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6章 悪夢のシンデレラプリンス
53 彼が居た場所
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「お前も少し飲んどくか? しんどいんじゃねぇのか?」
黒い液体を注いだ小さなカップを差し出され、俺は「遠慮します」と即答した。
巨大カーボ討伐の時に、山でメルが作ってくれた薬と同じものだ。
こっちの世界に生息するキオリという実を潰して、お湯で割った万能薬。効き目の素晴らしさも身体で理解しているが、それに頼るのは限界を悟った時だと思っている。
何故か大量に煮込まれた鍋の前に立って、ボコボコと沸き立つ臭いを嗅いでいるだけで眩暈がしてくる。
ゼストは「そんなに嫌か?」とまるで料理の味見をするように、お玉から直接薬をズズズっと飲み干した。
「良く飲めますね」
「小せぇ頃から飲んでるからな。俺だって、あっちの世界の正露丸は苦手だ」
あぁそういうものか、と俺は頷く。正露丸は流石に「美味い」とは言えないが、口に入れられないものでもない。
「確かに」と同意する俺に、ゼストは「だろ?」と笑って、今度は大きめのカップに薬を注ぎ、俺に差し出した。
「メルは先に飲ませといたから、そのまま寝かしといてくれ。明日になれば元通りになるだろ」
「分かりました」
「ヒルドも大分堪えてたけど、あの性格ならすぐ戻るんじゃねぇかな」
ゼストは呼び出しが掛かったらしく、城に戻るという事だ。美緒の件かと思って、彼やリトの進退を案じたが、彼自信も詳細は分からないらしい。
「お前が心配する話じゃねぇよ」と残して、一人で城へ戻っていった。
俺はヒルドの薬を手に、階段を上る。
ベッドの上で不機嫌そうな顔だけ布団から覗かせて、ヒルドは俺を待ち構えていた。
「ど、どうぞ」
ヒルドは視線を俺にロックオンしたまま、のっそりと身体を起こしてカップを受け取る。
顔は疲労を滲ませていたが、何故か小指をピンと立てて優雅に黒い液体を口に運んだのだ。
流石、彼はこの世界の男だ。臭いさえ嗅がないように努力していた俺の前で、ヒルドは難なくそのドロドロの黒い液体を飲み干した。
「美味だ」
そんなことを言う彼に、俺は耳を疑った。
「美味いのか?」
「これを飲んだだけで、力がみなぎって来るね」
彼は言葉通り、顔に生気を蘇らせてにっこりと微笑んだ。
帰還した時は体力的にも精神的にも疲弊していたように見えたが、すっかり落ち着いている。
ヒルドは空になったカップを横のテーブルに置いて、左腕に巻かれた包帯を押さえながら再び俺を見上げた。
「君もアレを見たんだね」
それはもちろん、魔王の姿に戻ったメルを指すわけで。
「はい」と俺が返事すると、ヒルドは「死ぬかと思ったよ」と重い溜息を吐いた。
俺は死の予感どころか一度死んだのだけれど、話がややこしくなりそうだから言わないでおく。
「すみません」と謝って、きっと怒りだすだろうと構えたが、ヒルドはその予想を反して「いいんだよ」と許してくれた。
「僕と君は戦友だろう? 僕はあんなことで君を許さないようなケチな男じゃないよ。ただ、僕のことはこれからヒルドと呼んでくれたまえ。言葉も敬ってくれなくて構わないからね」
くれたまえ、というのは大分上から目線だ。
それに何だか、付き合いだしたカップルがお互いを名前で呼ぶとか言うシチュエーションに思えて、ちょっと背筋がゾクゾクっとした。
「じゃ、じゃあ、ヒルド」
「何だい、ユースケ」
彼の細い目がパッと大きくなって、また嬉しそうに細められる。
そんなヒルドに「さぁ座って」と勧められて、俺は側の椅子に腰を下ろした。
「まさかメル隊のメルが、前王メルーシュだったなんてね」
「らしいな」
そうだと聞いて理解しているものの、前王メルーシュが禁忌を犯し、今の魔王クラウザーがその地位を継承する話は年表を聞く程度の情報しか知らなかった。実際の事は良く分からない。
そんな俺を汲み取って、ヒルドは「そうだな」と過去を語り出した。
