1 / 13
愛されなかった過去を思い出した。
王太子妃でありながら、男を連れ込み、享楽的な遊びをする。
そんな噂が流された。
王太子妃に相応しくない女、ハーミヤ。
宮廷中に、その噂は広がった。誰が流したのか、誰も言わなかった。ただ、気づいた時には、もう広まっていた。
そして。
王太子の義妹を殺そうとした罪で捕らえられ――
殺された、ハーミヤ。
証拠も証人も、すべて揃っていた。
ハーミヤが好きになったのは、ナルナ王子。
宮廷の誰もが振り返る、抜きん出た美貌の持ち主だった。金糸のような髪、切れ長の瞳。笑えば場が華やぐ、そんな男だった。
私は、その笑顔に恋をした。
愚かなことに。
妻になり、愛されていると信じていたから、でも、あんまり愛されてなかったかもしれないけど、妻であることに、満足していた。
ある日、裏切られた。
それが――こんなにも、深く刺さるとは思わなかった。
愛していたから、疑わなかった。疑うことを、知らなかった。いや、正確には――疑いたくなかった。あの笑顔が嘘だと、認めたくなかったのだ。
その恋は――
彼の義妹、ミイティによって踏みにじられた。
ミイティ。
小柄で、華奢で、栗色の髪、黒い瞳、いつも何かに怯えたように目を伏せる娘だった。ナルナ王子の義妹として宮廷に入ってきたその日から、私は彼女が苦手だった。理由はうまく言えない。
ただ――何かが、引っかかった。
その直感は、正しかった。
ただ、気づくのが遅すぎた。
ミイティは泣きながら言った。
「ハーミヤ様が、私を殺そうとしました!」
透き通るような声で、涙を流しながら、彼女は訴えた。震える唇、伏せた睫毛、か細い肩。何もかもが、哀れみを誘うように計算されていた。
証拠も証人も、すべて用意されていた。
見事なものだった、と今なら思う。どれだけの時間をかけて、あの罠を仕込んだのだろう。私が動くたびに、私の言葉のひとつひとつが、すでに彼女の手の中にあったのだ。
仕組まれた罠。
そして私は――
あっけなく処刑された。
ナルナ王子は、ただ黙って見ていた。
あの瞬間を、私は一生忘れない。
処刑台の上から見えた、ナルナの顔。怒りも、悲しみも、迷いも――何もなかった。
ただ、静かだった。まるで他人事を眺めるような、穏やかな目をしていた。
ああ、と思った。
この男は最初から、私を愛していなかった。
私は死んだ。
確かに、あの時――首を落とされた。
冷たい刃の感触を、私はまだ覚えている。
恐怖よりも先に来たのは、怒りだった。悲しみでも、後悔でもなく――ただ、怒り。燃えるような、澄んだ怒りだった。
なのに。
「……え?」
起きたら首が、ある。
私は思わず自分の喉に触れた。
指先に伝わるのは、体温と、脈。ちゃんと、つながっている。血もない。痛みも、ない。
それどころか――
鏡に映る私は、若い。
「髪……長い?」
処刑された時は、髪も切られ、肩までだったはずだ。なのに今、鏡の中の私の髪は、腰まで届いている。処刑される前に、罪人の証として切り落とされた、あの髪が――戻っている。
ここは――
処刑台じゃない。
王都の自分の部屋。
窓の外には、見慣れた中庭の景色。磨かれた床、整えられた調度品。何もかもが、あの頃のままだった。
まさか。
「……逆行?」
胸の奥が、冷たく笑った。
自分の身に起こるとは思ってなかった。
物語の中だけだと、思っていた。
そうか。
私は――
もう一度、やり直せるのね。
今度こそ。
ミイティ。
あなたと王子と関わらないのよ。
私は、悪女だったのだろうか。
部屋の静寂の中で、私は自問した。
宮廷では、そう呼ばれていた。男を手玉に取る女。人を利用する女。媚びを売って成り上がった女。そんな噂が、私の背後にはいつもついて回った。
違う。
ただ――
クズ男を、愛してしまっただけだ。
ナルナ王子。
たいそうな男前で、誰にでも優しく笑う男。初めて会った日、彼は私に微笑みかけた。特別な笑顔だと思った。自分だけに向けられたものだと、信じて疑わなかった。
だから私は、勘違いした。
あの笑顔が、自分に向けられているのだと。
でも違った。
あの男は、誰のものにもならない。ただ都合よく女を使うだけの男だった。愛しているふりをして、利用して、不要になれば切り捨てる。ナルナ王子にとって、私はその程度のものだったのだ。
そして私は――
彼の義妹ミイティに嵌められ、殺された。
「ミイティを殺そうとした罪」
そんな馬鹿げた罪で。
