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11章 俺はその時、彼女にもう一度さよならを言いたくなった
116 ミーシャとムーシャ
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その部屋は城で一番高い場所にあるというのに、中央廟の地下よりも暗く陰鬱とした空気が漂っていた。
闇が邪魔して部屋を見渡すこともできない。
四方に窓はなく、唯一天井がガラス張りになっている。そこから入り込んでくる夕方の赤い色と、壁に並んだランプの灯が他とは異質な空気を漂わせていた。
「ここは元老院議事室よ。そんなことも知らないでここに来たの?」
胸の横に垂らした太い三つ編みを後ろへ払い、大きい方の少女が俺たちを見据えている。
足首まで着物で隠れた彼女の太ももにぎゅっと絡みつく小さな少女は、相変わらず小動物のように怯えて、俺たち二人を交互に見つめていた。彼女の両耳の上についた小さな赤いリボンが、頭を振るたびにゆらゆらと揺れている。
「す、すいません」
不機嫌な表情を崩さない大きな少女に、俺は何だか悪いことをしたような気分になって頭を下げると、ヒルドが「ごめんね」と自分の前髪を撫でた。
「クラウ様の所に来てる異世界の少女で、ミオって子を捜しているんだけど、どこに居るか知らない?」
「今、ここに居るのは私たちだけです」
「ハイド様も居ないのか?」
ハイドに聞けば何かわかるような気がする。けれどそれはきっと悪い予感だ。
「えぇ」と答えた大きい少女の気迫に飲み込まれないよう、俺が目に力を込めて次の会話を探していると、ヒルドが緊迫した空気も全く気にしていない様子で「ねぇねぇ」と二人に声を掛けた。
「二人とも元老院の議員なの? こんな可愛い子たちが居るなんて知らなかったよ。名前は? 聞いてもいい?」
ヒルドがこんなにも積極的に異性に話しかけるのは珍しい。
ただでさえ不機嫌さを振りまく大きい少女の機嫌を損ねてしまいそうだが、彼女はツンとしたまま淡々と質問に答えてくれた。
「私たち姉妹は、ここの見習い魔法師です」
「へぇ。だからここに居たのか。僕はてっきり、ティオナ様みたいに魔法で若返ってるのかと思ったよ」
大きい少女は、ちょっとだけ怒りの感情を見せて、「違います」と否定した。
「私はまだ14よ。名前はミーシャ。この子は妹のムーシャ。まだ5才なの」
姉のミーシャがそう紹介すると、ムーシャはピクリと肩を震わせて、「ヨロシクお願いします」とか細い声で頭を下げた。
「ミーシャとムーシャか。教えてくれてありがとう。僕らはーー」
「クラウ様の弟君のユースケ様と、絵師のヒルド様ですね」
「何だ、そこまで知ってたのか」
大きい方の彼女が俺たちを警戒している様子はなかったが、それならもう少し愛想よくしてほしいと思ってしまう。
「ちょっと。僕たち有名人?」
ヒルドは嬉しそうに俺を振り返って、「凄いね」と顔いっぱいに笑顔を咲かせた。
「けど、ミオが居ないなら仕方ないね。次を捜そうか」
暗がりを見渡して部屋を出ようとするヒルドを、俺は「ちょっと」と引き留めた。
もう少し彼女と話をしたいと思ったが、何を聞きていいのかがまとまらない。
相変わらずの表情で黙る少女たちに向き合うと、二人の背後にふと別の気配を感じた。
それは、ほんの一瞬。
暗闇の奥に浮かぶ白装束。白くて四角い面に隠された顔が、こちらを向いて立っていた。
「うわぁ」
背筋がぞっとしてしまう。ごくりと飲み込んだ息を吐き出すことを忘れて、俺は言葉にならない声を吐き出しながら、白装束を指差した。
しかしヒルドが俺の視線を追った時には、すでにその白い影は消えていた。
「どうしたの? ユースケ。何かあった?」
やはりヒルドの目には入らなかったらしい。
俺は二人の少女に尋ねた。
「ここはお前たち二人しかいないって言ったよな?」
「えぇ」
ミーシャは即答して背後を一瞥するが、不審げに首を傾げただけでそれ以上の反応は示さなかった。
「そんな……」
闇に恐怖を覚えて、頭の中がどんどんネガティブ志向を深めてしまう。
美緒が苦しむ顔ばかりが浮かんで、焦燥感に頭がおかしくなりそうだった。
「なぁ、本当に美緒がどこに行ったのか知らないか? いや……それより、二人はアイツのことを知っているのか?」
ここは元老院。魔王であるクラウにメルーシュへの愛を忘れさせるため、向こうの世界から嫁候補として少女たちを集めさせたのは元老院だと聞いている。
それが何故、胸の大きな子たちだったのか。
それが何故、俺の家の近くの子たちばかりだったのか。
クラウは巨乳が好きだと言っていたし、あの町にこの世界へ繋がる穴があるからだと聞いて、俺は確かに納得していた。けれど何日もクラウと一緒に居た俺は、今になってその話に違和感を覚えずにはいられなかった。
「ミオという子は知っているわ。向こうの世界から来た女子たちは全て把握している」
「だったら、どうしてミオはこの世界に連れて来られたのか聞かせて欲しい」
