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第三章 はた迷惑な居候
08 化け物にだって幸せになる権利はある
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シンと静まってしまった部屋に姫様の震えた右手がドレスを抉る。
その様子を見ていたリリは何だか不満げで、その原因が先ほどの姫様の発言である事はように知れた。
「……その男を愛する……? いい気なものじゃな。お主にとっての特別は兄様では無かったのか? 相応の寵愛も受けていたのであろう? カリスの邪魔をし、その結果カリスは死んだ。──カリスが死ぬ切っ掛けを作った張本人が! 何故にこの国で幸せになる!? 妾にはもうカリスがおらんと言うのに! お主には兄様がいない筈であろうに! 何故に己の幸せか!」
「…………いくら姫様でも…………。ううん。姫様だけにはそれは言われたくない」
「なんじゃと?」
姫様の言葉にリリは立ち上がると姫様に向かって歩み寄る。
俺は不穏な空気を感じ取りリリに向かって手を伸ばすが、リリは俺の手を取り握りこむとゆっくりと押し返した。
その行動は俺を拒絶しているわけでは無いようだったが、止めて欲しくない空気は何となく感じる事ができた。
「カリスは必死だったよ。これは旦那様の目を通してみた彼の素顔を見たから分かる事。カリスはきっと姫様には言わなかったんだろうね。『今回の任務は生きて帰ることは出来ません』って。口にはしなくてもわかってた。旅立った時点でカリスは自分が死ぬ事は分かってたんだよ。分かっていて旅立った。それは、死ぬよりももっと見たくないものがあったから」
リリの言葉に姫様は両目を剥く。
可憐な顔立ちもそんな表情をしてしまえば台無しだった。
「初めからわかっていた? ならば何故、それを口にしなかった! そうと知っておれば妾も無理強いはしなかった! それに、死ぬよりも見たくないものとは何じゃ!」
「……それは私の口からは言いたくない。でも、カリスの気持ちはよくわかるよ。私にはよくわかる。だって、カリスと私は同じだもの」
握っていた俺の手を締め付ける圧力が強まる。リリが無意識の内に握りこんでいるのだろう。
俺はその力に負けないように……という訳では無かったが、少しだけ力を込めて握り返す。
すると、するりとリリの手からも力が抜けたようだった。
「……どうしてカリスが死んで、私が生きているのかって言ったね? そんなの考えるまでもないよ。いくらカリスが強くても、個人の力でどこまで数の力に対抗できるの? まして、侯爵の暗殺が成功したとして、次の戦争はどうする気だったの? 軍事の殆どを任されていた侯爵がいなくて、どうやって国を守る気だったの? そのけじめはどうするつもりだったの? 姫様はそこまでちゃんと考えてカリスを送り出したの?」
「そ……そんなポンポン色々言われて答えられるか! 第一、我が国一番の剣士だったカリスが死んだのに、お主が生き残る理由もあるまい! お主とて個人では──」
「化け物だもの。私は」
姫様の言葉をリリが遮る。
それはとても力強く。
──それでいてとても悲しい言葉だった。
「私達魔女は人間じゃない。ずっとそう言われてきたんだよ。実際に足でまといの姫様抱えて軍から逃げ切った実績もあるしね。でも、それってどうなんだろう? 持っている力を信頼してくれるのは嬉しいよ? でも、一番大好きな人から『必ず生きて帰ってきて』って言われるのと、『命に変えても妹を守れ』って言われるのってどっちが幸せなんだろう?」
「…………お主…………」
リリの猫耳がシナリと倒れ、その動きに合わせるようにリリの首も折れる。
だが、口元だけはあくまで笑顔で、それがリリにとっての最後の抵抗のように思えた。
「悔しかったら自分自身が幸せになるしかないよね。化け物でも幸せになれるんだって見せたいじゃない。だから私は好きでも何でもない相手と──」
「ストップだ。黙れ。お前少し落ち着け」
顔を上げ、そこまで口にしたところで俺はリリの頭を押さえつけるとそのまま床に向かって力を込める。
ただそれだけの事で、リリはペタリとヘタリこんでしまった。
「旦那様?」
「座ってろ。いいか、動くなよ。──お前もだ。テーブルに戻って座布団に座って待ってろ。すぐもどるから」
最初にリリに。次に姫様に言い捨て、リビングから出ようとした俺の背中に、姫様が噛み付いてくる。
「な……何を勝手に! お主如き──」
「如き? 如きで結構だ。俺はお前のような高貴な血は持ち合わせちゃいないし、魔術の一つも使えねぇ。だがな、それでもわかる事はあるぜ。それはな。──金髪。お前がどうしようもねぇ、救いようのない馬鹿ガキだって事だ」
「妾が馬鹿ガキじゃと!?」
金髪が腰を浮かせかける──。
「座ってろ!!」
が、俺はそれを許さない。
金髪は一瞬びくりとしたが、それでもプライドが勝ったのだろう。
俺に向ける瞳は力強いままで、だからこそ俺もにやりと笑う。
「その気位だけは認めてやるがな。だが、今のお前は俺の中で許しがたい存在なのは変わらねぇ。よりにもよって俺の前で2人も泣かせやがって。そのけじめだけはつけさせてやる」
「……2人……?」
俺の言葉に反応したのはリリだった。
不思議そうな瞳を向けて、首をかしげている。
俺はそんな表情を見せるリリに笑いかけて。
「お前も。化け物を自称するならもう少し人間らしさを捨てるんだな」
それだけ告げて今度こそ俺はリビングを後にする。
あの時の残りが確かあと少しだけあったはずだ。
