トンネル抜けたら別世界。見知らぬ土地で俺は友人探しの旅に出る。

黒い乙さん

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第三章 魔術都市ランギスト

08 役立たずの存在

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「ヌゥうううううりゃあああぁああぁ!!」

 例えるならば、それは竜巻かなにかだろうか。いや、天気予報図で見た台風の衛星写真の方が近いだろうか。
 俺の目の前の筋肉ダルマは、俺の身長よりもはるかに長い鉄板のようなでかい大剣を片手で振り回し、目の前の魔獣を巻き込むようにぶった切っている。

 切られた魔獣の肉片が飛び散り、本当に竜巻か何かに巻き込まれたように回転しながら上空に巻き上がり、更には次の魔獣も回転して戻ってきた大剣の暴威にさらされる。
 もはや災害だな。

 俺はデスガーが足を止めた事でようやく息を付ける事が出来てホッとしていたが、それが態度に出てしまうと色々と面倒くさい事になることは分かっていたので、努めて平然としたふりをする。
 それにしても──。

「どっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 一度止まったかと思うまもなく再び発生する竜巻。
 ハンターという奴は人間離れした連中が多いと聞いていたけれど予想以上に規格外な連中のようだ。
 これが俺の目の前にいるデスガー含めた少数のみなのか、それともおしなべてそうなのかは分からないが、少なくとも簡単に逆らってはいけない存在だということはわかった。

 俺は自らの腰に下げられている長剣と、短剣を左手で触れながらデスガーの戦う姿を見ているのみだ。
 それというのも、最初の戦闘で既に足でまとい認定されている俺は、デスガーの邪魔にならない所で佇む事を申し付けられたからである。

 勿論、デスガーの手がまわらない時に魔獣に出くわしたならば自衛の為に戦う事になるだろうが、それだけだ。
 しかし、それだけでも時間稼ぎくらいは出来れば俺にしたら上出来だろう。
 それに、俺には一応確かめたい事もあったから。

 それは、“ベリスが赤以外の色に変わる可能性”である。
 現状の俺の付与能力では一日身につけていないと色が変わらない。
 しかし、それは通常状態であれば……ではないかと考えていた。

 理由としては、ネヴィーさんにあげたピュリデネビルにある。
 あの石はベリスよりもはるかに付与速度の遅い高位魔石である。
 にも関わらず、拾ってから家に帰るまでの短時間で付与する事に成功していた。
 つまり、付与のスピードが早くなる条件があるという事だ。

 今の俺の仮説としては一つは周囲の魔力濃度で、もう一つは俺の状態だと思っている。
 周囲の魔力濃度に関しては確認方法を知らないから分からないが、状態に関しては通常時と戦闘時か……それとも、肉体が万全の時と負傷中かの違いか。
 通常のベリスが魔石に変化する際の条件が魔獣の死亡である事から、俺の負傷時……の可能性が高いかと思うが、あくまで可能性の域を出ない。まさかわざと怪我をするわけにもいかないだろう。

「……フゥゥゥゥゥゥゥ……」

 そんな事を考えているうちに戦闘の方は終わったらしい。
 大きく息を吐き出すと、デスガーは大剣を地面に突き立て腰に下げていた袋を手のひらの上で逆さにして中身を確認している。
 俺も傍に寄って一緒に覗き込んでみると、10個中4個のベリスが“紫色”に変化していた。

「フン。また紫か。これではまた買い叩かれて終わりだな」

 だが、デスガーはその結果に不満だったらしく、鼻息を荒くして憮然とした表情をしている。実に不機嫌そうだ。
 俺としては本当ならばこんな状態のデスガーに話しかけたくはなかったのだが、今後の俺の能力確認のためにも一つでも情報が欲しい。
 嫌々ながらも確認だけはしておこうと思った。

「紫色は【模倣】の魔石ですよね。これって価値が低いんですか?」

 俺の質問に案の定デスガーは不機嫌さを隠しもしない視線を向ける。
 が、意外にも素直に答えてくれた。

「また薀蓄か? 相変わらず鬱陶しい男だなイーヴル! だが! 知らぬ事を知らないままにしない姿勢は良し! 上出来だ! ならば、ここは後学のためにハンターたる俺が貴様の疑問に答えてやろう!」

