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学園長、めちゃくちゃ分かってる人
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留学して一年経ったら、
次の年をどうするかは、まだ決めていない。
国に帰るか。
もう一年、この学園に残るか。
あるいは、別の国へ行くか。
次の留学先の話も、いくつか届いてはいる。
けれど――決断には、まだ早い。
そんな折、学園長から茶会の招待があった。
*
「ビクトリア様のご機嫌は、いかがですかな?」
にこやかに微笑む学園長に、私はカップを置いて答える。
「ありがとうございます。大変有意義な日々を過ごさせていただいております」
社交辞令ではない。
この学園での生活は、本当に充実していた。
「それは何より。――来年も、よろしくお願いしますな」
さらりと言われ、私は小さく微笑む。
「まだ、決めておりませんのよ」
学園長は目を細めた。
「ほほー!」
そして、何かを思い出したように言う。
「来年は、サンディ・ハーツ教授が、我が校に教えに来られますよ」
「サンディ・ハーツ教授?」
聞き覚えのある名に、思わず聞き返す。
「ええ。それから――」
学園長は少し声を落とし、楽しげに続けた。
「学食に、玉ねぎソテーを取り入れようかと考えておりまして」
「玉ねぎソテー?」
「はい。サイドメニューには、焼き芋も」
「焼き芋……?」
思わず声が上がる。
「学食のメニュー改革をしたくてですね。そちらを、少し頑張ろうかと」
「それは……素晴らしいですね」
純粋に、そう思った。
学園長は満足そうにうなずいた。
*
(来年のことは、まだ分からない。
けれど――玉ねぎソテーと焼き芋の学食は、正直、捨てがたい)
そんなことを考えながら、私は紅茶を一口飲む。
――もし、私がこの学園を去れば。
生徒の数が減るのではないか。
そんな危機感を、学園長が密かに抱いていることなど、
このときの私は、まだ知らなかった。
サンディ・ハーツ教授。
経済学者であり、ビクトリアがこれまで知りたかったことが、
てんこ盛りに詰まった人物である。
資料を調べれば調べるほど、
――この人から直接、教わりたい。
そう思わずにはいられなかった。
そして、学食メニューの改革。
これもまた、非常に魅力的である。
学園長は、大人だった。
どこをどう動かせば、人が集まり、場が活気づくのか。
それを、きちんと分かっている。
――策士である。
来年は学園行事として、
剣術大会を開催する計画もあるらしい。
ランディとエドウィン。
二人の剣が披露されれば、
それを目当てに生徒が増えるかもしれない。
そして何より、
今の学園は学力面でも、非常に良い状態にある。
学びがあり、
生活があり、
人が集う。
(来年のことは、まだ決めていない。
けれど――)
この学園に、
もう少し腰を据える理由は、
確実に増えていた。
そんなことを考えていると、
隣からランディが、何気ない調子で言った。
「そういえば。
来週から、キャロット・ラペが出るそうですよ。
食堂、ベジタリアン風のメニューを増やすとか」
「……そ、そう」
思わず間が空いた。
「それは……楽しみ、だね」
(だめだわ。
学問に、剣術大会に、経済学者――
それだけでも十分なのに)
(キャロット・ラペまで来るなんて)
来年の進路は、
まだ未定のはずだった。
――はず、なのだけれど。
食堂にて、
「ランディ、野菜、ちゃんと食べなきゃだめだよ」
「腹が膨れたら、それでいいじゃないか?」
「違うよ。野菜を食べないと、倒れるし、病気になるよ。
美食っていうのはね、野菜なんだよ」
「……お前、本当に野菜好きだな」
「好きだよ。ピーナッツも好きだし。
最近、学食が野菜多くておいしいんだよ」
「へえ」
「この前の野菜のテリーヌ、すごくおいしかった」
「野菜って、がっつりじゃないから、正直めんどくさい」
「でも野菜食べないと、肌荒れるよ」
「……そうなのか?」
「うん。大切、なんだけどね」
ランディは少し考えるような顔をしてから、
黙って自分の皿を見下ろした。
(まったく。
剣は強いのに、食生活は子どもなんだから)
そんなことを思いながら、
私は自分の野菜を、きちんと味わって食べる。
「じゃあ、お菓子はどうなんだ?」
ランディが、少しだけ真剣な顔で聞いてくる。
「頭を使うときは、糖分が必要だからね。
勉強前に、ちょっと食べるのはいいんだよ」
「ちょっと、か」
「うん。多すぎるのは良くないから。
だから、あまり食べない」
「……それで、勉強前に角砂糖をかじってるのか」
「へへっ」
思わず笑うと、ランディは一瞬あきれたような顔をしてから、
「俺も、真似してみようかな」
と言った。
(え、本気?)
そう思いながらも、
なぜか少しだけ――悪くない気がした。
なんだこの、こなれた夫婦感?
