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『祈り? 塩味のスープと固いパンの話なら聞き飽きたわ!』
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夜。
星ひとつない、まるで墨汁をぶちまけたような空。
重たい雲が塔の上に張りつき、風すら通らない。
ひんやりを通り越して骨まで冷える石造りの床が、じわりと足裏の体温を奪っていく。
手渡された水は、ぬるく、鉄の味がした。
食事は?――ない。
言われたのはただひとこと、「祈れ」。
……はいはい、ありがたやありがたや。って、やってられるか。
「ご飯も出さずに祈れって、なにそのブラック宗教?」
口から勝手に皮肉が漏れた。
冷静に考えてほしい。
夜間、暖房ゼロ、食料ゼロ、水だけ。
これ、修行じゃなくて廃棄寸前の人間を作る環境でしょ。
「……普通、逃げるでしょ? こんなの!!」
ずざぁっ!
寝台を蹴飛ばし、ガタンと壁にぶつけて立ち上がる。
足元には埃と木くず、ここに長くいたら肺の方が先にやられそうだ。
窓へ歩み寄り、仁王立ち。
外は闇。だが、私には切り札がある。
転生特典で得た――地味だけど超便利な変身魔法。
ぱちん、と指を鳴らす。
全身を光が走り、髪はくすんだ茶色、顔立ちはそこそこ可愛い地味村娘へ。
服も質素に、袖口にほつれがあるくらいのリアル感。
目立たず、誰も気に留めないモブ感を演出。
中身が元OLで聖女だなんて、誰も思わない。
「こういう非常時のためにあるのよ、このスキルは!」
塔の裏には、自作の抜け道がある。
転生後、暇と知恵と体力を総動員してこっそり掘った“マイ逃走トンネル”だ。
入口は魔法の鍵とイバラで封印。
王子が来ようとしたって、まず入れない。
「もし、おとぎ話のノリで
『キミの眠りを覚ましに来た』とか言ってキスしてきたら──」
……バチン!
手のひらで空を叩き切るジェスチャー。
「その場で通報案件よッ!!」
マントをひるがえし、私は闇の中へ。
塔の裏手に隠した岩をどかし、イバラを押し分け、
地中の抜け道へ身を滑り込ませる。
湿った土の匂いと、夜の冷気。
出口を抜けた瞬間、目の前に広がるのは黒々とした森。
星も月もないのに、そこだけが生き物の気配で満ちている。
「森よ、開けっ! 聖女フィーネ、ただいま帰還!!」
⸻
目指すは、森の奥のログハウス。
自分で木を切って梁を組み、石を積んで煙突を立てた。
薪風呂に囲炉裏、干し肉と保存食の棚。
外にはハーブ畑と菜園。
転生者のDIY魂とサバイバル知識が全部詰まった、私だけの秘密拠点。
「文明って最高ぉ……!」
速攻で湯を沸かし、洗顔、体拭き、着替えを済ませる。
ハーブティーを淹れて、湯気と香りに包まれながら椅子に腰かける。
さて――腹が減った。
神殿の食事ときたら、
塩味だけの野菜スープ、石のようなパン、
“主食は祈り”なんて寝言をほざくレベルの粗食。
修行僧だって泣くわ。
「今日は、焼肉行くわ。
カルビか、ロースか……タレか、塩か……それが問題だッ!!」くううううー!
⸻
そう、ふと思い出した。
“信仰”って、本来はこうだったはずだ。
神様にご飯をお供えして、
「今日も食べられてありがとう」と感謝して手を合わせること。
命をくれたものを大事にすること。
それが、本当の祈り。
ただの台座の前で、
空っぽの腹を抱え、「祈れ」と命令される。
それは祈りじゃない。支配だ。
「私は、もう縛られない」
目に炎を宿し、マントを翻す。
森を抜け、夜の街へ――
焼肉という名の自由を求めて、
聖女フィーネ、爆走開始!!
ーーーーーー
翌朝。
塔の前の庭園は、ひんやりした空気と鳥の声に包まれていた。
王子(のんびり伸びをしながら)
「ふぁ……ジニー、おはよう。聖女は昨日もおとなしくしていたか?」
ジニー(にこやかに)
「ええ、きっと今も祈っておられるかと。
──星空を眺める聖女様なんて、想像するだけで神々しいですよね」
王子(うっとり)
「ふむ……そうだ、次は花でも持って行くか。白百合なんて似合いそうだ」
⸻そのころ、塔の裏口。
朝食当番の若い神官が、盆に薄いスープと固いパンを乗せてやって来た。
鍵を開けて中に入ると──
「……あれ?」
寝台は整ったまま。
水差しは空。
肝心の聖女の姿は、どこにもない。
神官(首を傾げながら)
「まあ……そのうち戻るだろ。奥の書籍の部屋で用かもしれんし」
塔の扉を再び閉め、食事を盆ごと置いたまま、のんきに退散。
その事実は、誰にも報告されなかった。
星ひとつない、まるで墨汁をぶちまけたような空。
重たい雲が塔の上に張りつき、風すら通らない。
ひんやりを通り越して骨まで冷える石造りの床が、じわりと足裏の体温を奪っていく。
手渡された水は、ぬるく、鉄の味がした。
食事は?――ない。
言われたのはただひとこと、「祈れ」。
……はいはい、ありがたやありがたや。って、やってられるか。
「ご飯も出さずに祈れって、なにそのブラック宗教?」
口から勝手に皮肉が漏れた。
冷静に考えてほしい。
夜間、暖房ゼロ、食料ゼロ、水だけ。
これ、修行じゃなくて廃棄寸前の人間を作る環境でしょ。
「……普通、逃げるでしょ? こんなの!!」
ずざぁっ!
