61 / 171
7章 俺の12年と、アイツの24年。
61 絶望と後悔の間で
しおりを挟む
ヒュンと風を切る音が短く響いた。
すぐ下に居る二人が突然体勢を崩して地面に座り込むまで、ほんの数秒。
瞬きはしていない筈なのに、俺は今目の前で起きたことを瞬時に理解することが出来なかった。
俺はフェンスから身を乗り出して「大丈夫か?」と声を掛ける。
ヒルドは驚き顔のまま硬直していた。メルはヒルドとぴったり密着し、「えぇ」と残念そうな表情を浮かべて俺を仰ぐ。
背中合わせに座り込んだ二人の胴には、ぐるぐると白く光る縄が巻かれていて、手の動きさえも封じられていた。
リトが魔法を使って投げた光の縄によって、まさに「お縄に掛かった」状態なのだ。メルが背負った剣と、ヒルドに括りつけられている風呂敷包みのせいで、何だか痛そうに見える。
「あれ、メルちゃんだったの?」
駆け寄って来たリトは、今までそれに気付かなかったらしい。
「ごめんね」と照れ笑いを浮かべる彼女だが、光る縄の端を地面から高く引き上げて、二人を強く縛りつけたのだ。
「ヒィイイ。許して、可愛い人」
ハッと我に返って目を潤ませるヒルドに、リトはプイとそっぽを向いて、「不法侵入は許しませんよ」とギロリと光る睨み顔を返した。
「悪いことだとは認めるわ。ごめんなさい」
このまま二人が罰せられてしまうのかと思ったが、シュンと謝るメルにリトの表情が緩んだ。だから恐らく大ごとにはならない筈だ。
☆
昼食の片付けをしに来たメイド服姿の可愛い侍女と交代するように、俺の居る部屋に連れて来られたメルとヒルド。ようやく縄が解かれて、バタバタと床に崩れた。
リトの指が示した合図でパッと消えた縄を見て、俺は手品みたいだと思わず感動してしまう。
「はぁ。大分痛かったけど、君からの拷問なら、むしろ大歓迎だよ」
ヒルドはそういう男なのか?
「よいしょ」と立ち上がって、要らぬ決めポーズをしたヒルドとメルがソファに並んで、俺はベッドに座る。
ヒルドの変態発言など気に留める様子もないリトに、俺は隣のスペースを勧めたが、
「私はこのままで構いません。ブ……ユースケさん」
と、あっさり断られてしまった。それより今、言い直されたような。
いまだにリトの頭に俺の名前は定着されていないのだろうか。
「それで」とリトは黒タイツの細い足を大きく開いて、ヒルドに向けて仁王立ちになった。
「ヒルドさんも、メルちゃんも、あそこで何していたんですか?」
ヒルドの名前は間違えないのかと、俺はひっそりとジェラシーを沸き立たせた。
「ごめんなさい。私がユースケに会いたいって言ったから、ヒルドが協力してくれたの」
下手に出るメルだったが、ヒルドは全く空気を読まなかった。
「ええっ? そんなこと言ったっけ? ユースケの事を助けに行って、無理だったら魔王に直談判しようって話じゃなかった?」
「そんなわけないじゃない!」
とぼけた表情で言い切るメル。
「それにヒルドは、その絵を届けに来たんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだったね。忘れるところだったよ」
メルに言われて、ヒルドは背中に括りつけていた風呂敷包みをテーブルの上に下ろした。
新聞を広げた程のサイズで、平たいものだ。
何だろうと考えたところで、バタンと入口の扉が開いてゼストがやって来る。
「お前等、何やってんだよ」
「あぁ、ゼスト。僕たちは、ユースケを助けに来たんだよ」
呆れ顔のゼストに、馬鹿正直なヒルド。
「助けるだなんて心外です! ユースケさんを私たちがさらったみたいに言わないで下さい!」
声のトーンを強めるリトに対し、ヒルドは自分の胸に片手を当てて主張した。
