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風を求めて
王弟は窓辺の椅子に腰をおろした。
「まずワインと、肉をもらおうかなぁ」
ドバンが無言でグラスを差し出すと、
彼は笑って肩をすくめた。
「……あっ、俺は飢えてないから。
普段もこんな厚さのステーキ食べてるんだよ。
なんせこの美貌だから、聖女様に愛されててね」
ハーバードが眉をひそめる。
「それは……おめでたい話で」
「おめでたい? そうでもないさ」
王弟はワインをひと口、
わざとらしく香りを確かめてから続けた。
「お金も使い放題、服も宝石も揃ってる。
でもね――」
グラスを置く音が、やけに重く響いた。
「俺は、満足してないんだよ」
王弟はワインをゆっくり飲み干して、椅子にもたれた。
「やれやれ、外で飢えてる奴らがいるってのに、俺は肉だワインだ。皮肉だよな」
ハーバードが顔を曇らせる。
「殿下、それを口にされるのは危険です」
王弟は苦笑した。
「危険、か。そりゃあそうだ。だがね、分かってほしいんだ。
俺が“聖女に愛される男”ってだけで、色んなことが済まされる。金も自由もある。だが、自由はない。檻の中だよ」
ドバンが静かに尋ねる。
「旗になるつもりか?」
王弟は窓の外を見て、指でワイングラスの縁を回した。
「旗ね……それも一つの考えだ。王家を潰さず、新たな王家を立てる──
民が望めば、俺が象徴になれるかもしれない。でも、それは“殺される旗”になる可能性もある」
ハーバードが低く言う。
「殿下が表に立てば、動く者も出る。だが代償も大きい」
王弟は首を振る。目がほんの少しだけ子供になる。
「俺は殺されたくない。生きて、普通に食べて、笑いたいだけなんだ。
だが、このまま誰も何もしなければ、皆死ぬ。向こう(王城)はそれで構わないらしい」
ドバンはグラスを握り締め、小さく吐き出した。
「なら、旗にするなら、道は慎重に考えよう。俺一人の考えで突っ走らせはしない」
王弟は肩をすくめて軽く笑った。
「まあな。今日はただ――誰かに本音を言いたくて来ただけだ。明日になれば、また笑って城へ戻るさ」
ハーバードは拳を握ったまま、静かに頷いた。
「分かった。だが一つだけ。もし殿下が本気で動くつもりなら、助けられる道はあるかもしれん。
ただし、それはまたの夜に話そう。人目のない場所でな」
王弟がもう一度ワインをあおり、窓の向こうへ視線を送る。
「またの夜に、か。約束だ」
王弟は、ワイングラスをくるくると回した。
火の揺らめきが、赤く瞳に映る。
「今日ここへ来たのは、な」
ふっと、いつもの軽口とは違う声だった。
「もしこの冬が“本当の冬”だったら、
この国の人間は、みんな死んでた。
……けど、そうならなかった。
わずかに、春の息吹が吹き込んでる」
ドバンが眉を寄せる。
「春の息吹?」
王弟は唇の端を上げる。
「森の方からさ。
なんか……シコ踏んでるヤツがいるんだってよ」
ハーバードが吹き出した。
「シコ!? 相撲レスラーか?
