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7章 俺の12年と、アイツの24年。
63 10年前の二人の関係
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その時間を、俺はやたら長く感じていた。
当初はクラウと二人だけだったはずなのに、中央廟に居るティオナへの謁見は、気付くとメルやゼストまでが同行することになっていた。もちろんヒルドも名乗りを上げたが、リトに夕げの支度の手伝いを頼まれ、コロリと態度を変えて部屋を出て行った次第だ。
3人でクラウを待って30分は過ぎただろうか。
ヒルドが居なくなった途端、メルまでも会話することをやめてしまった。
空いたソファに座って腕を組み、じっと目を閉じるゼスト。
メルは俺の横に並んで、うとうとと舟を漕いでいた。俺が遠い方の肩を抱き寄せると、そのまま寝息を立ててしまう。
煩わしいほどの沈黙に息苦しさを感じた俺は、何度も自画像のゼストに目を向けてしまった。ヤツの美意識に賛同はできないが、張り詰めた空気から逃れるにはちょうど良かった。
「やぁ。待たせてごめんね」
クラウが開かれた扉から現れたのは、まだ明るい時間だった。
ゼストはハッと開いた目を細めて、立ち上がる。
「俺とメルも同行して構いませんか?」
「いいよ。ゼストも行く予定だったんでしょ? ティオナは忙しい人だから、何度も行くよりいいだろ」
さっきまではなかったマントが、クラウの背中に付いている。俺が初めて会った時に付けていたものと同じだろうか。
俺がこの世界に来てマントを付けているのを見たのは、魔王とその親衛隊だけだ。剣師だと自称するヒルドにはついていない。
「クラウ様」
目を覚ましたメルが嬉しそうに声を掛け、クラウに駆け寄った。
「クラウ様は、本当にユースケのお兄さんなの?」
好奇心いっぱいの顔で答えを待つメルの前にしゃがんで、クラウは「そうだよ」と彼女の肩に片手を乗せた。
「僕が向こうの人間だったってことはメルも知ってるだろ?」
「はい」
「今まで故郷のことなんて気にもしなかったけど、ユースケと自分が兄弟だって知ったら、自分に興味が沸いて来てね」
「ティオナは大昔からあそこにいるんですよね?」
ゼストの口調がいつもと違う事に違和感を感じながら、俺は三人の会話に耳を傾けた。
「そう。だからゼストも彼女の所に行こうとしたんだろ? 彼女は秘密主義だからどこまで教えてくれるか分からないけど、はぐらかすことはあっても嘘はつかないからね」
「はい」と同意するゼストに「ね」と返して、クラウはメルに向き直る。
「それにしても。メルは城に来ちゃダメじゃないか。ユースケに会いに来たの?」
尖った物言いではなかったが、メルは「ごめんなさい」と肩をすくめる。
「ユースケに、もう会えなくなるような気がして」
「そんなことないよ。ただ、僕もユースケに会って話がしたかったから」
クラウは小さなメルにやさしく笑い掛ける。
「怒らないから、無茶する前に相談して」
「はい」
何気なく見ていると大した疑問も感じないが、メルがこの小さな彼女になる前の二人の関係を思い出して、俺は『不思議な光景だな』と首を傾げた。
魔王メルーシュと、異世界人のクラウ――今とは真逆の関係と言っていいだろう。
禁忌を犯したクラウを気に入ったとかで、魔法と王位を譲ったという過去の経緯が妙に気になってしまう。
「じゃあ行こうか」
立ち上がったクラウに続いて、俺たちは部屋を出た。
廊下には夕げの匂いが漂っていて、食欲が掻き立てられる。
幅の広い階段を下りて、来る時とは別の廊下へと進む。城の奥へと続く長い廊下は、窓と反対側の壁に等間隔で絵が飾られていた。
そういえばヒルドの絵もどっかにあるんだよなと思った時だ。
この偶然をヤツに言ったら、『運命だよ』と喜ばれてしまいそうだ。
風景画や人物画が並ぶ中で、一際目を引くその絵が「さぁ見てくれ」と言わんばかりに猛アピールしてくる。
絵の右下に書かれた小さな文字を、異国人の俺は理解することが出来なかったが、これがそのヒルド作『太陽の爆発』だと確信することが出来た。
「おぅ、それだぞ、ヒルドの描いたやつ」
足を止めた俺に、ゼストが尋ねるより先に答えをくれた。
太陽の原型など何もない。放射状に殴り書きしたような色とりどりの線に、物凄いエネルギーだけは感じ取ることが出来た。
「まぁ、素敵」と手を叩くメルだが、俺にはさっぱりその芸術を理解することはできなかった。
当初はクラウと二人だけだったはずなのに、中央廟に居るティオナへの謁見は、気付くとメルやゼストまでが同行することになっていた。もちろんヒルドも名乗りを上げたが、リトに夕げの支度の手伝いを頼まれ、コロリと態度を変えて部屋を出て行った次第だ。
3人でクラウを待って30分は過ぎただろうか。
ヒルドが居なくなった途端、メルまでも会話することをやめてしまった。
空いたソファに座って腕を組み、じっと目を閉じるゼスト。
メルは俺の横に並んで、うとうとと舟を漕いでいた。俺が遠い方の肩を抱き寄せると、そのまま寝息を立ててしまう。
煩わしいほどの沈黙に息苦しさを感じた俺は、何度も自画像のゼストに目を向けてしまった。ヤツの美意識に賛同はできないが、張り詰めた空気から逃れるにはちょうど良かった。
「やぁ。待たせてごめんね」
クラウが開かれた扉から現れたのは、まだ明るい時間だった。
ゼストはハッと開いた目を細めて、立ち上がる。
「俺とメルも同行して構いませんか?」
「いいよ。ゼストも行く予定だったんでしょ? ティオナは忙しい人だから、何度も行くよりいいだろ」
さっきまではなかったマントが、クラウの背中に付いている。俺が初めて会った時に付けていたものと同じだろうか。
俺がこの世界に来てマントを付けているのを見たのは、魔王とその親衛隊だけだ。剣師だと自称するヒルドにはついていない。
「クラウ様」
目を覚ましたメルが嬉しそうに声を掛け、クラウに駆け寄った。
「クラウ様は、本当にユースケのお兄さんなの?」
好奇心いっぱいの顔で答えを待つメルの前にしゃがんで、クラウは「そうだよ」と彼女の肩に片手を乗せた。
「僕が向こうの人間だったってことはメルも知ってるだろ?」
「はい」
「今まで故郷のことなんて気にもしなかったけど、ユースケと自分が兄弟だって知ったら、自分に興味が沸いて来てね」
「ティオナは大昔からあそこにいるんですよね?」
ゼストの口調がいつもと違う事に違和感を感じながら、俺は三人の会話に耳を傾けた。
「そう。だからゼストも彼女の所に行こうとしたんだろ? 彼女は秘密主義だからどこまで教えてくれるか分からないけど、はぐらかすことはあっても嘘はつかないからね」
「はい」と同意するゼストに「ね」と返して、クラウはメルに向き直る。
「それにしても。メルは城に来ちゃダメじゃないか。ユースケに会いに来たの?」
尖った物言いではなかったが、メルは「ごめんなさい」と肩をすくめる。
「ユースケに、もう会えなくなるような気がして」
「そんなことないよ。ただ、僕もユースケに会って話がしたかったから」
クラウは小さなメルにやさしく笑い掛ける。
「怒らないから、無茶する前に相談して」
「はい」
何気なく見ていると大した疑問も感じないが、メルがこの小さな彼女になる前の二人の関係を思い出して、俺は『不思議な光景だな』と首を傾げた。
魔王メルーシュと、異世界人のクラウ――今とは真逆の関係と言っていいだろう。
禁忌を犯したクラウを気に入ったとかで、魔法と王位を譲ったという過去の経緯が妙に気になってしまう。
「じゃあ行こうか」
立ち上がったクラウに続いて、俺たちは部屋を出た。
廊下には夕げの匂いが漂っていて、食欲が掻き立てられる。
幅の広い階段を下りて、来る時とは別の廊下へと進む。城の奥へと続く長い廊下は、窓と反対側の壁に等間隔で絵が飾られていた。
そういえばヒルドの絵もどっかにあるんだよなと思った時だ。
この偶然をヤツに言ったら、『運命だよ』と喜ばれてしまいそうだ。
風景画や人物画が並ぶ中で、一際目を引くその絵が「さぁ見てくれ」と言わんばかりに猛アピールしてくる。
絵の右下に書かれた小さな文字を、異国人の俺は理解することが出来なかったが、これがそのヒルド作『太陽の爆発』だと確信することが出来た。
「おぅ、それだぞ、ヒルドの描いたやつ」
足を止めた俺に、ゼストが尋ねるより先に答えをくれた。
太陽の原型など何もない。放射状に殴り書きしたような色とりどりの線に、物凄いエネルギーだけは感じ取ることが出来た。
「まぁ、素敵」と手を叩くメルだが、俺にはさっぱりその芸術を理解することはできなかった。
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