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9章 俺の居ないこの町で
88 知らなくていい言葉もある
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「じゃあ、異世界から来たって言ったら信じてくれる?」
その言葉はあまりにも唐突で、俺は驚愕の顔でクラウを振り返った。
宗助も「えっ」と呟いたまま微動だにせず、長兄を注視している。
しかし当の本人は、「だって」と微笑んだ。
「ソースケはそういうの好きそうだから。本当のこと言ったほうが納得してくれるかなと思って」
「そんなこと信じるかよ」
「けど、ユースケだって疑わなかったでしょ?」
「それは……」
俺は美緒がみんなの記憶から消えて、真っ先に異世界の存在を疑った。それは俺が、異世界転生や異世界転移のラノベを読みまくっていたからだ。
だからマーテルが俺の前に現れた時、すんなりと受け入れることができた。
「本当に異世界から来たんですか?」
呟くように尋ねた宗助に視線を返すと、再び不信感たっぷりの顔が俺たちを凝視している。
話の流れ上うやむやにするわけにもいかず、俺はぎこちなく頷いて見せる。
「本当に?」
正確に言えば、生粋の異世界人はメルだけだ。俺とクラウと宗助は同じ親から生まれた兄弟なのだから。
しかし、クラウはもうずっと異世界に居るし、俺の存在もこっちでは消えてしまった。だから「まぁな」と答えておく。
「そうですか……けど、信じませんからね?」
「信じないのかよ。いや、普通信じないよな」
「だってさっきも言ってたけど、それって一高の制服じゃないですか」
「あぁ……これはちょっと事情があって」
真実と嘘が絡み合って、どんどん変な話になっていく。
宗助はメルをチラリと一瞥してから胸に片手を当てて、その思いを熱く語った。
「俺みたいな一般男子の所に来てくれる異世界人ってのは、可愛い女の子だけなんですよ。何で男子が二人もついてくるんですか」
確かに、俺の前に一番最初に現れたのは、美人でハイレグ姿のマーテルだった。ラノベの基本に乗っ取ったような展開で疑いもしなかった。
「いや、だから……これは本やアニメじゃなくて、リアルな話なんだ」
苦し紛れの説明に、宗助は表情をすっきりとさせなかった。
メルが「私が」と俺の手を掴んで前に出る。
「メルちゃん?」
「ごめんなさい、ソースケ。本当は私たち、異世界から飛ばされてきてしまったの。ついさっきまで戦っていて。この血もモンスターのものよ? この世界をこんな格好でうろつくわけにはいかないから、ソースケに力を貸してほしいの」
「ライヤのコスプレじゃなかったんだ。シーサーも違うの?」
メルが伝えた真実は、宗助も素直に受け止めることができたようだ。
「あと、身体も洗わせてもらえないかしら」
「分かった、それなら僕が洗ってあげるよ」
「お前が洗うな」
頬を赤らめる宗助に、俺は思わず大声を上げてしまった。
「思わせぶりなこと言うなよ」とメルに注意すると、「そんなこと言ってないわ」と真面目な顔で否定される。
宗助はニヤリと笑って俺たちに背を向けると、玄関の扉を開けてくれた。
「夕方に親が仕事から帰ってくるまでだからね?」
メルの効果抜群だったらしい。
「どうぞ」と宗助に促されて、俺たちはようやく俺たちの家に入ることができた。
☆
自分の家に案内されるのは不思議なものだ。
宗助は「僕の部屋に」と言って進んでいく。俺の記憶では一階の奥だが、何故か階段を上って行った。
「ねぇ、ユースケ」
後ろを歩くメルに背中を指で突かれて、俺は「どうした?」と振り向く。
「チカンって何?」
「えっ」
なんてことを聞くんだ、と俺は平常心を失って口元を引きつらせた。
「ほらさっき、ソースケが言ってたでしょ? 私が『ちかんごっこ』のライヤってのに似てるって。どんな意味なのかしらって思って」
「いやいや、それは……」
素直に疑問をぶつけてきたメルに、俺はどう説明したらいいんだろうか。
「でも、これは大人の使う言葉だから。子供が知っちゃいけないんだよ」
「そうなの?」
残念そうなメルの後ろから、クラウが顔をのぞかせた。
「僕は大人だから知ってもいいんだよね? 僕もさっきからずっと気になってたんだ」
「俺に説明を求めるなよ」
「じゃあ、僕が教えますよ」
二階に着いた宗助が、満面の笑みで説明を買って出たが、
「ヤメロ」
軽く一蹴して、俺はそれを拒否した。
「わかりました」と楽しそうに肩をすくめる宗助が案内してくれたのは、俺の記憶する俺の部屋だった。
「ここか」
どうやらこの世界ではそういうことになっているらしい。複雑な気持ちで中へ入り、俺は更に複雑な気分になる。
「だいぶ違うね」と言ったのは、一度俺の部屋に入ったことのあるクラウだ。
「違うって何ですか?」
首を傾げる宗助に、クラウは「何でもないよ」と手を振った。
まずカーテンの柄が違うが、そんなことはどうでもいい。俺の知っている宗助の部屋は、テレビの前にゲーム機が並ぶだけの、オタク度40パーセントくらいのあっさりしたものだったのに、空気感がまるで違う。
壁に二つ並んだ大型の本棚には、色鮮やかな漫画やラノベがびっしりと詰め込まれていて、有名ラノベの美少女ポスターがベッドの横に飾られていた。
まさかと思った抱き枕がなかったことにホッとしつつ、典型的な美少女オタクの部屋に俺は軽く眩暈を起こした。
「すごくたくさんの本ね。ソースケは勉強家なのね」
パチリと手を叩いて、何の疑念も抱かずに誉めるメル。俺があっちの世界に行った時の逆で、メルもクラウもこっちの文字は読めないらしい。
宗助は「そう言ってもらえると嬉しいよ」と鼻高々に答えた。
雑然としていた俺の部屋が、こんなオタク度120%の部屋になるだなんて。
そして俺は、この部屋の涼しさに疑問を抱いた。
西日の入るこの部屋で、環境対策云々を理由に親から28度設定を言い渡された俺は、汗をかきながらいつも本を読んでいたのだ。
壁の時計は昼の1時を示している。暑さのピークに差し掛かるこの時間に、ここがこんなに涼しいわけがないのだ。
「この部屋はこんなに涼しくていいのか?」
「ほんと、ここは外と全然違うのね」
メルもうんうんと首を振る。
「そっちの世界じゃエアコンはないんですか?」
「あっちは外だってこんなに暑くないんだよ。それより、ここは28度設定じゃなかったのか?」
「あぁ」
俺の言葉に、宗助が苦笑する。
「親は28度だとか言ってるけど。あれ、何で知ってるの?」
「あ、いや……」
「そんなの守ってたら死んじゃうって。そんなのいちいち守ってらんないですよ」
あははと笑い飛ばす宗助に、俺は愕然と肩を落とした。
俺はそういう風には思っていなかった。普通に守って汗だくになってた自分があほらしく思えてくる。
「じゃあ、メルちゃんはシャワー浴びようか。俺が連れてってあげるよ」
メルの腕を引いて、しれっとメルを連れ去ろうとした宗助を俺は慌てて止める。
「お前はいい、俺が行くから!」
「俺の家ですよ? 異世界の人が行っても勝手がわからないでしょう?」
「それは」
「ユースケはこっちの世界を研究しててね、結構詳しいんだよ」
ナイスフォローのクラウに「へぇ」と半信半疑ながらも頷く宗助。メルが「あっ」と声を上げると、「どうしたの?」と一瞬で興味がそっちに向いてしまった。
「身体は洗いたいけど、着替える服がないわ」
確かに血みどろのワンピースに戻るわけにはいかない。
「俺が買ってきてあげるよ」
「えっ」
その厚意は素直に受けていいんだろうか。宗助の鼻息が荒い。
家に客を入れることを躊躇っていた奴が、俺たちを家に置いて買い物に行ってくれるという。
「まさか警察に行くんじゃないだろうな?」
「そんなことしませんよ。けど、僕の選んだ服を着てもらいますからね」
「わ、わかった」
近所に少女が着る怪しい服を置いた店はなかったはずだ。
「まぁでも、君たちがこの家で窃盗を犯して逃げ出さないように、君たちの大事なものを一つ預からせてもらえますか?」
急な申し出に、俺たちは三人で顔を見合わせる。
「何かあったかな」と悩んだクラウが、脇に抱えた包みを一瞥する。黒いマントに包まれたそれは、俺たち3人の剣だ。
しかしそれを渡すのはどうかと思ったところで、メルが「じゃあ」とワンピースのポケットに手を入れた。
「これは私の宝物だから」
そう言ってメルが差し出したのは、カーボの顔を模った彼女の財布だ。
「お財布? 可愛いね。よし、じゃあ行ってくるから。電話とか来ても出なくていいからね」
宗助は特に疑問も抱かずにカーボの財布を受け取って、「このくらいか」とメルの背格好を確認した。それで分かるものなんだろうか。
嬉しそうに「行ってきます」と手を振る宗助に若干不安を覚えつつ、俺たちは部屋で奴を見送った。
その言葉はあまりにも唐突で、俺は驚愕の顔でクラウを振り返った。
宗助も「えっ」と呟いたまま微動だにせず、長兄を注視している。
しかし当の本人は、「だって」と微笑んだ。
「ソースケはそういうの好きそうだから。本当のこと言ったほうが納得してくれるかなと思って」
「そんなこと信じるかよ」
「けど、ユースケだって疑わなかったでしょ?」
「それは……」
俺は美緒がみんなの記憶から消えて、真っ先に異世界の存在を疑った。それは俺が、異世界転生や異世界転移のラノベを読みまくっていたからだ。
だからマーテルが俺の前に現れた時、すんなりと受け入れることができた。
「本当に異世界から来たんですか?」
呟くように尋ねた宗助に視線を返すと、再び不信感たっぷりの顔が俺たちを凝視している。
話の流れ上うやむやにするわけにもいかず、俺はぎこちなく頷いて見せる。
「本当に?」
正確に言えば、生粋の異世界人はメルだけだ。俺とクラウと宗助は同じ親から生まれた兄弟なのだから。
しかし、クラウはもうずっと異世界に居るし、俺の存在もこっちでは消えてしまった。だから「まぁな」と答えておく。
「そうですか……けど、信じませんからね?」
「信じないのかよ。いや、普通信じないよな」
「だってさっきも言ってたけど、それって一高の制服じゃないですか」
「あぁ……これはちょっと事情があって」
真実と嘘が絡み合って、どんどん変な話になっていく。
宗助はメルをチラリと一瞥してから胸に片手を当てて、その思いを熱く語った。
「俺みたいな一般男子の所に来てくれる異世界人ってのは、可愛い女の子だけなんですよ。何で男子が二人もついてくるんですか」
確かに、俺の前に一番最初に現れたのは、美人でハイレグ姿のマーテルだった。ラノベの基本に乗っ取ったような展開で疑いもしなかった。
「いや、だから……これは本やアニメじゃなくて、リアルな話なんだ」
苦し紛れの説明に、宗助は表情をすっきりとさせなかった。
メルが「私が」と俺の手を掴んで前に出る。
「メルちゃん?」
「ごめんなさい、ソースケ。本当は私たち、異世界から飛ばされてきてしまったの。ついさっきまで戦っていて。この血もモンスターのものよ? この世界をこんな格好でうろつくわけにはいかないから、ソースケに力を貸してほしいの」
「ライヤのコスプレじゃなかったんだ。シーサーも違うの?」
メルが伝えた真実は、宗助も素直に受け止めることができたようだ。
「あと、身体も洗わせてもらえないかしら」
「分かった、それなら僕が洗ってあげるよ」
「お前が洗うな」
頬を赤らめる宗助に、俺は思わず大声を上げてしまった。
「思わせぶりなこと言うなよ」とメルに注意すると、「そんなこと言ってないわ」と真面目な顔で否定される。
宗助はニヤリと笑って俺たちに背を向けると、玄関の扉を開けてくれた。
「夕方に親が仕事から帰ってくるまでだからね?」
メルの効果抜群だったらしい。
「どうぞ」と宗助に促されて、俺たちはようやく俺たちの家に入ることができた。
☆
自分の家に案内されるのは不思議なものだ。
宗助は「僕の部屋に」と言って進んでいく。俺の記憶では一階の奥だが、何故か階段を上って行った。
「ねぇ、ユースケ」
後ろを歩くメルに背中を指で突かれて、俺は「どうした?」と振り向く。
「チカンって何?」
「えっ」
なんてことを聞くんだ、と俺は平常心を失って口元を引きつらせた。
「ほらさっき、ソースケが言ってたでしょ? 私が『ちかんごっこ』のライヤってのに似てるって。どんな意味なのかしらって思って」
「いやいや、それは……」
素直に疑問をぶつけてきたメルに、俺はどう説明したらいいんだろうか。
「でも、これは大人の使う言葉だから。子供が知っちゃいけないんだよ」
「そうなの?」
残念そうなメルの後ろから、クラウが顔をのぞかせた。
「僕は大人だから知ってもいいんだよね? 僕もさっきからずっと気になってたんだ」
「俺に説明を求めるなよ」
「じゃあ、僕が教えますよ」
二階に着いた宗助が、満面の笑みで説明を買って出たが、
「ヤメロ」
軽く一蹴して、俺はそれを拒否した。
「わかりました」と楽しそうに肩をすくめる宗助が案内してくれたのは、俺の記憶する俺の部屋だった。
「ここか」
どうやらこの世界ではそういうことになっているらしい。複雑な気持ちで中へ入り、俺は更に複雑な気分になる。
「だいぶ違うね」と言ったのは、一度俺の部屋に入ったことのあるクラウだ。
「違うって何ですか?」
首を傾げる宗助に、クラウは「何でもないよ」と手を振った。
まずカーテンの柄が違うが、そんなことはどうでもいい。俺の知っている宗助の部屋は、テレビの前にゲーム機が並ぶだけの、オタク度40パーセントくらいのあっさりしたものだったのに、空気感がまるで違う。
壁に二つ並んだ大型の本棚には、色鮮やかな漫画やラノベがびっしりと詰め込まれていて、有名ラノベの美少女ポスターがベッドの横に飾られていた。
まさかと思った抱き枕がなかったことにホッとしつつ、典型的な美少女オタクの部屋に俺は軽く眩暈を起こした。
「すごくたくさんの本ね。ソースケは勉強家なのね」
パチリと手を叩いて、何の疑念も抱かずに誉めるメル。俺があっちの世界に行った時の逆で、メルもクラウもこっちの文字は読めないらしい。
宗助は「そう言ってもらえると嬉しいよ」と鼻高々に答えた。
雑然としていた俺の部屋が、こんなオタク度120%の部屋になるだなんて。
そして俺は、この部屋の涼しさに疑問を抱いた。
西日の入るこの部屋で、環境対策云々を理由に親から28度設定を言い渡された俺は、汗をかきながらいつも本を読んでいたのだ。
壁の時計は昼の1時を示している。暑さのピークに差し掛かるこの時間に、ここがこんなに涼しいわけがないのだ。
「この部屋はこんなに涼しくていいのか?」
「ほんと、ここは外と全然違うのね」
メルもうんうんと首を振る。
「そっちの世界じゃエアコンはないんですか?」
「あっちは外だってこんなに暑くないんだよ。それより、ここは28度設定じゃなかったのか?」
「あぁ」
俺の言葉に、宗助が苦笑する。
「親は28度だとか言ってるけど。あれ、何で知ってるの?」
「あ、いや……」
「そんなの守ってたら死んじゃうって。そんなのいちいち守ってらんないですよ」
あははと笑い飛ばす宗助に、俺は愕然と肩を落とした。
俺はそういう風には思っていなかった。普通に守って汗だくになってた自分があほらしく思えてくる。
「じゃあ、メルちゃんはシャワー浴びようか。俺が連れてってあげるよ」
メルの腕を引いて、しれっとメルを連れ去ろうとした宗助を俺は慌てて止める。
「お前はいい、俺が行くから!」
「俺の家ですよ? 異世界の人が行っても勝手がわからないでしょう?」
「それは」
「ユースケはこっちの世界を研究しててね、結構詳しいんだよ」
ナイスフォローのクラウに「へぇ」と半信半疑ながらも頷く宗助。メルが「あっ」と声を上げると、「どうしたの?」と一瞬で興味がそっちに向いてしまった。
「身体は洗いたいけど、着替える服がないわ」
確かに血みどろのワンピースに戻るわけにはいかない。
「俺が買ってきてあげるよ」
「えっ」
その厚意は素直に受けていいんだろうか。宗助の鼻息が荒い。
家に客を入れることを躊躇っていた奴が、俺たちを家に置いて買い物に行ってくれるという。
「まさか警察に行くんじゃないだろうな?」
「そんなことしませんよ。けど、僕の選んだ服を着てもらいますからね」
「わ、わかった」
近所に少女が着る怪しい服を置いた店はなかったはずだ。
「まぁでも、君たちがこの家で窃盗を犯して逃げ出さないように、君たちの大事なものを一つ預からせてもらえますか?」
急な申し出に、俺たちは三人で顔を見合わせる。
「何かあったかな」と悩んだクラウが、脇に抱えた包みを一瞥する。黒いマントに包まれたそれは、俺たち3人の剣だ。
しかしそれを渡すのはどうかと思ったところで、メルが「じゃあ」とワンピースのポケットに手を入れた。
「これは私の宝物だから」
そう言ってメルが差し出したのは、カーボの顔を模った彼女の財布だ。
「お財布? 可愛いね。よし、じゃあ行ってくるから。電話とか来ても出なくていいからね」
宗助は特に疑問も抱かずにカーボの財布を受け取って、「このくらいか」とメルの背格好を確認した。それで分かるものなんだろうか。
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