「無用と捨てられた娘が選んだのは──魔法と、愛のある暮らし。」

夢窓(ゆめまど)

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学校

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翌日の朝

食堂に入ると、にぎやかな声に混じって、こちらに視線が集まった。
ハンナが笑いながら囁く。
「ねえ、昨日、夜遅くまで針仕事してたでしょ? 目の下、ちょっと赤いよ」

サーシャもくすりと笑う。
「図柄考えてたんでしょ? 顔に書いてあるようなものだよ」

思わず頬が熱くなる。
「……そんなにわかる?」
「わかるわかる。あたしたちも、夢中になるとつい夜更かししちゃうもん」

そこへ寮母さんが大きなカップを持って現れた。
「お嬢さん、ほどほどにね。針と糸は逃げないけど、体は壊れるよ」

サーシャが真面目な顔で言葉を継いだ。
「終了時間、自分で決めたほうがいいよ。寝不足で授業中に居眠りしたら、先生の的になるから」

「……気をつけます」
そう答えると、三人の笑い声が弾けた。

昨日まで孤独だった食堂が、今日は少しだけ居心地よく感じられた。


週末の《マーシャの針箱》

週末、寮生のハンナとサーシャに誘われて、再び《マーシャの針箱》を訪れた。
昨日までの私なら一人で黙って来ていただろう。
でも今日は三人で、店に入る前からにぎやかな声が絶えなかった。

「いらっしゃい!」
ベルの音と一緒に、店主のリナが迎えてくれる。

サーシャはさっそく布の棚の前に立ち、色とりどりの布を手に取った。
「パッチワークにちょうどいいサイズなの、見て見て!」
細かい模様の布を組み合わせ、楽しそうに並べている。

私はその光景を横で見ていて、ふと心を惹かれた。
一枚の布ではなく、いくつもの布をつなぎ合わせてひとつの模様を作る——
それはどこか、ばらばらになった自分の人生を縫い合わせていくようで。

「……パッチワーク、面白そう」
つい声が漏れた。

ハンナが振り返って、にっこり笑う。
「やってみる? 練習にはぴったりだよ。縫い方も基本から覚えられるし」

リナも頷く。
「小さなパッチワークなら、一晩で仕上がるよ。最初はコースターか、小物入れがいいかもね」

私の手が自然に布へ伸びる。
落ち着いた紺色、淡い花模様、生成りの布。
組み合わせた瞬間、小さな世界が広がっていくようで、胸が高鳴った。


「この布、色がかわいい!」
ハンナが目を輝かせて手に取る。
「印つけの道具は、これが便利よ。あと小さなハサミも必要ね」
サーシャは慣れた様子で次々と教えてくれる。

私は針を手に取り、胸が高鳴った。
「タペストリーなんかも……作れるのかしら」
思わずつぶやくと、二人が顔を見合わせてにっこり笑う。

「やってみたらいいじゃない!」
「最初は小さいものからでもね」

ふと、かわいらしい子猫の模様が入った布を見つける。
小さなポケットのサンプルで、とても愛らしい。
「これ……作ってみたい」
私がそう言うと、ハンナが手を叩いて喜んだ。

「マリーン、本当に楽しそうね」
「うん……楽しい」
自分でも驚くほど、素直に答えていた。



サーシャの部屋で

「パッチワークはね、みんなでわいわいするのがいいのよ」
そう言ってサーシャは、自分の部屋に私たちを招き入れた。

部屋の中には、色とりどりの布で作られたパッチワークが並んでいた。
小物入れやクッションカバー、壁にかけられたタペストリー。
どれも手作りとは思えないほどきれいで、あたたかみがあった。

「わぁ……すごい」
思わず声が出る。

サーシャは照れくさそうに笑いながら、ベッドに置いてあった大きな布を広げた。
「これはオーダー品。バザーでも売るけど、頼まれることもあるの。結構いい値段になるのよ」

「本当に?」とハンナが目を丸くすると、サーシャは得意げに頷いた。
「ベッドカバーなんて、半年はかかるからさ。根気のいる仕事だけど、その分、やりがいもあるの」

布を縫い合わせた模様が、ひとつひとつ物語を持っているようで。
私は見入ってしまった。

「……こんなふうに作れるようになれたら」
小さな声で呟くと、ハンナとサーシャが同時に笑った。
「じゃあ一緒にやろうよ!」
「仲間が増えると、もっと楽しくなるから!」

笑い声に包まれて、私は心の奥にじんわり広がるものを感じた。
——もう“ひとり”じゃないのかもしれない。


サーシャの部屋での会話

広げた布を片付けながら、サーシャがぼやいた。
「部屋が狭いからさ、パッチワークを起きっぱなしにできないのがつらいのよ」

その言葉に、つい口が出た。
「うん? 私の部屋なら、侍女の部屋が空いてるよ」

ハンナがぱっと笑って身を乗り出す。
「いいじゃない! 広い部屋なんだし!」

けれどサーシャがすかさず眉をひそめる。
「待った。又貸し禁止だよ」

「……そうなの?」と私が首をかしげると、サーシャは指を一本立てて、まるで先生のように言った。

「一応ね。寮は“自分の部屋で寝る”のがルール。
それに、テスト一週間前は他人の部屋に行っちゃダメ。
一緒に勉強するときは、食堂で夜八時から十時までって決まってるの」

「へぇ……そんなふうに決まってるんだ」
伯爵家では誰も教えてくれなかった“共同生活のきまり”に、私は驚いてしまう。

ハンナが肩をすくめて笑った。
「でもね、決まりがあっても、結局みんなでわいわいやるんだけど」
サーシャが「こら!」と睨み、三人で笑い合った。

その瞬間、寮の暮らしがほんの少しだけ、本当の家のように思えた。


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