白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)

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飲んでから、やらかした夜

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◆マシュウの“的確すぎる例え話”

マシュウは紅茶をひと口すすり、にやりと笑った。

「マルグリット、君……最近テオドールと仲良しなんだな?」

マルグリットは即座に立ち上がりかける勢いで否定した。

「ち、違います!」

「そうか?」
マシュウは肩を揺らして笑う。
「どう見ても“じゃれ合って”いるように見えるんだが?」

「じゃれてません! あの人見るとムカムカするんです!」

「ほう……ムカムカ、ねぇ。」

マシュウは愉快そうにマルグリットを見つめると、ぽつりと呟いた。

「君とテオはな……アリさんとカブトムシだよ。」

「……え?」

「アリさんが必死でカブトムシに殴りかかってるんだ。」
マシュウは指先でテーブルを軽く叩き、情景を描くように続ける。

「しかもアリさん、涙目で全力。
だけど鍛え抜かれたカブトムシは、ちっとも痛くない。
むしろ――」

くくっと笑いをこらえながら、

「“可愛い嫁だなぁ”って、にこにこしてるんだよ、テオは。」

マルグリットのこめかみがぴくりと震えた。

「…………何ですってぇっ!?」

マシュウは悪びれずに笑う。

「本当のことだよ、マリーちゃん。
あの男、君が怒れば怒るほど、幸せそうな顔してる。」

「してません!!」

「してるよ。」
マシュウは紅茶を置き、目を細める。
「あの顔は……君を好きで仕方がない人間の顔だ。」

マルグリットは口をつぐんだ。
否定したかったのに、胸の奥が妙に熱くなる。

「……だからって、許すわけじゃありません。」

「うん、それでいい。」
マシュウはさらりと言った。
「許すかどうかは“君が決めること”だ。」

マルグリットは視線をそらし、そっと息を吸った。
胸の奥のムカムカと、よくわからないざわつき――
どちらも、テオドールのせいだ。

そして……少しだけ、マシュウのせいでもあった。


(……お酒のせい?
 それとも――)

思わず笑ってしまう。

「私、飲んでぶって、いろいろやらかしたけど……後悔はないわ」



「それにしても……
 黙ってぶたれるテオドール、なんか変に真面目で……」

思い出すだけで、
笑いがこみ上げた。

「……あれ、もしかして、
 ちょっと好意あるかも」

口にした瞬間、
自分で口を押さえた。

「やばい」



火の粉が小さく跳ねる。
外の風がやさしくカーテンを揺らす。

マルグリットはソファに沈み込み、
小さく呟いた。

「……久しぶりに、誰かと笑ったな」

その笑みは、
もう“過去”ではなく、“これから”を見ていた。


◆テオドール側

「アリさんに殴られるカブトムシの内心」

マルグリットの小さな拳が、胸にぽす、ぽす、と当たる。

痛くない。
まるで羽虫が触れたほどだ。

だが――胸の奥が、ものすごく痛い。

(……三年も、こんな思いをさせていたのか)

泣きながら殴ってくる彼女を、テオドールはただ受け止めるしかなかった。

「どうして放っておいたのよ!
 どうして迎えに来なかったのよ!」

ぽすっ。

(ごめん……ごめん……)

返せる言葉なんてない。

戦場では怪我もした。
死にかけた日もあった。
だけど、いちばん痛かったのは――

(“お前がいない家”に帰ることだった)

殴られるたび、テオドールの腹に力が入る。

あまりに弱い拳。
でも、その必死さが胸に刺さる。

(アリさんが……本気で泣きながら俺に向かってくる)

なんで、そんなに怒ってくれるんだ。

なんで、そんなに泣いてくれるんだ。

(俺なんかのために……そんな顔、しないでほしい)

マルグリットがまた拳を上げた瞬間――
テオドールはそっとその手を包んだ。

「……痛くない」

「痛くあれ!!」

「痛くはない。でも……」
テオドールの声が震える。

「胸が……死ぬほど痛い」

マルグリットの動きが止まる。

ぽす、と最後の一撃。
それはもう力が入っていなかった。

テオドールは、そっと微笑んだ。

(俺のこと、まだ……こんなにも心に留めてくれていたんだな)

そして、自嘲にも似た想いがよぎる。

(アリさんに殴られるカブトムシ……滑稽だな、俺は)

でも、その滑稽さが――
なぜかとても幸福だった。



再婚って、どうなるの?


マルグリットはいつものように中庭でお茶を淹れながら、
ふと考え込んだ。

「……で、再婚って、どうなるのかしら」

声に出してみた瞬間、
後ろから声がした。

「どうなるんですかね?」

「ひゃっ――!?」

振り向くと、
テオドールが花を抱えて立っていた。

「後ろから、びっくりするでしょ!」

「すみません、勢いで」

「ほんとに将軍!?」

「現役です」



テーブルの前で向かい合う。
花瓶に挿された小さな白い花。

「で、再婚となったらどうするの?」

マルグリットが軽い口調で訊ねると、
テオドールは即答した。

「毎日一緒に寝ます」

バシィィィィン!!!