今の俺はあの時カリスが本当に欲しかった宝物が何だったのかわかったような気がした。
その様子を見ていたリリは何だか不満げで、その原因が先ほどの姫様の発言である事はように知れた。
「……その男を愛する……? いい気なものじゃな。お主にとっての特別は兄様では無かったのか? 相応の寵愛も受けていたのであろう? カリスの邪魔をし、その結果カリスは死んだ。──カリスが死ぬ切っ掛けを作った張本人が! 何故にこの国で幸せになる!? 妾にはもうカリスがおらんと言うのに! お主には兄様がいない筈であろうに! 何故に己の幸せか!」
「…………いくら姫様でも…………。ううん。姫様だけにはそれは言われたくない」
「なんじゃと?」
姫様の言葉にリリは立ち上がると姫様に向かって歩み寄る。
俺は不穏な空気を感じ取りリリに向かって手を伸ばすが、リリは俺の手を取り握りこむとゆっくりと押し返した。
その行動は俺を拒絶しているわけでは無いようだったが、止めて欲しくない空気は何となく感じる事ができた。
「カリスは必死だったよ。これは旦那様の目を通してみた彼の素顔を見たから分かる事。カリスはきっと姫様には言わなかったんだろうね。『今回の任務は生きて帰ることは出来ません』って。口にはしなくてもわかってた。旅立った時点でカリスは自分が死ぬ事は分かってたんだよ。分かっていて旅立った。それは、死ぬよりももっと見たくないものがあったから」
リリの言葉に姫様は両目を剥く。
可憐な顔立ちもそんな表情をしてしまえば台無しだった。
「初めからわかっていた? ならば何故、それを口にしなかった! そうと知っておれば妾も無理強いはしなかった! それに、死ぬよりも見たくないものとは何じゃ!」
「……それは私の口からは言いたくない。でも、カリスの気持ちはよくわかるよ。私にはよくわかる。だって、カリスと私は同じだもの」
握っていた俺の手を締め付ける圧力が強まる。リリが無意識の内に握りこんでいるのだろう。
俺はその力に負けないように……という訳では無かったが、少しだけ力を込めて握り返す。
すると、するりとリリの手からも力が抜けたようだった。
「……どうしてカリスが死んで、私が生きているのかって言ったね? そんなの考えるまでもないよ。いくらカリスが強くても、個人の力でどこまで数の力に対抗できるの? まして、侯爵の暗殺が成功したとして、次の戦争はどうする気だったの? 軍事の殆どを任されていた侯爵がいなくて、どうやって国を守る気だったの? そのけじめはどうするつもりだったの? 姫様はそこまでちゃんと考えてカリスを送り出したの?」
「そ……そんなポンポン色々言われて答えられるか! 第一、我が国一番の剣士だったカリスが死んだのに、お主が生き残る理由もあるまい! お主とて個人では──」
「化け物だもの。私は」
姫様の言葉をリリが遮る。
それはとても力強く。
──それでいてとても悲しい言葉だった。
「私達魔女は人間じゃない。ずっとそう言われてきたんだよ。実際に足でまといの姫様抱えて軍から逃げ切った実績もあるしね。でも、それってどうなんだろう? 持っている力を信頼してくれるのは嬉しいよ? でも、一番大好きな人から『必ず生きて帰ってきて』って言われるのと、『命に変えても妹を守れ』って言われるのってどっちが幸せなんだろう?」
「…………お主…………」
リリの猫耳がシナリと倒れ、その動きに合わせるようにリリの首も折れる。
だが、口元だけはあくまで笑顔で、それがリリにとっての最後の抵抗のように思えた。
「悔しかったら自分自身が幸せになるしかないよね。化け物でも幸せになれるんだって見せたいじゃない。だから私は好きでも何でもない相手と──」
「ストップだ。黙れ。お前少し落ち着け」
顔を上げ、そこまで口にしたところで俺はリリの頭を押さえつけるとそのまま床に向かって力を込める。
ただそれだけの事で、リリはペタリとヘタリこんでしまった。
「旦那様?」
「座ってろ。いいか、動くなよ。──お前もだ。テーブルに戻って座布団に座って待ってろ。すぐもどるから」
最初にリリに。次に姫様に言い捨て、リビングから出ようとした俺の背中に、姫様が噛み付いてくる。
「な……何を勝手に! お主如き──」
「如き? 如きで結構だ。俺はお前のような高貴な血は持ち合わせちゃいないし、魔術の一つも使えねぇ。だがな、それでもわかる事はあるぜ。それはな。──金髪。お前がどうしようもねぇ、救いようのない馬鹿ガキだって事だ」
「妾が馬鹿ガキじゃと!?」
金髪が腰を浮かせかける──。
「座ってろ!!」
が、俺はそれを許さない。
金髪は一瞬びくりとしたが、それでもプライドが勝ったのだろう。
俺に向ける瞳は力強いままで、だからこそ俺もにやりと笑う。
「その気位だけは認めてやるがな。だが、今のお前は俺の中で許しがたい存在なのは変わらねぇ。よりにもよって俺の前で2人も泣かせやがって。そのけじめだけはつけさせてやる」
「……2人……?」
俺の言葉に反応したのはリリだった。
不思議そうな瞳を向けて、首をかしげている。
俺はそんな表情を見せるリリに笑いかけて。
「お前も。化け物を自称するならもう少し人間らしさを捨てるんだな」
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あの時の残りが確かあと少しだけあったはずだ。
今の俺はあの時カリスが本当に欲しかった宝物が何だったのかわかったような気がした。
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