「前王の事は覚えてるよ。兵学校は六年制なんだけど、ちょうどその時に魔王が今のクラウザーに変わったんだ。実際、戦場で何があったかは知らないけど、兵学校の先生が何人も戦場に送り込まれてね。帰って来なかった人もいる。けど、それもひと月くらいの短い期間で終わったんだ」
「へぇ」
突然話が重くなってしまったが、ヒルドが感情的に身振り手振りを披露するものだから、そっちが気になって仕方ない。
「僕もメルーシュは亡くなったって聞いてたけど、まさかあんな可愛い姿で生きてるなんて」
胸の前でぎゅうっと両手を組む姿は、思わず笑いそうになってしまう。
とりあえず、ヒルドがあんまり過去の事に詳しくないことは分かった。
「ところでユースケ。僕は気になって仕方のないことがあるんだ」
突然話を切り替えるヒルドに、俺は「ん?」と首を傾げた。
「昨日、君と一緒に居たチェリーって人。あれは男なの? 女なの?」
「チェリー? そりゃ、お……」
そこまで言って、俺はハッと言葉を飲み込んだ。
どっちと答えるのが正解なんだろう。けど、一応女としてこの世界に来てるから、そっちを伝えるのが筋か。
「女かな」
「やっぱりそうなんだね!」
ヒルドはポンと手を叩いて納得してくれた。
「あの胸、魔王様の所に来た、そっちの世界の女性なんだろう? 今朝、僕はあの大きな胸を見て驚いたんだよ。昨日はお忍びで酒場に行くから、隠していたんだね。これでスッキリしたよ」
肝心なところ以外は、おおむね当たっている。俺が「そうそう」と相槌を打つと、ヒルドは「この世には色んな人間がいるんだね」と何度も頷いた。
「本当に色んな奴がいるよな。ヒルドはやっぱり胸がない女の方がいいのか?」
「そりゃあね。この世界の人間なら、あの巨大な乳を性的な目で見ることはできないんじゃないかな」
やはり周りが全部貧乳の世界だと、突き出たおっぱいは異質だと感じてしまうのか。
「けど、ゼストは嫌いじゃないみたいだぜ?」
正確に言えばゼストの好みは『普乳』らしいが、恋人は俺の世界の巨乳美人という何ともイラっとする話だ。
「まさかゼストはこの世界の人間じゃないのか?」
「それはないよ。魔王親衛隊は世襲制だからね。先代のメルーシュについてたのも、彼らのお婆さんとかお爺さんだったはずだよ? あそこは血を重んじるから」
じゃあ、ただのスケベか。
「物好きだよね。好奇心旺盛だし」
「そしたらクラウもだろ? あいつもデカいのが好きだから集めてるんじゃ?」
「そうじゃないよ」
ヒルドが急に真面目な顔で否定した。
「だって今の魔王は、この世界の人間じゃないもの。君たちの世界から来た人なんだよ?」
「えええええっ!!」
「知らなかったの? 結構有名な話だよ?」
親衛隊は血を重んじるとか言ってるのに、何故王は異世界人なんだ?
美緒の事とか、メルの事とか、多すぎる謎に俺は頭が爆発しそうになった。
☆
部屋を出るタイミングで、俺はヒルドに一つ聞いてみようと思った。
凄く疑問に思って、ゼストにでも聞きたいところなのに、生憎今聞ける相手が彼しかいない。
戸口で振り返った俺は、その少し恥ずかしい質問を投げる。
「なぁヒルド、女の子を好きになるってどういうことだ?」
「え? そんなの、相手の全てを自分のものにしたいって事じゃない?」
見た目の草食ナルシスト感とは違って、彼は大分肉食系な男らしい。
「どうしたの? 急に。今日ゼストと一緒に出掛けてたけど、その服を買いに行ってただけじゃないでしょ? 何かあった?」
「まぁ、ちょっとな」
「ちょっとだなんて水臭いよ。僕に話してくれないか?」
やっぱり話す相手を間違った気がする。
逃がさないよと言わんばかりの笑顔に観念して、俺は再び部屋に入り、美緒と会った事を一通り話した。
「大変だったね。けど、諦めるにはまだ早いんじゃないかな」
「そうかな……」
相手の全てを自分のものにしたいかと聞かれても、「したい」と即答できるわけじゃないけれど、一度離れて久しぶりに再会できたと思えばあんな言葉を掛けられて、やっと自分の気持ちに気付いた気がする。
「やべぇな」
こんな気持ちになったことなんてなかったのに。会うことが困難になった途端、会いたくてたまらなくなってしまう。
「好きなんだね」
俺は「あぁ」と答えた。
恋愛することが辛いことだなんて、こんな時に気付きたくなかったのに。
黒い液体を注いだ小さなカップを差し出され、俺は「遠慮します」と即答した。
巨大カーボ討伐の時に、山でメルが作ってくれた薬と同じものだ。
こっちの世界に生息するキオリという実を潰して、お湯で割った万能薬。効き目の素晴らしさも身体で理解しているが、それに頼るのは限界を悟った時だと思っている。
何故か大量に煮込まれた鍋の前に立って、ボコボコと沸き立つ臭いを嗅いでいるだけで眩暈がしてくる。
ゼストは「そんなに嫌か?」とまるで料理の味見をするように、お玉から直接薬をズズズっと飲み干した。
「良く飲めますね」
「小せぇ頃から飲んでるからな。俺だって、あっちの世界の正露丸は苦手だ」
あぁそういうものか、と俺は頷く。正露丸は流石に「美味い」とは言えないが、口に入れられないものでもない。
「確かに」と同意する俺に、ゼストは「だろ?」と笑って、今度は大きめのカップに薬を注ぎ、俺に差し出した。
「メルは先に飲ませといたから、そのまま寝かしといてくれ。明日になれば元通りになるだろ」
「分かりました」
「ヒルドも大分堪えてたけど、あの性格ならすぐ戻るんじゃねぇかな」
ゼストは呼び出しが掛かったらしく、城に戻るという事だ。美緒の件かと思って、彼やリトの進退を案じたが、彼自信も詳細は分からないらしい。
「お前が心配する話じゃねぇよ」と残して、一人で城へ戻っていった。
俺はヒルドの薬を手に、階段を上る。
ベッドの上で不機嫌そうな顔だけ布団から覗かせて、ヒルドは俺を待ち構えていた。
「ど、どうぞ」
ヒルドは視線を俺にロックオンしたまま、のっそりと身体を起こしてカップを受け取る。
顔は疲労を滲ませていたが、何故か小指をピンと立てて優雅に黒い液体を口に運んだのだ。
流石、彼はこの世界の男だ。臭いさえ嗅がないように努力していた俺の前で、ヒルドは難なくそのドロドロの黒い液体を飲み干した。
「美味だ」
そんなことを言う彼に、俺は耳を疑った。
「美味いのか?」
「これを飲んだだけで、力がみなぎって来るね」
彼は言葉通り、顔に生気を蘇らせてにっこりと微笑んだ。
帰還した時は体力的にも精神的にも疲弊していたように見えたが、すっかり落ち着いている。
ヒルドは空になったカップを横のテーブルに置いて、左腕に巻かれた包帯を押さえながら再び俺を見上げた。
「君もアレを見たんだね」
それはもちろん、魔王の姿に戻ったメルを指すわけで。
「はい」と俺が返事すると、ヒルドは「死ぬかと思ったよ」と重い溜息を吐いた。
俺は死の予感どころか一度死んだのだけれど、話がややこしくなりそうだから言わないでおく。
「すみません」と謝って、きっと怒りだすだろうと構えたが、ヒルドはその予想を反して「いいんだよ」と許してくれた。
「僕と君は戦友だろう? 僕はあんなことで君を許さないようなケチな男じゃないよ。ただ、僕のことはこれからヒルドと呼んでくれたまえ。言葉も敬ってくれなくて構わないからね」
くれたまえ、というのは大分上から目線だ。
それに何だか、付き合いだしたカップルがお互いを名前で呼ぶとか言うシチュエーションに思えて、ちょっと背筋がゾクゾクっとした。
「じゃ、じゃあ、ヒルド」
「何だい、ユースケ」
彼の細い目がパッと大きくなって、また嬉しそうに細められる。
そんなヒルドに「さぁ座って」と勧められて、俺は側の椅子に腰を下ろした。
「まさかメル隊のメルが、前王メルーシュだったなんてね」
「らしいな」
そうだと聞いて理解しているものの、前王メルーシュが禁忌を犯し、今の魔王クラウザーがその地位を継承する話は年表を聞く程度の情報しか知らなかった。実際の事は良く分からない。
そんな俺を汲み取って、ヒルドは「そうだな」と過去を語り出した。
「前王の事は覚えてるよ。兵学校は六年制なんだけど、ちょうどその時に魔王が今のクラウザーに変わったんだ。実際、戦場で何があったかは知らないけど、兵学校の先生が何人も戦場に送り込まれてね。帰って来なかった人もいる。けど、それもひと月くらいの短い期間で終わったんだ」