ナルナ王子は何も言わなかった。ただ、黙って見ていただけ。弁護も、疑問も、一言も。まるで、最初からそうなることを知っていたかのように。
――あるいは本当に、知っていたのかもしれない。
処刑台の上で、私は思った。
ああ、この男を愛したのが、私の間違いだった。
――そして今。
私は生きている。
首も、体も、ちゃんとつながっている。鏡の中の私は、若い。怒りも、悲しみも、全部覚えている。あの処刑台の感触も、ナルナの無表情も、ミイティの涙も。
何もかも、忘れていない。
そうか。
やり直しなのね。
なら、決めた。
もう二度と――
あの男を愛したりしない。
そしてもう一つ。
私は小さく笑った。
鏡の中の私が、笑い返した。若く、美しく、そして――かつてとは違う目をして。
この人生は、私のものだ。
今度こそ、誰にも奪わせない。
私の名はハーミヤ・スミッシィ。
公爵家令嬢である。
公爵家のひとり娘。莫大な資産と、大きなワイナリー。子供の頃から、ワインの香りの中で育った。
気づけば、テイスティングで飲み分けができるほど、ワインに精通していた。
遠縁のルドックも、ワインに詳しい。よく二人で、グラスを傾けながら、味について語り合っていた。それが当たり前の日常だった。
そんな私が、今度も王子の妃候補になった。
お見合いの打診が届いた時、私は正直、
ワインの話の途中だった。
ハーミヤ・スミッシィ。
公爵令嬢らしく、整った顔立ちと豊かな金の髪。スタイルも申し分ない。傍から見れば、王子妃に相応しい令嬢だろう。
ただ――
ワインの飲みすぎで、朝は少し頬が赤いのが、玉に瑕だった。
そんな噂が流された。
王太子妃に相応しくない女、ハーミヤ。
宮廷中に、その噂は広がった。誰が流したのか、誰も言わなかった。ただ、気づいた時には、もう広まっていた。
そして。
王太子の義妹を殺そうとした罪で捕らえられ――
殺された、ハーミヤ。
証拠も証人も、すべて揃っていた。
ハーミヤが好きになったのは、ナルナ王子。
宮廷の誰もが振り返る、抜きん出た美貌の持ち主だった。金糸のような髪、切れ長の瞳。笑えば場が華やぐ、そんな男だった。
私は、その笑顔に恋をした。
愚かなことに。
妻になり、愛されていると信じていたから、でも、あんまり愛されてなかったかもしれないけど、妻であることに、満足していた。
ある日、裏切られた。
それが――こんなにも、深く刺さるとは思わなかった。
愛していたから、疑わなかった。疑うことを、知らなかった。いや、正確には――疑いたくなかった。あの笑顔が嘘だと、認めたくなかったのだ。
その恋は――
彼の義妹、ミイティによって踏みにじられた。
ミイティ。
小柄で、華奢で、栗色の髪、黒い瞳、いつも何かに怯えたように目を伏せる娘だった。ナルナ王子の義妹として宮廷に入ってきたその日から、私は彼女が苦手だった。理由はうまく言えない。
ただ――何かが、引っかかった。
その直感は、正しかった。
ただ、気づくのが遅すぎた。
ミイティは泣きながら言った。
「ハーミヤ様が、私を殺そうとしました!」
透き通るような声で、涙を流しながら、彼女は訴えた。震える唇、伏せた睫毛、か細い肩。何もかもが、哀れみを誘うように計算されていた。
証拠も証人も、すべて用意されていた。
見事なものだった、と今なら思う。どれだけの時間をかけて、あの罠を仕込んだのだろう。私が動くたびに、私の言葉のひとつひとつが、すでに彼女の手の中にあったのだ。
仕組まれた罠。
そして私は――
あっけなく処刑された。
ナルナ王子は、ただ黙って見ていた。
あの瞬間を、私は一生忘れない。
処刑台の上から見えた、ナルナの顔。怒りも、悲しみも、迷いも――何もなかった。
ただ、静かだった。まるで他人事を眺めるような、穏やかな目をしていた。
ああ、と思った。
この男は最初から、私を愛していなかった。
私は死んだ。
確かに、あの時――首を落とされた。
冷たい刃の感触を、私はまだ覚えている。
恐怖よりも先に来たのは、怒りだった。悲しみでも、後悔でもなく――ただ、怒り。燃えるような、澄んだ怒りだった。
なのに。
「……え?」
起きたら首が、ある。
私は思わず自分の喉に触れた。
指先に伝わるのは、体温と、脈。ちゃんと、つながっている。血もない。痛みも、ない。
それどころか――
鏡に映る私は、若い。
「髪……長い?」
