「無用と捨てられた娘が選んだのは──魔法と、愛のある暮らし。」

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
2 / 21

学校の寮

しおりを挟む

荷物は小さなトランク一つ。
伯爵家から送り出されたはずなのに、玄関先で見送ってくれた者は誰もいなかった。

馬車を降りると、目の前には灰色の石造りの寮。
大きな門の上に掲げられた校章が、どこか冷たく光って見えた。

——今日から、ここが私の居場所。
マリーン伯爵令嬢、肩書きはあっても、家族からは不要とされた娘。
生きるために、この寮でやっていくしかない。

部屋に案内されたとき、最初に思ったのは「広すぎる」ということだった。
伯爵令嬢だからなのか、一応はひとり部屋。
隣には使われない侍女控え室までついていて、空気がしんと澱んでいる。

侍女はいない。
ここで寝起きするのは、私ひとり。

ちやほやされるのは嫌いだし、誰にも気を遣わずに過ごせる。
だけど、惨めな気持ちはある。


荷物は小さな鞄ひとつ。

けれど、本当はもっとたくさんある。
マジックボックスの魔法があるから——お気に入りの服や宝石、リボンも、全部そこにしまってきた。

静かなひとり部屋で、私は新しい生活を始めた。

荷物をほどく気にもなれず、ベッドに腰を下ろした。
涙の跡がまだ乾かない。

ふと、机の上に置いた鞄から、小さな裁縫道具が目に入った。


……そうだ。
ずっと、私、服を作りたいと思っていたんだ。


伯爵家では、デザイナーに仕立ててもらうのが当然だった。
けれど、出来上がったドレスはいつも、どこか違う。
「こうじゃないのに」と胸の奥でもどかしく思った。

これからは、いつか、自分で作りたい。
誰かに見せるためではなく、私が着たい服を。
孤独でも、針と糸があれば、きっと大丈夫。

ただ——魔法のことは、誰にも言えない。

もし知られたら、また新しい婚約話が押しつけられるかもしれないから。
魔力は、秘密のままでいい。


伯爵家では「無用」と言われ、許されることもなかった。
けれど今、この部屋には私ひとり。
何もないけれど、何もないからこそ、できることがあるのかもしれない。

胸の奥に沈んだ不安の中で、小さな思いが、かすかに灯った。

「……でも、私は、知らない魔法は使えない」
私の持つ魔法は、知識に基づいて形を成す。
だから、裁縫の仕方を知らない以上、いくら魔力があっても服は縫えない。

「まあ、とりあえず、食堂でも行くか」
お腹を満たしてから考えることにした。


部屋を出ると、長い廊下が冷たく響いた。
伯爵家の屋敷にいた頃と違い、ここでは誰も付き従わない。
一人で歩く音だけがやけに大きく感じられる。

寮の食堂に向かう途中、ふと窓から見えたのは、芝生の上でおしゃべりを楽しむ令嬢たち。





食堂に行くと、知らない顔ばかり。
皆は当たり前のようにグループで席を囲んでいた。
私は、一番端の席に座って、目立たないように食事をとる。

ひそひそとした声は聞こえてくる。
——伯爵令嬢なのに、どうしてひとりで寮に?
——家で何かあったんじゃない?

けれど、知らないふりをする。
今日は、ただいるだけ。
それでいい。

 すれ違う子たちが、ちらちらこちらを見る。
でも誰も声をかけてこない。
私も、何も言わない。

夕食の時間になると、寮母さんに促されて大きな食堂へ。
長いテーブルにずらりと並んだ寮生たち。
席につくと、見慣れない光景が広がった。

料理は一皿ごとに並んで回ってくる。
隣の子が受け取って、自分の前に置いてくれて、
私はそれをまた隣へと回す。

「あ……」
思わず手が止まってしまった。
伯爵家では侍女がすべて用意して、私はただ食べるだけだったから。

次の瞬間、隣の子が小さく会釈をしてくれた。
「……あ」
慌てて私も会釈を返す。

お茶も同じように、入れた人から周囲へ回ってくる。
少し戸惑ったけれど、次に回したら、また目が合って、微笑みを返された。

胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
――こんな食事の仕方も、あるんだ。
みんなで共同して、並べるなんて、


最初の一日は、ただそうして終わった。
孤独だけれど、心の奥には少しだけ安堵があった。
「ここなら、とりあえず生きていける」
そう思えただけでも、十分だった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部
恋愛
大切にされず関係を改善できる見込みもない。 それならいっそのこと、関係を終わらせてしまえばいい。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

処理中です...