俺がそう尋ねると、ミーシャは不安げなムーシャの肩を抱き寄せて、「ふぅ」と深い溜息を漏らした。
闇が邪魔して部屋を見渡すこともできない。
四方に窓はなく、唯一天井がガラス張りになっている。そこから入り込んでくる夕方の赤い色と、壁に並んだランプの灯が他とは異質な空気を漂わせていた。
「ここは元老院議事室よ。そんなことも知らないでここに来たの?」
胸の横に垂らした太い三つ編みを後ろへ払い、大きい方の少女が俺たちを見据えている。
足首まで着物で隠れた彼女の太ももにぎゅっと絡みつく小さな少女は、相変わらず小動物のように怯えて、俺たち二人を交互に見つめていた。彼女の両耳の上についた小さな赤いリボンが、頭を振るたびにゆらゆらと揺れている。
「す、すいません」
不機嫌な表情を崩さない大きな少女に、俺は何だか悪いことをしたような気分になって頭を下げると、ヒルドが「ごめんね」と自分の前髪を撫でた。
「クラウ様の所に来てる異世界の少女で、ミオって子を捜しているんだけど、どこに居るか知らない?」
「今、ここに居るのは私たちだけです」
「ハイド様も居ないのか?」
ハイドに聞けば何かわかるような気がする。けれどそれはきっと悪い予感だ。
「えぇ」と答えた大きい少女の気迫に飲み込まれないよう、俺が目に力を込めて次の会話を探していると、ヒルドが緊迫した空気も全く気にしていない様子で「ねぇねぇ」と二人に声を掛けた。
「二人とも元老院の議員なの? こんな可愛い子たちが居るなんて知らなかったよ。名前は? 聞いてもいい?」
ヒルドがこんなにも積極的に異性に話しかけるのは珍しい。
ただでさえ不機嫌さを振りまく大きい少女の機嫌を損ねてしまいそうだが、彼女はツンとしたまま淡々と質問に答えてくれた。
「私たち姉妹は、ここの見習い魔法師です」
「へぇ。だからここに居たのか。僕はてっきり、ティオナ様みたいに魔法で若返ってるのかと思ったよ」
大きい少女は、ちょっとだけ怒りの感情を見せて、「違います」と否定した。
「私はまだ14よ。名前はミーシャ。この子は妹のムーシャ。まだ5才なの」
姉のミーシャがそう紹介すると、ムーシャはピクリと肩を震わせて、「ヨロシクお願いします」とか細い声で頭を下げた。
「ミーシャとムーシャか。教えてくれてありがとう。僕らはーー」
「クラウ様の弟君のユースケ様と、絵師のヒルド様ですね」
「何だ、そこまで知ってたのか」
大きい方の彼女が俺たちを警戒している様子はなかったが、それならもう少し愛想よくしてほしいと思ってしまう。
「ちょっと。僕たち有名人?」
ヒルドは嬉しそうに俺を振り返って、「凄いね」と顔いっぱいに笑顔を咲かせた。
「けど、ミオが居ないなら仕方ないね。次を捜そうか」
暗がりを見渡して部屋を出ようとするヒルドを、俺は「ちょっと」と引き留めた。
もう少し彼女と話をしたいと思ったが、何を聞きていいのかがまとまらない。
相変わらずの表情で黙る少女たちに向き合うと、二人の背後にふと別の気配を感じた。
それは、ほんの一瞬。
暗闇の奥に浮かぶ白装束。白くて四角い面に隠された顔が、こちらを向いて立っていた。
「うわぁ」
背筋がぞっとしてしまう。ごくりと飲み込んだ息を吐き出すことを忘れて、俺は言葉にならない声を吐き出しながら、白装束を指差した。
しかしヒルドが俺の視線を追った時には、すでにその白い影は消えていた。
「どうしたの? ユースケ。何かあった?」
やはりヒルドの目には入らなかったらしい。
俺は二人の少女に尋ねた。
「ここはお前たち二人しかいないって言ったよな?」
「えぇ」
ミーシャは即答して背後を一瞥するが、不審げに首を傾げただけでそれ以上の反応は示さなかった。
「そんな……」
闇に恐怖を覚えて、頭の中がどんどんネガティブ志向を深めてしまう。
美緒が苦しむ顔ばかりが浮かんで、焦燥感に頭がおかしくなりそうだった。
「なぁ、本当に美緒がどこに行ったのか知らないか? いや……それより、二人はアイツのことを知っているのか?」
ここは元老院。魔王であるクラウにメルーシュへの愛を忘れさせるため、向こうの世界から嫁候補として少女たちを集めさせたのは元老院だと聞いている。
それが何故、胸の大きな子たちだったのか。
それが何故、俺の家の近くの子たちばかりだったのか。
クラウは巨乳が好きだと言っていたし、あの町にこの世界へ繋がる穴があるからだと聞いて、俺は確かに納得していた。けれど何日もクラウと一緒に居た俺は、今になってその話に違和感を覚えずにはいられなかった。
「ミオという子は知っているわ。向こうの世界から来た女子たちは全て把握している」
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俺がそう尋ねると、ミーシャは不安げなムーシャの肩を抱き寄せて、「ふぅ」と深い溜息を漏らした。
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