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第二章 何時から俺の家はコスプレ会場になったのか
05 カリスの任務
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「さて、どこから話せば良いのやら……」
あの後、結局リビングに戻ってきた俺達は、今後の事やカリスの帰還の件も含めて話し合う事になった。
俺は入れ直した紅茶をカリスのカップに注いでやると、俺のカップにも注ぐ。
さっきまでだったら紅茶を注がれたら直ぐに一口だけでもカップに口をつけていたカリスが、腕を組んで何やら思慮深い表情を浮かべていた。
「どこからも何も、先ずは猫娘の素性だろ。何だか【魔女】とか言っていたが、ようするに猫人族じゃないんだな? それから、さっきお前は俺とお前が嵌められたと言っていたな? 俺は何か背中に監視カメラ機能付き発信機を付けられたみたいだからわかるけど、お前が嵌められたってどういう事よ?」
「そうだな。先ずはそこからか」
俺の言葉にカリスは短く嘆息すると、カップに口を付けて喉を潤すと話し始めた。
「まず、先日ここに現れたという猫娘だが、我らの国で言う所の【魔女】でほぼ間違いあるまい」
「その魔女って奴が俺にはよくわからんのだが」
あれだ。大昔ヨーロッパで魔女狩りとかあったらしいが、あれも実際には唯の迫害行為である事がわかっている。
ともすれば、カリスの国での魔女という存在も、過去の魔女狩りのように虐げられていた人間である可能性もあるからだ。
だが、カリスはそんな俺の考えを振り払うように首を振る。
「魔女の説明の前に魔術の説明をした方が良さそうだな。イバラキ殿。貴殿はこの世界には魔術は存在しないと言ったな? その言葉に偽りはないか?」
俺は首肯する。
その様子を見てカリスも話を続ける。
「魔術とは、生物であれば誰しも持っている魔力を寄り代として、奇跡を起こす現象だと言われている。例えば、貴殿の背中に埋め込まれた魔女の瞳。それも魔術の一種だと言われている。それは魔女の秘伝故詳しい理屈はわからんがな。ただ、通常の魔術に関して言えば、人間がもともと持っているエネルギーや、自然界のエネルギーを増幅させる行為なのだ……と、現在は言われている」
「現在はって事は、今までは違ったのか?」
「ふっ。誰もが使えるわけでもない、訳のわからない力だぞ? 時の流れと共に様々な理由が存在した。それが、現在はたまたまそうだと言われているに過ぎん」
紅茶に口を付けてカリスが笑う。
魔術が普通にある世界でも使える人間が少ないから訳のわからない力呼ばわりされているのか。
そういう所はこっちとも殆ど変わりがないようだ。まあ、感情がある人間なのだから当然なのかもしれないが。
「魔術を扱う事が出来る人間のことを魔術師と呼ぶ。だが、その中でも特に真理に近づいた者達の事を魔女と呼ぶのだ。不思議と、真理の扉を開くのは女性ばかり、という理由もあるがね」
「どうして、女性ばかりなんだ?」
「さて。中には『魔術の神が女好きだからだ』等と口にするものもいるが、理由は不明だよ」
カリスは冗談めかしていっていたが、口調から本気でそんな事を口にしている人間もいるのだろうな。というのは感じた。
こういう男女の扱いの差も各世界共通なのだろう。
「それでは本題に入ろう。私の前に来た猫娘が魔女であるなら、その年齢は間違いなく見た目通りの年齢ではあるまい。何らかの秘術を使用して幼児化していた可能性が高い」
「一応、理由を聞いてもいいか?」
カリスは頷くと右手で小さな輪っかを作る。
「これまで我国に伝わる御伽噺と、魔女についての話はした。その上で話をさせてもらうと、現状ではこの御伽噺が創作だという認識はほぼ一般的な常識となっているのだ。理由は、魔術の発達だ。これまで様々な魔術が開発、発見されたことにより、自ずと魔術の限界というものも魔術師の間では周知の事実となっていた。すなわち『魔術で空間を飛び越える事は出来ない』だ。私の知り合いの魔術師も全く同じ事を口にしていたよ。『そんな物は御伽噺だとね』」
右手で輪っかを作ったままのカリスは、左手で金貨とソーサーを近くに寄せた。
