復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第36話 精霊の故郷に住まう者

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「お前が待っているから帰ってこられる……か」

 龍人の谷へ向かう途中にある森の中の行軍の最中、ふと聞こえた声に俺は視線を前方に向けた。
 視界に映るのは3つの頭。
 1つは今ではすっかり見慣れた真っ赤な頭髪。
 もう1つも既に傍にある事に何の疑問も抱かなくなった黒髪。
 しかし、先程の呟きはそのどちらのものでもなく、黒髪の隣で揺れている銀色の髪の持ち主からだった。

「一緒に行くって駄々こねた妹を諦めさせる為に言った出任せでしょ。特に深い意味は無いよ」

 ちなみに、俺の返答よりも早く実に不本意な解釈をしてくれたのは隣の黒髪。アズラエル親衛隊の紅一点の魔術師リディアである。

「口から出任せを言っているのはお前だろう。少なくとも俺はあの時レイラに対して思ってもいない事を口にした覚えはない」
「……どうだか……」

 こちらに振り向きもせずに不満げな声をあげるリディアに思わず苦笑する。
 ここからでは見えないが、恐らく口を尖らせて子供のようにむくれているのだろう。
 そんなリディアの横顔を見た後、銀髪の少女フィリスは顔を半分後ろに向けて俺に対して声をかける。

「すごく今更なんだけど……」

 フィリスの声に俺とリディアが殆ど同時に彼女に目を向ける。
 その時に見えたリディアの表情は思った通りのむくれ顔だった。

「あなた達の付き合いってテオが村を出てからすぐなんだよね?」
「大体ね。初めにレイラと会って一緒に村を出て、3ヶ月位してからディスティアで会ったのがリディアだな。それから約4年……。それが長いか短いかはわからないけど」
「短くはないでしょ」

 フィリスに対して答えた俺の言葉に、リディアが不機嫌な声で答えてくる。
 まあ、短くはないが、フィリスとの時間に比べれば長くはない時間ではあった。
 そんな俺達の態度にフィリスは「ふーん」と口にしながら前を向くと、ポツリと呟く。

「そのわりにはずいぶん仲がいいんだね」

 少しだけ寂しそうな声色に俺は思わずリディアに目を向ける。
 どうやらお互い同じような事を感じたようで、ちょうどこちらを振り向いたリディアと目が合った。
 確かに、レイラやリディアに比べると遥かに長い時間をフィリスと共にしたが、思い出されるのは喧嘩していた事ばかりだ。
 もっと小さな頃は一緒に遊んでいたりしたのだが、いかんせん幼すぎてその頃の記憶は非常に曖昧になっていた。
 どうやら、それはフィリスも同じらしかった。

「……単純に時間では測れないだろ。レイラやリディアとは一年近く危険な旅をしてきたからな。一々仲違いしていたら生き残る事なんか出来なかった。結果的に濃密な時間を過ごしただけだよ」

 そう言いつつ、常に衝突していたレイラとリディアの事は口にしない。
 基本的にあの2人は衝突する事で力を発揮しているのだろうから。多分。

「……そうなんだろうね。私とテオなんて村ではいっつも喧嘩ばかりして、しかも、4年も殆ど会ってなかったんだから当然なのかもね」

 一応は本人の中では納得したのだろうか。
 それきり無言になって歩き始めたフィリスの後ろ髪を眺めながら、腰に下げた魔封石のナイフに指を這わせる。
 リディアはしばらくは横目で俺を見ていたようだったが、やがて再び前を向くとフィリスと並ぶようにして彼女と歩調を合わせたようだった。

 サイレントの街を出てから2日。
 途中立ち寄った獣人の里を出てからは1日とちょっとの時間が経過していた。
 元々あまり会話もなくここまで来た俺達だったが、ここに来てフィリスが話を振ってきたのはいい加減無言の行軍に嫌気が差してきたからなのかも知れない。
 アスラの話によると目的地の龍人の谷までは今日中にたどり着けるとの事だった。
 その話を聞いてから随分とたって、既に太陽はちょうど俺の頭の真上に移動し、森の中とは言えじんわりとした熱気を伝えてきている。
 移動の際の陣形としては先頭を異常なまでの探知能力を持つアスラが一人立ち、その後ろに立会人のフィリス。傍らにフィリスの護衛としてリディア。
 そして、後方の襲撃に備えて俺が殿を務めるという格好だった。

