『恋は、鏡の中のわたしを変えていく』あなたと踊るタンゴ

夢窓(ゆめまど)

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「眠っても、踊り続けたい」

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「……ひとまず、今日のステップはここまでにしておきませんか?」

「いいえ、あと一回だけ……お願い、レオン様」

私は汗をぬぐう暇もなく、もう一度右手を差し出す。

 

彼は疲れを隠せない顔で、けれど口元には微笑を浮かべながら、その手を取った。

「まったく……あなたのその“もう一回”が、何回目かわかりますか?」

「ええ、知らないふりをしておりますわ」

 

小さく笑い合い、再び、音楽に合わせて踊り出す。

 

──リズムが少しズレた。
互いに気づいたけれど、もう修正する余力はなかった。

そのまま、力尽きるように、彼の腕の中に、私は崩れ落ちた。

 

「アネット様……!」

「……ごめんなさい……私、もう……ちょっとだけ、横に……」

 

レオンも限界だったのだろう。

私を抱いたまま、彼もまた、ふわりと横に倒れこむ。
気がつけば、あたたかい毛布にくるまれて、隣に彼の寝息があった。

 

──朝だった。

 

「……あの、私たち……」

「召使いのエルダさん達がベッドまで運んでくださったそうです……顰蹙、ものすごく」

 

お互いに顔を見合わせ、同時に「ごめんなさい」と笑った。
それでも、少しも後悔はしていなかった。

 

「騎士団の任務を終えた後でも、こうして通ってくださって……本当に、ありがとうございます」

「……任務は大切ですが、あなたとの時間も、同じくらい大切なんです。
踊るあなたが、いちばん輝いて見えるから」

 

どんなに疲れていても、彼は必ず来てくれる。
そして私も、どんなに倒れても、彼とならまた立ち上がれる。

 

──踊っている間は、現実を忘れられる。

けれど、それ以上に。

踊っている間は、未来を夢見られる。

 

その様子を、家族は黙って見守っていた。

 

「……まったく。若いってのは、体力の無謀と紙一重だねぇ」と呆れる祖母。

「でも、楽しそうね」と微笑む姉。

「お父様、心配しつつも、夕べもこっそり覗いてたわよ」──母の告白に、顔が真っ赤になった。

 

「起きている限りは、踊りたい」
「踊れる限りは、あなたといたい」

 

たとえ、何度倒れても。
そのたび、また立ち上がると決めたのだ。

 

――だってこれは、夢じゃない。

未来へと続く、わたしたちのステップなのだから。


ダンスレッスン用に空けた小広間の扉が、また軋んで開いた。

「……あら、今日はお兄様も?」

「興味本位だ。ちょっと覗くだけだよ、ちょっとな」

そう言いながら、しっかり椅子を持ち込んでいる。

 

最初は、母と姉だけだった。

次に召使いのエルダ、執事のロスティンが「お茶のついで」と言いながら端に座った。

今日は、叔父に祖母、庭師のグランまで揃っている。
もはや小規模な観客席だ。

そのうち、軽食が持ち込まれ、ワインも配って、小宴会になっている。

 

「……やりにくくないですか?」と、レオン様。

「いいえ。本番はもっと大勢の人がいるのですから、いい練習です」

私はくるりとスカートを翻し、踊る構えを取る。

 

「音楽、かけます」

とエルダがにこにこしながらレコード針を落とす。

リベルタンゴの旋律が響き――私たちは舞台に上がる役者のように動き出した。

 

──ステップは、力強くも繊細に。

ぶつかりそうで、ぶつからない。

息を呑むようなターンと、ピタリと揃った靴音。

それはまるで、言葉を交わさずに交信しているような時間だった。

 

「……おや。あの子、少し動きが柔らかくなったわね」
「脚さばきが違いますな、レオン様」

使用人たちが小声でささやき合う。

 

やがて、勢い余ってレオンと私が真正面でピタリと止まる。

額には汗、呼吸は荒い――それでも、視線はまっすぐ交わったまま。

 

「……ふたりとも、よくなってるわ」

母がそう言ったとき、小さな拍手が自然に起きた。

 

「まだ終わってませんわ。レオン様、もう一度ターンを」

「もちろん」

 

私たちはふたたび音楽に乗り、情熱のステップを踏む。

ギリギリまで攻めるようなスピン、時折ぶつかる肩と肩。

それでも、どこか楽しげで、熱を帯びて――

 

「……あれはもう“けんか”だな」
「いいわね、若いって」
「あとで湿布を持って行った方がよさそうね……」

 

誰かがそうつぶやく頃には、ダンス部屋の扉の前にも、こっそり覗く下働きたちが並び始めていた。

まるで劇場のような空気の中、私たちはただひたすらに踊り続けた。

 

これは恋ではなく、戦い。

でも、戦いの向こうに見えるのは、確かに“ふたりの未来”だった。
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