「僕はユースケが心配だったんだ。それに、僕は城に入る口実として、これを持参したのさ」
それを言ってしまえば、もはや口実でも策でもなくなってしまうと思うが。
「持参?」
「はぁ?」と眉をひそめるゼストに、ヒルドはニヤリと含んだ笑みを浮かべ、「僕の絵だよ」と説明した。
そういえば、ヒルドが絵描きだということを俺はすっかり忘れていた。
「ほぉ。けど、そんなの頼んでいないぞ?」
「これは僕からの贈り物だから、気にしなくていいよ」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ?」
「ま、まぁいいんじゃないですか? ヒルドもここで戦おうって訳じゃないんだろうし。何なら、この部屋にでも飾れば」
ここでこれ以上騒ぎを起こすのは避けたい。ここが俺の部屋だと言われたわけでもないが、絵の一つくらい問題ないだろう――と思った俺は馬鹿野郎だった。
「ユースケ!! 君はやっぱり僕のかけがえのない戦友で、親友だ。僕がいつも側にいるからね?」
「はっ?」
キラキラと目を輝かせて、ヒルドが風呂敷包みの結び目を解いた。
俺は浅はかな言動だったと自分を呪いたくなった。本当に。
新聞を広げたサイズの厚みがあるキャンバスには、見事な絵が描かれていたのだ。
部屋の温度が五度ほど下がったような気がして、俺はぶるぶると肩を震わせる。
「おい、これは何の絵だ?」
聞かなくても明白な答えを、俺は敢えてヒルドに尋ねる。
俺は、風景画とか、良く分からない幾何学模様的なやつとか、とにかく部屋にあっても当たり障りのない絵を想像していた。
この状況で、こんなものを持って来るヒルドの神経が俺には理解できない。
ヒルドは「わかるだろ?」と前置きして、自信満々に説明した。
「僕の自画像だよ。美しいものを描くのが僕の使命だからね」
その再現率――絶望と後悔の間で俺は、「お前は確かに腕のいい画家だよ」と心の中でそっと呟いた。
すぐ下に居る二人が突然体勢を崩して地面に座り込むまで、ほんの数秒。
瞬きはしていない筈なのに、俺は今目の前で起きたことを瞬時に理解することが出来なかった。
俺はフェンスから身を乗り出して「大丈夫か?」と声を掛ける。
ヒルドは驚き顔のまま硬直していた。メルはヒルドとぴったり密着し、「えぇ」と残念そうな表情を浮かべて俺を仰ぐ。
背中合わせに座り込んだ二人の胴には、ぐるぐると白く光る縄が巻かれていて、手の動きさえも封じられていた。
リトが魔法を使って投げた光の縄によって、まさに「お縄に掛かった」状態なのだ。メルが背負った剣と、ヒルドに括りつけられている風呂敷包みのせいで、何だか痛そうに見える。
「あれ、メルちゃんだったの?」
駆け寄って来たリトは、今までそれに気付かなかったらしい。
「ごめんね」と照れ笑いを浮かべる彼女だが、光る縄の端を地面から高く引き上げて、二人を強く縛りつけたのだ。
「ヒィイイ。許して、可愛い人」
ハッと我に返って目を潤ませるヒルドに、リトはプイとそっぽを向いて、「不法侵入は許しませんよ」とギロリと光る睨み顔を返した。
「悪いことだとは認めるわ。ごめんなさい」
このまま二人が罰せられてしまうのかと思ったが、シュンと謝るメルにリトの表情が緩んだ。だから恐らく大ごとにはならない筈だ。
☆
昼食の片付けをしに来たメイド服姿の可愛い侍女と交代するように、俺の居る部屋に連れて来られたメルとヒルド。ようやく縄が解かれて、バタバタと床に崩れた。
リトの指が示した合図でパッと消えた縄を見て、俺は手品みたいだと思わず感動してしまう。
「はぁ。大分痛かったけど、君からの拷問なら、むしろ大歓迎だよ」
ヒルドはそういう男なのか?
