御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第一章 現れる不法侵入者

02 電車は1時間に1本

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「お疲れ様でした」
「おう! お疲れ!」

 事務所に顔を出し頭を下げると、白髪まじりの中年男性が右手を上げながら近づいて挨拶を返してくれた。
 この中年男性以外には他にも若い男女が1人づつと中年女性1人だけだったが、そちらからも中年男性に比べれば5分の1程元気は落ちるが、こちらに挨拶を返してくれた。

「どうだ。そろそろ仕事には慣れたか?」
「ええ、まあ。まだそれなりでしょうかね?」
「ははは! そうか! まっ、全く畑違いの仕事だしな!」

 中年男性は俺の肩をバシバシと叩きながらもニカッと笑う。
 この人は斉藤さんと言って、この町工場の社長だった。
 従業員は俺を入れても10人しかいない小さな会社だが、意外にも福利厚生はしっかりと整っており、休日も多く残業も殆どない為、プライベートに時間を割くには非常にありがたい会社だった。

 その分給料は安いが、俺のような人間にはこれ以上ない環境だった。
 最も、それは俺以外の従業員にとっても同様であり、基本的に郊外の田舎町であるこの町では兼業農家が多いため、この工場に勤めている人達も大半が農家の出身だった。
 ようするに、大きな収入よりも自由になる時間優先なのだろう。

「それにしても、お前がうちに来てもう3ヶ月かぁ……。どうだ、多少は疲れ・・も取れたか?」
「……どうでしょうね」

 当然俺の前職の事を知っている斎藤さんの言葉に俺は曖昧に頷く。
 俺的には大分回復したと思っているのだが、3ヶ月の無職期間でマシになったと思った時期にこの会社に面接に来て「酷ぇ面だな」と言われているだけに、自信を持って言えなかったのだ。

 そして、それは斉藤さんも理解してくれたようで、暫く俺の顔を覗き込んだ後あっさりと話題を変えてきた。

「そういやあ、今日はこの後不動産屋に行くんだろう? いよいよ新居に引っ越しって訳だ! これでお前も名実共にこの町の住人だな!」
「そうですね」
「実際に引っ越す時は教えろよ! 手伝いに行ってやっから!」
「いいえ。大丈夫ですよ。殆ど荷物もありませんし。何しろほぼ着の身着のままきましたからね」
「おっと。そう言えばそうだったな」

 折角の申し出だったが、丁重に断る俺に斉藤さんがおどける。
 ただ、斉藤さんの事だから俺が断る事も織り込み済みだったはずだ。
 残念ながら、俺はまだ他人に対してそこまで気を許せる状態ではなかったからだ。

「ま、何かあったら言えよ。遠慮なんかするんじゃねぇぞ!」
「はい。その時はお願いします。では、お疲れ様でした」
「おう! お疲れ!」

 もう一度頭を下げた俺の肩を、強めに叩いて斉藤さんは去っていく。
 その後ろ姿を眺めた後、俺もその場を後にした。
 
 事務所を出た後に更衣室に移動すると、私服に着替えて向かうのは自分の車だ。
 S社製のダークブルーのセダン。この色にしたのはひとえに汚れが目立たないからという理由一択だった。
 何しろ洗車をする暇もないのだから汚れが目立つ色にしていたら相当酷い事になっていただろうから。
 流石に俺も人の目は気になる。

 車に乗り込み、発進させると、目の前に広がるのは見渡す限りの田畑と、その合間にポツポツと点在する家。
 流石に駅の傍に行けば多少まとまって住宅や店もあるのだが、基本的には隣家との距離が数百mはザラ。
 移動手段は車がないと非常に不便であり、駅に電車が来るのは1時間につき1本という正真正銘の田舎町である。

 まあ、山の中にあって周りに何もないよ。というほどではないので、生活する分にはそこまでは困らない。
 実際、俺は現在短期契約型の賃貸住宅に仮に住んでいるが、一応そういう商売が成り立つ程度には転居者もいるらしい。

 さて、現在住んでいる場所が仮住まいだという話はした。
 その理由は俺がこの町で1軒の中古住宅を購入したからだ。
 安くない買い物ではあったが、お金に関しては問題なかった。何しろ、前職は労働環境はブラックそのものではあったものの、企業規模としてはそれなりに大きく、かつ、その中でも俺はそれなりにもらっている方だった。
 更には稼いだお金を使う時間が無かった都合上貯金はどんどん溜まっていき、安い中古住宅くらいだったら一括で買えるくらいの貯蓄があった。

 後は今回この町で見つけた家が安かった事も挙げられる。
 築年数に関しては相当古いものではあったが、作りはしっかりしているし、ある程度リフォームもしてあった為に多少手をいれる必要はあるかもしれないが、現状でも住むだけならば問題ない。
 何よりも庭が広いのが高ポイントであり、これからこれまで出来なかった何かを探すためにもちょうどいいと思ったのだ。

 そして、その家の引渡しが今日。という訳だ。

 俺はハンドルを手にまだまだ明るい田舎道を車で走る。
 こうして明るいうちに仕事を終わらせて帰るのはこの町に来るまで未体験だったので、とても新鮮に感じた。

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