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4章 謎多き男たちと平凡な俺の、ふかーい関係。
32 青い瞳の少女と、赤い瞳の彼女。
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「いただきます」と笑顔で両手を合わせたメル。
カーボは最初に食べた時より若干甘口だったが、それはそれで美味しかった。肉の切り方が雑で、スープの奥にヤツの赤い目が見えた気がしたが、気付かなかったことにしておく。
ともかく俺たち三人は深い話をしたわけでもなく、俺やチェリーの居た世界の食べ物の話をしたりして滞りなく食事を済ませた。
制服はもう着れる状態ではなく、俺はチェリーの部屋にあるクローゼットの中から、一番男らしいシンプルな白シャツを借りた。あの薬のお陰で、とりあえず家の中を歩けるまでに回復している。
チェリーは部屋の入口まで見送ってくれたが、別れ際に「ねぇ」と俺を引き止めた。
「どうせ寝れないんでしょ? ちゃんと話して来なさいよ。こういうのは、その日のうちに終わらせておかないと後が大変なんだから。二人で――ね?」
そう言って、メルが泊っている二階を促してくる。
「アンタたち殺し合ったんでしょ? ほんっとお人好しなんだから。呆れちゃうわ」
重そうな胸の下で組んだ手をひらひらと振って、チェリーは「じゃあね」と扉を閉めた。
彼は何でもお見通しだ。
今日という日が穏やかに終わろうとする空気に抗う勇気を貰って、俺は意を決して階段を上った。
☆
部屋へ行くとメルの姿はなかった。
スゥと吹き込んでくる外気に目をやると、廊下の一番奥にあるバルコニーに繋がる窓が少しだけ開いていて、その向こうにメルのフワフワした頭が見えた。
「メル」
横引きのドアを開き暗いバルコニーへ足を踏み込むと、メルは少し気不味そうな表情を浮かべながら「ユースケ」と俺を呼んで迎えてくれた。
チェリーから借りたピンク色のブラウスが大きすぎるせいで、ワンピースを着ているようだ。
チェリーが間借りしているというこの住まいは、メルの家と同じ町にあるらしい。メインストリートからは引っ込んだ場所にあり、バルコニーからは夜の色に包まれた山や丘の風景が一望できた。
昨日は焚火の横で夜の山を眺めていたが、今日は遮るものが何もなく、俺はメルと話すことも一瞬忘れてその広い空を仰いだ。
「すっげぇ星空」
部屋から漏れる明かりが唯一の光だ。その暗さが星を明るすぎるくらいに引き立たせている。
「ユースケの世界からは星が見えないの?」
「いや。見えないことはないけど、地上が明るすぎて見えにくいんだよ」
俺の例えがあまり上手くはなかったらしく、メルは足元に視線を下げて、困惑気味に首を傾げた。
「あぁ悪い。えっと、地面が光るわけじゃなくてさ、夜が暗いことを受け入れない奴が多いんだよ。明かりをいっぱいつけて、昼みたいにしてるとこが多いんだ」
「へぇ。変わってるのね」
「だよなぁ。暗くなったら寝ればいいんだよな?」
「あ、でもゼストが、あっちの夜は素晴らしいって感動してたわよ?」
パチリと手を合わせて声を弾ませるメル。
「けど、詳しくは教えてもらえなかったの。すっごく楽しいみたいなんだけど、大人の世界の話だから、私にはダメなんですって。だから、ユースケもまだ知らないかもしれないわね」
ゼストって奴は異世界で何を楽しんでいるんだろう。それってエロい話って事だよな?
「そうだな、知らないかもな。メルから見たら、俺はまだ子供なのか?」
「子供よ。そうじゃなきゃ遠くに行っちゃうでしょ?」
「遠く……?」
メルの小さな右手が俺の手をぎゅうっと握り締めた。
うつむいた彼女の表情は見えないが、突然「ごめんなさい」と吐き出した泣き声に、俺はハッとしてしゃがみこむ。
「ユースケ……あのね、えっとね」
ひくひくと嗚咽するメル。何か言いたげに唇を動かすが、言葉がうまく続かない。
「ゆっくりでいいし、謝らなくていいから」
フワフワの頭を抱えるように、繋がれた手とは逆の腕で彼女を抱き締めて、俺は「違うんだぞ」と彼女に伝えた。
「あの時、崖に落ちる前。俺はお前を殺そうとしてたんだ。謝らなきゃいけねぇのは、俺も同じなんだからな?」
俺の刃を受け止めた彼女の腕の傷は、もうすっかり消えていた。心臓を突き刺された俺と一緒で、目まぐるしい回復である。
「分かってるわ」
メルはきつく唇を噛み、涙でぐしゃぐしゃになった顔で真っすぐに俺を見つめた。
「今はもう効力が消えてしまっているみたいだけど、ユースケはクラウ様の力を預かっていたんでしょう? だから、あの時貴方が私を殺そうとした意志は、貴方のものじゃないのよ」
「どういう意味だ?」
「ユースケが蘇生して私と戦った力は、私の力と一緒なの」
「え? それは」
メルが何を言っているのか分からなくて、俺は首を傾げた。
俺がクラウに貰った力と、緋色の魔女の力がイコールだって言いたいのだろうか。
緋色の魔女は炎を操っていたように見えたが、クラウに最初会った時、カーボをやっつけたのは雷だったはずだ。
「何が同じなんだ?」
「クラウ様の力は、私の力だから」
メルは空の手を胸元でギュッと握り締め、瞳を潤ませる。
「今はもう、記憶も何も残っていないから、私が宣言できるものじゃないけど」
「記憶? って……」
彼女がその言葉を口にする前に、ただ漠然と俺の中でひとつの答えが導き出された。
メルはその答え合わせをするように、ゆっくりと話し出す。
「クラウ様に魔王としての力を与えたのは、私なの。アルドュリヒ=ジル=メルーシュ。それが、この国の前王だった私が、27歳まで名乗っていた名前よ」
俺は、握り締めたメルの手を取り落としそうになって、慌てて力を込めた。
カーボは最初に食べた時より若干甘口だったが、それはそれで美味しかった。肉の切り方が雑で、スープの奥にヤツの赤い目が見えた気がしたが、気付かなかったことにしておく。
ともかく俺たち三人は深い話をしたわけでもなく、俺やチェリーの居た世界の食べ物の話をしたりして滞りなく食事を済ませた。
制服はもう着れる状態ではなく、俺はチェリーの部屋にあるクローゼットの中から、一番男らしいシンプルな白シャツを借りた。あの薬のお陰で、とりあえず家の中を歩けるまでに回復している。
チェリーは部屋の入口まで見送ってくれたが、別れ際に「ねぇ」と俺を引き止めた。
「どうせ寝れないんでしょ? ちゃんと話して来なさいよ。こういうのは、その日のうちに終わらせておかないと後が大変なんだから。二人で――ね?」
そう言って、メルが泊っている二階を促してくる。
「アンタたち殺し合ったんでしょ? ほんっとお人好しなんだから。呆れちゃうわ」
重そうな胸の下で組んだ手をひらひらと振って、チェリーは「じゃあね」と扉を閉めた。
彼は何でもお見通しだ。
今日という日が穏やかに終わろうとする空気に抗う勇気を貰って、俺は意を決して階段を上った。
☆
部屋へ行くとメルの姿はなかった。
スゥと吹き込んでくる外気に目をやると、廊下の一番奥にあるバルコニーに繋がる窓が少しだけ開いていて、その向こうにメルのフワフワした頭が見えた。
「メル」
横引きのドアを開き暗いバルコニーへ足を踏み込むと、メルは少し気不味そうな表情を浮かべながら「ユースケ」と俺を呼んで迎えてくれた。
チェリーから借りたピンク色のブラウスが大きすぎるせいで、ワンピースを着ているようだ。
チェリーが間借りしているというこの住まいは、メルの家と同じ町にあるらしい。メインストリートからは引っ込んだ場所にあり、バルコニーからは夜の色に包まれた山や丘の風景が一望できた。
昨日は焚火の横で夜の山を眺めていたが、今日は遮るものが何もなく、俺はメルと話すことも一瞬忘れてその広い空を仰いだ。
「すっげぇ星空」
部屋から漏れる明かりが唯一の光だ。その暗さが星を明るすぎるくらいに引き立たせている。
「ユースケの世界からは星が見えないの?」
「いや。見えないことはないけど、地上が明るすぎて見えにくいんだよ」
俺の例えがあまり上手くはなかったらしく、メルは足元に視線を下げて、困惑気味に首を傾げた。
「あぁ悪い。えっと、地面が光るわけじゃなくてさ、夜が暗いことを受け入れない奴が多いんだよ。明かりをいっぱいつけて、昼みたいにしてるとこが多いんだ」
「へぇ。変わってるのね」
「だよなぁ。暗くなったら寝ればいいんだよな?」
「あ、でもゼストが、あっちの夜は素晴らしいって感動してたわよ?」
パチリと手を合わせて声を弾ませるメル。
「けど、詳しくは教えてもらえなかったの。すっごく楽しいみたいなんだけど、大人の世界の話だから、私にはダメなんですって。だから、ユースケもまだ知らないかもしれないわね」
ゼストって奴は異世界で何を楽しんでいるんだろう。それってエロい話って事だよな?
「そうだな、知らないかもな。メルから見たら、俺はまだ子供なのか?」
「子供よ。そうじゃなきゃ遠くに行っちゃうでしょ?」
「遠く……?」
メルの小さな右手が俺の手をぎゅうっと握り締めた。
うつむいた彼女の表情は見えないが、突然「ごめんなさい」と吐き出した泣き声に、俺はハッとしてしゃがみこむ。
「ユースケ……あのね、えっとね」
ひくひくと嗚咽するメル。何か言いたげに唇を動かすが、言葉がうまく続かない。
「ゆっくりでいいし、謝らなくていいから」
フワフワの頭を抱えるように、繋がれた手とは逆の腕で彼女を抱き締めて、俺は「違うんだぞ」と彼女に伝えた。
「あの時、崖に落ちる前。俺はお前を殺そうとしてたんだ。謝らなきゃいけねぇのは、俺も同じなんだからな?」
俺の刃を受け止めた彼女の腕の傷は、もうすっかり消えていた。心臓を突き刺された俺と一緒で、目まぐるしい回復である。
「分かってるわ」
メルはきつく唇を噛み、涙でぐしゃぐしゃになった顔で真っすぐに俺を見つめた。
「今はもう効力が消えてしまっているみたいだけど、ユースケはクラウ様の力を預かっていたんでしょう? だから、あの時貴方が私を殺そうとした意志は、貴方のものじゃないのよ」
「どういう意味だ?」
「ユースケが蘇生して私と戦った力は、私の力と一緒なの」
「え? それは」
メルが何を言っているのか分からなくて、俺は首を傾げた。
俺がクラウに貰った力と、緋色の魔女の力がイコールだって言いたいのだろうか。
緋色の魔女は炎を操っていたように見えたが、クラウに最初会った時、カーボをやっつけたのは雷だったはずだ。
「何が同じなんだ?」
「クラウ様の力は、私の力だから」
メルは空の手を胸元でギュッと握り締め、瞳を潤ませる。
「今はもう、記憶も何も残っていないから、私が宣言できるものじゃないけど」
「記憶? って……」
彼女がその言葉を口にする前に、ただ漠然と俺の中でひとつの答えが導き出された。
メルはその答え合わせをするように、ゆっくりと話し出す。
「クラウ様に魔王としての力を与えたのは、私なの。アルドュリヒ=ジル=メルーシュ。それが、この国の前王だった私が、27歳まで名乗っていた名前よ」
俺は、握り締めたメルの手を取り落としそうになって、慌てて力を込めた。
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