何だそれは」
「いや、風よ王都に行けーって、
森で魔法を送り続けてるって話だ」
沈黙。
暖炉の火がぱちりと弾ける。
ドバンの目が、ゆっくり見開かれた。
「……アンナか?」
王弟は何も言わず、
ただ、ワイングラスを掲げて微笑んだ。
「答えは、風に聞いてくれ」
<森にて・再会>
馬を降りたドバンは、結界の向こう森の奥から響く妙なリズムに足を止めた。
「……なんだ、あの音は」
踏み鳴らすような音、かけ声。
風が笑っているような、奇妙に軽い気配。
木立の間から見えたのは、
マントを翻しながら、両腕を上げて踊っている少女。
「……アンナ?」
振り向いたアンナは、ぱっと笑った。
「お兄さま!? 来てたの?」
ドバンは思わず口を開けたまま固まる。
「お、お前……何をしているんだ?」
アンナは胸を張って答える。
「ダンスよ!」
「……ダンス?」
「王都に風を送る“ゴーゴーダンス”!」
森の奥からロウエルが顔を出す。
「……すまん。俺はシコかもしれん」
「ロウエル!」
アンナが両手を腰に当てる。
「相撲レスラーの、シコじゃないわよ! 踊ってるの!」
ドバンは、頭を押さえた。
「……王弟が言ってた“森でシコ踏んでるヤツ”ってお前のことか」
アンナはケロッと笑う。
「え? そうかも。
でも、ちゃんと効果出てるでしょ? 王都、少しは暖かくなったはずよ!」
ロウエルが真面目な顔で頷く。
「確かに。気温上昇、体感で五度くらいだ」
「でしょ!」
アンナが満足げに笑う。
ドバンはため息をつき、妹の頭を軽く小突いた。
「……お前というやつは」
けれど、その声の奥には安堵が混じっていた。
確かに“春の息吹”はここにあった。
<森の風の章>
アンナ
「追放されたから、魔女になるか聖女になるか迷ったけど――
魔女にしたの。そっちのほうがかわいい服が着れるから!」
ドバン
「……それが理由か?」
アンナ
「てへっ」
ロウエルが小声でため息をつく。
「かわいい服、命懸けだな……」
アンナは胸を張って、明るく続けた。
「だってね、聖女って“戦いの中でこそ美しい”でしょ?
でも魔女は“生活の中で美しい”の。
踊って、笑って、王都に温かい風が吹いたらいいなって思って、踊ってたのよ」
ドバンは呆れたように笑った。
「よくわからん理由だが……効いてるのは確かだ。
王弟が言ってた“春の息吹”はお前だったんだな」
そこへ、後ろからハーバードが枝をかき分けて現れる。
「……わからないが、それ、たぶん正しいぞ」
「え?」と三人が同時に振り返る。
ハーバードは肩をすくめて言った。
「王都の魔力の流れが、この前から少しずつ変わってる。
北の瘴気が薄れてきた。理屈じゃなく、これは“気持ち”の魔法だ」
アンナ
「でしょ!」
ロウエル
「気持ち……とシコ……」
アンナ
「シコ言うな!!」
森に笑い声が広がる。
風が枝を鳴らし、遠くの空へと吹き抜けていった。
「まずワインと、肉をもらおうかなぁ」
ドバンが無言でグラスを差し出すと、
彼は笑って肩をすくめた。
「……あっ、俺は飢えてないから。
普段もこんな厚さのステーキ食べてるんだよ。
なんせこの美貌だから、聖女様に愛されててね」
ハーバードが眉をひそめる。
「それは……おめでたい話で」
「おめでたい? そうでもないさ」
王弟はワインをひと口、
わざとらしく香りを確かめてから続けた。
「お金も使い放題、服も宝石も揃ってる。
でもね――」
グラスを置く音が、やけに重く響いた。
「俺は、満足してないんだよ」
王弟はワインをゆっくり飲み干して、椅子にもたれた。
「やれやれ、外で飢えてる奴らがいるってのに、俺は肉だワインだ。皮肉だよな」
ハーバードが顔を曇らせる。
「殿下、それを口にされるのは危険です」
王弟は苦笑した。
「危険、か。そりゃあそうだ。だがね、分かってほしいんだ。
俺が“聖女に愛される男”ってだけで、色んなことが済まされる。金も自由もある。だが、自由はない。檻の中だよ」
ドバンが静かに尋ねる。
「旗になるつもりか?」
王弟は窓の外を見て、指でワイングラスの縁を回した。
「旗ね……それも一つの考えだ。王家を潰さず、新たな王家を立てる──
民が望めば、俺が象徴になれるかもしれない。でも、それは“殺される旗”になる可能性もある」
ハーバードが低く言う。
「殿下が表に立てば、動く者も出る。だが代償も大きい」
王弟は首を振る。目がほんの少しだけ子供になる。
「俺は殺されたくない。生きて、普通に食べて、笑いたいだけなんだ。
だが、このまま誰も何もしなければ、皆死ぬ。向こう(王城)はそれで構わないらしい」
ドバンはグラスを握り締め、小さく吐き出した。
「なら、旗にするなら、道は慎重に考えよう。俺一人の考えで突っ走らせはしない」
王弟は肩をすくめて軽く笑った。
「まあな。今日はただ――誰かに本音を言いたくて来ただけだ。明日になれば、また笑って城へ戻るさ」
ハーバードは拳を握ったまま、静かに頷いた。
「分かった。だが一つだけ。もし殿下が本気で動くつもりなら、助けられる道はあるかもしれん。
ただし、それはまたの夜に話そう。人目のない場所でな」
王弟がもう一度ワインをあおり、窓の向こうへ視線を送る。
「またの夜に、か。約束だ」
王弟は、ワイングラスをくるくると回した。
火の揺らめきが、赤く瞳に映る。
「今日ここへ来たのは、な」
ふっと、いつもの軽口とは違う声だった。
「もしこの冬が“本当の冬”だったら、
この国の人間は、みんな死んでた。
……けど、そうならなかった。
わずかに、春の息吹が吹き込んでる」
ドバンが眉を寄せる。
「春の息吹?」
王弟は唇の端を上げる。
「森の方からさ。
なんか……シコ踏んでるヤツがいるんだってよ」
ハーバードが吹き出した。
「シコ!? 相撲レスラーか?
