御伽噺の片隅で

黒い乙さん

文字の大きさ
27 / 56
第三章 はた迷惑な居候

09 カリスにとっての宝物

しおりを挟む
「飲め」

 リビングに戻ってきた俺は、金髪の前にカップを置き、リリの顔にはタオルを投げつけた。
 タオルを投げつけられたリリは投げつけられた当初こそモゴモゴと何かを言っていたが、すぐに黙ってタオルを顔に押し当てた状態で動きを止めた。
 対して、金髪は湯気の立ったカップと俺の顔を交互に見た後に鋭い視線を投げかけた。

「なんじゃこれは。このような粗末なものを妾が口にすると思っておるのか?」
「思わんね。少なくとも俺から振舞ったそいつをお前さんが素直に飲むはずないわな」
「分かっておるなら何故出してくる? お主は朝から無駄な事しかしておらんな」
「そうだな。俺もそう思う。俺もどうしてこんなムカつくクソガキにここまでしなきゃならんのかと腸煮えくり返る思いだよ。それでも──」

 そう。それでも。

「──それでも、少なからずかかわり合いになった“友人”の願いとか、“家族”の口にできない悔しさを晴らしたいって気持ちくらいは持つさ。だから、飲め」
「……意味がわからんの。如何にお主が妾を保護してくれた恩人だったとしても、これでも王家の末席に連なるものとしてこのような粗末な物は口にせん」
「王家か。いい響きだな。もっとも、その王家とやらにはもう帰れんと件の魔女様は仰せのようだが? そいつは物理的な手段というよりも、戻ってもお前さんの居場所はない……という意味として捉えたのだが違うのか? そういう人間を王家に連なる者として扱うのもどうかと思うのだよ。だから飲め」
「お主が言っている意味がわからんでもない。だが、これは生き方なのだよ。平民であるお主にはわからんだろうかな。例え、もう帰る事が出来ぬとしても、生き方を変えたら妾は妾でなくなってしまう」
「なくなってしまえよそんなもん。既にここに一人生き方変えるって言ってる奴がいるんだよ。お前そいつの前でよくそんなこと口に出来んな。流石頭お花畑の姫さんは言うこと違うな。反論があるなら聞いてやるから飲めよ」
「くどい! 寧ろ、何故にそこまで飲ませようとしてくるのじゃ! もはや毒でも入っているのかと疑うレベルじゃぞ!?」
「誰がそんな回りくどいことするかよ。お前みたいなちんちくりん、殺す気になればこのまま首でも締めて殺してるわ。何? お前ひょっとして毒を警戒して今まで飲み食いしてなかったの? すげー。流石王族だな。格が違った。そのままの勢いで飲むといいぞ」
「……何なのじゃ。お主は本当に何なのじゃ」
「お前の恩人だな。少しでも恩を感じてるなら、普通は一口でも口につける場面なんだがな」

 腕を組んでひたすら押し問答を続ける俺と金髪だったが、とうとう観念したらしく、金髪がカップに口をつけて中に入っていた紅茶を一口喉に流す。

「まずい」 

 そして、簡潔ながらもわかりやすい感想。
 俺はそれを満足して聞きながら大きく頷いた。

「だろうな。何の知識も教養もない俺が、一番安い茶葉を使って適当に入れた紅茶だからな。旨いはずがない」
「お主、それでは唯の嫌がらせであろうが!?」

 満足そうに頷く俺に金髪は身を乗り出して食って掛かってくるが、続いた俺の言葉に動きを止めた。

「──だが、カリスはそれを懐かしい味だと言った。そして、いつかお前に飲ませたいから、そのお茶を譲って欲しいと言ってきたのさ」

 そして、俺はポケットから一つのブローチを取り出すとテーブルの上に置く。
 そのブローチを見て、金髪は目を見開き、リリはタオルを手から床に落とした。

「──これを代価としてな」

 それは女性物の花を模したブローチ。
 金髪流に言うならば王家が身につけるようなものだろう。
 恐らくは、元々の持ち主はカリスではない。

「……何故……カリスはこんなものの為に、このブローチを……」
「さて……ね。それは本人にしかわからんが、生憎死んじまった以上真相は闇の中だ。だが、予想は出来る」

 俺の言葉に金髪は顔を上げると俺を見る。
 真紅の瞳がテーブルの上のブローチに付けられた宝石ソックリで、それだけで本来誰の持ち物だったかわかるというものだった。
 俺はそんな金髪の無言の問いに肩をすくめる。

「あいつは言っていたよ。帰ったらその紅茶をお前に振舞うと。しかし、本来お前らの世界に帰るための条件は“宝物の交換”だ。俺がいうのもなんだが、その安もんの茶葉に宝物としての価値なんざねぇよ。ならば、カリス本人が宝物だと感じたのは何だ? こいつは予想でしかないが、お前とカリスは嘗て……こうしてお茶を振る舞い合うような仲だったんじゃないか?」