 デスガーは答え、色付きと色無しのベリスを別々の袋に選り分けてしまうと、突き立てていた大剣を引き抜き、俺の目の前に刺し直した。
 その際凄まじい斬撃音と軽い地響きが起こって肝が冷えたが、一応この男は街に戻るまでは俺を傷つける事はないはずなので、わざわざこんな事をしたのは意味があるはず……。
 と、思いよくよく大剣を観察してみると、鍔元に2つのベリスが光っているのが目に入った。色はそれぞれ“黄”と“緑”だ。

「魔石は色によって効果が異なる等という説明は今更貴様に説明した所で意味などないから省こう。貴様ならばこの剣に収まっている魔石の効果も当然承知しているだろう?」
「黄が【金】で緑が【風】ですよね? ……ああ。この剣は魔剣だったのですね」
「相変わらず一言多い男だなイーヴル! だが、その通り。この剣は魔剣……つまり、剣の形をした魔道具だ。先ずはこの剣の刃を見てみる事だ。触るなよ! 今の・・俺は貴様を傷つけるつもりはないからな!」

 ……今じゃなければ傷つける気なのかよ。
 まあ、そこはいい。
 俺はデスガーに言われるままに刃の部分を注意して見る。すると、あっさり不自然な事に気がついた。

「……刃が無い? これって唯の鉄板じゃないですか」
「唯の……ではない! こいつは硬度はあるが加工が非常に難しい金属【アスタイト】の鉄板だ! はっきり言おう! この金属を使って完全な刃物にする事が出来る職人は今の世にいない! だが! 精製したアスタイトで作った鉄板は、よほどの事がない限り折れる事がないのだ! それは加工が難しいというデメリットを打ち消す大きなメリットである! ならばどうするか? 答えは簡単! 加工せずに切れるようにすればいい!」

 ああ。わかった。

「単純に剣の形の鉄板にするだけならばできるから、後は風の魔石の力を使って擬似的な刃を生成しているのか。金の魔石も使っているのは……柄の部分の加工しやすい金属との癒着と、更なる硬度上昇の為?」
「その通り! 賢い男だイーヴル! そこまで分かるならば理解できるはずだ。魔石はあくまで魔道具の核。人間の作り出した道具の効果を擬似的に伸ばしているに過ぎない。1を100にする事は出来るが、0を1には出来んのだ」
「なるほど。火の魔石で例えるならば、それ単体では火を付けることは出来ないけど、少しでも火花を飛ばす事が出来る道具をつくってやれば、その火花を炎にして維持する事は出来る……そういう事ですか」
「わかったようだな! ならば、【模倣】が如何に使えない魔石かもわかるはずだ!」

 模倣が何故使えないか。
 
 まず考えるのは魔石の基本。
 1つ、魔石はベリスに属性を付与した石である。
 2つ、魔石は道具を介しないと効果を発揮できない。
 3つ、魔石は一度属性が確定してしまうと別の属性には変化しない。
 そして、さっき聞いた4つ目、魔石は無から有に変換できない。

 それを踏まえて模倣の効果を考える。
 模倣はその名の通り対象の属性を一時的に模倣する魔石だ。
 しかし、魔石は道具を介さないと効果を発揮しないから、その為の道具が必要で、一度魔石の属性を反映させる為の魔道具が必要になる。
 しかし、魔石は無から有に変換できないから、その魔道具は使用する魔石に合わせた特性にする必要がある。でも、模倣の魔石は使用された道具の属性を単純に模倣するだけだから、同じ属性を真似するだけで……。

「……なんだこれ。1つの道具で複数の効果を発揮できるような魔道具でもない限り、結局は同じ属性が発現するだけ?」
「その通り! 複数使用しても単一の属性しか発現できない魔石とはこれ如何に! これが魔石市場で模倣が出回っていない理由である!」

 なんというゴミ魔石だろう。
 とは思うが、多分何か工夫すれば何とかなるような気はするんだよね。俺の悲しい頭ではこれ以上考えるのは無理だけど。

「分かったなら先に進むぞ! ここまで着いてこれたのだ。あと少しで到着という所で失敗したら、いくら貴様でも死んでも死に切れまい!」

 いつの間にか着いてこれなかったら殺すことになってるよ……。
 両足ぶった切るんじゃなかったのか?

 大剣を振り回すようにして背負い直し、再び先に進みだしたデスガーの背を追いかける。

 どうやら、目的地まではあと少しのようだった。

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