壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)

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優しさの檻 茂と花梨

近づくふたり

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花梨:
柴崎さん、釣りって興味あります?

柴崎:
あるあるある!花梨ちゃんと一緒なら毎週でも行く!

花梨:
父が釣り仲間にドタキャンされて、がっかりしてるんです。
せっかく船チャーターしたのにって。

柴崎:
うわ、それはもったいない!
車出すよ。誘って誘って!

花梨:
母も行くんですけど、もちろん私も。

柴崎:
最高じゃん。何時?どこ迎えに行けばいい?

花梨:
朝の4時ですけど……大丈夫ですか?

柴崎:
任せて!行く行く!
お父さんにもよろしく伝えておいて!

花梨:
ありがとうございます。明日、よろしくお願いします。



朝の海は、少し肌寒かった。
水平線の向こうが、うっすらと白んでいる。

「釣り、興味あるって本当なんですね」
花梨が笑うと、柴崎は照れくさそうに肩をすくめた。
「父が好きでね。生きてた頃はよく一緒に行ったんだ。魚も捌けるよ」

「えー、すごい!」
「今日は、任せなさい」

言葉どおり、柴崎は手際がよかった。
仕掛けを整え、エサをつけ、花梨の父の竿の糸を結び直す。
「これで大物狙いましょう」
お父さんは少年のように笑って、竿を構えた。

昼すぎには、クーラーボックスが魚でいっぱいになっていた。
柴崎は船着き場で、ひらめを5枚におろしてみせる。
「プロじゃないですか!」
花梨が笑うと、彼は満足そうに胸を張った。

「魚のことなら、任せてくれ」

お父さんは上機嫌で、
「いい婿だなあ」とつぶやいた。
花梨は顔を赤くして、海風の方を向いた。


柴崎さんは、父と母にとって、すでに“便利な人”になっていた。
毎週のように買い物に付き合い、車を出してくれる。
重たい米袋も黙って運び、灯油も補充してくれる。

「本当にいい人ね。あんたも、もう再婚したら?」
母が笑って言う。

「まだ、了承してくれてませんよ」
柴崎はそう言って照れくさそうに笑った。

「でも、頑張るから」
そう言って、花梨の顔を見る。

最近、父が彼を“婿殿”と呼ぶようになった。
まだ結婚もしていないのに。
けれど、誰もそれを否定しなかった。

それだけ、彼が信頼されていた。
花梨も、その穏やかな関係に、
ようやく“帰る場所”を見つけたような気がしていた。


高台の展望台。
夜風が頬を撫で、街の灯りがまるで星の群れのように瞬いていた。

「きれい……」
花梨の声は、夜の静けさに溶けた。

「がんばったご褒美だな」
柴崎が笑いながら、自販機で買った缶コーヒーを差し出す。
「ほら、冷えるから」

「ありがとうございます」
受け取った缶の温かさが、じんわりと指先に伝わる。

「この景色、なんか好きなんだ。
 誰かと並んで見たら、やっと一段落した気がする」

花梨は横顔を見る。
柴崎のまなざしは、遠くの夜景よりも穏やかだった。

「柴崎さん、ずっと支えてくれて、ありがとうございます」
「支えたいだけだよ」

一瞬、沈黙。
風が髪を揺らす。

「花梨」
「はい?」

「まだ焦らなくていいけど、
 いつか、俺の家族になってほしい」

花梨は少し驚いて、すぐに微笑んだ。
「……はい。いつか」

二人の間を、夜風が静かに通り抜ける。
下の街では、無数の灯りが瞬き、
その光がまるで二人の未来を照らしているように見えた。


朝の光

朝、カーテン越しにやわらかな光が差し込んでいた。
花梨は、目を開ける。
窓の外では、鳥の声。
台所からは、魚を焼く香ばしい匂いがしていた。

「起きた?」
柴崎がエプロン姿で顔をのぞかせる。
「朝ごはん、もうすぐできるよ」

テーブルの上には、味噌汁と焼き魚、
そして、キンカンのはちみつ漬け。

「すごい……朝から完璧ですね」
「趣味みたいなもんだよ。ほら、昨日の約束、もう始まってる」

「約束?」
「“焦らなくていいけど、家族になってほしい”ってやつ」

花梨は、照れくさく笑った。
「まだ、慣れません」

「ゆっくりでいいさ。朝ごはん食べながら慣れていこう」

湯気の向こう、
柴崎の笑顔はどこまでも穏やかだった。

花梨は湯呑みを両手で包み込みながら、
静かに思う――

もう、誰の影にも怯えない。
この香り、この朝、この人と生きていく。




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