次の年をどうするかは、まだ決めていない。
国に帰るか。
もう一年、この学園に残るか。
あるいは、別の国へ行くか。
次の留学先の話も、いくつか届いてはいる。
けれど――決断には、まだ早い。
そんな折、学園長から茶会の招待があった。
*
「ビクトリア様のご機嫌は、いかがですかな?」
にこやかに微笑む学園長に、私はカップを置いて答える。
「ありがとうございます。大変有意義な日々を過ごさせていただいております」
社交辞令ではない。
この学園での生活は、本当に充実していた。
「それは何より。――来年も、よろしくお願いしますな」
さらりと言われ、私は小さく微笑む。
「まだ、決めておりませんのよ」
学園長は目を細めた。
「ほほー!」
そして、何かを思い出したように言う。
「来年は、サンディ・ハーツ教授が、我が校に教えに来られますよ」
「サンディ・ハーツ教授?」
聞き覚えのある名に、思わず聞き返す。
「ええ。それから――」
学園長は少し声を落とし、楽しげに続けた。
「学食に、玉ねぎソテーを取り入れようかと考えておりまして」
「玉ねぎソテー?」
「はい。サイドメニューには、焼き芋も」
「焼き芋……?」
思わず声が上がる。
「学食のメニュー改革をしたくてですね。そちらを、少し頑張ろうかと」
「それは……素晴らしいですね」
純粋に、そう思った。
学園長は満足そうにうなずいた。
*
(来年のことは、まだ分からない。
けれど――玉ねぎソテーと焼き芋の学食は、正直、捨てがたい)
そんなことを考えながら、私は紅茶を一口飲む。
――もし、私がこの学園を去れば。
生徒の数が減るのではないか。
そんな危機感を、学園長が密かに抱いていることなど、
このときの私は、まだ知らなかった。
サンディ・ハーツ教授。
経済学者であり、ビクトリアがこれまで知りたかったことが、
てんこ盛りに詰まった人物である。
資料を調べれば調べるほど、
――この人から直接、教わりたい。
そう思わずにはいられなかった。
そして、学食メニューの改革。
これもまた、非常に魅力的である。
学園長は、大人だった。
どこをどう動かせば、人が集まり、場が活気づくのか。
それを、きちんと分かっている。
――策士である。
来年は学園行事として、
剣術大会を開催する計画もあるらしい。
ランディとエドウィン。
二人の剣が披露されれば、
それを目当てに生徒が増えるかもしれない。
そして何より、
今の学園は学力面でも、非常に良い状態にある。
学びがあり、
生活があり、
人が集う。
(来年のことは、まだ決めていない。
けれど――)
この学園に、
もう少し腰を据える理由は、
確実に増えていた。
そんなことを考えていると、
隣からランディが、何気ない調子で言った。
「そういえば。
来週から、キャロット・ラペが出るそうですよ。
食堂、ベジタリアン風のメニューを増やすとか」
「……そ、そう」
思わず間が空いた。
「それは……楽しみ、だね」
(だめだわ。
学問に、剣術大会に、経済学者――
それだけでも十分なのに)
(キャロット・ラペまで来るなんて)
来年の進路は、
まだ未定のはずだった。
――はず、なのだけれど。
食堂にて、
「ランディ、野菜、ちゃんと食べなきゃだめだよ」
「腹が膨れたら、それでいいじゃないか?」
「違うよ。野菜を食べないと、倒れるし、病気になるよ。
美食っていうのはね、野菜なんだよ」
「……お前、本当に野菜好きだな」
「好きだよ。ピーナッツも好きだし。
最近、学食が野菜多くておいしいんだよ」
「へえ」
「この前の野菜のテリーヌ、すごくおいしかった」
「野菜って、がっつりじゃないから、正直めんどくさい」
「でも野菜食べないと、肌荒れるよ」
「……そうなのか?」
「うん。大切、なんだけどね」
ランディは少し考えるような顔をしてから、
黙って自分の皿を見下ろした。
(まったく。
剣は強いのに、食生活は子どもなんだから)
そんなことを思いながら、
私は自分の野菜を、きちんと味わって食べる。
「じゃあ、お菓子はどうなんだ?」
ランディが、少しだけ真剣な顔で聞いてくる。
「頭を使うときは、糖分が必要だからね。
勉強前に、ちょっと食べるのはいいんだよ」
「ちょっと、か」
「うん。多すぎるのは良くないから。
だから、あまり食べない」
「……それで、勉強前に角砂糖をかじってるのか」
「へへっ」
思わず笑うと、ランディは一瞬あきれたような顔をしてから、
「俺も、真似してみようかな」
と言った。
(え、本気?)
そう思いながらも、
なぜか少しだけ――悪くない気がした。
なんだこの、こなれた夫婦感?
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