものではないけれど戦利品があったのを思い出したのだ。
「ネヴィー、袋の中。見て」
「袋?」
俺の言葉にネヴィーさんはちらりと袋を見た後、すぐに俺の方に向き直って首を傾げた。
「何故?」
「贈る、物。中に有る」
俺の言葉にネヴィーさんは目つきを険しくした後に大きくため息を吐く。
「……オクトレイス※※※必要※無い」
「違う。オクトレイス違う」
非常に篭った声色でそう告げたネヴィーさんに俺は慌てて訂正する。
「普通の石。沢で拾うした。オクトレイス違う。意味は無い。ただ……」
「……ただ?」
「ネヴィーに上げる。したい。思った」
俺の言葉に多少訝しげではあったけど、ネヴィーさんは袋を手に取ると、口を開けて手のひらの上で逆さまにした。
すると、小指の先程の大きさの丸い小石が転がり落ち、それを摘んだネヴィーさんは蝋燭のあかりに照らして目を見開く。
日中は薄い水色をしていたように見えたその小石は、燈色の炎に照らされて、薄い桃色の光を反射しているように見えた。
当てる光によって色が変わるタイプの石なのだろうか?
「……ピュリデネビル……」
『なんて?』
「?『なんて』?」
「ああ、いえ」
俺の呟きにこちらを見たネヴィーさんだったが、すぐに顔を振った俺にいつもの事だと判断したのか、小石を両手で包むようにして握ると、俺を見つめる。
「この石……私に……?」
「はい」
「何故?」
「何故……」
何故って……。こっちこそ何故そんな事を聞くのかと問いただしたい所だ。
沢にそれこそたくさん落ちていた石の一つで、その中でそれなりに綺麗で加工せずに渡せそうな石がそれだった。
唯の小石だけど、綺麗だったからネヴィーさんに似合いそうだ……そう思ったのは不自然だろうか?
「その石、綺麗。オクトレイスと別に贈る、思った。本当」
「本当?」
「はい」
俺の言葉にネヴィーさんは暫く俯いて考え込んでいたようだが、やがて動き出すと小石を元の布袋の中に戻し、自分の腰紐にくくりつけた。
そして、何事もなかったかのようにユックリと、優しく俺の血だらけの腕を濡れた布で拭いてくれる。
そこで俺もようやくホッと息をついて天井に視線を向けたところで。
「ソーマ」
呼ばれ。
視線を落とす。
ネヴィーさんへと。
「私は今、※※※怒る※※している。とても」
ネヴィーさんはまだ怒っているという。
しかし、その声色は既にいつもの優しいものに戻っていた。
「※※※※、この石※※貰う※出来ない。……今は」
「今は」
「はい」
ネヴィーさんの手つきが更に慎重になっていく。布で血が拭き取られた腕の傷は、噛まれた時にちぎられかけたのか肉が若干めくれ上がっているようだった。
それでもネヴィーさんは嫌な顔一つせずに傷口の水気を拭き取って薬湯を染みこませた布を宛てがい、白い布を巻いていく。
「※※※※。怪我が治る※したら」
適当な長さで布を切り、縛って固定する。
そして、新しい布を再びお湯で浸してから、俺に顔を向ける。
その顔は既にいつも通りで薄く笑みを浮かべていた。
「その時に、ソーマ※※※※欲しい」
「はい」
俺の返答にネヴィーさんは満足したように頷くと、その後は無言で傷の手当をしてくれた。
そして、その後の夕食の時も、その後もそれは変わらず、それ以降ネヴィーさんは全く口をきかなかった。
俺と……そして、ベンズさんに怒っているのは本当だったろうし、半ば意地もあるのだろう。
そういう強情な所がある事も、ここまでの生活で俺はよく知っていた。
だから、彼女はきっと今日はずっと怒った振りをして、明日から何事もなかったかのように振舞うに違いない。
そう考えると、こんな夜もたまにはいいのかもしれない。
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