 基本的にはフィリスを守りながら進軍するというスタイルだったのだが、ここまでの道程においてフィリスに護衛が必要だったかは些か疑問に感じる所ではあった。
 何しろ、前方から猛獣が襲いかかってこようとアスラがあっさりと切り捨ててしまうし、偶に不意に獣が襲いかかってくる事もあったのだが、フィリスの使用する水系魔術であっさり撃退されてしまっていたからだ。
 はっきり言って、ここまでの道程において俺とリディアは全くと言っていいほど戦闘をしていなかった。
 そもそも、村にいた時からフィリスの魔術の才能はずば抜けていたわけで、その後も先生に付きっきりで指導を受けていた事を考えると当たり前の事ではあったのだろう。
 そんな相手に対して、魔力が高く高威力とはいえようやく風系魔術を使えるようになったリディアや、そもそも殿に位置し、高威力の攻撃は接近戦というスタイルの俺では、即時発動のフィリスの魔術の前では遅れを取るばかりだった。
 現状のリディアの機嫌が悪いのはそういった事情もあるのではないかという気はする。
 少しは空気を読んでリディアの仕事もさせてやれと思わないでもなかったのだが、どうもフィリスは俺が動き出すよりも早く魔術を使用している節が見え隠れしているようにも見えるので、ひょっとしたら俺に精霊魔術を使わせまいとしているのかもしれなかったが。

 そんな事を考えながら歩いていた俺だったが、突然足を止めたリディアの背中に思わずぶつかってしまうところだった。
 俺は直ぐにナイフに右手を伸ばしつつフィリス、アスラの順に視線を向ける。
 すると、フィリスは目を大きく開けて前方を、アスラはこちらに顔を半分だけ向けて俺を見ているようだった。
 リディアの顔は見えないが、少し顔を上げて前方を見ているのが後ろからでもわかる。

「ついたぞ。ここが──」

 全員の視線が集まった事を確認した後、再び前方に目を移したアスラが告げる。

「龍人の谷だ」

 アスラの視線の先にある光景。
 その光景を目にした時、俺はフィリスが驚いたようにその光景を見ている理由に気がついた。
 何故なら、俺も全く同じようにその光景を眺めていただろうから。

 視線の先に見えるのはそびえ立つ崖に無数に空いた横穴。
 その一つ一つが遺跡なのだろう。
 穴に至る崖には梯子がかけられており、幻獣狩りの冒険者や、学者たちが訪れる事があると暗に知らせている。
 嘗ては龍人達が生活していたということだが、まさかそんな昔の機構が残っているとも思えない。
 だから、俺達が驚いたのは初めて目にする遺跡に対してでは無かった。

「……まさか……これって……」

 無意識にこぼれたのであろうフィリスの声。
 僅かな震えを持って紡がれたその言葉に続いたのは、他ならぬ俺自身の声だった。

「……竜の爪痕……」

 俺達の目の前に広がっているのは、嘗て俺達の故郷の森の中に存在し、人間族と獣人族のテリトリーを分け隔てていた古代の遺構そのものだった。





「とても自然のものとは思えない鋭い断崖絶壁。我々はこの遺構も含めてこの辺り一帯を『龍人の谷』と呼んでいるが、こう言った地形は世界のいたる所に存在するらしい」

 陣形を変えて、戦闘に俺とアスラが並び、その後ろに女性陣が並ぶように移動しながら、アスラは俺にそう説明してくれる。

「最も、存在するのはどれも深い森の中や険しい山脈の中など到達困難な場所ばかりという事もあり一般にはあまり知れ渡っていないし、近隣住人の間では聖域等と呼ばれる事もある故、一部のもの以外は真実は分からぬままだった」