 俺の言葉に金髪の顔色が変わり、瞳が揺れる。
 その反応だけで答えは分かりそうなものだったが、俺はカリスが戻り際に呟いた言葉を覚えている。
 きっと、カリスとこの少女は、それこそ小さな頃からの馴染みであったのだろう。

「ここから先は完全に俺の想像でしかない。もっとも、カリスからの愚痴・・も多少考慮もしてるがね。どうする?」
「……続けてくれ」

 俺の言葉に金髪は頷き、カップに再び口につける。
 その口が小さく「まずい」と言った所で俺は考えを口にした。

「カリスが欲しかった宝物は…………多分姫様。あんたとの2人の時間だ。今の立場も、政治的な問題も、そんなもの一切関係なく、ただ穏やかに2人だけでお茶を飲む事が望みだったんだろうさ。お花畑の真ん中に椅子とテーブル持ってってさ。カリスが入れたまずい紅茶をお前さんが今みたいに『まずい』って言って笑うのさ。そして、穏やかな時間の終わりに、お前さんは最後にねだるんだろう。カリスと2人で別の世界に迷い込む御伽噺を……」

 それはきっと2人が笑い会う事が出来る最高のハッピーエンドで。
 けれど、それはきっと絶対に叶うことのない夢物語で。
 カリスは言った。
 楽園に行って姫様を待つ。……と。
 それはきっと、2人が一緒になる未来は、死後の世界でしかないという意味なのだろう。

「まずい」

 姫様の呟きが静かになった部屋に妙に大きな声となって響く。
 俯いた瞳は紅茶に釘付けとなり、やがて、その水面に水滴が落ちる。
 1滴、2滴と落ちて、姫様の顔が悲しみに歪んだ所で、俺はリリの腕を掴んで立ち上がった。

「旦那様?」
「行くぞ」

 リリの手を引きリビングを出る。
 その後ろから「あああああああああああ」と、今まで押さえつけていた感情が吹き出したかのような泣き声が聞こえてきたが、歩を止めるでもなく自室に向かう。

「……計画通り邪魔者は排除した。姫様がいたら話せないって言うお前の詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「……旦那様って……。なんか、思ってたよりも不器用なんだね」
「まあな。確かにぶった切られた裏口を直せないくらいには不器用だ」

 手を引かれるままに「そういう意味じゃないんだけど」と言ってきたリリを無視して歩を進める。
 リリがどう思っているかは知らないが、今の俺は泣いた子供の相手をするのは非常に面倒くさく、エネルギーを使うからしたくない。というだけに過ぎない。それが不器用だというなら、きっとそうだと思うから否定しなかっただけだ。
 そんな俺の態度にクスリと笑うと、リリは俺の手を両手で握る。

「わかった。私の全てを旦那様に話してあげる。どうせこれからは一生傍にいる事になる家族だからね。だから──」

 そこでリリは両手で俺の腕を抱き抱えると、下から俺の顔を覗き込んだ。

「──今日は一緒に寝てもいいよね?」

 その発言に俺は足を止めると振り返る。
 振り返った先では悲しみに暮れた少女の泣き声が未だ続いている。
 そして、俺の唯一の布団と、買ってきたばかりの布団はその部屋にあるはずだった。

「……別に構わないけど、多分、体が痛くなるぞ?」
「それって寝具が無いからって事? それならダイジョブ。旦那様の部屋に新しい方の寝具運び込んどいたから」
「お前って……腹減らしてなければ有能だよな」
「どういう意味かな?」

 ようやく軽口が叩けるようになった“泣き虫猫”の頭をワシワシと撫でながら自室に足を踏み入れる。
 リビングから響く泣き声は、その日の夜遅くまで止むことは無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「モブ子で結構。クラスでパシリにしていたあなたより、フォロワーが100万人多いので、趣味の合わない方とはお話ししない主義なので」

まさき
ライト文芸
静はイヤホンをつけ、眼鏡を外した。 「ごめんなさい——趣味の合わない方とはお話ししない主義なの」 ——これは、モブ子と呼ばれた少女が、誰にも媚びなかった夏の話。 学校では地味で目立たない女子高生・葛城静。分厚い眼鏡、冴えない服装、クラスのリア充グループには「モブ子」と呼ばれ、パシリにされる日々。「ブスに夏休みは似合わないよね」——そんな言葉を笑顔で浴びせてくる同級生たちは、知らない。 彼女が、フォロワー100万人を誇る超人気ストリーマー「シズネ」だということを。 夏休み。秘密の別荘プールから配信した100万人記念ライブが大バズり。特定班の動きは早く、やがて「シズネ=あのモブ子」という事実がXのトレンドを席巻した。 翌朝の教室。昨日まで見下していた同級生たちが、一斉に満面の笑みを向けてくる——。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...