処刑された時は、髪も切られ、肩までだったはずだ。なのに今、鏡の中の私の髪は、腰まで届いている。処刑される前に、罪人の証として切り落とされた、あの髪が――戻っている。
ここは――
処刑台じゃない。
王都の自分の部屋。
窓の外には、見慣れた中庭の景色。磨かれた床、整えられた調度品。何もかもが、あの頃のままだった。
まさか。
「……逆行?」
胸の奥が、冷たく笑った。
自分の身に起こるとは思ってなかった。
物語の中だけだと、思っていた。
そうか。
私は――
もう一度、やり直せるのね。
今度こそ。
ミイティ。
あなたと王子と関わらないのよ。
私は、悪女だったのだろうか。
部屋の静寂の中で、私は自問した。
宮廷では、そう呼ばれていた。男を手玉に取る女。人を利用する女。媚びを売って成り上がった女。そんな噂が、私の背後にはいつもついて回った。
違う。
ただ――
クズ男を、愛してしまっただけだ。
ナルナ王子。
たいそうな男前で、誰にでも優しく笑う男。初めて会った日、彼は私に微笑みかけた。特別な笑顔だと思った。自分だけに向けられたものだと、信じて疑わなかった。
だから私は、勘違いした。
あの笑顔が、自分に向けられているのだと。
でも違った。
あの男は、誰のものにもならない。ただ都合よく女を使うだけの男だった。愛しているふりをして、利用して、不要になれば切り捨てる。ナルナ王子にとって、私はその程度のものだったのだ。
そして私は――
彼の義妹ミイティに嵌められ、殺された。
「ミイティを殺そうとした罪」
そんな馬鹿げた罪で。
ナルナ王子は何も言わなかった。ただ、黙って見ていただけ。弁護も、疑問も、一言も。まるで、最初からそうなることを知っていたかのように。
――あるいは本当に、知っていたのかもしれない。
処刑台の上で、私は思った。
ああ、この男を愛したのが、私の間違いだった。
――そして今。
私は生きている。
首も、体も、ちゃんとつながっている。鏡の中の私は、若い。怒りも、悲しみも、全部覚えている。あの処刑台の感触も、ナルナの無表情も、ミイティの涙も。
何もかも、忘れていない。
そうか。
やり直しなのね。
なら、決めた。
もう二度と――
あの男を愛したりしない。
そしてもう一つ。
私は小さく笑った。
鏡の中の私が、笑い返した。若く、美しく、そして――かつてとは違う目をして。
この人生は、私のものだ。
今度こそ、誰にも奪わせない。
私の名はハーミヤ・スミッシィ。
公爵家令嬢である。
公爵家のひとり娘。莫大な資産と、大きなワイナリー。子供の頃から、ワインの香りの中で育った。
気づけば、テイスティングで飲み分けができるほど、ワインに精通していた。
遠縁のルドックも、ワインに詳しい。よく二人で、グラスを傾けながら、味について語り合っていた。それが当たり前の日常だった。
そんな私が、今度も王子の妃候補になった。
お見合いの打診が届いた時、私は正直、
ワインの話の途中だった。
ハーミヤ・スミッシィ。
公爵令嬢らしく、整った顔立ちと豊かな金の髪。スタイルも申し分ない。傍から見れば、王子妃に相応しい令嬢だろう。
ただ――
ワインの飲みすぎで、朝は少し頬が赤いのが、玉に瑕だった。
あなたにおすすめの小説
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした・完結
まほりろ
恋愛
公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。
壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。
アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。
家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。
修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。
しかし仔猫の正体は聖獣で……。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。
・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。
2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!!
アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
従姉と結婚するとおっしゃるけれど、彼女にも婚約者はいるんですよ? まあ、いいですけど。
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィオレッタはとある理由で、侯爵令息のフランツと婚約した。
しかし、そのフランツは従姉である子爵令嬢アメリアの事ばかり優遇し優先する。
アメリアもまたフランツがまるで自分の婚約者のように振る舞っていた。
目的のために婚約だったので、特別ヴィオレッタは気にしていなかったが、アメリアにも婚約者がいるので、そちらに睨まれないために窘めると、それから関係が悪化。
フランツは、アメリアとの関係について口をだすヴィオレッタを疎ましく思い、アメリアは気に食わない婚約者の事を口に出すヴィオレッタを嫌い、ことあるごとにフランツとの関係にマウントをとって来る。
そんな二人に辟易としながら過ごした一年後、そこで二人は盛大にやらかしてくれた。
顔がタイプじゃないからと、結婚を引き延ばされた本当の理由
翠月 瑠々奈
恋愛
「顔が……好みじゃないんだ!!」
婚約して早一年が経とうとしている。いい加減、周りからの期待もあって結婚式はいつにするのかと聞いたら、この回答。
セシリアは唖然としてしまう。
トドメのように彼は続けた。
「結婚はもう少し考えさせてくれないかな? ほら、まだ他の選択肢が出てくるかもしれないし」
この上なく失礼なその言葉に彼女はその場から身を翻し、駆け出した。
そのまま婚約解消になるものと覚悟し、新しい相手を探すために舞踏会に行くことに。
しかし、そこでの出会いから思いもよらない方向へ進み────。
顔が気に入らないのに、無為に結婚を引き延ばした本当の理由を知ることになる。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
《完結》婚約破棄されましたので、隣国の灯りを点しに行きましょう
さんけい
恋愛
侯爵令嬢サーシャは、幼い頃からずっと「お姉ちゃんは大丈夫でしょ」「優秀でいなさい」と言われ続けてきた。
褒められるのは、甘やかされて育った妹アリーシャばかり。
それでも彼女は、王太子グイドの婚約者として、礼儀も政務も覚え、陰から国を支える役目を黙々とこなしてきた。
だがある日、隣国からの使節を招いた華やかな夜会の場で、サーシャは公衆の面前に引き出される。
「可愛げがない」「俺を立てない」──そう言って笑う王太子は、妹アリーシャの手を取ったまま、サーシャとの婚約破棄を高らかに宣言したのだ。
辱めの視線が降り注ぐ中、サーシャはただ一礼し、「わかりました。これにて失礼いたします」とだけ告げる。
家にも王家にも“期待”されながら、一度も本当には「必要だ」と言われなかったこの国に、自分の居場所はもうない──そう静かに悟って。
すべてを諦め、国外に出る決意を固めたサーシャに、あろうことか隣国の使節が声をかける。
「よろしければ、我が国へいらっしゃいませんか?」
王都の灯りが遠ざかる馬車の窓の外で、サーシャの“本当の人生”と、二つの国の冬の因果が、ゆっくりと動き始める。
全39話。予約投稿済みです。