「よいしょ」と立ち上がって、要らぬ決めポーズをしたヒルドとメルがソファに並んで、俺はベッドに座る。
ヒルドの変態発言など気に留める様子もないリトに、俺は隣のスペースを勧めたが、
「私はこのままで構いません。ブ……ユースケさん」
と、あっさり断られてしまった。それより今、言い直されたような。
いまだにリトの頭に俺の名前は定着されていないのだろうか。
「それで」とリトは黒タイツの細い足を大きく開いて、ヒルドに向けて仁王立ちになった。
「ヒルドさんも、メルちゃんも、あそこで何していたんですか?」
ヒルドの名前は間違えないのかと、俺はひっそりとジェラシーを沸き立たせた。
「ごめんなさい。私がユースケに会いたいって言ったから、ヒルドが協力してくれたの」
下手に出るメルだったが、ヒルドは全く空気を読まなかった。
「ええっ? そんなこと言ったっけ? ユースケの事を助けに行って、無理だったら魔王に直談判しようって話じゃなかった?」
「そんなわけないじゃない!」
とぼけた表情で言い切るメル。
「それにヒルドは、その絵を届けに来たんじゃなかったの?」
「あぁ、そうだったね。忘れるところだったよ」
メルに言われて、ヒルドは背中に括りつけていた風呂敷包みをテーブルの上に下ろした。
新聞を広げた程のサイズで、平たいものだ。
何だろうと考えたところで、バタンと入口の扉が開いてゼストがやって来る。
「お前等、何やってんだよ」
「あぁ、ゼスト。僕たちは、ユースケを助けに来たんだよ」
呆れ顔のゼストに、馬鹿正直なヒルド。
「助けるだなんて心外です! ユースケさんを私たちがさらったみたいに言わないで下さい!」
声のトーンを強めるリトに対し、ヒルドは自分の胸に片手を当てて主張した。
「僕はユースケが心配だったんだ。それに、僕は城に入る口実として、これを持参したのさ」
それを言ってしまえば、もはや口実でも策でもなくなってしまうと思うが。
「持参?」
「はぁ?」と眉をひそめるゼストに、ヒルドはニヤリと含んだ笑みを浮かべ、「僕の絵だよ」と説明した。
そういえば、ヒルドが絵描きだということを俺はすっかり忘れていた。
「ほぉ。けど、そんなの頼んでいないぞ?」
「これは僕からの贈り物だから、気にしなくていいよ」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ?」
「ま、まぁいいんじゃないですか? ヒルドもここで戦おうって訳じゃないんだろうし。何なら、この部屋にでも飾れば」
ここでこれ以上騒ぎを起こすのは避けたい。ここが俺の部屋だと言われたわけでもないが、絵の一つくらい問題ないだろう――と思った俺は馬鹿野郎だった。
「ユースケ!! 君はやっぱり僕のかけがえのない戦友で、親友だ。僕がいつも側にいるからね?」
「はっ?」
キラキラと目を輝かせて、ヒルドが風呂敷包みの結び目を解いた。
俺は浅はかな言動だったと自分を呪いたくなった。本当に。
新聞を広げたサイズの厚みがあるキャンバスには、見事な絵が描かれていたのだ。
部屋の温度が五度ほど下がったような気がして、俺はぶるぶると肩を震わせる。
「おい、これは何の絵だ?」
聞かなくても明白な答えを、俺は敢えてヒルドに尋ねる。
俺は、風景画とか、良く分からない幾何学模様的なやつとか、とにかく部屋にあっても当たり障りのない絵を想像していた。
この状況で、こんなものを持って来るヒルドの神経が俺には理解できない。
ヒルドは「わかるだろ?」と前置きして、自信満々に説明した。
「僕の自画像だよ。美しいものを描くのが僕の使命だからね」
その再現率――絶望と後悔の間で俺は、「お前は確かに腕のいい画家だよ」と心の中でそっと呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる