やってらんないので、聖女も悪役もヒロインも王太子から逃げました。あとは王家で頑張って

夢窓(ゆめまど)

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『身投げした娘と、泣きながらスープをすする公爵』

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夜が明けきらぬ頃――
森の泉はしんと静まり返り、月明かりだけが水面に揺れていた。

──マルグリットの姿は、もうなかった。



そのころ、神殿の中庭。
朝食後のティータイム。

フィーネとアデルは、テーブルに並べたジャムトーストとミントティーを前に、まったりしていた。

「……さて、そろそろ動こうかな」

「連絡するの? あの子の実家に?」

「うん。父親、あれで厳格なように見えて、すっごい甘やかし系の顔だったから」

「でも、娘が“王子の飾りと実務と育児と子宮”やれって言われてさ……黙ってるわけないよね?」

「うん、クズ発言にも程があるわ、あれ」

アデルが真顔でティーカップを置いた。

「というわけで、例のヤツに頼むわ。
あの、壁抜け得意な影のエース」

「……ライアンね。行ってらっしゃい、忍び足の貴公子」



一方、王都・ロジェ公爵邸。
古びた書斎の、窓のカーテンは閉ざされていた。

ロジェ公爵は椅子にもたれ、机の上に置かれた一枚のスケッチに目を落としていた。
小さな草花が、丁寧に色鉛筆で描かれている。

そこには、少女の細い字で、

「お父様へ」

と、書かれていた。

「……マルグリット……おまえ……」

そう呟いた彼の手には、絹のハンカチが握りしめられていた。
きれいに畳まれたそれは、すでに、しわくちゃだった。

──そのとき。

「失礼します。お嬢様の件で」

音もなく現れた黒衣の男――ライアン。
アデルの命を受け、神殿より派遣された“お忍び外交官”である。

「ロジェ公爵殿。……お嬢様は、ご無事です」

「……っ!」

ロジェの目が、瞬時に見開かれる。

「今は、“聖女フィーネ様”と“筆頭魔法使いアデル様”の保護下にございます。
場所は――森の中。あの泉の奥。結界あり。王子も踏み込めません」

「……そうか……! あのふたりが……!」

その言葉に、ロジェ公爵は目元を押さえた。
が、その姿を誰にも見せぬよう、ただ静かに頷いた。



その夜。

屋敷の離れ。
ロジェ公爵は、珍しく侍女も料理人も呼ばず、自ら火を起こしていた。

鍋に入っていたのは、マルグリットが子どもの頃、よく作ってくれたという田舎風の野菜スープ。

キャベツと芋と人参、塩とハーブだけ。
でも、それがどこまでも優しい。

「……生きていたか……生きて……くれていたか……」

彼は誰もいない部屋で、静かに、スプーンを震わせた。

「マルグリット……もう、おまえを……“王家の駒”には、させん……」

そして、翌日。

彼は一人、結界のある“泉への小道”を進んでいた。

護衛も連れず、魔導馬車にも乗らず、
転移魔法の残響だけを頼りに――



そして森の奥。

「──よーし、こっちはレアでいくよー! ちょっと赤いくらいがベストだってば!」

「ハーブ塩、かけすぎ注意ねー! あとタレ、誰か甘口とピリ辛、配ってー!」

焚き火を囲み、肉と野菜が踊っていた。

串に刺されたイノシシ肉、ジビエのソーセージ、森のキノコと一緒に蒸し焼きにした玉ねぎ、炭火でじんわり焼かれるパン。

わいわいと笑い声を上げていたのは、フィーネ、マロン(通称)と、そして……

「……マルグリット……!」

木々の向こう、思わずロジェ公爵の喉から声が漏れた。

その声に、ひときわ高く笑っていたマルグリットが、動きを止めて振り返る。

「……っ! お、お父様っ!?」

手に皿を持ったまま、ぎこちなく立ち上がる彼女。

その瞬間、空気がピシッと張りつめた。

マロン(小声)「……あれ? これ、逃げた娘が実家の偉い人に見つかるテンプレじゃない?」

アデル(小声)「……いや、どう見ても父親の方が泣きそうなんだが……?」

マロン「わかる。目、うるんでる」



「……マルグリット……っ!」

「……お父様……!」

次の瞬間、焚き火の前でふたりは抱き合っていた。

ロジェ公爵の腕の中で、マルグリットはまるで少女のように、小さくなって震えていた。

「……お父様……わたし……
 “王子の飾り”になんて、なりたくなかった……
 “王家の道具”にされる子どもなんて、絶対に産みたくなかった……」

「わかっている。……おまえの心は、もう聞こえている。
 二度とおまえを、“政略の娘”にはしない」

「……っ」

「この命を賭けてでも、おまえを守る」

その言葉に、マルグリットの頬を、こぼれ落ちる涙。

マロンがそっとスープの鍋に火を足しながら、

「いやもう、今夜のスープは“涙味”確定だね」

アデル「出汁、濃いめだな」



── そして、宴は再開された。

「お父様、肉、焼けてますよ!」

「お、おう……これが……森の……」

「甘口ダレとピリ辛、選べます」

「ま、待て、焼き加減は……おお、意外とうまい……!」

串を手にした公爵の顔がほころぶと、
周囲も安堵と笑いに包まれていく。

マロンはスープを真剣に作り直し、
アデルは焚き火の具合を調整。

そしてライアンは、そっと結界の外に出て、こう呟いた。

「……報告完了。父娘、無事に“再接続”されました。焼き肉形式にて」



こうして、森の宴は今宵も平和。

焚き火の明かりに照らされる、父と娘。
王家に奪われかけたものが、ここで静かに“奪い返された”のだった。

そしてこの森は、今日も誰かの“心の逃げ場所”になっている。
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