52 / 171
6章 悪夢のシンデレラプリンス
52 帰還者たちの苦悩
しおりを挟む
美緒に言われた通り、俺は元の世界に戻りたかった。
この世界に居る意味をごっそりと奪われてしまい、立っている気力すら抜けてしまった俺は、トード車へゼストに引きずり込まれてメルの家へと強制送還されたのだ。
俺は美緒に、「ええっ、こっちの世界に来ちゃったの?」と驚かれつつも、ちょっと嬉しそうな反応を期待していたのだ。
それなのに。
――「お願いだから、帰ってよ!」
それはあんまりだろう?
俺はこの世界に来て最初に目覚めたベッドに潜り込んで、フカフカの枕に顔を埋めた。
あまりにも衝撃的な現実を受け止めきれず、泣くことさえできなかった。
元の世界に帰りたいと思うのに、最初にゼストから言われた通り、簡単にあの門へ行くことはできないらしい。
じゃあ、俺はここで何をすればいいんだろうか。
「何で及川はあんなこと言ったんだろうな」
ゼストが側にある椅子で、のけぞりながら腕を組む。
美緒の反応は、あの場所に居た本人以外の誰もが予想していなかったことなのだ。
「アイツはクラウとこの世界に居たいんですかね。俺が連れ戻したいなんて、そもそも余計なことだったんじゃないかって……」
この世界に来た巨乳女子たちは、みんなお姫様待遇を受けているようだから、元の世界の日常なんて、霞んでしまうのかもしれない。
「まぁ、一概に違うっては言い切れねぇけど、他に理由があるんじゃねぇのか」
ゼストは「分からねぇな」と首を起こした。タキシードの胸に手を当てて、「ちょっと行ってくる」と立ち上がって部屋を出た。
スマホの振動でも感じたような反応だ。
俺は枕にしがみつきながら、ぼんやりと天井を見上げた。さっきの美緒を思い出すだけで胸が苦しくなるが、他に気になることが一つある。
――「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
その事実を知った時、美緒は明らかに顔色を変えたのだ。
俺が保管者だと、彼女にとって不都合なんだろうか。
俺は、自分が知っている情報を整理してみた。
・転生者に対して『保管者』は一人。
・『保管者』の記憶がないと――つまり、転生者が元の世界に戻った時点で『保管者』が生存していないと、世界の記憶を戻すことが出来ない。元の世界の誰もが転生者のことを覚えていない状態のままになる。
・転生者がこの異世界に残る選択をしたら、元の世界の記憶は戻り、転生者が『死亡した』という記憶を植え付けられる(けど、本人は異世界で生きている)。
こんな感じだろうか。
だから、保管者である俺がモンスターにでも殺されてしまいそうだと懸念して、美緒は俺がここに居ることを拒絶したのかもしれない。
それが「元の世界に戻りたい」という前提の話なら、問題ないんだけれど。
そんな簡単な話じゃないような気がして、俺は絶望感に打ちひしがれてしまう。
「やっぱ俺が邪魔なのか?」
何度も何度も脳内リピートされる、美緒からの拒絶。
いつも思い描いていた笑顔なんて、もう出てきちゃくれなかった。
☆
ガタガタと下で物音がして、眠りかけていた意識が戻った。
「お帰り」と下でゼストの声が聞こえる。どうやら、討伐に行っていたメルが帰って来たらしい。
「メル……」
彼女をぎゅっと抱き締めたい気分だった。
きっと彼女なら「元気になって」と、どん底に落ちた俺を慰めてくれるはずだ。
俺は気力を振り絞ってベッドを下ると「お帰り」と部屋を出て、階段下を覗き込んだ。
すると。
「あ……」
そこにはヒルドも一緒だった。
討伐に行った二人が帰還した姿を見て、俺は思わず息を飲み込む。
ヒルドはいつかの俺のようにボロボロの姿で、ようやくたどり着いたという安堵の表情を零して、床に崩れたのだ。
そんな彼の横にいたのが、緋色の魔女だった。正確に言えば、元のメルに戻り切れていない状態の彼女だ。
ギュッとしてもらおうなんて、自殺行為かもしれない。
俺の全身が死の感覚を思い出そうとするのを、両腕を強く抱えて堪えた。
「やっぱり……」
流石にもう攻撃してくる様子はないが、メルは今日も変身してしまったらしい。予想通りの結果になってしまった。
等身はメルのサイズだが、振り乱した髪には赤みが残り、ルビーのような真っ赤な瞳が階下から俺を見上げた。
ニコリともせず口を閉じたままのメルと、宙に視線を泳がせた呆然自失のヒルドに、ゼストは「やっちまったかぁ」と声を掛けるが、たいして問題視した様子はない。
そして俺は、さっきから身に覚えのある匂いが廊下に漂っていることに気付いていた。
記憶にまだ新しい、ふざけた臭いだ。
「これは……」
思わず両手で鼻を覆うが、効果はなくダイレクトに嗅覚を刺激してくる。
まだ全然美緒から受けたダメージは癒えないけれど、俺はひとまず階段を下りて、「大丈夫ですか?」とヒルドに手を差し伸べた。
「君は、知っていたんだね」
「す、すみません」
生気の抜けた目で、ヒルドが俺を睨んだ。
返す言葉が見つからず、俺はそう謝る。
とにかく今は、彼が生きて帰ってこられて良かったと、心から思う。
この世界に居る意味をごっそりと奪われてしまい、立っている気力すら抜けてしまった俺は、トード車へゼストに引きずり込まれてメルの家へと強制送還されたのだ。
俺は美緒に、「ええっ、こっちの世界に来ちゃったの?」と驚かれつつも、ちょっと嬉しそうな反応を期待していたのだ。
それなのに。
――「お願いだから、帰ってよ!」
それはあんまりだろう?