「しかし、もしも『空間を飛び越える魔術』がこの世に存在するのだとしたら? いや、違うな。『空間を飛び越える不可思議な現象が自然界に存在するのだとしたら?』。魔術とは自然界の現象を魔力を媒体にして再現する技術だ。自然界にその様な現象があるのなら、魔術で再現する事は可能なはずだ。もしも、その秘術を魔女が知っているのなら……」
そして、カリスは左手の指で金貨の表面をコンコンと叩く。
「御伽噺の主人公は必ず子供と相場が決まっていた。それは、子供に語って聞かせる話の主人公を同じ位の年齢にしたほうが感情移入しやすいだろう……という理由ももちろんあるのだろうが、もしも、嘗ての『霧の賢者』の被害者達も子供しかいなかったのだとしたら? そして、その理由が“若さ”ではなく、“大きさ”だとしたら?」
カリスは左手に持った金貨を右手で作った輪っかを潜らせる。
右手を潜った金貨は輪っかを潜った後にテーブルに落ちて鈍い音を奏でた。
「魔術の才能を見せるのはほぼ例外なく体が成長してからだ。これは魔女でも変わりない。物体の大きさで術の成否が判明するのなら、成長した魔術師が空間魔術の成否の確認が出来ないのは当然の事。その問題点を解消する為に、件の魔女が幼児化したという可能性がある」
左手に持ったソーサーを右手の輪っかに押し付けて、通り抜けられないのを確認しつつカリスは語る。
「……でも、実際にはお前がこっちに来てるよな? 本来、大人であるお前が来る事は出来ないんじゃないのか?」
「その通り。だからこそ私は言ったのだ。お互い嵌められたと」
カリスはソーサーをテーブルに置くと、俺に向かって指を突きつける。
「これまでの私の話は言ってみれば私の妄想だ。少し前の私ならば何をくだらない話を。と、一笑にふしたであろう。だが、貴殿の背にある魔女の瞳を見たあとではそうも言ってられん」
その言葉で俺の背中の中心が、ドクンと一度跳ねたような気がした。
「魔女は一度こちらにくる必要があったのだ。確実に力を伝える事が出来る力点と、目印を作成する為に。一度こちらとあちらの渡りさえつけてしまえば、空間のトンネルを広げる事など魔女にとっては造作もないのだろうさ。そう、川の両端にロープさえ通してしまえば後の作業が容易になるのと同じように」
もうカリスの中で確信に変わっているのだろう。はっきりと言い切るその言葉に、しかし、俺はその為の動機が見えなかった。
「魔女ならばそれが出来る可能性がある事も、俺が目印に使われた可能性がある事はわかったよ。でも、あの子はどうしてそこまでしたんだ? 聞いているだけでもリスクが高い話だって素人の俺でも分かるぞ? そこまでの危険を冒して何故?」
「それは……恐らく私の任務を妨害する為だ。当事者が行方不明にでもなれば国際的な問題もなく問題解決が測れるとでも思ったのだろう」
「だから、そうするだけの理由がわからないって言ってるんだよ。お前の任務って何だ? そんな、自分の命を犠牲にする覚悟を決める程の事なのか?」
聞けば、俺に植えつけられた魔女の瞳は魔女でさえも生涯で一度しか作成できない代物らしい。それも、本来は生涯の伴侶を守る為に捧げるべき宝玉を、唯の『目印』として使用するなんて馬鹿げている。
「……あるのだ。そうするだけの理由が。その為には私の任務を話す必要があるが……」
そう口にしてカリスは俺の目をまっすぐ見据える。
その透き通ったような青い瞳が僅かに揺らいだような気がしたが、直ぐにカリスは笑みを浮かべた。
「……ふ。元々我らは別々の世界に住まうもの。元より私の行動によって私の立場が悪くなる事も、貴殿に危害が加わる事もない……か。いいだろう」
カリスは姿勢を正すと剣を右手で持って床に立てる。
刃は抜かれなかったが、その存在感に俺は一瞬びくりとしてしまった。
「我が任務はガルマール王国第1王女ソニア様の婚約者──ネイル・アルカール侯爵の殺害である。この任務はソニア様直々の命であり、拒否権は無かった。だが、今この時期に侯爵の命が失われる事があれば、国内が荒れる事はもちろん、国外の政敵に付け入る隙を与えることにもなるだろう。今回の事は恐らく、この計画を知った有力者が任務を妨害するために放った刺客によるものであろうよ。さしずめ、今回こちら側に来た魔女は、その有力者が飼っている飼い犬。いや──」
そこでカリスは一旦言葉を止めて瞳を閉じて大きく深呼吸をした後に、
「──『飼い猫』であろうよ」
疲れたような。
