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第一章 現れる不法侵入者
01 心の傷
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時計が回る。
朝が来る。
今日が終わろうとしている。
優先的に進めなければいけない案件の計画書を必死に進めているものの、このままではどう考えても終わらない。
タイムリミットは上司が出勤してくるまでだ。
それまでに上司を納得させる事が出来るデータをまとめ、最低でも仮稟議までこぎつけて明日の午前中までに関係取引先全てに手配をかけなければ確実に納期に間に合わなくなるだろう。
それは上司もわかっているから、余程まずい資料を作らない限りは稟議は通るはずだった。
そう、通るはずなのだ。終わるはずだったのだ。
……不測のトラブルが発生しなければ。
本来であれば業務時間外である俺が対応する必要は無かったトラブルだった。
だが、結局書類の作成を中断してまでトラブル対応したのは、現在行っている『先の業務計画』の前に『現在の業務』が終わってしまうから。
人も時間も足りなくて、全てにおいてカツカツの状態で行っている現状では、1つのミスが命取りになってしまうのだ。
時計が回る。
朝が来る。
今日が終わってしまう。
心臓が締め付けられるように痛む。
理不尽な怒りが頭の中を真っ赤に染める。
どうして俺ばかりがこんな目に合うんだ? そもそも、あのトラブルだっていないはずの俺ではなく、本来いるべき人間が対処すべきことだろう。それ以前にどうして俺がここまで考えなければいけないんだ。
そもそも、予定からして無茶なんだ。出来ない事を「やれ」と言われれば俺達社員はやらなきゃならないんだ。
だったら、せめてその仕事の邪魔だけはしないでくれ。助けてくれ? そんなの俺が言いたいよ! 俺のほうが助けて欲しいよ! もう3日間寝てないんだ! お前らは少なくとも寝てるだろう! 残業代だって貰ってるんだろう!? なのに、どうして寝る間も惜しんで仕事をしている俺がお前らの尻拭いをしなければいけないんだ! 勘弁してくれよっ! え? 怖いから怒らないでくれって? 俺だって怒りたくないよ! ただ寝たいだけなんだよ! どうして俺がこんな思いで仕事しなけりゃならないんだ! 本当はこんな事話している時間だってないんだよ! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして──。
◇◇◇◇
「俺ばかり!」
強烈な焦燥感と共に吐き出された言葉は、暗闇に消える。
さっきまでは会社の事務所にいたはずだ。煌々と天井から照らされる蛍光灯の明かりの下で、俺は一人の女の子を怒鳴りつけていた。
俺の部下になって1年と少ししか経っていない、まだ新人に毛が生えた程度の年下の部下。
顔と名前は思い出せる。しかし、彼女がどんな人間か、どんな趣味があり、何が好きなのか。そういった事は何一つ思い出せない。
それはそうだ。
だって聞いていないのだから。
興味すらなかったのだから。
ただ、自分の業務負担を減らす為だけに俺に付けられた子だ。
そして……俺の理想が高すぎて、結局潰してしまった子だ。
他でもない。俺自身が。
「……夢……か……」
そう。夢だ。
何故なら、彼女があの場所にいるはずがないのだから。
どこまでも一生懸命で、いつでも俺の負担を減らそうとしてくれたあの女の子は、俺よりも先に辞めてしまった。
『お役にたてなくて申し訳ありませんでした』
最後にそう言って去っていったあの子の顔を忘れる事は出来ない。
唯でさえ少ない社員を辞めさせてしまった俺に対して、上司は「仕方ないよ」と言ってくれた。
しかし、「お前はお前の分身が欲しいのかもしれないけど、お前と同じ事が出来る人間は少ないんだよ」とも言っていた。
「……深夜12時。まだ4時間で勝手に目が覚める……か」
ため息しか出ない。
前の会社を辞めてから既に半年経ち、末期に体に現れていた異常は殆ど治ったが、心の傷は未だに癒えずにいた。
それでも、辞めた直後は1時間おきに目が覚めていた事に比べれば大分改善はされたのだろう。
少なくとも、4時間熟睡出来るようになっただけで気持ちに多少なりともゆとりが出来たのは確かだ。
その証拠に、ここ2ヶ月ほど俺は全く怒らなくなったから。
「たしか……明日は仕事帰りに不動産屋に行く予定だったな」
暗闇の中、吊り下げられた丸い蛍光灯がユラユラ揺れている。
自分では分からないが、夢でうなされている時に暴れでもしたのだろうか。
そう考えるとこの後二度寝するのが怖くなるが、どうせ二度寝では夢は見ないのだ。
何故かはわからない。
分からないが、ここ最近はいつもそうだったから、きっと今日もそうだろう。
もっとも、ただ起きて全てを忘れているだけかもしれないが。それならば、都合の悪い事は直ぐに忘れる最低の俺らしいとも言える。
『そんなことないですよ』
「ん?」
ふと、聞こえる幻聴。
いや、幻聴というよりはきっと記憶。
以前、どこかの誰かに言われた事のある言葉。
「……アホらし。俺がヤなやつなのは変えようのない事実だよ」
独りごちると布団に潜る。
これで眠れればちょうどいい時間に目が覚める事になるだろう。
そういう意味では、4時間で勝手に目が覚める今の体質は都合が良い。
何しろ明日も仕事がある。
この町に引っ越してきてもうすぐ3ヶ月。
ようやく人間らしい生活が出来るようになったのだから、いつまでも過去を引き摺っていても仕方ないのだから。