俺はこの世界に来て最初に目覚めたベッドに潜り込んで、フカフカの枕に顔を埋めた。
あまりにも衝撃的な現実を受け止めきれず、泣くことさえできなかった。
元の世界に帰りたいと思うのに、最初にゼストから言われた通り、簡単にあの門へ行くことはできないらしい。
じゃあ、俺はここで何をすればいいんだろうか。
「何で及川はあんなこと言ったんだろうな」
ゼストが側にある椅子で、のけぞりながら腕を組む。
美緒の反応は、あの場所に居た本人以外の誰もが予想していなかったことなのだ。
「アイツはクラウとこの世界に居たいんですかね。俺が連れ戻したいなんて、そもそも余計なことだったんじゃないかって……」
この世界に来た巨乳女子たちは、みんなお姫様待遇を受けているようだから、元の世界の日常なんて、霞んでしまうのかもしれない。
「まぁ、一概に違うっては言い切れねぇけど、他に理由があるんじゃねぇのか」
ゼストは「分からねぇな」と首を起こした。タキシードの胸に手を当てて、「ちょっと行ってくる」と立ち上がって部屋を出た。
スマホの振動でも感じたような反応だ。
俺は枕にしがみつきながら、ぼんやりと天井を見上げた。さっきの美緒を思い出すだけで胸が苦しくなるが、他に気になることが一つある。
――「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
その事実を知った時、美緒は明らかに顔色を変えたのだ。
俺が保管者だと、彼女にとって不都合なんだろうか。
俺は、自分が知っている情報を整理してみた。
・転生者に対して『保管者』は一人。
・『保管者』の記憶がないと――つまり、転生者が元の世界に戻った時点で『保管者』が生存していないと、世界の記憶を戻すことが出来ない。元の世界の誰もが転生者のことを覚えていない状態のままになる。
・転生者がこの異世界に残る選択をしたら、元の世界の記憶は戻り、転生者が『死亡した』という記憶を植え付けられる(けど、本人は異世界で生きている)。
こんな感じだろうか。
だから、保管者である俺がモンスターにでも殺されてしまいそうだと懸念して、美緒は俺がここに居ることを拒絶したのかもしれない。
それが「元の世界に戻りたい」という前提の話なら、問題ないんだけれど。
そんな簡単な話じゃないような気がして、俺は絶望感に打ちひしがれてしまう。
「やっぱ俺が邪魔なのか?」
何度も何度も脳内リピートされる、美緒からの拒絶。
いつも思い描いていた笑顔なんて、もう出てきちゃくれなかった。
☆
ガタガタと下で物音がして、眠りかけていた意識が戻った。
「お帰り」と下でゼストの声が聞こえる。どうやら、討伐に行っていたメルが帰って来たらしい。
「メル……」
彼女をぎゅっと抱き締めたい気分だった。
きっと彼女なら「元気になって」と、どん底に落ちた俺を慰めてくれるはずだ。
俺は気力を振り絞ってベッドを下ると「お帰り」と部屋を出て、階段下を覗き込んだ。
すると。
「あ……」
そこにはヒルドも一緒だった。
討伐に行った二人が帰還した姿を見て、俺は思わず息を飲み込む。
ヒルドはいつかの俺のようにボロボロの姿で、ようやくたどり着いたという安堵の表情を零して、床に崩れたのだ。
そんな彼の横にいたのが、緋色の魔女だった。正確に言えば、元のメルに戻り切れていない状態の彼女だ。
ギュッとしてもらおうなんて、自殺行為かもしれない。
俺の全身が死の感覚を思い出そうとするのを、両腕を強く抱えて堪えた。
「やっぱり……」
流石にもう攻撃してくる様子はないが、メルは今日も変身してしまったらしい。予想通りの結果になってしまった。
等身はメルのサイズだが、振り乱した髪には赤みが残り、ルビーのような真っ赤な瞳が階下から俺を見上げた。
ニコリともせず口を閉じたままのメルと、宙に視線を泳がせた呆然自失のヒルドに、ゼストは「やっちまったかぁ」と声を掛けるが、たいして問題視した様子はない。
そして俺は、さっきから身に覚えのある匂いが廊下に漂っていることに気付いていた。
記憶にまだ新しい、ふざけた臭いだ。
「これは……」
思わず両手で鼻を覆うが、効果はなくダイレクトに嗅覚を刺激してくる。
まだ全然美緒から受けたダメージは癒えないけれど、俺はひとまず階段を下りて、「大丈夫ですか?」とヒルドに手を差し伸べた。
「君は、知っていたんだね」
「す、すみません」
生気の抜けた目で、ヒルドが俺を睨んだ。
返す言葉が見つからず、俺はそう謝る。
とにかく今は、彼が生きて帰ってこられて良かったと、心から思う。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる