復讐者は禁断魔術師~沈黙の聖戦~

黒い乙さん

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第38話 神と悪魔を呼ぶ儀式

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 氷の精霊の魔術の影響で見渡す限り純白に染められた視界の中で、レアンドロの炎の魔術に焼かれ、半ば炭と化し焼け爛れた円形の地面に立っているのは獣の血を強く受け継いだ少女。
 いつもの愛らしい笑顔はなりを潜め、フワフワとした茶色の髪は今では逆立ちひと目で相手を威嚇しているのが見て取れる。

 そして、その視線の先には見えるのは一人の魔術師。
 先程は突然の不意打ちに驚いたようだが、今ではその表情に笑みを貼り付け、ゆったりとした動作で右手をレイラに向けた所だった。

 見た所大きなダメージを負っているようにも見えない事を考えると、何かしらの方法でレイラの攻撃を防御したと考えるべきなのかもしれない。
 ……あの、防御無視の『ソウルクラッシュ』の一撃を……である。

 焼かれた大地は煙を上げ、凍りついた周囲の景色が目に入るたびにどこか夢の中にいるような錯覚さえ覚えてしまうのは、焼けた大地の上に立っているのが俺とレイラ、そしてレアンドロの三人だけだったからかもしれない。

 アスラは一度体勢を立て直すために距離を取り、新参の魔人を含めて魔術師の三人は後方。 
 レイラは円の中心よりややこちら側に立ち、焼けた大地のギリギリ端にレアンドロ。そして、レイラの後ろに俺が立ち上がるという構図だ。

 助けに飛び込んだのが俺かレイラかの違いはあるが、これはまるであの時と──

「まるであの時と同じ光景だね」

 だが、そんな俺の考えを代弁したのはほかの誰でもないレアンドロだった。
 上げた右手はそのままに、ゆっくりとこちらに歩み寄りながら、膨大な魔力を右手に収束させている。
 嘗ての俺はこの男の魔術に手も足も出なかった。
 レイラも何も出来ずに無力化された。けれど──

「あの時の俺たちとは違う」

 あの時の俺たちは無力だった。

「あの時の俺はただ“森の守護神”の言葉に従って森を守るために戦った」

 けれど、実際に会った森の守護神は心に傷を負った優しい少女だった。

「力も無いくせに、妙な使命感と正義感だけで勝てもしない相手に立ち向かった馬鹿な子供だった」

 口では無難に生きたいと言いながら、現実は親から聞かされた使命に酔い、英雄願望を持った馬鹿な子供。

「……その軽率な行動が取り返しのつかない結果を招くとも気づかずに」

 焼け爛れた故郷の姿と、動かぬ沢山の死体の山を俺は一生忘れないだろう。

「そして、復讐の旅の末にようやく僕にたどり着いた。けれど、残念だけど結果は変わりそうにもないね」「…………そうかもしれない」

 お互いの魔術の有効範囲など当に過ぎ、今ではレイラの攻撃範囲にまで踏み込んできたレアンドロの言葉に同意しながら、それでも俺は顔を上げてはっきり答える。

「結果は同じかもしれない。それでもやはり違うのさ。今俺がこの場で力を振るう理由は!」

 俺が魔封石のナイフを引き抜き、レイラが動く。
 その動きに合わせるようにレアンドロは右手を俺に向けて滑らせて左手で違う魔術の構成を編む姿をその視界に捉えたまま──

「俺が大切にしたいと思っている家族の平穏を乱すものを排除するためだ! レアンドロ!」
「炎の懐刀!」

 俺達が飛び込むよりも早く完成されたレアンドロの魔術は、赤い炎の刃となって俺に向かって襲いかかる。
 それを俺は横にステップを踏みながら魔封石のナイフで弾き返すと、すぐさまドリスに意識を繋げる。

「ドライアド!」

 発声と同時に現れた木の葉には魔力のコーティングはされていない。
 これ単体では何の攻撃効果もない簡易魔術だが、俺の本命は別にある。
 
「っ!!っく!」

 だが、その本命──木の葉の目暗ましに身を隠しながら飛び込んだレイラの拳を辛うじて躱すレアンドロ。
 しかし、攻撃は当たらなかったが、体勢は崩れた。俺は手にした魔封石のナイフを逆手に持ち直し、一気にその距離を詰める。
 だが、次の瞬間魔力の大きな膨らみを感じた。

「ファイヤストーム!!」

 熱風が迸る。
 目に見える程の炎の奔流は、彼の足元からまるで竜巻のように足元から外に向かって広がっていく。
 嘗ての俺達ならば手も足も出なかっただろう。
 しかし、