朝が来る。
今日が終わろうとしている。
優先的に進めなければいけない案件の計画書を必死に進めているものの、このままではどう考えても終わらない。
タイムリミットは上司が出勤してくるまでだ。
それまでに上司を納得させる事が出来るデータをまとめ、最低でも仮稟議までこぎつけて明日の午前中までに関係取引先全てに手配をかけなければ確実に納期に間に合わなくなるだろう。
それは上司もわかっているから、余程まずい資料を作らない限りは稟議は通るはずだった。
そう、通るはずなのだ。終わるはずだったのだ。
……不測のトラブルが発生しなければ。
本来であれば業務時間外である俺が対応する必要は無かったトラブルだった。
だが、結局書類の作成を中断してまでトラブル対応したのは、現在行っている『先の業務計画』の前に『現在の業務』が終わってしまうから。
人も時間も足りなくて、全てにおいてカツカツの状態で行っている現状では、1つのミスが命取りになってしまうのだ。
時計が回る。
朝が来る。
今日が終わってしまう。
心臓が締め付けられるように痛む。
理不尽な怒りが頭の中を真っ赤に染める。
どうして俺ばかりがこんな目に合うんだ? そもそも、あのトラブルだっていないはずの俺ではなく、本来いるべき人間が対処すべきことだろう。それ以前にどうして俺がここまで考えなければいけないんだ。
そもそも、予定からして無茶なんだ。出来ない事を「やれ」と言われれば俺達社員はやらなきゃならないんだ。
だったら、せめてその仕事の邪魔だけはしないでくれ。助けてくれ? そんなの俺が言いたいよ! 俺のほうが助けて欲しいよ! もう3日間寝てないんだ! お前らは少なくとも寝てるだろう! 残業代だって貰ってるんだろう!? なのに、どうして寝る間も惜しんで仕事をしている俺がお前らの尻拭いをしなければいけないんだ! 勘弁してくれよっ! え? 怖いから怒らないでくれって? 俺だって怒りたくないよ! ただ寝たいだけなんだよ! どうして俺がこんな思いで仕事しなけりゃならないんだ! 本当はこんな事話している時間だってないんだよ! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして俺ばかり! どうして──。
◇◇◇◇
「俺ばかり!」
強烈な焦燥感と共に吐き出された言葉は、暗闇に消える。
さっきまでは会社の事務所にいたはずだ。煌々と天井から照らされる蛍光灯の明かりの下で、俺は一人の女の子を怒鳴りつけていた。
俺の部下になって1年と少ししか経っていない、まだ新人に毛が生えた程度の年下の部下。
顔と名前は思い出せる。しかし、彼女がどんな人間か、どんな趣味があり、何が好きなのか。そういった事は何一つ思い出せない。
それはそうだ。
だって聞いていないのだから。
興味すらなかったのだから。
ただ、自分の業務負担を減らす為だけに俺に付けられた子だ。
そして……俺の理想が高すぎて、結局潰してしまった子だ。
他でもない。俺自身が。
「……夢……か……」
そう。夢だ。
何故なら、彼女があの場所にいるはずがないのだから。
どこまでも一生懸命で、いつでも俺の負担を減らそうとしてくれたあの女の子は、俺よりも先に辞めてしまった。
『お役にたてなくて申し訳ありませんでした』
最後にそう言って去っていったあの子の顔を忘れる事は出来ない。
唯でさえ少ない社員を辞めさせてしまった俺に対して、上司は「仕方ないよ」と言ってくれた。
しかし、「お前はお前の分身が欲しいのかもしれないけど、お前と同じ事が出来る人間は少ないんだよ」とも言っていた。
「……深夜12時。まだ4時間で勝手に目が覚める……か」
ため息しか出ない。
前の会社を辞めてから既に半年経ち、末期に体に現れていた異常は殆ど治ったが、心の傷は未だに癒えずにいた。
それでも、辞めた直後は1時間おきに目が覚めていた事に比べれば大分改善はされたのだろう。
少なくとも、4時間熟睡出来るようになっただけで気持ちに多少なりともゆとりが出来たのは確かだ。
その証拠に、ここ2ヶ月ほど俺は全く怒らなくなったから。
「たしか……明日は仕事帰りに不動産屋に行く予定だったな」
暗闇の中、吊り下げられた丸い蛍光灯がユラユラ揺れている。
自分では分からないが、夢でうなされている時に暴れでもしたのだろうか。
そう考えるとこの後二度寝するのが怖くなるが、どうせ二度寝では夢は見ないのだ。
何故かはわからない。
分からないが、ここ最近はいつもそうだったから、きっと今日もそうだろう。
もっとも、ただ起きて全てを忘れているだけかもしれないが。それならば、都合の悪い事は直ぐに忘れる最低の俺らしいとも言える。
『そんなことないですよ』
「ん?」
ふと、聞こえる幻聴。
いや、幻聴というよりはきっと記憶。
以前、どこかの誰かに言われた事のある言葉。
「……アホらし。俺がヤなやつなのは変えようのない事実だよ」
独りごちると布団に潜る。
これで眠れればちょうどいい時間に目が覚める事になるだろう。
そういう意味では、4時間で勝手に目が覚める今の体質は都合が良い。
何しろ明日も仕事がある。
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ようやく人間らしい生活が出来るようになったのだから、いつまでも過去を引き摺っていても仕方ないのだから。
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