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6章 悪夢のシンデレラプリンス
51 悪夢のシンデレラプリンス
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「あ、あ、会えるって? 美緒に会えるって事ですか? 今から?」
自分で言った言葉を、「まさか」「そんなわけない」と一つずつ否定していく—―つまり俺はテンパっていた。
「まぁ、落ち着け」
手綱を緩く振りながら、ゼストは「はい深呼吸」と保健体育教師らしく思い切り息を吸い込んで見せた。
こくこくと頷いて、俺は彼に習って呼吸を繰り返す。少しだけ頭が冷静になるものの、心臓がやたら速く動いているのが自分でもよく分かった。
俺たちの乗ったトード車は、メルの家の前を通り、町の先端を抜けた。
急に細くなる石畳の道は、両側を低い緑が挟んでいる。道の先は丘の向こうへと入り込んでしまうが、その奥に続く丘陵のちょうど真ん中に魔王の城が姿を現した。
「城に行けるんですか?」
俺は息を飲んで尋ねる。
以前、連れてってくれと頼んで、クラウにもゼストにもそれはNGだと言われている。
「待ってるから」とクラウに言われて、俺はその方法を探している途中だった。
もちろんゼストも、急に規則が変わったと言い出すわけではなく、「そうじゃない」と否定したのだ。
「リトと及川が外出するって話を聞いてな。リトにも頼んで、五分間だけ空けてもらった」
「リトさんが手伝ってくれるんですか?」
「あぁ。俺一人じゃ無理だからな。異世界から連れてきた女子は、特に若い奴等はチェリーみたいにひょいひょい外なんて歩けねぇんだよ」
「それって、女の子たちが大事にされてるって取っていいんですか?」
「いいと思うぞ」
俺にとっちゃ不都合なことだが、「そうですか」と安堵する。昨日のジーマもそうだが、この国は国民が思っている以上に、異世界から来た俺にとっちゃ物騒だ。
「本当に、会えるんですね?」
「嬉しいか?」
「勿論です。美緒には俺がこっちに来たこと伝えたんですか?」
前に聞いた時にはまだだと言っていた。
「いや、言ってない。良いサプライズになると思ってな」
俺の顔を見たら、そりゃあ美緒は驚くだろう。そして、どんな顔をするんだろうか。
――「ゆ、佑くんは別の世界になんか行かないでね?」
美緒が居なくなる前の日。本屋の帰りに俺が美緒を家まで送って行った時だ。
――「佑くんが異世界に行ったら、モンスターにやられちゃうんだからね? 死んじゃうんだよ? 死んじゃったら戻ってこれなくなるんだからね?」
別れ際、彼女にそんなことを言われた。
確かに色んなことがあって、魔女にもモンスターにも殺されかけたけど、奇跡を何度も経験して俺はこうして生きている。
ゼストは左手を手綱から離し、人差し指を立てた。指先を自分の唇に近付け、フッと短く息を吹き付ける。少しだけ白く光ったその指を俺の手首に伸ばし、ポンと腕時計を叩いた。
「俺が次に合図してから五分経ったら音が出るから。そしたら帰って来いよ」
「分かりました」
どうやら俺のアナログな腕時計に『アラームが鳴る』魔法をかけたらしい。
「ドキドキしますね」
「そりゃあ、好きな女に会いに行くんだからな」
「好き……なのかな」