「フラウ!」

 瞬時に意識を繋げたのは氷の精霊。
 “炎の壁に向かって飛び込むレイラ”の姿を視界の端に捉えたまま発動した魔術は、綺麗に俺とレイラの正面の炎の壁をかき消して、レアンドロまでの道を作る。
 こじ開けられた炎の壁は氷と共に砕け散り、光り輝く粒子となって金色の瞳の獣人の少女に降り注ぐ。

「!……なにっ!」

 俺が炎をかき消す所までは予測していただろう。
 しかし、何の躊躇もなく炎に突撃する人間がいるのは完全に予想外だったのかもしれない。
 レアンドロは今まで一度も見たことがないうろたえた様子を見せた後何かの魔術の構成を編んだようだが、間に合わずにレイラの赤く輝く拳の直撃を受けて吹き飛んだ。
 先程は不意打ちであるにも関わらず防がれたようだが、今度は間違いなく直撃。
 肉体を魂ごと砕く一撃だ。今度こそ無傷では済まないだろう。

「精霊達との絆。レイラを始めとした家族や、仲間達の絆。そして、先生に見せてもらった複数同時展開の構成力」

 俺は自身の右手を見ながらこれまでの事を思い浮かべる。

 レイラと出会い、絶望から始まった旅立ち。
 日銭稼ぎの為の仕事先でシグルスと最悪の出会いかたをした事。
 リディアと出会い、生きる為に無茶な仕事を請け負う日々。
 アスラを助ける為に立ち寄ったサイレントの森でのシグルスとの再戦。
 半人半霊になってしまったドリスとの“再会”。
 生き分かれていた先生とフィリスとの出会いと……別れ。

「一人なら何一つやりきれなかった。いや、今もやりきれた事なんか無いのかもしれない。でも──」

 それでも、俺がこれから先望む生き方をする為にはやらなければいけない事がある。

「お前を止めなければ俺は先には進めない。獣人と……魔人と……レイラとリディアと共に生きる事。それが今の俺の戦う理由だから」
「成る程」

 俺の言葉にレアンドロは軽い調子で起き上がると納得したように視線を向ける。

「異種族との生活を望む君にとって、獣人を実験台にしている僕は非常に邪魔な存在というわけだ」
「…………」

 無傷。

 その様子に俺のすぐ後ろに近づいてきていたリディアとフィリスの息を呑む音が聞こえる。
 そして、それはアスラも同様だったらしく、眉を寄せると手にしていた赤く輝く刀身をレアンドロへ向けた。
 その中において、頭に血が上っているレイラを除けば、俺とシグルスのみが静かにレアンドロを見つめていた。

「実験台……と言ったな」

 そんな中、ただ一人これまで戦闘には加わっていなかった魔人の男は、レアンドロに対して口を開く。

「一際精霊力の強い場所に魔術抵抗の低い獣人を連れてきて幻獣化させる。それだけならば幻獣の軍隊でも作るのかと考えでもするが──」

 言った後にシグルスは辺りを見回す。
 すると、そこにあったのは、先程まで幻獣となり理性を失ってこちらに襲いかかってきていた嘗ての獣人達の動かぬ姿だった。
 確認した訳ではないから断言できないが、恐らくもう息はしていないだろう。

「本来持ち合わせた精神と肉体に全く違う存在を宿すのだ。長く生を保てる筈がない。最も、例外が無いわけではないが」

 シグルスの言葉に俺は先生の事を思い出す。
 先生もレアンドロによってその身に幻獣を憑依させられ、最後まで抗いその命を散らしている。
 だが、レアンドロは言わなかっただろうか? 今回俺達が幻獣化する事でその目的が達成されると。

「例外……ね。そう言うからには君にはその例外に心当たりはついているのだろう?」
「精霊魔術だ」

 レアンドロの問いにシグルスは答える。
 その答えに、俺はドリスの姿を思い浮かべた。

 嘗ての精霊魔術師ドリス・サイレント。
 元は人間であった彼女は一人の獣人の少女を助ける為に精霊魔術の奥義である“憑依魔術”を使用した。
 しかし、その結果は彼女自身を人在らざる存在に豹変させる事になってしまったのだ。

「精霊魔術。その行き着く先と言われている“憑依魔術”は、一時的にだが呼び出した精霊の力をその身に宿す事ができるという。だが、難易度は高く、術者の精神力が尽きた場合その心身共に憑依させた存在に乗っ取られると言われている。──あくまで魔人族に伝わる話だが……な」

 シグルスの言葉に俺は嘗ての体験を思い出す。
 数有る憑依魔術の体験の中でも最もきつかった思い出。
 ジャックランタンとの戦いを。

 あの時の俺はリディアとレイラの助けがなかったら間違いなくシルフの精霊力に飲み込まれていただろう。
 その時の感覚を思い出し身震いする俺だったが、ふと、その時のと今回の事を比較して考えた。
 ここに来るまでの間に何度か聞いたレアンドロの行為と先程まで目にしていた光景の何が違うのかという事に。

 レアンドロが意図的に行っていたのは間違いないだろう。
 
 しかし、元は精霊魔術など扱えない獣人達。
 両立出来ない魔術であるはずの物質魔術と精霊魔術である一方である物質魔術師だった筈なのに発症したアレックス先生。
 そして、それは同じ物質魔術師であるレアンドロも同様だ。
 
 そう。

 物質魔術師であるレアンドロが“精霊魔術を使用できない事はこれまでのこの世界の常識”だった筈だ。

「くっくっく……。精霊魔術……精霊“魔術”……ね」

 だが、シグルスの答えにレアンドロは嗤う。
 何がそんなに可笑しいのか、右手で口元を覆いながら辺りに響き渡るほどの大声で。

「唯“耳がいいだけ”の欠陥品をよくもまあ“精霊魔術師”等と祭り上げたものだ!! その奥義とやらにたどり着いた欠陥品どもが一人として生き残っていない事実には目を向けずにな! まったくもって愚か! 愚かな人間共! これから起こる奇跡をその薄汚い耳で聞き、汚れた瞳に刻むといい!!」

 叫びながら両手を空に向かって掲げるレアンドロ。
 その姿は隙だらけで、本来であればその隙をついてレアンドロを攻撃すべきだっただろう。
 しかし、今この瞬間から突如溢れ出した強大な魔力に誰ひとりとして動けない。
 前衛である俺とレイラは勿論、魔力を自身の力に変換するアスラ、魔術師であるフィリス、そして、強大な魔力を持つ魔人であるはずのシグルスとリディアでさえもだ。

「この世に“精霊魔術”など存在しない! 存在するのは──ただ一つ!!」

 爆発するかのように暴れ狂う“唯の魔力の塊”は、嘗てそれを攻撃手段の一つとして使用していたシグルスのものより遥かに凶悪で。
 そしてなにより俺は見た。
 荒れ狂う魔力の中心で、砂埃に隠れながらも陽に照らされて光り輝く“鱗に覆われた”レアンドロの両腕を。

「──神と悪魔を呼ぶ儀式──それだけだっ!!」

 叫び声と共に文字通り魔力が爆発する。
 その威力は爆発系の物質魔術よりも遥かに強力で、レアンドロに対して最も近くにいた体の軽いレイラが後方に吹き飛ぶ。
 
 俺はゲルガーをその身に宿すと吹き飛んだレイラに飛びつき、何とか受け止める。
 あれだけの爆発に巻き込まれた事で心配したが、爆発といってもそこは純粋な魔力そのものだったためか、レイラは両腕に身に付けたソウルクラッシュで威力自体は相殺していたらしい。

 しかし、その瞳は驚愕に見開かれ、ただ一点。
 爆発の中心地にいる人物を見つめていた。

『──最も──』

 だが、果たしてそれは“人物”と言えるのだろうか?
 先程までその場にいたのはレアンドロだ。
 だから、同じ場所に立っているのはレアンドロで、人間である筈だった。
 しかし、俺達の目に映る“生物”は、俺の記憶の中の人間とはまるで違っていた。

 黄金色に輝く長髪と、黄色がかった光沢のある鱗は、陽の光を反射してやはり黄金色の輝いているように見える。
 目には白目は存在せず瞳のみ。さながらそれは漆黒の宝玉が埋め込まれているようだった。
 顔の表面はなめらかで凹凸も存在せず、鼻のある位置には二つの穴が空いているのみ。
 口には唇が存在せず、唯、耳まで裂けたような細い三日月が存在しているだけだった。

 ……俺はこんな人間は知らない。
 少なくともこんな存在は“今の人類には存在しない”。

「……“龍人”……」

 混乱した俺の耳にシグルスの呟きが漏れる。
 だが、その単語が俺の頭で理解されるよりも早く──

『──貴様らの腐れた目と耳がこの奇跡を記憶したとしても!! その口で他の人間共にこの奇跡を伝える事など出来ないがなぁっ!!』

 咆哮と共に迸る光の帯が俺達の横を一瞬で駆け抜ける。

 ──この日俺は──

 ──この世界のいたる所に存在する、龍の爪痕が刻まれる瞬間を目の当たりにした──

     
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