『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

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ロウエルの受難

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焚き火の夜、名前で呼ばれた日

焚き火が小さく揺れていた。
木の葉の間を抜ける風が、夜の匂いを運んでくる。

私はぼんやりと、その赤い光を見つめていた。
リサンドラは小屋に引っ込み、黒猫のルグは丸くなって眠っている。
静かな夜。
だからこそ、言わなきゃと思った。

「ねえ、ロウエル」

「はい」

「……好きな人ができたら、私のこと、忘れていいよ」

ロウエルの動きが止まった。
風が一瞬だけ、止まった気がした。

「なんですか、それ」

「だって、私もう貴族でも聖女でもないし。
あなたが背負うには、何も価値のない人間だから」

自分でも、笑ってるのか泣いてるのかわからなかった。
けれど彼は、焚き火の向こうからゆっくり歩いてきた。

「……俺の気持ちって、さっきので伝わらなかった?」

「え……?」

「笛を返さないって言ったのは、義務じゃない。
“あなたが誰であっても、俺は離れない”って意味です」

彼の手が、私の頬にそっと触れた。
その指先が熱くて、胸の奥まで焼きつくようだった。

「貴族とか、身分とか、関係ないです。
――俺が好きなのは、“あなた”です」

言葉が、夜に溶けていく。
焚き火がふっと弾けた。

私は俯いて、唇をかすかに震わせた。
「……ずるい」

「知ってます」

ロウエルの笑顔は、少し照れくさくて、
でもどこまでも誠実だった。


ロウエルの独白

なんで――。
どうして、あなたと繋がっていたいと願って、鳴子笛を返したのに。

俺の髪と同じ黒、そしてハロウィンのかぼちゃみたいなオレンジのワンピース。
あの日、森の町で見つけて、あなたに買ってあげた。
似合ってた。
小さなカチューシャも、笑いながらつけてくれた。

カフェにも行った。
マシュマロが浮かんだ甘いココアを、
ふーふーしてから、慎重にひと口ずつ飲むあなた。
顔には出さなかったけど……あれは甘すぎた。
でも、その仕草は、もっと甘かった。

次は、クリスマスのドレスを見に行く約束もした。
白い毛糸のマントを肩にかけて、
「雪が降ったら、森のツリーにも飾りつけしたいね」って、笑っていた。

なのに――。

“好きな人ができたら、教えてくださいね”
どうしてそんなことを言う。

どうやっても、伝わらないようだな。

あなたの笑顔が、俺を焦がすほどに遠い。
けれど、それでもいい。
あなたが笑っていられるなら。

俺の気持ちは、言葉よりも深く、静かにそこにある。
それだけは、誰にも奪えないから。

鈍感という罪

とはいえ――アンナ。
鈍すぎないか?

俺がどれだけ視線を向けても、
あんたはいつも、黒猫のルグを抱いて笑ってる。
まるで、世界のすべてがそこにあるみたいに。

……無自覚なんだよな。
だから怖い。

もし、別の男がまっすぐな言葉で近づいたら。
「好きです」なんて、飾らずに言われたら。
あんた、きっと笑って受けてしまうんじゃないか。
俺の気持ちも知らないまま。

その想像だけで、胸の奥がざらつく。
こんな感情、騎士としてはふさわしくないのに。

“守る”ことはできても、“独占”する資格はない。
それでも、あんたの隣を歩くのは、俺がいい。

――俺が、いいんだ。

だからせめて、気づいてほしい。
この鳴子笛の音が鳴るたびに、
俺がどんな想いで、あんたの名前を呼んでいるのかを。


そりゃ伝わらないわけだ

焚き火の明かりが、リサンドラの横顔を照らしていた。
夜はすっかり更け、黒猫のルグは丸くなって寝息を立てている。

「ねぇねぇ、ロウエル。好きって言った?」

「……え?」

「“ホットココアが好き”とか、
“そのドレス似合ってて好き”とかじゃなくて、
アンナが“1人の女性として好き”って、ちゃんと言った?」

ロウエルは一瞬、固まった。
そのあと――。

「う、ううう……!」

顔を真っ赤にして、立ち上がる。
そして、なぜか右手と右足を同時に出して、
ぎこちないままテントの外へ出て行った。

「……どこ行くの?」

「…………風に当たってくる」

背中まで真っ赤だった。

リサンドラはため息をつき、
焚き火の薪をつつきながら呟いた。

「そりゃ伝わらないわけだわ」

アンナはぽかんとして首をかしげる。
「え? 何が?」

「いいのいいの。あんたももう少し、自覚しなさいよね」

「じかく?」

「……やれやれ」
リサンドラは空を見上げて、
「若いって罪ねぇ」と、ひとりごちた。

焚き火がぱちりと弾けて、
森の夜に笑い声が溶けていった。
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