それでいてとても安心したかのように息を吐いた。
まるで、これまで背負っていた荷物をようやく下ろす事が出来たような安堵した表情で。
あの後、結局リビングに戻ってきた俺達は、今後の事やカリスの帰還の件も含めて話し合う事になった。
俺は入れ直した紅茶をカリスのカップに注いでやると、俺のカップにも注ぐ。
さっきまでだったら紅茶を注がれたら直ぐに一口だけでもカップに口をつけていたカリスが、腕を組んで何やら思慮深い表情を浮かべていた。
「どこからも何も、先ずは猫娘の素性だろ。何だか【魔女】とか言っていたが、ようするに猫人族じゃないんだな? それから、さっきお前は俺とお前が嵌められたと言っていたな? 俺は何か背中に監視カメラ機能付き発信機を付けられたみたいだからわかるけど、お前が嵌められたってどういう事よ?」
「そうだな。先ずはそこからか」
俺の言葉にカリスは短く嘆息すると、カップに口を付けて喉を潤すと話し始めた。
「まず、先日ここに現れたという猫娘だが、我らの国で言う所の【魔女】でほぼ間違いあるまい」
「その魔女って奴が俺にはよくわからんのだが」
あれだ。大昔ヨーロッパで魔女狩りとかあったらしいが、あれも実際には唯の迫害行為である事がわかっている。
ともすれば、カリスの国での魔女という存在も、過去の魔女狩りのように虐げられていた人間である可能性もあるからだ。
だが、カリスはそんな俺の考えを振り払うように首を振る。
「魔女の説明の前に魔術の説明をした方が良さそうだな。イバラキ殿。貴殿はこの世界には魔術は存在しないと言ったな? その言葉に偽りはないか?」
俺は首肯する。
その様子を見てカリスも話を続ける。
「魔術とは、生物であれば誰しも持っている魔力を寄り代として、奇跡を起こす現象だと言われている。例えば、貴殿の背中に埋め込まれた魔女の瞳。それも魔術の一種だと言われている。それは魔女の秘伝故詳しい理屈はわからんがな。ただ、通常の魔術に関して言えば、人間がもともと持っているエネルギーや、自然界のエネルギーを増幅させる行為なのだ……と、現在は言われている」
「現在はって事は、今までは違ったのか?」
「ふっ。誰もが使えるわけでもない、訳のわからない力だぞ? 時の流れと共に様々な理由が存在した。それが、現在はたまたまそうだと言われているに過ぎん」
紅茶に口を付けてカリスが笑う。
魔術が普通にある世界でも使える人間が少ないから訳のわからない力呼ばわりされているのか。
そういう所はこっちとも殆ど変わりがないようだ。まあ、感情がある人間なのだから当然なのかもしれないが。
「魔術を扱う事が出来る人間のことを魔術師と呼ぶ。だが、その中でも特に真理に近づいた者達の事を魔女と呼ぶのだ。不思議と、真理の扉を開くのは女性ばかり、という理由もあるがね」
「どうして、女性ばかりなんだ?」
「さて。中には『魔術の神が女好きだからだ』等と口にするものもいるが、理由は不明だよ」
カリスは冗談めかしていっていたが、口調から本気でそんな事を口にしている人間もいるのだろうな。というのは感じた。
こういう男女の扱いの差も各世界共通なのだろう。
「それでは本題に入ろう。私の前に来た猫娘が魔女であるなら、その年齢は間違いなく見た目通りの年齢ではあるまい。何らかの秘術を使用して幼児化していた可能性が高い」
「一応、理由を聞いてもいいか?」
カリスは頷くと右手で小さな輪っかを作る。
「これまで我国に伝わる御伽噺と、魔女についての話はした。その上で話をさせてもらうと、現状ではこの御伽噺が創作だという認識はほぼ一般的な常識となっているのだ。理由は、魔術の発達だ。これまで様々な魔術が開発、発見されたことにより、自ずと魔術の限界というものも魔術師の間では周知の事実となっていた。すなわち『魔術で空間を飛び越える事は出来ない』だ。私の知り合いの魔術師も全く同じ事を口にしていたよ。『そんな物は御伽噺だとね』」
右手で輪っかを作ったままのカリスは、左手で金貨とソーサーを近くに寄せた。
「しかし、もしも『空間を飛び越える魔術』がこの世に存在するのだとしたら? いや、違うな。『空間を飛び越える不可思議な現象が自然界に存在するのだとしたら?』。魔術とは自然界の現象を魔力を媒体にして再現する技術だ。自然界にその様な現象があるのなら、魔術で再現する事は可能なはずだ。もしも、その秘術を魔女が知っているのなら……」