「ち・が・う・わーーっ!!」

「痛っ!? なぜです!?」

「“再婚の手続き”の話よ!!
 なんでいきなり夜の話になるのよ!!」

「えっ……違うんですか?」

「当たり前でしょ!?」



マルグリットは額を押さえ、
深くため息をついた。

「もう……この人、ほんとに将軍なの?」

「はい、戦地では命令は的確だと言われてます」

「家庭では無能ね」

「……返す言葉もございません」

少し沈黙。
そして、テオドールが真面目な顔をして言った。

「えっと、つまり……
 もう一度籍を入れ直して、式を挙げて、
 新しい生活を始める……ということですよね」

「そうよ、それが“再婚”」

「なるほど。……で、
 その場合、“離婚”はどうなるんです?」

「は?」

「ほら、前回の“離婚”はどう扱うのか――」

「わたしたちの離婚よ!」

「――あっ、そっちですか?」

「そっち以外に何があるのよ!」



テオドールは顎に手を当て、
真剣に考え込んだ。

「はて……どうなりたいですかね」

「自分で聞く!?」

「いや、最近、何を望んでるのか、
 自分でもよくわからなくて」

マルグリットは呆れ顔のまま、
笑いをこらえきれずに吹き出した。

「……ほんっと、ややこしい人ね」

「はい。でも、たぶん……
 ややこしい分だけ、あなたへの愛は、本気です」

マルグリットの笑顔が少しだけ柔らかくなる。

「……あんたね、
 そのままだと一生ぶたれるわよ」

「はい。
 覚悟してます」

「もう……」

マルグリットは笑いながら、
肩をすくめて紅茶を差し出した。

「じゃあまず、落ち着いてワインでも飲みましょ」

「はい。……隣、いいですか?」

「バシイイイ!!!」

「いっ!? ……やっぱりまだ早かったですか」

「百年早い!」



<そして、やらかした朝>

鳥のさえずり。
眩しい朝日。
そして――隣に寝ている、見覚えのある顔。

「…………え?」

マルグリットは一瞬、息が止まった。

「なんであんたがここにいるのよ!?」

「おはようございます」

「おはようじゃないわーーっ!」

バシィィィィン!!

「いったっ!」



「昨日のワイン、なんでボトルで開けたのよ!
 誰が飲め飲めって言ったのよ!
 誰が一緒に寝ていいって言ったのよーーっ!!」

テオドール
「……記憶が、あんまり」

マルグリット
「わたしもよ!」



二人で同時に叫んで、沈黙。

昨夜の記憶が断片的によみがえる。
ワインを開けた。
また口喧嘩した。
笑った。
飲みすぎた。
で――。

(……寝た? あれ、寝た!?)

「ねぇ、これ……やった? やらかした?」

「やらかした、というか……
 相性、よかったですね、俺たち」

「――っっ!!!」

バシイイイイイイイン!!!

「まだ朝ですから、もう一回、いいですか?」

「良くないっ!!!」



マルグリットは布団を跳ねのけ、
顔を真っ赤にして叫んだ。

「どうするの、これ!?
 もう、再婚どころじゃないじゃないの!」

「そうですね。
 順番、間違えましたね」

「どの口が言うのよ!」

「この口です」

「バシイイイイイイ!」

「いてっ!」



沈黙のあと。
テオドールは、頭を掻きながら、
妙に落ち着いた声で言った。

「……でも、俺、嬉しいです」

「はぁ!?」

「だって、あの頃のあなた、
 絶対こんなに笑わなかった」

マルグリットは、枕を投げた。

「笑ってない!」

「今、笑いました」

「うるさいっ!」



カーテンの隙間から差し込む朝の光が、
二人の間を照らす。

マルグリットは、頬を押さえて小さく呟いた。

「……最悪。
 でも、ま、後悔は……ないかも」

テオドールはにこりと笑う。

「じゃあ、次は正式に。
 “朝食から始める夫婦”になりましょうか」

「……また殴るわよ」

「顔はやめてくださいね」


そして、マルグリットは顔を覆った。

「……やらかした。
 完全にやらかした……」

テオドールは困ったように微笑んだ。

「でも……よかったですよね、いろんな意味で」

「“いろんな意味”って何よ!!!」

「いや、その、えっと、相性というか――」

「言うなぁぁぁ!」

「うわっ、待って、落ち着いて!」

「落ち着けるわけないでしょーっ!!」



彼女はクッションを抱えて叫んだ。

「再婚!? ないわ!
 ないから! 絶対ないからね!」

「えっ、でも昨日、“いいっ”って――」

「言ってないっ!」

「はい、言ってません!」

「うわーん! やらかしたーっ!」

顔を覆って泣き笑いするマルグリットを見て、
テオドールはそっと呟いた。

「……でも俺は、やっぱり再婚したいな」

「聞こえてるぅぅぅ!!」

「聞かせてます!」




結局、朝食はぐちゃぐちゃ、
紅茶は冷め、パンは焦げた。

それでも、
二人の笑い声だけは、
カーテンの向こうまで響いていた。



それから、テオドールが、いつの間にか毎晩のようにマリーの部屋に来るようになっていた。

一緒に夕飯を食べて、紅茶を飲んで、どうでもいい話をして。

気づけば、同じ部屋にいるのが当たり前になっていた。

「……ねぇ、テオドール」
「なんです?」
「座り心地いいわね」
「それはどうも」

マリーは、彼の膝の上で転がりながら笑った。

将軍の膝は、意外と安定感がある。
戦場帰りの筋肉、というよりは、家のソファみたいな安心感だった。

「おまえ、人の膝を家具みたいに言うなよ、」

「気に入ったのよ、ポンコツ家具でも」

「……買い替えできませんけどね。」

「そのままでいいわ、ずっと使うから」

そんなやり取りのあと、
ふたりは何も言わず、灯りを消した。
ただ、隣にいる音だけが、やけに静かな夜だった。
そして、あとは、相性がいいから、仕方ない。
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