寝台を蹴飛ばし、ガタンと壁にぶつけて立ち上がる。
足元には埃と木くず、ここに長くいたら肺の方が先にやられそうだ。
窓へ歩み寄り、仁王立ち。
外は闇。だが、私には切り札がある。
転生特典で得た――地味だけど超便利な変身魔法。
ぱちん、と指を鳴らす。
全身を光が走り、髪はくすんだ茶色、顔立ちはそこそこ可愛い地味村娘へ。
服も質素に、袖口にほつれがあるくらいのリアル感。
目立たず、誰も気に留めないモブ感を演出。
中身が元OLで聖女だなんて、誰も思わない。
「こういう非常時のためにあるのよ、このスキルは!」
塔の裏には、自作の抜け道がある。
転生後、暇と知恵と体力を総動員してこっそり掘った“マイ逃走トンネル”だ。
入口は魔法の鍵とイバラで封印。
王子が来ようとしたって、まず入れない。
「もし、おとぎ話のノリで
『キミの眠りを覚ましに来た』とか言ってキスしてきたら──」
……バチン!
手のひらで空を叩き切るジェスチャー。
「その場で通報案件よッ!!」
マントをひるがえし、私は闇の中へ。
塔の裏手に隠した岩をどかし、イバラを押し分け、
地中の抜け道へ身を滑り込ませる。
湿った土の匂いと、夜の冷気。
出口を抜けた瞬間、目の前に広がるのは黒々とした森。
星も月もないのに、そこだけが生き物の気配で満ちている。
「森よ、開けっ! 聖女フィーネ、ただいま帰還!!」
⸻
目指すは、森の奥のログハウス。
自分で木を切って梁を組み、石を積んで煙突を立てた。
薪風呂に囲炉裏、干し肉と保存食の棚。
外にはハーブ畑と菜園。
転生者のDIY魂とサバイバル知識が全部詰まった、私だけの秘密拠点。
「文明って最高ぉ……!」
速攻で湯を沸かし、洗顔、体拭き、着替えを済ませる。
ハーブティーを淹れて、湯気と香りに包まれながら椅子に腰かける。
さて――腹が減った。
神殿の食事ときたら、
塩味だけの野菜スープ、石のようなパン、
“主食は祈り”なんて寝言をほざくレベルの粗食。
修行僧だって泣くわ。
「今日は、焼肉行くわ。
カルビか、ロースか……タレか、塩か……それが問題だッ!!」くううううー!
⸻
そう、ふと思い出した。
“信仰”って、本来はこうだったはずだ。
神様にご飯をお供えして、
「今日も食べられてありがとう」と感謝して手を合わせること。
命をくれたものを大事にすること。
それが、本当の祈り。
ただの台座の前で、
空っぽの腹を抱え、「祈れ」と命令される。
それは祈りじゃない。支配だ。
「私は、もう縛られない」
目に炎を宿し、マントを翻す。
森を抜け、夜の街へ――
焼肉という名の自由を求めて、
聖女フィーネ、爆走開始!!
ーーーーーー
翌朝。
塔の前の庭園は、ひんやりした空気と鳥の声に包まれていた。
王子(のんびり伸びをしながら)
「ふぁ……ジニー、おはよう。聖女は昨日もおとなしくしていたか?」
ジニー(にこやかに)
「ええ、きっと今も祈っておられるかと。
──星空を眺める聖女様なんて、想像するだけで神々しいですよね」
王子(うっとり)
「ふむ……そうだ、次は花でも持って行くか。白百合なんて似合いそうだ」
⸻そのころ、塔の裏口。
朝食当番の若い神官が、盆に薄いスープと固いパンを乗せてやって来た。
鍵を開けて中に入ると──
「……あれ?」
寝台は整ったまま。
水差しは空。
肝心の聖女の姿は、どこにもない。
神官(首を傾げながら)
「まあ……そのうち戻るだろ。奥の書籍の部屋で用かもしれんし」
塔の扉を再び閉め、食事を盆ごと置いたまま、のんきに退散。
その事実は、誰にも報告されなかった。
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