「まぁた、そんなこと言ってるのか」
いまだに躊躇っている俺を見て、ゼストは唇を突き出して吹いた。
恋人だと思って一緒に居たことなんてないのに、他人からそう見えるなら、美緒は俺の事をどう思っているのだろうか。
幼稚園の時のプロポーズなんてただの過去でしかないのに、少しだけ期待してしまう。
たった五分の再会。
もし俺が一緒に帰ろうと手を差し伸べたら、美緒は来てくれるだろうか。
そんな俺の気持ちを見透かしたように、ゼストは俺に忠告する。
「いいか、俺にもリトにも、お前たちを向こうの世界へ帰す能力はないからな。その辺は頭に入れておけよ。分かったな?」
俺はこくりと頷いた。
だったら、彼女がここに来た気持ちを聞き出して、次のチャンスを待とうと思った。
今日は彼女の無事を確かめられれば、それでいい。
次こそは城に乗り込んでやると意気込んだ所で、二頭のトードがゆっくりと足を止めた。
魔王の城がすぐそこに見える、丘の入口。
城壁に囲まれた黒い城の存在感に圧倒されて、俺は目を反らしてしまう。それは、クラウのイメージとは真逆のものだった。
「俺は、ここで待ってるからな」
ゼストは道から逸れた少し高い位置を指差した。ここからは誰の姿も見えないが、その丘の向こう側に美緒がいる。
「こんなことして、先生は罰されたりしないんですか?」
これは彼等にとって罪を犯すことのような気がした。けれどゼストは、「なぁに、気にすんな。問題ねぇよ」と笑う。
「ありがとうございます」
「行ってこい」と背中を叩かれて、俺はトード車を下りた。
風に波打つ草原に一歩踏み出すと、ゼストは「今から五分な」と言ってパチリと指を鳴らした。
のんびりしている時間なんてなかった。
まるで城の舞踏会へ行くシンデレラの気分だ。
俺は「行ってきます」と駆け出して、傾斜を上っていく。
最初に見えた人影がリトだと気付いて俺が近付いていくと、彼女はマントを翻して振り返り、満面の笑顔で迎えてくれた。
そこから少し離れた向こう側に、短いボブヘアの後ろ姿が飛び込んでくる。
「あ……」
激しい衝動が全身を貫いていく。
「ユースケ、健闘を祈ります」
すれ違いざまに送られたエールに、俺はぎこちなく笑顔を返す。
初めてリトに名前を間違えられなかったことも嬉しくてたまらない。
彼女のピースサインに勇気を貰って、俺は美緒に歩み寄った。
本屋に行ったあの日以来、こんな遠くの異世界で俺たちは再会する。
美緒は、淡い緑色のワンピースを着ていた。
後ろ姿だけで彼女だと確信できるのは、俺がお前と15年も一緒に居るからだろう?
足音が聞こえる位置まで近付くと、その気配に彼女が気付いて、俺が声を掛けるよりも先にこっちを振り向いたのだ。
「美緒」
やっと会えた――感慨深さが込み上げてきて、涙が出そうになる。
ほんの数日会えなかっただけで、数年ぶりの再会のような気持になった。
それなのに。
俺を見た美緒は――困惑した表情で眉をひそめたのだ。
「佑くん……なの?」
驚かせすぎたかな、と俺が思ったのは一瞬だ。
そうじゃなかった。
美緒は俺が見たこともないような動揺を浮かべて、その顔にみるみると怒りを滲ませていく。
俺は、二人で再会を喜ぶ予定だった。
それなのに、彼女は俺に会えたことを拒絶している。
嬉しさなんて一ミリも見せなかった。
何で俺はこんな遠くまで来たんだろう――?
