やってらんないので、聖女も悪役もヒロインも王太子から逃げました。あとは王家で頑張って

夢窓(ゆめまど)

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『神に背いたって、うまいもん食べて笑ってりゃ、いい暮らし。』

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「よし、ここにもガチの結界つくっとくわ」

マロン(※元・聖女フィーネ/現在改名中)は、森の入口に手をかざした。
ぱちん、と指を鳴らすと、空間がゆらりと揺れ、
森の内と外を分かつ“神聖結界”が出現。

「はい、これで変な王子が道に迷って来ても、ぷるんと弾かれます」

「転移魔法も遮断済みです。あと、空飛ぶ監視の鳥──焼き落としときました」

「処理が早ぇ」

アデル、かつての神殿最強魔法使い。現在、脱・真面目路線。

 



さて、本日のおしごと。

「じゃ、畑やるね。神聖力で、ズッキーニとトマト育てる。万能野菜」

「俺は森の見回りしてくる。ついでに、獣狩って肉確保してくるわ。あ、酒も仕入れてくる」

「ねえ、これ人間界で最強に快適な暮らしじゃない?」

「王家戻る意味、ガチでゼロ」

「神さまって、ほんとに塔が好きなんかな……」

「こっちの方がよっぽど“ありがたい”と思うけどね。野菜に感謝して、畑に祈っとけばいいでしょ」

──信仰は、塔じゃなくて畑の時代へ。

 



マロンは“祝福の種”で、秒速収穫。
アデルは獣討伐 → 氷魔法で冷凍保存 → 熟成加工まで担当。
風呂は温泉を湧かし、酒は街でこっそり調達。

「今日も祝福ズッキーニうまっ」

「俺の猪ローストも評価してくれ」

「うーん、じゃあ“☆五つ”あげる」

「満点じゃん……惚れるわ」

 



夕暮れ、森に金と茜のグラデーション。
マロンは早めに畑を切り上げて、焚き火のそばへ。

アデルは、火に薪をくべながら、ちらりと視線を向ける。

「……今日は、なんだか“話がある”顔してますね」

「……うん」

しばし、静けさ。
虫の声と、パチパチとはぜる火の音だけが響く。

 

「アデルさん。……マロンはね、あなたといると“地に足がつく”気がするの」

「……?」

「聖女って、ずっと空中に浮いてるみたいな存在でしょ。希望とか、象徴とか」

「……わかります」

「でも、あなたは私を“人間”として見てくれる。祈りでも奇跡でもなく、ちゃんと地に足のついた人として」

「……」

アデルは、火を見つめながら、何も言わない。
マロンは、そっと立ち上がって手を差し伸べた。

「ねえ。ここで一緒に暮らしませんか?
朝ごはんは交代制、喧嘩してもすぐ仲直り。ハーブティーはふたり分で」

 

アデルが顔を上げた。
瞳の奥にきらりと光る何か──それは火の粉か、それとも。

「……はい、喜んで。
できれば、“ずっと”一緒に」

マロンが、ふっと笑って言った。

「じゃあ、明日の朝は私が作るね。あなたの好きな、ハーブパンケーキ」

「……じゃあ、明後日は、僕の“とっておき薬草スープ”をどうぞ」

 

その夜。
テーブルには、討伐してきたイノシシ肉のシチューと、祝福ズッキーニのサラダ。

ふたりは焚き火を囲んで、笑い合う。

「マジでさ、王都ってなんだったんだろ」

「逃げて正解だったね。マジで」

「神さま、見てたら怒るかな?」

「いや、多分、笑ってると思う。
……“よかったな、お前ら”って」

 

森の夜は、穏やかに更けていく。
信仰も、使命も、名前すらも置いてきたけれど──

ここには、ふたりの時間がある。

そしてそれは、
神殿の塔では決して得られなかった“人間らしい幸福”だった。
ーーーーーーーーー

塔の中。
朝食のスープは冷えきり、固いパンはさらに石のようになっていた。

巡回の神官がそれを見て、眉をひそめる。
「……手をつけていない?」

部屋を見渡して、さらに顔色が変わる。
寝台はきれいに整えられ、洗面器の水は空っぽ。
衣服も……数着、消えている。

神官(小声)
「……まさか、脱走?」

慌てて廊下へ飛び出し、同僚の神官を呼び寄せる。

「おい、聖女様の姿が見えない!」
「……は? どこかで祈っておられるのでは」
「服も減ってるんだ、しかも昨夜の巡回では姿を見ていない!」

二人は顔を見合わせ、同時に声を潜めた。

「……まずいぞ。王家に知られたら、俺たちの首が飛ぶ」
「だが、探し回れば噂になる。静かに探すしか……」

すぐに三人、四人と仲間を集め、
“森や街を装って見回る班”と“塔に戻った時に備えて待機する班”に分かれる。

神官(決意の声)
「……いいか、王家には一言も言うな。
聖女様が“自主的にお出かけ”しただけだ。そういうことにする」

 

⸻庭園。

その頃、王子はジニーに向かって得意げに語っていた。

「白百合の花束を抱えて塔を訪ねれば、聖女も喜ぶだろう」
「……ええ、きっと」

(※ちなみに塔は今、空っぽです)

こうして、神殿の裏側では静かな大騒ぎが始まっていたが、
王家には一切報告されないまま──
フィーネは、自由を満喫していた。

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