「へぇ」
突然話が重くなってしまったが、ヒルドが感情的に身振り手振りを披露するものだから、そっちが気になって仕方ない。
「僕もメルーシュは亡くなったって聞いてたけど、まさかあんな可愛い姿で生きてるなんて」
胸の前でぎゅうっと両手を組む姿は、思わず笑いそうになってしまう。
とりあえず、ヒルドがあんまり過去の事に詳しくないことは分かった。
「ところでユースケ。僕は気になって仕方のないことがあるんだ」
突然話を切り替えるヒルドに、俺は「ん?」と首を傾げた。
「昨日、君と一緒に居たチェリーって人。あれは男なの? 女なの?」
「チェリー? そりゃ、お……」
そこまで言って、俺はハッと言葉を飲み込んだ。
どっちと答えるのが正解なんだろう。けど、一応女としてこの世界に来てるから、そっちを伝えるのが筋か。
「女かな」
「やっぱりそうなんだね!」
ヒルドはポンと手を叩いて納得してくれた。
「あの胸、魔王様の所に来た、そっちの世界の女性なんだろう? 今朝、僕はあの大きな胸を見て驚いたんだよ。昨日はお忍びで酒場に行くから、隠していたんだね。これでスッキリしたよ」
肝心なところ以外は、おおむね当たっている。俺が「そうそう」と相槌を打つと、ヒルドは「この世には色んな人間がいるんだね」と何度も頷いた。
「本当に色んな奴がいるよな。ヒルドはやっぱり胸がない女の方がいいのか?」
「そりゃあね。この世界の人間なら、あの巨大な乳を性的な目で見ることはできないんじゃないかな」
やはり周りが全部貧乳の世界だと、突き出たおっぱいは異質だと感じてしまうのか。
「けど、ゼストは嫌いじゃないみたいだぜ?」
正確に言えばゼストの好みは『普乳』らしいが、恋人は俺の世界の巨乳美人という何ともイラっとする話だ。
「まさかゼストはこの世界の人間じゃないのか?」
「それはないよ。魔王親衛隊は世襲制だからね。先代のメルーシュについてたのも、彼らのお婆さんとかお爺さんだったはずだよ? あそこは血を重んじるから」
じゃあ、ただのスケベか。
「物好きだよね。好奇心旺盛だし」
「そしたらクラウもだろ? あいつもデカいのが好きだから集めてるんじゃ?」
「そうじゃないよ」
ヒルドが急に真面目な顔で否定した。
「だって今の魔王は、この世界の人間じゃないもの。君たちの世界から来た人なんだよ?」
「えええええっ!!」
「知らなかったの? 結構有名な話だよ?」
親衛隊は血を重んじるとか言ってるのに、何故王は異世界人なんだ?
美緒の事とか、メルの事とか、多すぎる謎に俺は頭が爆発しそうになった。
☆
部屋を出るタイミングで、俺はヒルドに一つ聞いてみようと思った。
凄く疑問に思って、ゼストにでも聞きたいところなのに、生憎今聞ける相手が彼しかいない。
戸口で振り返った俺は、その少し恥ずかしい質問を投げる。
「なぁヒルド、女の子を好きになるってどういうことだ?」
「え? そんなの、相手の全てを自分のものにしたいって事じゃない?」
見た目の草食ナルシスト感とは違って、彼は大分肉食系な男らしい。
「どうしたの? 急に。今日ゼストと一緒に出掛けてたけど、その服を買いに行ってただけじゃないでしょ? 何かあった?」
「まぁ、ちょっとな」
「ちょっとだなんて水臭いよ。僕に話してくれないか?」
やっぱり話す相手を間違った気がする。
逃がさないよと言わんばかりの笑顔に観念して、俺は再び部屋に入り、美緒と会った事を一通り話した。
「大変だったね。けど、諦めるにはまだ早いんじゃないかな」
「そうかな……」
相手の全てを自分のものにしたいかと聞かれても、「したい」と即答できるわけじゃないけれど、一度離れて久しぶりに再会できたと思えばあんな言葉を掛けられて、やっと自分の気持ちに気付いた気がする。
「やべぇな」
こんな気持ちになったことなんてなかったのに。会うことが困難になった途端、会いたくてたまらなくなってしまう。
「好きなんだね」
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