復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第35話 精霊魔術と幻獣

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 サイレントの城下町の一角にある小さな食堂。その中の窓際の席に俺達は向かい合うように座っていた。
 この場にいるのは俺とフィリスの二人だけ。本当はフィリスを加えたみんなで食事をと提案したのだが、せっかく久しぶりに会ったのだからとリディアに言われて現在に至る。
 レイラは最後までぐずっていたが、結局はドリスに連れられてサイレント城のドリスの部屋へと消えていった。

「久しぶりだな」
「うん。3年ぶり位かな」

 俺の言葉にフィリスは頷きながら答えると、手元のスープをスプーンで一回クルリと回した。
 円形のテーブルに並べられているのはお互いが注文した食事が4皿ほど並べられており、夕食としてはやや寂しい状態であるのは否めなかったが、3年ぶりに再会したにも関わらず、壁のようなものを感じていた俺達の食欲がそのまま現れているようでもあった。
 
「……3年か。いつの間にかそんなに経っていたんだな」
「そうだよ。いろいろあった。本当に沢山の事が。どこかの誰かはこっちからの手紙を返信する余裕もない程に忙しかったみたいだけど」

 俺の呟きを皮肉を持って返してきたフィリスの言葉に、俺は罪悪感を感じながらも小さく笑う。
 忙しかったのは確かだ。
 しかし、あんな別れ方をしておきながらどんな言葉で手紙を出していいかわからなかったのも確かだった。
 
 1年近く俺を探す為だけに生きてきたフィリス。
 そんなフィリスを守る為に。そして、見つけた俺と暮らす為に手を差し伸べてくれた先生。
 そんな二人の想いを振り払ってしまったのは俺だ。
 あの時は監禁されてしまったショックと、レイラとリディアから離れ難かった感情から間違った事とは思っていなかったが、直ぐに届いてそれからも定期的に送られてくるフィリスからの手紙に罪悪感を覚えて忘れようとしてしまっていた。
 それが、まさかこんな形で再会するとは思っていなかった。

「手紙の件はごめん。でも、ちゃんと読んでいたからこそ驚いたよ。まさか、フィリスが軍隊に入隊していたとは思っていなかったから」

 俺の言葉にフィリスは持っていたスプーンをスープの注がれていた皿に静かに落とすと、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
 その顔に微笑みを浮かべて。

「軍隊には入ってないよ。軍の伝令役で来たのは間違いないけど、今の私は先生の代理で来ただけ。先生の推薦と、サイレントの王子様の側近であるテオと親しいという理由でね」

 先生という単語を聞いて、俺は先程アスラとの対面の時にフィリスが口にした事を思い出す。
 
「そう言えば、先生の娘とか言ってたな。いつの間にか先生の養子になっていたんだな」

 ふと疑問に思って話題を逸らした俺だったが、フィリスは首を振りながら俺の疑問に答えてくれた。

「形だけだよ。いくら先生と一緒に暮らしているって言っても、何処の馬の骨ともわからない人間にこんな大役を申し付ける人なんていないよ。どうしても、一刻も早くテオに知らせなくちゃいけない事が出来たから、先生が軍の偉い人にお願いしてくれたんだよ」
「レアンドロ……だな」

 俺の言葉にフィリスは頷く。
 あの時の報告で、フィリスはおっている相手をはっきりと“レアンドロ”と口にした。
 村が壊滅したあの時に、フィリスと先生は確かに奴を見かけているのだろうが、名前を知る機会はなかった筈だ。
 3年前俺が先生と対峙した時に一度口にした事はあったような気はしたが、罪状含めてあそこまではっきりと手配書に書かれているのも妙な話だ。
 となると、王国兵の誰か、もしくは先生がレアンドロと実際に会っていると考えた方が自然だった。

「あの男とはキリスティア領最西部に位置する、流砂の砂漠の遺跡で先生の部隊が遭遇している。発見した時あの男の周りには20人位の獣人達がいたと言うわ。でも、先生達があの男を捕らえようとした時に獣人達が豹変。凶暴な怪物になって──」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

 スラスラと状況の説明を始めるフィリスの声を右手で制しながら俺は告げられた事実の整理を始める。

「獣人達が豹変? それは突然凶暴になったって事でいいのか?」

 俺の言葉に頷きながらも、フィリスはそこに補足をする。

「凶暴になった。でも、その時に獣人達の姿が別の何かに変化したと先生は言っていたわ」
「別の……何か……?」

 フィリスの言葉に、俺は胸の鼓動が一際大きく跳ねたことを実感した。
 姿が変化し凶暴になる。
 それではまるで──

「幻獣化。と、先生は言っていた」

 その言葉に、俺の左手が力なく落ちる。
 その途中にテーブルがあった為に、テーブルの上の皿がガチャンと音を立てて小さく跳ねた。

「先生はテオならばこの現象がどんなものかわかっているはずだと言ってたわ。その先生からの伝言を今から伝えるよ」

 フィリスは先程までとは違い、真剣な目を俺に向けると、少し低めの声で先生からの伝言を告げた。

「『これから先、精霊魔術の使用は控えなさい。もしもこの先も戦いに身を置くつもりなら、今からでも遅くないからそれ以外の力を伸ばすように』これが先生からの伝言。そして、今回私がテオに会いに来た本当の目的」

 そう言ったあと、フィリスは大きく息を吐き、俺を悲しげな目で見つめてきた。

「先生は詳しくは説明してくれなかった。でも、きっとこれはすごく大事なことだって事はわかるよ。だって……」

 フィリスはそこまで口にした後一度息を飲み、瞳にうっすらと涙を浮かべながら言葉を続けた。

「これが先生の最後の願いだから……」
「……最……後……」

 最後。
 フィリスは確かにそう言った。
 それが何を意味するかはいくら俺でも容易に想像することが出来た。
 考えてみれば今回のフィリスの訪問は今までならば考えられないことばかりだったのだから。
 そもそも、先生がフィリスを単独で俺の元に送るはずがないし、今回の搜索に先生が来ていないこともおかしい。
 フィリスからアスラへの報告から本隊は後から到着するとの事だったが、最初の使者としてフィリスが派遣されてくるのもおかしな話ではあった。

「先生を……やったのは」

 拳を握り締めながら口にした俺の言葉にフィリスが涙に濡れた瞳を向ける。

「レアンドロか?」

 フィリスは頷く。

「うん。あの男を取り逃がした時に負った怪我が悪化して……。治癒魔術で体の傷は癒したはずだったんだよ。なのに、日が経つに連れてどんどん衰弱していって、結局助からなかった。その時に私には『自由に生きなさい』と言ってくれて……」

 だからここに来た……か。
 俺は握った拳を見つめながら、その時の様子を想像する。
 先生は嘗て言った。
 フィリスは弱い。もしも俺が死んでいると悟ってしまったら、自らの命を絶ってしまうだろうと。
 だが、それはその対象が俺じゃなくても同じなんじゃないか?
 今のフィリスはもう頼るべき人間が俺しかいない。
 王都での生活は分からないが、あの様子では殆ど外出もしなかったのではないだろうか。
 唯一接することの出来る相手は先生のみ。
 その先生がいなくなった時、果たしてフィリスはどんな気持ちでいたのだろうか。
 俺に手紙を出すでもなく、直ぐにこちらに向かってきた事を考えてもそれがわかるというものだ。
 
 フィリスは『自由に生きろ』と言った先生の遺言を守るつもりでいるようだ。
 しかし、俺はどうだろう?
 両親や、故郷の人達の敵を見つけた。
 そして、その相手は俺達の先生も手にかけたことがわかった。
 それでも遺言は守らなければいけないのだろうか?
 
 この3年で強くなった自負はある。
 それはアスラも認めてくれた。
 しかし、その力は精霊魔術があってこそだ。
 俺から精霊魔術をとったら、果たして何が残るのか?

「先生を殺したのがレアンドロなら……」

 何も残りはしない。
 例え精霊魔術を使い続けるその先に何が待っているか分かっていても、引き返せない理由が俺にはある。

「尚更先生の願いは聞けない。俺は今まであいつを殺す事だけを考えて生きてきた。その望みが叶うなら、この身がどうなろうと構わない」
「そんな事させない」

 俺の言葉にフィリスは強く反論してきた。
 瞳に涙は残っていたが、その視線は鋭く、決して譲らない強さを持ったものだった。

「なら、どうするつもりなんだ?」
「テオに着いて行く。今の私は無力じゃない。テオが無茶をしないように助ける事も出来るし、何より……」

 強い瞳と口調は変えず、恐らく俺もフィリスに向かって向けているであろう視線と同質のものを向けてフィリスは告げる。

「あの男に復讐したいと思っているのはテオだけじゃない」

 その言葉に、俺はようやくフィリスの本音を聞いたような気がした。
 両親の死を悲しんでいないわけがない。
 故郷を滅ばされて悔しくないわけが無い。
 
 当たり前だ。
 あの穏やかな生活の中で俺達は共に暮らしてきたのだ。
 それこそ兄妹のように。

 俺もフィリスも村に残る事を願った。
 あの生活がいつまでも続くことを願っていた。
 ただ、その現実を受け入れる事が出来なかったから、フィリスは頑なに俺を探す事を優先し、俺はレイラの両親を探す事に腐心した。