美緒は俺を見上げて、唇を震わせた。
「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
「あ、あぁ。一応な」
「なんで……」
彼女にとって、それは不都合なことなんだろうか。
そして美緒は俺が一番聞きたくない言葉を、声を荒げて訴えた。
「帰って! お願いだから!」
「ちょっ……」
俺は訳が分からなかった。理由を聞き返す余裕も与えてはくれず、美緒は俺の横を通り過ぎて、リトに駆け寄った。
「リトちゃん!!」
「えええっ?」
突然鋭い声で呼ばれたリトが驚いた声を上げる。
その状況に気付いて、ゼストも駆けつけた。
「おい、どうした? 及川、ユースケだぞ? 嬉しくねぇのか?」
「先生! どうして彼がこっちに来てるって言ってくれなかったんですか?」
「それは……」
「はやく元の世界に戻してください!」
美緒がこんなに感情を剥き出しにするところを、俺は今まで見たことがなかった。
「お願いだから、帰ってよ!」
最後に言い捨てた言葉に、心臓をえぐられた気分だった。
美緒はリトの手を引いて、あっという間に立ち去ってしまったのだ。
五分なんて要らなかった。
彼女が居なくなって訪れた沈黙に、俺の時計が怪しい電子音を響かせたのだ。
自分で言った言葉を、「まさか」「そんなわけない」と一つずつ否定していく—―つまり俺はテンパっていた。
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手綱を緩く振りながら、ゼストは「はい深呼吸」と保健体育教師らしく思い切り息を吸い込んで見せた。
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俺は息を飲んで尋ねる。
以前、連れてってくれと頼んで、クラウにもゼストにもそれはNGだと言われている。
「待ってるから」とクラウに言われて、俺はその方法を探している途中だった。
もちろんゼストも、急に規則が変わったと言い出すわけではなく、「そうじゃない」と否定したのだ。
「リトと及川が外出するって話を聞いてな。リトにも頼んで、五分間だけ空けてもらった」
「リトさんが手伝ってくれるんですか?」
「あぁ。俺一人じゃ無理だからな。異世界から連れてきた女子は、特に若い奴等はチェリーみたいにひょいひょい外なんて歩けねぇんだよ」
「それって、女の子たちが大事にされてるって取っていいんですか?」
「いいと思うぞ」
俺にとっちゃ不都合なことだが、「そうですか」と安堵する。昨日のジーマもそうだが、この国は国民が思っている以上に、異世界から来た俺にとっちゃ物騒だ。
「本当に、会えるんですね?」
「嬉しいか?」
「勿論です。美緒には俺がこっちに来たこと伝えたんですか?」
前に聞いた時にはまだだと言っていた。
「いや、言ってない。良いサプライズになると思ってな」
俺の顔を見たら、そりゃあ美緒は驚くだろう。そして、どんな顔をするんだろうか。
――「ゆ、佑くんは別の世界になんか行かないでね?」
美緒が居なくなる前の日。本屋の帰りに俺が美緒を家まで送って行った時だ。
――「佑くんが異世界に行ったら、モンスターにやられちゃうんだからね? 死んじゃうんだよ? 死んじゃったら戻ってこれなくなるんだからね?」
別れ際、彼女にそんなことを言われた。
確かに色んなことがあって、魔女にもモンスターにも殺されかけたけど、奇跡を何度も経験して俺はこうして生きている。
ゼストは左手を手綱から離し、人差し指を立てた。指先を自分の唇に近付け、フッと短く息を吹き付ける。少しだけ白く光ったその指を俺の手首に伸ばし、ポンと腕時計を叩いた。
「俺が次に合図してから五分経ったら音が出るから。そしたら帰って来いよ」
「分かりました」
どうやら俺のアナログな腕時計に『アラームが鳴る』魔法をかけたらしい。
「ドキドキしますね」
「そりゃあ、好きな女に会いに行くんだからな」
「好き……なのかな」
「まぁた、そんなこと言ってるのか」
いまだに躊躇っている俺を見て、ゼストは唇を突き出して吹いた。
恋人だと思って一緒に居たことなんてないのに、他人からそう見えるなら、美緒は俺の事をどう思っているのだろうか。
幼稚園の時のプロポーズなんてただの過去でしかないのに、少しだけ期待してしまう。
たった五分の再会。
もし俺が一緒に帰ろうと手を差し伸べたら、美緒は来てくれるだろうか。
そんな俺の気持ちを見透かしたように、ゼストは俺に忠告する。
「いいか、俺にもリトにも、お前たちを向こうの世界へ帰す能力はないからな。その辺は頭に入れておけよ。分かったな?」
俺はこくりと頷いた。
だったら、彼女がここに来た気持ちを聞き出して、次のチャンスを待とうと思った。
今日は彼女の無事を確かめられれば、それでいい。
次こそは城に乗り込んでやると意気込んだ所で、二頭のトードがゆっくりと足を止めた。
魔王の城がすぐそこに見える、丘の入口。
城壁に囲まれた黒い城の存在感に圧倒されて、俺は目を反らしてしまう。それは、クラウのイメージとは真逆のものだった。
「俺は、ここで待ってるからな」
ゼストは道から逸れた少し高い位置を指差した。ここからは誰の姿も見えないが、その丘の向こう側に美緒がいる。
「こんなことして、先生は罰されたりしないんですか?」
これは彼等にとって罪を犯すことのような気がした。けれどゼストは、「なぁに、気にすんな。問題ねぇよ」と笑う。
「ありがとうございます」
「行ってこい」と背中を叩かれて、俺はトード車を下りた。
風に波打つ草原に一歩踏み出すと、ゼストは「今から五分な」と言ってパチリと指を鳴らした。
のんびりしている時間なんてなかった。
まるで城の舞踏会へ行くシンデレラの気分だ。
俺は「行ってきます」と駆け出して、傾斜を上っていく。
最初に見えた人影がリトだと気付いて俺が近付いていくと、彼女はマントを翻して振り返り、満面の笑顔で迎えてくれた。
そこから少し離れた向こう側に、短いボブヘアの後ろ姿が飛び込んでくる。
「あ……」
激しい衝動が全身を貫いていく。
「ユースケ、健闘を祈ります」
すれ違いざまに送られたエールに、俺はぎこちなく笑顔を返す。
初めてリトに名前を間違えられなかったことも嬉しくてたまらない。
彼女のピースサインに勇気を貰って、俺は美緒に歩み寄った。
本屋に行ったあの日以来、こんな遠くの異世界で俺たちは再会する。
美緒は、淡い緑色のワンピースを着ていた。
後ろ姿だけで彼女だと確信できるのは、俺がお前と15年も一緒に居るからだろう?
足音が聞こえる位置まで近付くと、その気配に彼女が気付いて、俺が声を掛けるよりも先にこっちを振り向いたのだ。
「美緒」
やっと会えた――感慨深さが込み上げてきて、涙が出そうになる。
ほんの数日会えなかっただけで、数年ぶりの再会のような気持になった。
それなのに。
俺を見た美緒は――困惑した表情で眉をひそめたのだ。
「佑くん……なの?」
驚かせすぎたかな、と俺が思ったのは一瞬だ。
そうじゃなかった。
美緒は俺が見たこともないような動揺を浮かべて、その顔にみるみると怒りを滲ませていく。
俺は、二人で再会を喜ぶ予定だった。
それなのに、彼女は俺に会えたことを拒絶している。
嬉しさなんて一ミリも見せなかった。
何で俺はこんな遠くまで来たんだろう――?
美緒は俺を見上げて、唇を震わせた。
「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
「あ、あぁ。一応な」
「なんで……」
彼女にとって、それは不都合なことなんだろうか。
そして美緒は俺が一番聞きたくない言葉を、声を荒げて訴えた。
「帰って! お願いだから!」
「ちょっ……」
俺は訳が分からなかった。理由を聞き返す余裕も与えてはくれず、美緒は俺の横を通り過ぎて、リトに駆け寄った。
「リトちゃん!!」
「えええっ?」
突然鋭い声で呼ばれたリトが驚いた声を上げる。
その状況に気付いて、ゼストも駆けつけた。
「おい、どうした? 及川、ユースケだぞ? 嬉しくねぇのか?」
「先生! どうして彼がこっちに来てるって言ってくれなかったんですか?」
「それは……」
「はやく元の世界に戻してください!」
美緒がこんなに感情を剥き出しにするところを、俺は今まで見たことがなかった。
「お願いだから、帰ってよ!」
最後に言い捨てた言葉に、心臓をえぐられた気分だった。
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