そして、カリスは左手の指で金貨の表面をコンコンと叩く。
「御伽噺の主人公は必ず子供と相場が決まっていた。それは、子供に語って聞かせる話の主人公を同じ位の年齢にしたほうが感情移入しやすいだろう……という理由ももちろんあるのだろうが、もしも、嘗ての『霧の賢者』の被害者達も子供しかいなかったのだとしたら? そして、その理由が“若さ”ではなく、“大きさ”だとしたら?」
カリスは左手に持った金貨を右手で作った輪っかを潜らせる。
右手を潜った金貨は輪っかを潜った後にテーブルに落ちて鈍い音を奏でた。
「魔術の才能を見せるのはほぼ例外なく体が成長してからだ。これは魔女でも変わりない。物体の大きさで術の成否が判明するのなら、成長した魔術師が空間魔術の成否の確認が出来ないのは当然の事。その問題点を解消する為に、件の魔女が幼児化したという可能性がある」
左手に持ったソーサーを右手の輪っかに押し付けて、通り抜けられないのを確認しつつカリスは語る。
「……でも、実際にはお前がこっちに来てるよな? 本来、大人であるお前が来る事は出来ないんじゃないのか?」
「その通り。だからこそ私は言ったのだ。お互い嵌められたと」
カリスはソーサーをテーブルに置くと、俺に向かって指を突きつける。
「これまでの私の話は言ってみれば私の妄想だ。少し前の私ならば何をくだらない話を。と、一笑にふしたであろう。だが、貴殿の背にある魔女の瞳を見たあとではそうも言ってられん」
その言葉で俺の背中の中心が、ドクンと一度跳ねたような気がした。
「魔女は一度こちらにくる必要があったのだ。確実に力を伝える事が出来る力点と、目印を作成する為に。一度こちらとあちらの渡りさえつけてしまえば、空間のトンネルを広げる事など魔女にとっては造作もないのだろうさ。そう、川の両端にロープさえ通してしまえば後の作業が容易になるのと同じように」
もうカリスの中で確信に変わっているのだろう。はっきりと言い切るその言葉に、しかし、俺はその為の動機が見えなかった。
「魔女ならばそれが出来る可能性がある事も、俺が目印に使われた可能性がある事はわかったよ。でも、あの子はどうしてそこまでしたんだ? 聞いているだけでもリスクが高い話だって素人の俺でも分かるぞ? そこまでの危険を冒して何故?」
「それは……恐らく私の任務を妨害する為だ。当事者が行方不明にでもなれば国際的な問題もなく問題解決が測れるとでも思ったのだろう」
「だから、そうするだけの理由がわからないって言ってるんだよ。お前の任務って何だ? そんな、自分の命を犠牲にする覚悟を決める程の事なのか?」
聞けば、俺に植えつけられた魔女の瞳は魔女でさえも生涯で一度しか作成できない代物らしい。それも、本来は生涯の伴侶を守る為に捧げるべき宝玉を、唯の『目印』として使用するなんて馬鹿げている。
「……あるのだ。そうするだけの理由が。その為には私の任務を話す必要があるが……」
そう口にしてカリスは俺の目をまっすぐ見据える。
その透き通ったような青い瞳が僅かに揺らいだような気がしたが、直ぐにカリスは笑みを浮かべた。
「……ふ。元々我らは別々の世界に住まうもの。元より私の行動によって私の立場が悪くなる事も、貴殿に危害が加わる事もない……か。いいだろう」
カリスは姿勢を正すと剣を右手で持って床に立てる。
刃は抜かれなかったが、その存在感に俺は一瞬びくりとしてしまった。
「我が任務はガルマール王国第1王女ソニア様の婚約者──ネイル・アルカール侯爵の殺害である。この任務はソニア様直々の命であり、拒否権は無かった。だが、今この時期に侯爵の命が失われる事があれば、国内が荒れる事はもちろん、国外の政敵に付け入る隙を与えることにもなるだろう。今回の事は恐らく、この計画を知った有力者が任務を妨害するために放った刺客によるものであろうよ。さしずめ、今回こちら側に来た魔女は、その有力者が飼っている飼い犬。いや──」
そこでカリスは一旦言葉を止めて瞳を閉じて大きく深呼吸をした後に、
「──『飼い猫』であろうよ」
疲れたような。
それでいてとても安心したかのように息を吐いた。
まるで、これまで背負っていた荷物をようやく下ろす事が出来たような安堵した表情で。
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