 言いながらアスラは深く鋭い谷の淵を歩きながら、やがて現れた崖の上に横たわる吊り橋に足をかける。
 俺達の故郷に比べると遥かに人の手の入ったそれに驚きながら、アスラの後に続くように俺も吊り橋に足をかける。
 対岸まではそれほど離れてはいなかったが、この距離を人間が飛び越えるのは無理というものだろう。
 それほど遠くない過去にこの崖を軽々飛び越えた小さな少女がいた事が頭の片隅をよぎったが、取り敢えず無理だという事で片付けた。

「一部の人間……。その一部の人間が知る真実とは何ですか?」

 俺達の後に続くように吊り橋を渡り始めたフィリスが、俺と全く同じ疑問を口にする。
 彼女の態度からフィリスも嘗て竜の爪痕を見た事がある事に驚いたが、恐らく俺を探す為に森の中を探索していた時に見たのだろう。
 最も、村の掟を破って竜の爪痕を超えた俺とは違い、フィリスは村側から竜の爪痕を見ただけなのだろうが。

 フィリスの問いにしばらく黙って歩いていたアスラだったが、橋を渡り終わった所で足を止めると、目の前にそびえる崖を見上げる。
 遥か昔から存在していたのであろう数々の横穴に目を向けながら、やがてゆっくりと振り返る。

「聞こえぬか?」

 アスラの言葉にフィリスは不思議そうに辺りを見回しただけだったが、俺はアスラの言った意味が理解できた。
 思えば橋を渡り始めたあたりから聞こえ始めていたのだ。
 それが、今崖の前に立つ事ではっきりと確信できた。

「嘗てこの地に龍人は存在した。当時起こっていた異種族間の生存競争。その争いに関わらぬように各地で隠れ住みながら。彼らは世界中で繰り広げられる醜い争いに心を痛めながらも、3つの種族の中では比較的平和主義であった獣人族を守ろうとする者達もいたらしい。だが、愚かなるは人間族と魔人族。獣人族を匿った龍人族の縄張りにまで平気で足を踏み入れるものが現れた」

 フィリスの問いに答える為だった筈のアスラの言葉は、やがて強い殺気を放ちながら自らの剣の柄に手をかけながら崖に向かって振り返る。
 そして、そういった行動をしたのはアスラだけではなく、俺も、リディアも、そしてフィリスでさえも魔術の構成を組みながらアスラと同じ方向に目を向けていく。

「“彼ら”はいつでも教えてくれる。この場所に訪れる者全てに。全ての者が“彼ら”の声を聞く事は出来ないが、それでも未だにこの場に留まっている彼らは訪れるものに語るのだよ。この場所は獣人達の聖地だと。その境界線として自らの爪痕を残し、不浄の者達の侵入を防ぐ──守り神として」

 この場所は獣人達の聖地だという。
 その言葉は目の前のアスラの声だけではなく、この場を漂うもう1つ声からもそう告げられながら、俺の視線は崖と地面の境へと向けられる。
 そこに蠢くのは恐らく嘗てはこの“聖地”で守られるべきであった存在達。

「我が名はアスラ。アズラエル・ウィズ・サイレント。サイレント王家の血を引くものであり──」

 アスラが剣を抜く。
 赤く発光した刀身は真っ直ぐ獣人達の一番奥。
 腕を組んで佇む一人の男に向けられた。

「この森を守る守護者の末裔!! この名の元に“聖域”を汚した悪を断つ!!」

 その叫びが合図だというように、嘗て獣人であった幻獣達の向こう側で佇む男に風の刃と水の槍が叩き込まれた。
 俺とアスラは同時に動き、前方に向かって走り出す。
 魔封石のナイフを引き抜きながら意識を繋げるのは、分身である身体強化の精霊と、嘗てはアスラと同じようにこの森の守護者であったであろう精霊となってしまった少女。
 以前先生が見せる事で教えてくれた魔術の同時展開をこの手に持って。


 なによりも会いたかった相手……レアンドロに向けて駆け出した。 
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