貧乳世界の魔王が作った巨乳ハーレムに入ってしまった幼馴染を連れ戻すために、俺は異世界へ旅立つ!

栗栖蛍

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4章 謎多き男たちと平凡な俺の、ふかーい関係。

36 夜の蝶と昼の桜

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 パタパタとそよぐ風に気付いて俺がそっと目を開くと、数十センチ上にチェリーの顔があった。

「うっ……」

 彼の側で目覚めるのは何度目だろう。全然慣れる気はしないが、叫ぶほどの驚愕ではなくなっている。
 この距離感と頭を支える肉感は、もしや膝枕だろうかと懸念して、俺はそっとまぶたを塞いだ。

 記憶を高速で逆再生して、個室から半裸で出てきたチェリーに辿り着いたところで、俺はハッと目を開く。
 とりあえず彼の胸にはタオルが巻かれていて、ホッと息を吐いた。

「良かった……ありがとうございます」
「気分はどう? まさか本当に鼻血出すなんてね」

 俺が起き上がろうとすると、チェリーがそっと背中を支えてくれた。平らな岩場に座る彼の横には、オレの鼻血で赤く染まった紙が幾つも丸めてあった。

「ユースケー!!」
 
 風呂の中でゼストとはしゃぐメルが俺に気付いて、大きく手を振って来る。

 ところが、メルはまだ上半身をさらけ出したままだったーー。

「だ、ダメだ、メルー!! っと、うわぁぁあ!!」

 慌てて伸ばした手が宙を掻いて、俺は体制を崩した。上半身ごとグラリと前に傾き、重力のまま湯船へと豪快にダイブしたのだ。

   ☆
 元居た向こうの世界の男なら、誰もが羨むだろうシチュエーションを、俺は自ら蹴ってチェリーとメルに頭を下げた。
 外国のトップレスビーチのようなものだと割り切ってその状況を楽しめばいいに、メルを見ていると自分が犯罪者のような気分になってきて、「お願いします」と胸にタオルを巻いて貰った。

 これでも大分エロいのだが。
 タオル一枚で罪の意識は大分軽減され、俺はようやくゆったりと湯船につかることが出来た。

「アナタって、見かけによらずクソ真面目なのね」

 今にもずり落ちそうな、細く畳まれたタオルを片手で押さえたチェリーが、俺の傍らにそっと座った。
 谷間どころか、ばいんばいんと揺れる胸に、俺は再び沸き上がった動揺を押さえつけるのに必死だ。

「チェリーは男だ、チェリーは男だ、男だ、男だ……」

 声に出して念仏のようにブツブツ繰り返すと、メルが「のぼせたの?」とちゃぷちゃぷお湯を弾かせながら俺を覗き込んでくる。
 頭の上で一つにまとめた髪のせいで、いつもと雰囲気が違って見える。
 そして俺が変な気をおこしたら、という訳ではないが、岩場の上ではメルの剣が出番を待ち構えていた。

「別に、こっちの奴等は気にしないんだから、思う存分見とけばいいんだぜ?」
「俺には無理です」

 こっちの世界のゼストは気にならないのだろうか。
 俺は完全たる敗北宣言を告げて、青い空を仰ぐ。

 ゼストは「そうか」と口角を上げると、「泳ごうぜ」とメルを誘って二人で向こうに行ってしまった。

 (あれ?)

 とすると、俺とチェリーが残されたわけで。
 ゆっくり下げた視線が、彼の笑顔とぶつかった。

「うっふーん」

 古風に胸を寄せて色気アピールしてくるチェリーは、俺をどうしたいんだ?

 少し暑くなったのか、彼は腰を上げて岩場に腰掛けた。パンツの黒色が俺の視線の高さに来て、俺はごくりと息を飲む。

 見なくていいのに。
 むしろ見たくはない筈なのに、色々確認しようという好奇心からか、目が股間に吸い寄せられてしまう。

 そして胸を視界に入れないと男の下半身にしか見えないことに気付いた。慌てて顔を上げると、今度は豊満な下乳したちちに魅了されてしまう。

「目に毒なんですけど」
「別に減るもんじゃないし、見てもいいのよ? 女は異性に見られて綺麗になるんだから」

 いや、異性じゃなくて同性ですが。

 俺はうっすらと硫黄が香る乳白色の温泉で顔を洗い、彼の横に移動した。沈黙に耐えられそうにないから、とりあえず会話する戦法だ。

「さっきゼストと話してて、向こうの世界の入口は一か所しかないって聞いたんですけど。チェリーさんも川島台かわしまだいなんですか?」

 川島台は、俺が住んでいた町の名前だ。飛びぬけた特徴もない一般的な地方都市の中にある。

「私は隣の吉水町よしみずちょうに住んでるんだけど、ユースケは一高いちこうなんでしょ? ゼストが教師なんて驚いたけど生徒だって聞いてるわ」

 俺の家の側にある大きな川を越えると、そこは吉水町だから、彼はやっぱり近くにいたらしい。
 何故かちょっとだけ前屈みになったチェリーが、開けておいた俺との距離を拳一つ分くらいまでに詰めて来る。

「川島台には、働いているお店があるのよ」
「お店って夜のですか?」
「それもあるけど。私が夜の蝶になるのは、友達にヘルプされた時だけよ。普段は昼間に『桜』ってカフェをやっているわ」
「えっ。カフェ?」

 その業種は、彼には縁遠そうだと思った。
 夜の蝶なら納得できるのに、カフェだなんて対極過ぎる。

「へ、へぇ。じゃあ、もし一緒に戻れたら、遊びに行きます」
「どうなるか分からないけど。その時は好きなもの食べさせてあげるわ」
「ありがとうございます!」

 俺は頭を下げて、遠くではしゃぐゼストとメルに目をやった。
 楽しく二人でお湯を掛け合う姿は、親子のようにさえ見える。

 俺はなんであそこじゃなくて、チェリーと二人でここにいるんだ?

 鼻血を出したことなんかすっかり忘れて、俺はぼんやりと二人を眺めていた。
 あそこに混ざりたいとは思うが、チェリーの引く見えない糸に縛られたまま俺は逃走を諦めて、彼に別の質問を投げる。

「クラウって、チェリーさんから見たらいい男なんですか?」
「それ、聞くのが野暮ってもんよ。そうじゃなかったら、こんなとこまで来てないわ。顔も、声も……」

 確かに外見はモデル並みだし、魔法も使えて強そうだし、王様だし……あぁ、確かに俺が勝てるところはないんだけど。だからって異世界に行くのを同意しちまうなんて、女たちは何を考えているんだろうか。
 
「けど」

 チェリーは一人で存分にクラウの魅力を語ると、急に俺を振り向いて眉をしかめた。

 この世界に来て、俺がこれを言われたのは二度目。

「ユースケって、ちょっとクラウ様に似てるわね」

 俺はそんな事を言われたところで、「そうですか?」と返すことしかできない。
 クラウはそのマスクでマダムの足をも止めさせる男だ。
 そんなに似てるなら、俺だってもっと華やかな高校生活を送れていると思う。
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