「無用と捨てられた娘が選んだのは──魔法と、愛のある暮らし。」

夢窓(ゆめまど)

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帰り道

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夕暮れの街を歩きながら、買い物袋を抱えた私に、グレッグがちらりと視線をよこす。
「楽しそうだったね」

思わず頬が熱くなる。
「……そんなふうに見えた?」
「見えたよ。目が輝いてた。ああいう顔、伯爵家ではしてなかったろ?」

胸の奥にちくりとした痛みが走る。
けれど、それを見透かしたように、彼は続けた。

「君の家はきっちりしすぎてて、窮屈そうだったって、ジェイクも言ってたよ」
「……兄が?」
思わず立ち止まる。

「家に戻りたい時は、ジェイクがなんとかしてくれると思う。でも……しばらくは今を楽しんだらどうだ。寮のことも、街のことも、新しい出会いもさ」

やわらかな声に、心がほどけていく。
「僕も時々来るから。ジェイクは忙しくて来られないけど、ちゃんと君のこと、気にかけてる。言っておくから」

夕焼けに照らされた横顔が、不思議と頼もしく見えた。
伯爵家から追い出され、ひとりだと思っていたのに——。
実は、誰かが気にかけてくれていたのだ。

私は小さく頷いた。
「……ありがとう」
その言葉は、紅茶よりも甘く、胸に広がっていった。

夕食を終えて部屋に戻ると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
机の上にランプを置き、昼間買った「コースターのキット」をそっと広げる。

小さな布片と刺繍糸、針、型紙。
思ったより簡単そうだけど……ちゃんと形になるだろうか。
「……簡単な刺繍ならできるけど、コースターは……どうかな」
自分に問いかけるように呟き、布に触れてみる。

ひと針、ふた針。
針を進めるうちに、心が落ち着いていく。

——そうだ。
完成したら、誰かに見せたい。
自然に浮かんだ顔は、今日一日一緒にいてくれたグレッグ。
そして、私をまだ気にかけてくれている兄ジェイク。

「……刺繍のハンカチを送ろう」
口にした瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。

明日は道具を揃えに行こう。
もっといろんな糸の色が欲しい。
その気持ちだけで、部屋の静けさが、少し明るく感じられた。


翌日の昼下がり。
昨日決めた通り、私は「マーシャの針箱」へ向かった。
今日はひとり。
買うものは決めてある——刺繍枠と新しい糸、それから針ケース。

扉を開けると、澄んだベルの音と共に、昨日と同じ布と糸の香りが迎えてくれる。
店内で品を見比べていると——背後から声がした。

「……あれ? あなた、同じ寮の子じゃない?」

振り向くと、見覚えのある顔。
食堂で何度か見かけた寮生の二人組が、こちらを見ていた。

「あ……ええ」
「びっくりした。伯爵令嬢なのに、手芸に興味あるんだ?」
「……少しだけ、ね」

くすりと笑った彼女たちは、意外そうに顔を見合わせた。
「私たちも、このあとお茶に行くんだけど、よかったら一緒にどう?」

一瞬、迷った。
昨日までの私なら断っていただろう。
でも今日は——少し勇気を出してみた。

「……いいの?」
「もちろん。ちょうど新しく開いたお店、気になってたの」

こうして私は、思いがけず“寮生たちとの初めてのお茶会”に足を運ぶことになった。

初めてのお茶会

カフェのテーブルに紅茶と小さな焼き菓子が並ぶ。
陽射しの入る窓辺の席で、ハンナとサーシャが楽しそうに話していた。

「私ね、将来はお針子になるの。だから今、毎晩ちょっとずつ縫い物の練習してるの」
ハンナは指先を見せながら笑う。細かい針の跡が残っていた。

「私はね、パッチワークを作って売ってるの。お小遣いくらいにはなるし、頼まれると嬉しいんだ」
サーシャは誇らしげに言って、手作りの小さな布のポーチを見せてくれた。

二人の声に引き込まれながら、私は不意に口を開いていた。
「……なんとなく、私もやってみたいな。これから、探したいの」

ハンナとサーシャが顔を見合わせ、同時に笑った。
「ふーん。じゃあさ、私たち毎週《マーシャのお針箱》に行ってるの。一緒に行かない?」
「ぜひ!」

胸がふわりと軽くなった。
寮に来てから、こんなふうに笑って答えられたのは初めてだった。



夜の図柄決め

夜、部屋に戻るとすぐに机のランプを灯した。
小さな布を広げ、色とりどりの刺繍糸を並べる。

——グレッグには、何を刺そう?
彼は騎士団を目指している。
なら、鷹の図柄がいいかもしれない。
強さと鋭さを象徴する、彼に似合う意匠。

——兄さんには……やっぱり家紋かな。
不器用な兄が、手にしたときに少しでも誇らしく思えるように。
「俺の妹が作った」って、胸を張れるように。

そう考えると、胸がじんわり温かくなる。
伯爵家では“笑うな”と叱られてばかりだったけれど、今は違う。
贈りたい人がいて、作りたい図柄がある。
それだけで、夜が少し優しく思えた。

布の上に鉛筆で小さく図案を描き、針を持つ。
ランプの光に照らされた刺繍枠の中で、新しい未来が少しずつ形になっていく気がした。
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