やってらんないので、聖女も悪役もヒロインも王太子から逃げました。あとは王家で頑張って

夢窓(ゆめまど)

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『身投げしたはずが、森の宴会で合流ってどういうこと!?』

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月が静かに夜空をわたるころ。
鏡のような泉に、その銀の姿がゆらめいていた。
しんとした森にただ、さざ波が小さく音を立て──

 

──ドボンッ!!

 

「ぶはっ!? つ、つめっ……な、なにごと!?」
水面を割って飛び出したのは、ずぶ濡れの女。
王都で“氷の花”と讃えられる美貌の公爵令嬢──マルグリット・ド・ロジェその人だった。

裾まで浸かったドレスは水を吸って重く、髪は顔に貼りつき、寒さで肩が震えている。

「ここ……泉? 焚き火……の匂い……?」

濡れたまま立ちすくんだ彼女の鼻先に、どこか懐かしく優しい香りが届く。
焼きたてのパン。炙った肉。香草の混じるスープの湯気──
そして、笑い声。

 



木立を抜けた先に、ほんのり光る焚き火の輪があった。
誰もいないと思っていた森の奥に、誰かがいた。

「アデル、このイノシシ肉、火の入りちょうどいいわ。ワインが進んじゃう~!」

「街の裏路地で買ったやつだ。怪しかったが、案外当たりだったな」

焚き火を囲んでいたのは、元・神殿の聖女マロンと、元・神殿魔法使いのアデルだった。
串焼き、シチュー、こんがり焼けたパン──
月明かりに照らされ、森の宴はあまりに楽しそうで、現実味がなかった。

マルグリットは目を瞬かせ、唖然とする。

「え……えっ? ど、どういう……え、宴?」

 

マロンがワインのグラスをくるりと掲げる。

「あら、身投げさん? ようこそ、森の湯あがり宴会へ」

「……は?」

アデルも視線を上げ、目を細めた。

「おや……王都の……マルグリット嬢?」

「え、えええ!? フィーネ様!? アデル様!? な、なぜ森に!?」

 

マロンがふっと笑い、ワインをひとくち。

「王子から逃げてきたの。もう定住してます♪」

アデルは肉をくるくる回しながら呟く。

「塔がクソだったので」

 

マルグリットは、ばしゃっと水音を立ててその場にへたり込んだ。
濡れたドレスの裾が、冷たくて、やけに重たい。

「……さすがに、王妃候補、身バレしましたわ……」

 



焚き火のそば。
マルグリットはアデルの魔法で服を乾かされ、マロンにタオルとふかふかのローブを渡されていた。

ローブに包まりながら、ようやく落ち着いた彼女は、小さな声でぽつぽつと話し始める。

「……王子に言われたんです。“お飾りでいい、愛は求めるな”って……
“子ども産むまでは抱いてやる”って……“その後は育てとけ”って……」

ぱちん、と焚き火が弾ける音がした。
その音とともに、マロンの表情が静かに変わる。

「──ああ、やっぱ最低だわ、王子」

アデルは無言で肉の串を持ち上げ、一言だけ、

「……肉以下だな、あれは」

マルグリットの肩が、小さく揺れた。
息を呑むようにして、彼女は絞り出す。

「……もう、死のうと、泉に……飛び込んで……」

その言葉に、アデルが無言でスプーンを差し出す。

「ほら、まずは温かいもんを食え。星、見ながらが一番うまい」

 

マロンが笑って言った。

「あとさ、あんたには“幸せな反撃”の方が似合うと思うのよ」

マルグリットは驚いたように、マロンを見た。

「フィーネ様……」

「今はマロン。改名済みだから」

「……マロン様……」

 

「だからどう? 一緒に森で生きるっていう選択肢」

「……え……?」

「風呂もあるし、料理もうまいし、神さまの結界で追っ手も来ないし」

アデルが肉を掲げながら付け加える。

「泉から飛び込んだ人しか来れない。神さまチョイスだ。ある意味、運命」

マルグリットの瞳に、かすかな光が宿る。

「……人生、やり直せますか?」

マロンは満面の笑みで答える。

「いくらでも。ここ、“人生リスタートブートキャンプ”だから!」

 



その夜──

マルグリットは焚き火のそばで、マロンが淹れたスープの湯気をすする。
その隣でアデルが、黙って薪をくべる。

パチ、パチと火が爆ぜて、炎がまた明るく燃え上がった。

「……あったかい……」

「でしょ? 王家の玉座より、森の焚き火の方が温かいのよ」

マロンが微笑む。

マルグリットはそっと空を見上げる。
そこには、穏やかにほほえむ月がいた。

 

──この森は、すべてを拒んだ者たちが、“生き直す”場所。

そして今日、新たに一人。
“日焼けしたら王妃失格”な令嬢が、“焚き火の仲間”として加わったのだった。
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