白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)

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叔母、叔父に報告する

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夕暮れのリビング。

レディ・スザンヌは帰宅するなり、
足音も豪快に、帽子をソファに投げ落とした。

「聞いて、あなた! 今日はもう、腹が立つなんてもんじゃないの!」

新聞を読んでいた夫――マシュウ卿は、
眼鏡をずり上げて、「また何か騒ぎかね」と静かに向き直る。

「騒ぎじゃ済まないわ! あの子よ、テオドール!!」

「……甥の話か。今度は何があった?」

スザンヌは紅茶のポットを乱暴に置き、身を乗り出した。

「王命での結婚よ?
 “夫婦として国を支えよ”って、あの王妃陛下までおっしゃったのに――
 結婚式もお披露目もなく、そのまま戦地へ行って、
 帰ってきたら離婚されていたのよ!」

マシュウは、新聞を静かに閉じた。
ゆっくり、両眉が上がる。

「……なんだと?」

「まだよ! もっとひどいの!」

スザンヌは、指を折りながら怒涛の勢いで続ける。

「三年間、一度も手紙なし!
 贈り物もなし!
 誕生日も祝ってない!
 顔も見てない!
 会ったことすら、ない!!」

「……会ったことが、ない?」

「ないのよ! まったく!
 書類の婚姻だけで、そのまま三年!
 で、離婚届だけ置かれて、はい終わり!」

マシュウは額を押さえた。

「スザンヌ……
 あいつ、戦地ではどれだけ働いていた?」

「さあね。でも今日、あの子の部下に聞いたわよ」

スザンヌの声が、急に落ちる。

「“侯爵様は、寝落ちる兵の代わりに見張りにつき、
 倒れた騎士の代わりに地図を引き、
 夜明けまで指揮と救護と事務を全部ひとりでやっていました”
 ですって」

「…………」

マシュウの表情が、一瞬で深く沈む。

スザンヌもまた、怒りの中に痛みを滲ませた。

「“侯爵様は三年間、一度も休暇を取りませんでした。
 食事もまともに取らず、
 手紙を書く時間があれば、誰かの傷を縫っていました”
 って……。
 どう思う?」

マシュウはゆっくり息を吐いた。

「……あいつは、真面目すぎる。
 愚直に、命令だけを守るのが悪い癖だ」

「そうよ!」
スザンヌはカップを強く握った。

「でもね、だからといって――
 “妻を三年も放っていい理由にはならない”のよ!」

「……ああ、その通りだ」

スザンヌの声は怒りと痛みが混ざり、震えていた。

「戦場で死ぬ覚悟があったのかもしれない。
 恋なんて自分には似合わないと、勝手に諦めていたのかもしれない。
 でも――」

ぎゅっとカップが鳴る。

「でもね、あの子は“妻を持った”のよ。
 自分から選んだ希望じゃなくても、
 “守るべき誰か”を持ったのよ。

 なのに……
 三年も会わないって、何よ……!」

マシュウは静かに妻の手を包む。

「……お前の怒りは正しい。
 あいつは、戦場では英雄だったが、家庭では落第点だ」

「そうよ! 落第点どころか、ゼロよ!
 何にもしてないんだから!!」

スザンヌは涙までにじませながら叫んだ。

「“愚直で真面目”だからこそ――
 “人を愛する方法を知らない”のよ、あの子は……!」

マシュウはゆっくりと頷く。

「……なら、教えてやらねばならんな。
 “戦場”と“家庭”は全く別物だとな」


スザンヌは肩を怒らせて立ち上がった。

「そうよ、スコンと離婚して“まぁ仕方ないですね”って顔してたわよ。
 あの調子じゃ次もないわね!」

「次?」

「再婚よ! だって白い結婚は再婚扱いになるでしょ?
 しかも、“どちらもが愛していて、どちらもが望む場合”しか再婚できないのよ!」

マシュウが吹き出しかけて、慌てて咳払いする。
「……つまり、望まれない限り一生独身か」

「そういうこと!」

スザンヌは腰に手を当てて叫んだ。
「まったく、うちの甥っ子、女心の地図も読めやしないのよ!」

しばらくして、
マシュウは静かに紅茶を口にし、
ぽつりと呟いた。

「……君、王都で噂を拾ってこないでくれよ。
 本当に“家の恥”になりそうだ」

「もう遅いわ!」

スザンヌの声が、屋敷じゅうに響き渡った。


静かな夜の書斎テオドール

夜の屋敷は広く、どこまでも静かだった。
風が窓をわずかに叩き、
暖炉の火がぱちりと音を立てる。

テオドールは書斎にひとり、
手にしていた本を閉じた。

ページを読んでも、文字が頭に入らない。
代わりに、
叔母スザンヌの声だけが耳の奥で繰り返される。

「三年で離婚されてヘラヘラしてどうするの!」
「思い知っても、嫁は来ないわよ!」

――思い知っても、嫁は来ない。

その言葉が妙に現実的で、笑えなかった。



机の上には、整理されないままの書類と、
未開封の贈り物用リボンが置かれていた。
(戦地で一度くらい、何か贈ればよかった)
そう思った瞬間、苦笑が漏れた。

「……今さらだな」

ペンを手に取ってみるが、
書くべき手紙の宛先もない。

白紙の便箋を見つめながら、
指先で紙の端をなぞる。

(次の嫁も……無理かな)

ぽつりとつぶやいて、
椅子にもたれた。

「王命の結婚でさえ、うまくいかなかったんだ。
 今度は、自分で選ばなきゃいけない。
 でも――」

誰を選ぶ? 何を望む?
答えが出ない。

暖炉の火が小さく揺れて、
影が机の上を伸びていく。

テオドールはそのまま、
椅子に深く沈み込んで目を閉じた。

遠くで時計が時を打つ。
眠りとは呼べないまどろみの中で、
彼の脳裏にまたスザンヌの声が響く。

「女心の地図も読めやしないのよ!」

「……ごもっともだ」

小さく笑って、静かに息を吐いた。
笑いなのか、ため息なのか、
自分でもわからなかった。



◾️近況ボードにも書きましたが、
たくさんの感想を本当にありがとうございます。

いろいろなご意見をいただき、とても嬉しく拝読しています。
ただ、ネタバレや今後の展開に影響しそうなご意見も増えてきましたので、
一旦、コメント欄を閉じさせていただきました。

これまでいただいたコメントは、すべて読ませていただいております。

もうすぐマルグリットの反撃編に入ります。
まだまだ続きますので、これからもお楽しみにしていてくださいね。


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