何だそれは」
「いや、風よ王都に行けーって、
森で魔法を送り続けてるって話だ」
沈黙。
暖炉の火がぱちりと弾ける。
ドバンの目が、ゆっくり見開かれた。
「……アンナか?」
王弟は何も言わず、
ただ、ワイングラスを掲げて微笑んだ。
「答えは、風に聞いてくれ」
<森にて・再会>
馬を降りたドバンは、結界の向こう森の奥から響く妙なリズムに足を止めた。
「……なんだ、あの音は」
踏み鳴らすような音、かけ声。
風が笑っているような、奇妙に軽い気配。
木立の間から見えたのは、
マントを翻しながら、両腕を上げて踊っている少女。
「……アンナ?」
振り向いたアンナは、ぱっと笑った。
「お兄さま!? 来てたの?」
ドバンは思わず口を開けたまま固まる。
「お、お前……何をしているんだ?」
アンナは胸を張って答える。
「ダンスよ!」
「……ダンス?」
「王都に風を送る“ゴーゴーダンス”!」
森の奥からロウエルが顔を出す。
「……すまん。俺はシコかもしれん」
「ロウエル!」
アンナが両手を腰に当てる。
「相撲レスラーの、シコじゃないわよ! 踊ってるの!」
ドバンは、頭を押さえた。
「……王弟が言ってた“森でシコ踏んでるヤツ”ってお前のことか」
アンナはケロッと笑う。
「え? そうかも。
でも、ちゃんと効果出てるでしょ? 王都、少しは暖かくなったはずよ!」
ロウエルが真面目な顔で頷く。
「確かに。気温上昇、体感で五度くらいだ」
「でしょ!」
アンナが満足げに笑う。
ドバンはため息をつき、妹の頭を軽く小突いた。
「……お前というやつは」
けれど、その声の奥には安堵が混じっていた。
確かに“春の息吹”はここにあった。
<森の風の章>
アンナ
「追放されたから、魔女になるか聖女になるか迷ったけど――
魔女にしたの。そっちのほうがかわいい服が着れるから!」
ドバン
「……それが理由か?」
アンナ
「てへっ」
ロウエルが小声でため息をつく。
「かわいい服、命懸けだな……」
アンナは胸を張って、明るく続けた。
「だってね、聖女って“戦いの中でこそ美しい”でしょ?
でも魔女は“生活の中で美しい”の。
踊って、笑って、王都に温かい風が吹いたらいいなって思って、踊ってたのよ」
ドバンは呆れたように笑った。
「よくわからん理由だが……効いてるのは確かだ。
王弟が言ってた“春の息吹”はお前だったんだな」
そこへ、後ろからハーバードが枝をかき分けて現れる。
「……わからないが、それ、たぶん正しいぞ」
「え?」と三人が同時に振り返る。
ハーバードは肩をすくめて言った。
「王都の魔力の流れが、この前から少しずつ変わってる。
北の瘴気が薄れてきた。理屈じゃなく、これは“気持ち”の魔法だ」
アンナ
「でしょ!」
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