 だが、結局は同じだった。
 ここまで全く違う道を歩んできた俺達だったが、目指すゴールは結局の所一つしかなかったのだ。
 その目的が今一つになったというだけだ。

「レアンドロの居場所はわかっているのか?」
「この国の地理はわからないからはっきりとは言えないけど、先生から精霊力の強い場所にいるはずだって言われたよ」
「そうか」

 その言葉に俺は頷くと、今日帰ってきた後にアスラとリディアから聞かされた話を思い出した。
 
「恐らくだけど、俺の方の心当たりと関係があるかもしれない。明日アスラ様の所に一緒に行こう」
「一緒に? でも宿は……」
 
 俺の提案にフィリスは少し驚いたように聞き返す。
 そんなフィリスに俺は少しだけ笑いかけた。

「せっかく久しぶりに会ったんだ。今日は二人だけで昔話でもして過ごそう」
「……うんっ!」

 俺の言葉にフィリスは笑顔で頷くと、もうすっかり冷めてしまったスープに手をつけた。
 そんなフィリスの様子を見ながら、俺もようやく目の前の食事に手を伸ばす。
 せめて今日一日だけでも楽しかった昔の事だけ考えようと心に決めて。





「精霊力の強い場所というと、この辺りだと“龍人の谷”くらいであろうな」

 早朝フィリスと共に訪れた俺を自室に招き入れた後、俺の問いに対してのアスラの答えがそれだった。
 ちなみに現在アスラの部屋にいるのは6人。
 ちょうど対面になるようにテーブルを挟んで3つづつ、計6個の椅子があるうち奥側に座っているのはアスラとリディアの2人だ。
 サイレントに帰ってきてからというもの何かと一緒にいる事が多い二人だけあってこの配置も実に見慣れたものである。
 相変わらず腕を組んで辺りに威圧感を撒き散らしているアスラに対して、椅子を一つ分開けた場所にローブ姿のリディアが座っている。
 俺に向けた瞳が若干険悪なモノになっているのは現状の配置によるものと思われる。
 そして手前側の3つの席に座っているのはドリス、俺、レイラ、フィリスの4人である。
 3つの席に何故か4人の人間が座っているという不可思議な状況だが、その理由としては不貞腐れたレイラが俺の膝の上に座っているからにほかならない。

 俺の胸に頭を預けつつもぷっくりと頬を膨らませて不満を全開にしている理由はいたって簡単なもので、昨晩俺が部屋に帰ってこなかったからである。
 一応ドリスには連絡をいれて、レイラの面倒をお願いしておいたのだが、1ヶ月ぶりの帰宅初日の外泊に大層ご立腹だったらしい。
 一緒に寝ようと自室へと誘ったドリスの言葉にも耳を貸さず、俺の部屋で疲れて眠るまで篭城していたという話だった。
 結局レイラが寝た後にドリスが回収してくれたようだが、今日は朝会った時から泣くわ喚くわ大騒ぎした後にこうしてべったりくっついて離れなくなってしまったというわけである。
 ちなみに、そのやりとりの際にリディアにも昨晩の事を知られてしまい、殺意の篭った視線を向けられているというわけだ。
 もっとも、リディアは探ろうと思えば俺の居場所は簡単に探る事はできるから、ある程度疑ってはいたのだろうが。

「龍人の谷と言うと……獣人の里の更に奥地にあるという遺跡の密集地帯の事ですか?」
「その通りだ」

 俺の言葉にアスラが頷く。

「名前の由来は嘗てその場所に龍人が隠れ住んでいた頃の名残ね。そのせいかあの辺りは精霊の力が強く、精霊魔術師以外の人間でも精霊の声を聞くことがあるとか」

 アスラの言葉にリディアも続ける。
 さすがアスラと共にしょっちゅう幻獣狩りを行っているだけあってそのあたりの事情にも詳しいようだった。
 もっとも、説明している最中も俺に対する挑戦的な視線は変わらなかったが。

「龍人……ですか? 初めて聞く種族ですね」
「遥か昔に既に滅びた種族だ。獣人達の始祖とも言われているが、真偽の程は不明だ。最も、この大陸で滅びてしまったというだけで、魔大陸あたりではまだ生存している可能性はあるがな」
「だから、魔大陸でも既に滅びたって言ってるでしょ」

 俺の疑問に答えるアスラの言葉に、フィリスが今度はアスラに対して不満げに言い返す。
 恐らく、2人の間では既に何度もした議論の1つなのだろう。

「話が逸れたな。お前達の話を聞く限りでは精霊力の強い場所では幻獣が生まれ易いという事か? 今までは遺跡にいる幻獣達は太古からの生き残りだと考えていたが、今現在も“生まれ続けている”というのならば長年の疑問に対しても納得のいく答えが出てくるな」
「長年の疑問ですか?」
「そうだ。僕を初め沢山の冒険者や王族が数え切れない程の幻獣を討伐しているにもかかわらず、根絶やしに出来ない理由だよ」

 俺の言葉にアスラが答える。
 確かにここ3年の期間だけで考えてもアスラとリディアは相当数の幻獣を狩ってきたはずだ。
 にもかかわらず、幻獣の数が一向に減らない事に疑問を感じていたのだろう。

「そして、キリスティアで件の男が獣人達を幻獣にした場所というのも精霊力の強い場所だったという事か?」
「はい。私の師は確かにそう言っておりました」
「フム」

 フィリスの返答にアスラは難しい顔で腕を組むと、しばらく無言で考え込む。
 その間に少しは気分が落ち着いたのか、少しだけ眉をひそめながら、リディアが俺に問いかける。

「でも、精霊力が強いってだけでそんな簡単に幻獣になるものなの?」

 リディアの言葉に俺は頷く。
 長いあいだ疑問に思っていながら出なかった答えが、昨日フィリスの話を聞いて確信に変わった出来事があったからだ。

「キリスティアとフレイランドの国境にガルニア風穴という場所があるんだけど、その中の氷の精霊の力が強い場所で俺はフロストジャイアントと戦ったことがある。そこには嘗てのレアンドロの仲間の死体もあったから、あいつがその場所を訪れたのは間違いない。ひょっとしたら、そこであいつは獣人を幻獣化させる方法を見つけたのかもしれない」

 あの時はレアンドロが仲間を犠牲にして逃げ帰ったのかと思っていたが、もしかしたらあの場所で何かの実験でもしたのかもしれない。
 
「獣人を幻獣化させる方法……か」

 腕を組んだまま一人黙っていたアスラだったが、俺の言葉を聞くなり口を開き、おもむろに立ち上がった。

「現に獣人の里の人々が消えている以上、妄想だと一笑に付す事も出来まい。リディア。それからテオドミロ」
「はい」
「はっ!」

 アスラの声に俺とリディアも立ち上がる。
 その際、膝の上のレイラは前のめりに倒れそうになったが、横から手を出したドリスがそのままレイラを自らの方に引き寄せた。
 一方の俺達は、アスラの声質から仕事用の態度に切り替えて指示を待つ。

「本日これより討伐隊を結成し、件の犯罪者の討伐任務を行う。メンバーは私とリディア、テオドミロ。それから、立会人としてフィリス殿にもご同行願おう」
「親衛隊や国王陛下直轄の他の部隊の出撃要請も出しますか?」
「不要だ。今回の相手は幻獣を率いる魔術師。幻獣と戦い慣れていない者では足でまといになりかねん」

 返答は分っていながら一応進言した俺に対して、アスラは一言で返すと、その目をフィリスへと向けた。

「よろしいか」
「構いません。むしろ、こちらからお願いしようと思っていたくらいです」
「結構」

 フィリスの言葉にアスラは満足そうに頷くと、俺たちをぐるりと見回し宣言した。

「直ぐに準備を! 古の龍人族と同じ場所で、獣人族を滅ぼすわけにはいかん!」

 その言葉が終わらぬうちに、俺とリディアは足早にアスラの自室を後にした。
 そんな俺達の背中から、ようやく話に追いついたレイラの非難の声が響くのだった。

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