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8章 刻一刻と迫る危機
80 望まぬ宣告
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「ちょっと待てよ!」
その状況に狼狽えて、俺は背後に立つハイドに掴みかかった。
「何で俺だけここに居るんだよ? さっきのトコに戻してくれ」
魔力を使えないメルと負傷したヒルドが、城のすぐ外で二体のセルティオと戦っている。
そこに自分が居たところで役に立てるとは到底思わないけれど、俺だけがこんな異空間に隔離されていることに怒りさえこみ上げた。
しかしハイドは黙ったまま何も言わない。
俺はハイドの着物の襟を両手で何度も強く揺さぶるが、高い身長と高圧的な気配は、ビクリとも動揺を示さなかった。
「落ち着きなさい」
深く響いた声の後に、俺は全身の力が抜ける感覚に襲われた。
重なる視線。ハイドの黒い瞳に意識が持っていかれそうになる。
ハイドの顔が暗く霞み、ぐらりという眩暈に襲われた俺は、彼から離れた手とともに、身体ごと地面に崩れ落ちた。
ひんやりとした固い地面に頬を貼り付けたまま、力が入らず起き上がることすらできなかった。
俺たちの周りだけ白いモヤが晴れて、側に立つハイドを足元から見上げていくと、今度は目尻に皺を刻んだ目が蔑むように俺を見下ろしていた。
「何……したんだよ」
首から下は鉛のように重かったが、普通に声を出すことはできる。
「話をしようと言ったんです。大丈夫、ちょっと大人しくしていただくだけですよ」
どうやら彼は魔法使いらしい。この異世界にいると何ら不思議のない存在だが、彼を前にして改めて怖いと思ってしまう。
「一方的にこんなことして、これが話し合う状況だっていうのか? メルたちの所に帰してくれ。メルは魔法が使えないんだぞ?」
「それは分かっていますよ。そうでなくちゃ困りますからね。メルーシュ様は子供だ。戦いなんてのは大人に任せて、子供らしくしてくれれば何の問題もないんです」
「メルが戦ってるのが気に食わねぇのか? だからセルティオを仕向けて倒そうっていうのか?」
「そうですね、それもある」
ハイドは否定しなかった。
「けど、あの方は昔から悪運が強いんです。あの位で殺られることはないと思いますよ」
ハイドは笑みすら含ませて、髭に手を添えた。
「それにしても、脆い信頼ですね。仲間の力が信じられないのですか?」
「当たり前だ。信じられねぇよ。ヒルドは元々絵描きで、怪我してるんだぞ? 信じるとか、期待とか、戦うってのはそんな理想を並べることじゃねぇだろ? 無謀な戦いだってわかっているのに、俺だけがここになんて居られねぇんだよ」
俺は即答して出せるだけの声を張り上げたが、ハイドの心は微塵も動く様子はない。
この世界に来て俺は、戦うことが本の中みたいに爽快じゃないことを知った。異世界転移を果たした俺はチートでもなんでもなくて、教科書の戦争と変わらないような戦いを受け入れねばならなかった。
「諦めなさい。私は貴方と話をするまで、戻るつもりも戻すつもりもありませんよ」
「何で……」
俺が声を詰まらせると、ハイドはまた深く息を吐きだした。
焦燥を抑え込んで、俺はハイドを睥睨する。
「メルは、お前のこと悪い奴じゃないって言ったんだぞ? それなのに、お前はメルを敵にして戦うっていうのか? アイツはもう王様じゃないんだぞ?」
「これはメルーシュ様だけの話じゃないんです。それに、戦場に悪い奴なんて居ませんよ。戦というのは、決まった善と悪じゃない。相手との利害が一致しないから、自分の意見を押し通そうとするのが戦なんです」
「だったら、アンタは何を押し通そうとしてるんだ?」
「もちろん、この国の平和をかけて。この国はクラウ様が王位について安泰です。この状況を維持するために、不安要素は潰していかねばならないんですよ」
何が敵で何が味方か、どうしてこうなったのか俺には全く理解できない。
「何でこんなことになったか教えてくれ」
セルティオが庭に放たれた理由を知っているのがハイドだと思うから。
ハイドはふつと笑って口を開いた。
「貴方は平穏を望まないか?」
「平穏、って。戦いもなく平和なってことだろ? 当たり前だ、俺は平穏を望んでる」
「でしょう? 私たちは平穏を望んでいる。だから、貴方は元の世界に帰られたほうがいい」
「えっ……?」
唐突な話に、俺はその意味をすぐに理解することができなかった。
「手荒な真似はしたくない。貴方のためですよ」
「どうして……」
どうやら俺は、それを告げられる為にここに連れて来られたらしい。
その状況に狼狽えて、俺は背後に立つハイドに掴みかかった。
「何で俺だけここに居るんだよ? さっきのトコに戻してくれ」
魔力を使えないメルと負傷したヒルドが、城のすぐ外で二体のセルティオと戦っている。
そこに自分が居たところで役に立てるとは到底思わないけれど、俺だけがこんな異空間に隔離されていることに怒りさえこみ上げた。
しかしハイドは黙ったまま何も言わない。
俺はハイドの着物の襟を両手で何度も強く揺さぶるが、高い身長と高圧的な気配は、ビクリとも動揺を示さなかった。
「落ち着きなさい」
深く響いた声の後に、俺は全身の力が抜ける感覚に襲われた。
重なる視線。ハイドの黒い瞳に意識が持っていかれそうになる。
ハイドの顔が暗く霞み、ぐらりという眩暈に襲われた俺は、彼から離れた手とともに、身体ごと地面に崩れ落ちた。
ひんやりとした固い地面に頬を貼り付けたまま、力が入らず起き上がることすらできなかった。
俺たちの周りだけ白いモヤが晴れて、側に立つハイドを足元から見上げていくと、今度は目尻に皺を刻んだ目が蔑むように俺を見下ろしていた。
「何……したんだよ」
首から下は鉛のように重かったが、普通に声を出すことはできる。
「話をしようと言ったんです。大丈夫、ちょっと大人しくしていただくだけですよ」
どうやら彼は魔法使いらしい。この異世界にいると何ら不思議のない存在だが、彼を前にして改めて怖いと思ってしまう。
「一方的にこんなことして、これが話し合う状況だっていうのか? メルたちの所に帰してくれ。メルは魔法が使えないんだぞ?」
「それは分かっていますよ。そうでなくちゃ困りますからね。メルーシュ様は子供だ。戦いなんてのは大人に任せて、子供らしくしてくれれば何の問題もないんです」
「メルが戦ってるのが気に食わねぇのか? だからセルティオを仕向けて倒そうっていうのか?」
「そうですね、それもある」
ハイドは否定しなかった。
「けど、あの方は昔から悪運が強いんです。あの位で殺られることはないと思いますよ」
ハイドは笑みすら含ませて、髭に手を添えた。
「それにしても、脆い信頼ですね。仲間の力が信じられないのですか?」
「当たり前だ。信じられねぇよ。ヒルドは元々絵描きで、怪我してるんだぞ? 信じるとか、期待とか、戦うってのはそんな理想を並べることじゃねぇだろ? 無謀な戦いだってわかっているのに、俺だけがここになんて居られねぇんだよ」
俺は即答して出せるだけの声を張り上げたが、ハイドの心は微塵も動く様子はない。
この世界に来て俺は、戦うことが本の中みたいに爽快じゃないことを知った。異世界転移を果たした俺はチートでもなんでもなくて、教科書の戦争と変わらないような戦いを受け入れねばならなかった。
「諦めなさい。私は貴方と話をするまで、戻るつもりも戻すつもりもありませんよ」
「何で……」
俺が声を詰まらせると、ハイドはまた深く息を吐きだした。
焦燥を抑え込んで、俺はハイドを睥睨する。
「メルは、お前のこと悪い奴じゃないって言ったんだぞ? それなのに、お前はメルを敵にして戦うっていうのか? アイツはもう王様じゃないんだぞ?」
「これはメルーシュ様だけの話じゃないんです。それに、戦場に悪い奴なんて居ませんよ。戦というのは、決まった善と悪じゃない。相手との利害が一致しないから、自分の意見を押し通そうとするのが戦なんです」
「だったら、アンタは何を押し通そうとしてるんだ?」
「もちろん、この国の平和をかけて。この国はクラウ様が王位について安泰です。この状況を維持するために、不安要素は潰していかねばならないんですよ」
何が敵で何が味方か、どうしてこうなったのか俺には全く理解できない。
「何でこんなことになったか教えてくれ」
セルティオが庭に放たれた理由を知っているのがハイドだと思うから。
ハイドはふつと笑って口を開いた。
「貴方は平穏を望まないか?」
「平穏、って。戦いもなく平和なってことだろ? 当たり前だ、俺は平穏を望んでる」
「でしょう? 私たちは平穏を望んでいる。だから、貴方は元の世界に帰られたほうがいい」
「えっ……?」
唐突な話に、俺はその意味をすぐに理解することができなかった。
「手荒な真似はしたくない。貴方のためですよ」
「どうして……」
どうやら俺は、それを告げられる為にここに連れて来られたらしい。
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